もう、何日もあの顔を見ていない。
神様が作り出した奇跡の様に綺麗な顔。
ミルファーシカがそう言って誉めると、雷砂はいつも苦笑いを浮かべて、それでもちゃんと「ありがとう」と言って彼女の頭を撫でてくれる。
雷砂が容姿を誉められることを苦手としていることは知っていたが、いつもどうしても口をついて出てしまうのだ。
もちろん悪気はない。
雷砂もその事はきちんと分かってくれていて、だけどやっぱり苦手だから誉められる度に困ったように苦笑いを浮かべていた。
だが、決してミルファーシカを避けることはなく、いつも真っ直ぐに向き合ってくれる。
綺麗で、優しくて、強くて。
ミルファーシカは言葉では言い尽くせ無いくらい、雷砂の事が大好きだった。
その雷砂に、ここしばらく会うことが出来ないでいる。
数日前、雷砂が村に来ていると聞いて喜び勇んで探しに出かけたが見つけることが出来なかった。
その日、雷砂は大変な事に巻き込まれたようだが、その詳細はよく分からない。
村長である父親に訪ねてみたが教えてくれなかったのだ。
そして翌日。
雷砂はどうやら父に呼び出されて村に来ていたようなのだが、学問所に行っていた彼女はその来訪を知る統べなく、会うこと叶わなかった。
娘がどれだけ雷砂を好きか知っているはずなのに、全く腹立たしいくらいに気の利かない父親だ。
余りに腹が立ったのでその日一日、ミルファーシカは父と口をきいてあげなかった。
それから数日は我慢した。
学問所での勉強もあったし、友人達とのつき合いもあったから。
だが、よく我慢できたと思う。
会えそうで会えなかったというのは、思ったよりもキツかった。
そして今日。待ちに待った休息日。
ミルファーシカは、とっておきの笑顔でおねだりした。草原まで雷砂に会いに行きたい、と。
しかし。
いつもであれば、二つ返事でお願いを聞いてくれる父が、どんなに頼んでも頷いてくれなかった。
理由を聞いても、祭り準備で村が騒がしいからとしか教えてくれない。
まるで納得できず、朝食の間中、父と口を聞かなかった。
その後、父は何とも情けない顔をして、後ろ髪引かれる様子で仕事に出て行った。
ミルファーシカは、女中に付き添われて部屋に戻ってから、ずっと窓の外をぼーっと眺めてた。
抜け出してしまおうかとも考えたが、部屋の外にはずっと人の気配がする。
父に言い含められた使用人が交代で見張っているのだろう。
通常の手段で抜け出すのは難しい。
窓は見張られていないようだが、彼女の部屋は二階にある。誰の助けもなく抜け出すのは彼女には無理だ。
ため息をつく。
雷砂が忍んできてくれないかと、決してあり得ない事を考えながら外を眺めていると、よく見知った顔が窓の外を通るのを見た。
一つ下の幼友達、キアルだ。
彼は、母親と二人暮らしで貧しく、よくミルファーシカの家の庭師の手伝いをして小遣い稼ぎをしているのだ。
彼の姿を認めた瞬間、ミルファーシカは窓を開けはなって、幼友達の名前を呼んでいた。
名を呼ばれ、しばらく声の在処を探してきょろきょろした後、キアルはミルファーシカの部屋を見上げてニッコリ笑った。
「ミル」
彼女の愛称で呼びかけ、窓の真下にやってくる。
ミルファーシカは、彼の身軽で俊敏そうな姿と自分の部屋の窓の側まで張り出した木の枝を見比べ、
「ねぇ、キアル。お願いがあるんだけど」
そう切り出すと、彼が決して断らないだろうと言うことを確信しながら、とっておきの笑顔で愛らしく微笑んだ。