龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第4章~11~

 小さな背中が大地を駆け、遠く離れていく。

 セイラはその背中が彼方の景色に溶けて見えなくなるまで見送った。

 

 「すげぇ小僧だったな」

 

 傍らから聞こえた声に目を向けると、同じように小さな英雄を見送る男の姿。

 セイラは小さく笑って、再び彼方に目を向ける。

 そこにはもう誰の姿も無く、夕闇に染まり始めた景色が広がるだけ。

 

 

 「そうね。すごかったわね。それに、可愛い子だった」

 

 「可愛い?そぉかぁ??なんだか小生意気なガキじゃなかったか?恐ろしいくらいキレイな顔してたがよ。ま、憎めねぇ感じはしたけどな」

 

 

 男は笑い、セイラを見る。

 

 「けど良かったのか?勝手に預かり物を渡して」

 

 彼が言うのは、知り合いの薬師に託され、これから行く村の薬師に渡してくれるよう頼まれていた薬草の事。

 料金のやり取りはもう済んでいるからと、届けるだけなら面倒も無かろうと預かってきたものだ。

 

 セイラの腕の中でひとしきり泣いた後、雷砂という自分の名前を礼儀正しく名乗った子供は、その預かり物の薬草の一部を先渡しして欲しいと頼んできた。

 届け先の薬師の署名の入った手紙を持っていたし、特に問題も無いだろうと座長に確認をする前に渡してしまった。

 

 座長の馬車がすぐ近くに居たのなら確認してからにしただろうが、残念な事に座長達、幹部連の乗った馬車はあれ程の騒ぎにも気付かず大分先に行ってしまったようだ。

 もう流石に後続の馬車が着いてこない事に気付いてはいるだろうが、戻らず追いつくのを待つ気なのか、影も形も見当たらない。

 座長に確認してからとなると時間もかかるし、急いでいる様子の雷砂に申し訳ないと思ったのだ。

 ただでさえ、先程の戦闘で時間を取られているというのに。

 

 「いーんじゃないの?ちゃんと届け先からの手紙も見せてもらったし。心配しなくたって、座長への説明をあんたに押し付けたりしないわよ」

 

 そう答え、男の厚い胸板を軽くたたいてきびすを返した。足取り軽く歩きながら雷砂の事を想う。

 まるで舞を舞うように軽やかに戦う姿が瞼に焼き付いていた。

 戦っていた当人にしてみれば、舞なんて優雅なものでは決してなかっただろう。

 だが、傷つき、傷つけ、黄金の髪を乱しながら剣を振るうその姿は、本当に美しかった。

 野生の獣のようにしなやかで、でも繊細で。思わず見とれてしまうほどに。

 

 もう一度、会えるかしら―類稀な宝石のような、色違いの瞳を脳裏に描きながら思う。

 詳しい素性は知らない。

 これから行く村の住人なのか、そうでないのかすらも。

 知っているのは名前だけだ。雷砂という、不思議な響きのその名前だけ。

 

 

 「雷砂って……」

 

 「あん?」

 

 

 思わずこぼれた呟きを聞きとがめて、いつの間にか前を歩いていた男が振り返る。

 

 

 「雷砂って、あの坊主の名前だろ?それがどうかしたか??」

 

 「雷砂って、綺麗な響きの名前よね」

 

 「あー、まぁ、変わった名前だとは思うがよ。響きが綺麗って、お前よぉ……」

 

 

 そこで言葉を切り、彼はまじまじとこちらを覗き込んできた。

 そのまま、何かを言いかけて口を噤ぎ、大きなため息を一つ。

 

 「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

 

 軽く睨んで促せば、一座きっての軽業師・ジェドは困ったように天を仰ぎ、それから横目で麗しい舞姫をちらりと見ながら、

 

 

 「や、まぁ、個人のシュミにどうこう言うつもりはねぇがよ、くれぐれも自重してくれよ。一座の品位にも関わる事だしな」

 

 「個人の趣味?私の趣味が何なのよ?自重?品位?一体何の話をしてる訳?」

 

 「だからよ、少年趣味も程ほどにしとけって事さ」

 

 「少年趣味!?」

 

 「ま、あれだけ見た目がいいからお前が血迷うのも仕方ねぇとは思うが、年の差考えろよ?十歳そこそこのガキからしたら、お前なんてババアだろ、ババア」

 

 「バッ……っあんたねぇ」

 

 

 握り締めた拳が震える。ジェドは気付かず、得意げに自分の説を語っている。麗しの舞姫の少年愛好趣味について滔々と。

 

 「大体、前から怪しいとは思ってたんだよ。お前、俺みたいな男らしい大人な男より、チビでなよっとした毛も生え揃ってないような新入りのガキにばっか優しいもんな」

 

 それは少年趣味でもなんでもなく、筋肉バカな大男より素直な新人の方がよっぽど可愛げがあるからだ。

 それに、変化した環境になれない新しい家族への気遣いの気持ちから、ついつい甘くなってしまうのは仕方無い事じゃないだろうか。

 変な勘繰りをするなと声を大にして言いたい気持ちをぐっとこらえる。

 声に出したところで悦に入った筋肉バカの耳には届くまいと。

 代わりに握り締めていた拳を更に堅く握り、そして―

 

 「ジェド?」

 

 にっこり笑って男の名前を呼んだ。

 

 「ん??」

 

 先を行く男が振り向いたその瞬間、思い切り振りぬいた拳がその顔面を捉えた。

 

 「適当な事いうのも大概にしないと痛い目みるわよ」

 

 そう言うと、派手に吹っ飛んだ男に向かって艶やかに微笑んだ。

 

 

 


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