龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第4章~5~

 村の広場に行くと、旅芸人の一座はまだ到着していなかった。

 

 サイ・クーの元でかなり長く話をしてしまっていたので、もうとっくに着いているだろうと思い、急いできた雷砂は肩透かしをくらった様な思いだった。

 一座を迎えるために広場に待機している村の男を見上げ、彼らはどの道を来るのだろうと訊ねてみる。

 恐らく、村の手前の雑木林の横を通る正面の道を通ってくるだろうとの返答に、雷砂は礼を言って駆け出した。

 

 大分時間を費やしてしまった。

 早く旅芸人の一座が運んでいるという例の薬草を受け取って部族の集落へ行かねばならない。

 早くジルヴァンに薬を届けてやりたいし、旅に出るシンファを見送る約束もしたのだ。

 意外に子煩悩なシンファのことだ。

 雷砂の見送りが無ければ出発しないなどと駄々をこねかねない。

 その様子を頭に思い浮かべ、雷砂は口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 

 旅芸人の一座がどの辺りまで来ているかは分からないが、ここでじっと待つより迎えに出てしまったほうが早いはず。

 シンファのわがままに、同行する人を巻き込むわけにもいかないからな―そんな事を考えながら足を早める。

 

 もともと、雷砂は走る事が好きだし得意だった。

 本気を出せば、獣人族の走り自慢も追いつけない位の速さで走る事が出来る。

 さすがにロウの本気にはかなわないが、彼の走りは並みの獣の数倍は早いのだから仕方が無い。

 それでも、村の中では村人とすれ違う事もある為、加減して走っていたが、村を出ると雷砂は徐々に走る速さを上げていった。

 頬を撫でる空気が気持ち良かった。

 あと少しで林に差し掛かる、その時だった。雷砂は不意に足を止めた。

 

 空気がピリピリしていた。

 大きく鼻から大気を吸い込む。そこに混じるのは鉄臭い嫌な匂い。それは生き物の血の匂いだ。それも恐らく人間の。

 

 顔をしかめ、己の腕を見た。凶悪な生き物の気配に産毛が逆立っている。

 意識を耳に集中し、音を拾う。その気になれば、数キロ先の音も拾える耳だ。

 獣人族の中で育ったせいだろうか。雷砂の五感は人間の子とは思えないほど発達していた。

 

 人の、声が聞こえた。複数の人間の。

 

 雷砂は思わず安堵の吐息を漏らす。

 何があったのかはここからでは分からないが、まだ生きている人が居たのだ。そして彼らの傍には何か危険なモノが居る。

 彼らを助けに行かなければ。一刻でも早く。

 雷砂の足が大地を蹴る。小さなその身体は解き放たれたように飛び出し、ためらう事無く危地へ向かい駆け出した。

 

 

 

 

 

 


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