夕方にもう1話投稿します。
その馬車の中はほんのり花の香りがしていた。
今年15歳になる舞姫見習いのエマは衣装の綻びを繕いながらそっと、この一座の花形である美しい姉妹を盗み見た。
もうじき20歳の誕生日を迎える美しい双子の姉妹は揃って退屈そうに馬車の小さな窓から外を眺めていた。
その類稀な美貌の横顔をうっとり見つめていたエマはうっかり指に思い切り針を突き刺してしまった。
「痛っっ」
思わずこぼれた声に、同じように周りで作業をしていた少女達が顔を上げる。
針に傷つけられた指からは真っ赤な血が玉のように膨れ上がって今にも零れ落ちそうだ。
「大丈夫?エマ」
心配そうにそう声を掛けてくれたのは、エマの舞いの師匠でもある、一座の花形舞姫のセイラだ。
揺れる馬車の中、羽のように軽い身のこなしでエマの傍に来て、血の溢れた傷口を見ると菫色の瞳を気遣わしげに曇らせた。
「これ」
言葉少なにそう言って白い布を差し出してくれたのはセイラの双子の妹、リイン。
硬質な輝きの蒼い瞳を持つ彼女は一座の歌姫だ。
その職柄から喉を大事にしているのか、彼女はいつも寡黙で多くを語らない。
その為、どうしても周りに感情も伝わりにくい。
おおらかで明るい姉と違い、表情も乏しく一見気難しそうにも見えるのだが、長い付き合いの仲間達は彼女が繊細で優しい心を持っている事を良く知っていた。
「手、かして?」
差し出されたリインの手に、自分の手をそっと預けた。
同じように日に焼けない様に気をつけているはずなのに、肌の白さがまるで違っていて何だか落ち込みそうになる。
リインはエマの指に布を巻きつけてくれようとするのだが、それが中々うまくいかない。
彼女は歌う事以外の全てを母親の身体の中に置き忘れてきてしまったかのように不器用なのだ。感情表現も、身体を動かす事も。
しばらく頑張っていたが、どうにもこうにも上手くいかず、困ったように姉の顔を仰ぐ。
セイラは微笑み、妹の作業の続きを引き取った。
すると、今度は魔法のようにあっという間に傷ついた指が綺麗に白い布で包まれてしまう。
「きつくない?」
「大丈夫です。ご心配おかけしました。ありがとうございます」
問いかけに頷いて、少女は上気した顔で2人に向かって礼の言葉を告げ、頭を下げた。
その言葉に、セイラは艶やかな、リインは少しはにかんだ笑みで答え、連れ立って窓際の二人の指定席に戻っていく。
そして再び窓の外に揃って目を向けた。ほんの少し退屈そうに、窓の外に何か面白い事が無いか探すかのように。
そしてエマはまた性懲りも無く、2人の横顔に見とれるのだった。