龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第6章~6~

 「いやぁ、素晴らしい!!」

 

 天幕の中に、大きな拍手とそんな声が響いた。

 まだ頭を固定されていた雷砂は、声の主を確認することが出来ない。声の感じは、まだ若い男の様だったが……

 

 「座長?」

 

 頭の上からセイラの声。

 

 「ほらほら、セイラ。独り占めしていないで私にもスターの顔を拝ませてくれませんか?」

 

 そういうが早いか、セイラの体から結構な力で引きはがされた。

 彼は雷砂の肩を掴み、顔を覗きこむようにこちらを見ていた。

 雷砂もまた、小首を傾げ彼を観察するようにじっと見る。

 

 ほっそりした男だ。

 まだ若く、男も女も思わず振り返ってしまいそうな、中世的な美しさがあった。

 蒼く美しいサファイアの瞳には大人の男らしくない無邪気な輝きが宿り、明るい茶色の髪は少し長い。

 

 「えっと、この人が座長?何だか若いね??」

 

 セイラを見上げると、

 

 「そう?そこそこな年なのよ?異様に若作りなの」

 

 と、容赦なく言って笑う。それを受けた座長は、

 

 「ひどいですねぇ、セイラ。でも、そうですね。若作りなのはほんとです。こう見えて、私もいい年なんですよ」

 

 まるで怒った様子もなく、へらへらと笑った。それから少しだけ真面目な顔になり、

 

 「そうですか、君が雷砂ですか」

 

 そう言った。少し懐かしそうに、しみじみと。

 それを受けた雷砂は首を傾げる。

 何となく……何となくではあるが、彼の顔に見覚えがある様に思えたのだ。

 空気中に漂う彼の匂いをそっと匂いを嗅いでみる。匂いにも、何だか覚えがある気がした。

 

 

 「オレの事、知ってるの?」

 

 「ええ、知ってます」

 

 

 彼は微笑む。

 やっぱり!-そう思って、いつ、どこでと矢次早に訪ねようとする雷砂の機先を制するように、

 

 「ほら、君は私たちの英雄でしょう?危ない所を助けてもらった。ぜひ、会って御礼が言いたかったんですよ。あの時は、うちの団員が世話になりましたね。ありがとう」

 

 そう言われて肩透かしをくらう。彼の表情を窺うが、特に嘘をついてる感じはなかった。

 もう一度、彼の顔をじっと見る。彼は顔色一つ変えずに穏やかな微笑みを浮かべていた。

 やはり見覚えがある気はするが、気のせいだったのだろう。雷砂は無理やりそう結論付け、彼の言葉に頷きを返した。

 

 「それはそうと、雷砂。さっきは凄かったですねぇ。思わず感動しました」

 

 にっこりと、胡散臭くも美しい笑顔。何となく嫌な予感がして、雷砂は顔を引きつらせた。

 

 「えーっと。それは、どーも。確か、今日は打ち合わせだよな?邪魔になるし、オレはそろそろ……」

 

 帰るーと言い終わる前に、目の前の青年にがしぃっと肩を掴まれた。そしてー

 

 「雷砂!あなたにはスターの素質があります!私と一緒にトップスターを目指しませんか!!」

 

 とっても真剣なまなざしでそう言われた。

 

 「えーっと。お断りします?」

 

 間髪入れずに、さっくりお断りすると、若作りの座長は「なぜです!!」と頭を抱えて大げさに嘆いている。

 どうしたらいいんだろうかと、セイラを見上げると、彼女も肩をすくめて苦笑い。

 助けを求めて、ジェドやアジェスと見るが、彼らも面倒を避けるようにさりげなく目線を反らしている。

 最後の砦とばかりにリインを見たが、彼女は拳を握って、「頑張って……」と見当違いな応援をしてくれた。

 だめだ。自分で何とかするしかないーといやいや向き直ると、座長はもう復活していて、何だか優しい眼差しで雷砂を見ていた。

 なんだろう?―と身構えると、

 

 「君は毎日幸せですか?」

 

 そんな問いが降ってきた。一体何なんだ……と首を傾げつつも、

 

 「幸せ、だと思うけど」

 

 と、一応真面目に答えてみた。それを聞いた彼は「そうですか」と一層笑みを深め、手を伸ばして雷砂の頭をそっと撫でた。

 

 

 「……なんでそんなに嬉しそうなの?」

 

 「君が幸せで嬉しいんですよ、雷砂」

 

 「会ったばかりなのに?」

 

 「そう。会ったばかりだけど嬉しいんです」

 

 

 そう言って笑う彼は本当に嬉しそうだ。

 変な人だなーそんな風に思いつつも、しばらくじっと彼に撫でられたままでいた。

 彼に微笑みかけられるのも、触れられるのも嫌ではなかった。

 少しして、

 

 「……オレ、そろそろ行くよ」

 

 そっと暇を告げると、

 

 「そうですか。またいつでもいらっしゃい。待ってますから」

 

 彼はそう言い、雷砂を柔らかく抱き寄せた。そして、小さな体を離す瞬間、

 

 「自己紹介がまだでしたね。私はイルサーダ。困ったら、いつでも呼んで下さいね」

 

 そう囁いた。それを漏れ聞いたのか、

 

 「あれ?座長の名前、イルサーダだった?」

 

 セイラが首を傾げて問いかける。

 その瞬間、イルサーダの瞳が鋭く光った。が、すぐにその光は消え、元ののほほんとした表情が戻る。

 

 「そうですよ、セイラ。滅多な人には呼ばせない、大切な名前なんです」

 

 そう言って、笑みを含んだ眼差しで、意味ありげに雷砂を流し見た。

 雷砂はしばらく、探る様にイルサーダを見ていたが、改めてそれぞれに別れを告げ、天幕を出ていった。

 それを見送った面々はそれぞればらけたが、イルサーダだけは雷砂の消えた後もその場を動かなかった。

 

 「うかつでしたね、あんな勘の鋭い子の前で。でも、まぁ大丈夫でしょう。あの子の瞳も力も正邪を正確に見分けることが出来るはずですから。変な勘違いはしないと思いますけど……ね」

 

 それにしてもーと彼は一人微笑み、

 

 「大きくなりましたねぇ。前にあったときは今の半分くらいだったのに。やっぱり、人の子の成長は早いですね。我らと違って」

 

 誰にも聞かれない様に、小さく呟いた。

 

 「しかし、あの魂の輝き。我が種族にも負けてません。流石は、我らが王のいとし子、といったところでしょうかね。しかし、まだ弱い。目覚めの時まで、護ってあげないといけないでしょうね」

 

 言いながら、彼は天幕の天井を透かして外を見るようにななめ上をさりげなく見つめた。

 彼の目には外の風景がきちんと見えていて、その視線の先にいるのは上空に滞空する、翼ある異形。それは、雷砂の動きをつぶさに追っていた。

 

 「悪い虫が付いているようですねぇ。でも、まあ、実害は無いようですし、今は泳がせておきますか」

 

 物騒に笑う。

 普段の彼しか知らない一座の者が見たら驚くにちがいない、そんな表情で。

 

 「座長~。そろそろ打ち合わせしましょうよ~」

 

 座員に呼ばれ、

 

 「はーい。今行きますよ~」

 

 答えて振り向いた男は、すっかりいつも通りの、呑気でちょっと変わり者の座長に戻っていた。

 

 

 


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