龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第3章~8~

 お互いに自己紹介を済ませた後、二人は差し向かいに座ったまま、静かにサイ・クーの入れた茶を飲んでいた。

 

 男の名前はジルヴァン。草原の獣人族の一部族、ライガ族の長なのだという。

 

 ライガ族の事は少しだけ知っている。

 草原の部族の中で、この村に一番近い縄張りを持つ部族だと、以前に村長から聞いた事があった。

 比較的統率の取れた穏やかな気質の部族で、族長のもと良くまとまっているとも聞いた。

 村長は、外部からの旅人から草原への立ち入りの申し出があると、ライガ族へ案内を依頼することが多いと言っていた。

 ほかの草原の部族は人との接触をあまり好まず、話が通じない者も多いからと。

 

 サイ・クーは獣人族の事をあまり良く知らない。

 見たのも、言葉を交わしたのも今日が初めてだ。

 だが、彼らが人族より強く優れた種族だという事はなんとなく理解していた。それなのに、獣人達の領土はほんのわずかだ。

 

 ヴィエナ・シェヴァールカは決して小さな草原ではないし、肥沃で動植物も豊かだ。

 だが、ガーランディア大陸全土から見ればちっぽけな土地に過ぎない。

 そんな場所へ彼らを押し込めているのは人間だ。

 数は彼らを遥かに凌駕するものの、一人一人の能力は彼らに遠く及ばない。

 そんな存在に支配される事は彼らにとって決して面白い事ではないだろう。

 彼らには、人に支配されているという思いは無いのであろうが。

 

 だが、彼らが人間という存在に好感情を抱く要因は少なく、逆に悪感情を抱く要因は星の数ほどもある。

 彼らと人間が理解しあい、信頼を分かち合うには両者の距離が離れすぎていた。物理的にも、心理的にも。

 ずっと、獣人族が人を嫌うのは仕方ないと思っていた。草原を飛び出し、攻めてこないだけましなのだと。

 

 だから、サイ・クーは驚いている。

 今日はじめて知り合った獣人は彼の想像を遥かに超えていた。悪い方へではなく、良い方へ。

 

 獣の姿は恐ろしげではあったが、彼は礼儀正しかった。

 獣人族としての自分を誇り、上から見下ろすのではなく、ちっぽけな人間の-しかも吹けば飛ぶような貧相な爺にきちんと敬意を払い、同じ目線で話ができた。

 それはとても素晴らしい事のように、サイ・クーには感じられた。

 

 

 「さて、お客人よ。ジルヴァン殿と名で呼ばせて頂いてもかまわんかの?」

 

 「もちろんだ。好きなように呼んでくれ。私もあなたの事を名前で呼ばせて頂こう」

 

 「ふむ。そうして貰えるとわしも嬉しい。お客人、ご主人と呼び合うのではいかにも他人行儀じゃからの」

 

 

 答えてにこりと笑う。

 それから、改めて姿勢を正し、ジルヴァンの瞳をしっかり見返した。

 彼の口からまだ来訪の用件を聞いておらず、そろそろその事に触れるべきと考えたのだ。

 いくら好感の持てる人物だからといって、いつまでも独り身の寂しい爺の茶飲み話につき合わせるわけにはいかぬだろうと。

 

 

 「そろそろ夜も更けてきた。このまま朝まで語り合っても構わぬし、泊まって頂いても構わぬのだが、そういう訳にもいかんのじゃろう?」

 

 「む……。そうだな。あなたは気持ちのいい人物だし、私も存分に語らいたいという気持ちもあるのだが、今日は偲びでここに来てしまったのだ。夜明けまでに戻ってないと姪からの小言をくらう羽目になる。情けない話だが、私はどうも姪には頭が上がらぬのだ」

 

 

 困ったようなハの字眉が妙に可愛らしい。

 思わず笑ったら、「笑い事ではないのだ」と小さく睨まれた。

 

 「いや、すまぬ。困り顔のあなたが妙に可愛らしくてのう。そうか、姪御に頭が上がらぬのか。ならばなおの事、話を早く終えてしまわねばなるまいのう。ジルヴァン殿、今日はこの爺に何を尋ねに来たのじゃ?」

 

 率直な問いかけに、少しひるんだ様に顔を俯かせ、それから再びぐっと顔を上げた。

 真っ直ぐな眼差しがサイ・クーを捉える。

 

 「サイ・クー殿。今日私は……」

 

 言葉が途切れる。

 

 「何じゃね」

 

 サイ・クーは微笑み、促した。しかし、言葉は続かない。

 彼の言いよどむ様子から、きっと訊き辛い事なのだろうと察した。だが、どんな事を問われても答えるつもりだった。

 

 「大丈夫じゃよ。何を訊かれてもわしは正直に答えよう。あなたという人物への敬意として」

 

 想いを言葉にして伝える。言葉を躊躇う彼の背中を押すように。

 ジルヴァンは一瞬目を見開き、そして閉じた。そのまま数秒。それから目を開き、

 

 「今日、私は……あなたの秘密を、ききに来た」

 

 そう、言葉を紡いだ。

 

 


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