龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第5章~11~

 背中に少女を背負ったまま、雷砂はふと足を止めた。

 血の匂いを、感じた気がしたのだ。新たな血の匂いを。

 

 しばし足を止めたまま周囲の様子を探る。

 傍らを歩いていたロウも背中のキアルを気遣うようにゆったりと歩みを止め、鼻先を中空に向けて匂いを嗅ぐような仕草をした。

 だが、すぐにその鼻先を雷砂の腰の辺りに押し当て、安心させるように鼻を鳴らす。

 微笑み、彼の鼻面を優しく撫で、

 

 「気のせいみたいだな。行こうか」

 

 そう言って再び歩き始めた。

 その歩調はゆっくりだ。背中で眠ったままの少女を起こさないように、極力揺らさないようにしながら。

 まだ村は遠い。

 最短距離を行こうとすると、さっきの惨状の最中を通り抜けなければならない為、少し遠回りをして向かっているせいもあるが、子供達を起こさないようにゆっくり歩くせいもあって中々距離を稼ぐことが出来なかった。

 

 「ま、たまにはこういう時間もいいかな」

 

 一人呟き、心地よく吹く風に目を細める。ロウが居るおかげか、近くに危険な獣の気配もない。

 獣の脅威さえなければ、この草原ほど美しく過ごしやすい所はなかった。

 大陸の中央に位置するためか一年通して寒暖の差が少なく、食べ物も水も豊富な上、季節ごとに色を変える景色は見事なほどだ。

 

 その奇跡のような光景を見るため、季節ごとに護衛を雇ってまでもこの草原を訪れる風変わりな者も少なくない。

 雷砂自身、ライガ族の受けた依頼を手が足りない事を言い訳に押し付けられた事が何度かあった。

 草原の部族達は、外から持ち込まれるそういった依頼で外貨の収入を得る。

 そういった金は、草原内では意味をなさないが、部族の者が外へ行く時に使われるのだ。

 

 草原の民と呼ばれる獣人族も、草原の中だけで完結して生きていく事は難しい。

 その為、成年に達した若者は、人の世界を知るために1年間外の世界を旅して回らなくてはならないという決まり事があるのだ。

 旅慣れた年長者を中心に行商隊を編成し、草原の特産物を売って歩く行商の旅。

 いずれ、雷砂もいく事になるのだろう。

 このまま順調に年月を重ね、15の年を迎える事が出来れば。

 

 -5年後には俺が引率してライを行商に連れて行ってやるからな。

 

 そんな元気の良い言葉と共に脳裏に浮かぶのは、5歳年上の獣人の少年。

 雷砂と同じライガ族の彼は、今年無事に15歳の誕生日を迎え、つい先日商品を沢山積み込んだ荷馬車と共に旅立った。

 次に会うのは1年先になるだろう。

 

 兄はいるが下に兄弟が無い彼は、雷砂を本当の弟の様に可愛がってくれた。

 彼の居ない一年間は、静かだが少し寂しいものになるだろう。

 元気が良すぎる程に良い少年の周りにはいつも騒音や笑い声が絶えず、良くも悪くも彼はライガの集落のムードメーカーだった。

 

 今はどの辺りを旅しているのか。

 きっとこれまでの行商の旅とはまた違った、騒々しくも楽しい旅となっていることだろう。

 その旅に共に参加している仲間が少し羨ましくもあった。自分がまだ10歳である事が少しだけ悔しい。

 

 5年後。

 15歳になったその時に、果たして自分はここにいるのだろうか。そんな事を思いながら、雷砂は旅空の下にいる友人を想った。

 再びロウの鼻面に脇腹をそっと押され、意識が現実に浮上する。

 物思いをしながら歩くうちに、気が付いてみれば村のすぐそばまで来ていたようだ。

 

 背中の少女も少年も、目を覚ます様子はない。

 まずはミルから送り届けないとな-今にも泣きだしてしまいそうなくらい取り乱していた村長の顔を思い浮かべ、一つ頷く。

 無暗に出歩くなときつく言い渡してあるから、大人しく家で待っているはずだ。

 落ち着かず、熊の様にウロウロ歩き回る村長の姿を思い浮かべ、唇の端に笑みを刻む。

 心配性な村長を早く安心させてやらねばと、傍らのロウに目で合図を送り、雷砂は足を速めた。

 

 

 


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