龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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 小説家になろう様でも公開してます。
 雷砂という、こちらの世界から別の世界へ落ちてしまった一見少年の様な少女の冒険物語です。
 ゲームの世界といった設定ではないので、HP、MP、レベル等の設定はなく、当然スキルもありませんが、主人公は龍の加護を受けた規格外の力を持ちます。
 子供なのにやけに落ち着いた、ちょっと変わり者の主人公の物語を楽しんでもらえたら幸いです。
 小説家になろう様で公開している所に追いつくまで、毎日投稿していく予定です。
 投稿は平日は18時、休日は9時を予定しています。
 


序章

 夢を見る。

 

 繰り返し、繰り返し……まるで壊れかけのレコードのように、その夢はやってくる。

 いつも忘れた頃、何の前触れもなく……

 

 

 

 始まりは突然。

 

 気がつくとこの世のどこでもないような場所を、一人歩いている。

 霧とも違う、薄もやの中を何かを探して必死に進む。

 

 何を探しているのかも分からないまま、でも、何かを探さなくてはいけないことだけは分かっている。

 

 探して、探して、探して……でも見つからなくて。ただ途方にくれる。

 

 そうすると、決まってその声は聞こえてくる。

 

 まるで音楽の音色のように耳に心地いいその声は、遠くの方で繰り返しその名前を呼ぶ。

 

 

 「……ライ……ライ…サ……雷砂……」

 

 「だれ……?」

 

 

 目を、凝らす。

 薄いもやの向こうに誰かがいた。

 

 背が高く、均整の取れた体型が見て取れる。

 その人はまっすぐに雷砂の目を見ていた。金色の、その美しい瞳で。

 

 腰の辺りまで伸びている長い銀糸の髪が、風に吹かれてかすかに揺れている。

 生きている人とは思えない程、まるで神々の一員であるかのように美しい青年。

 

 彼は、苦しそうに、悲しそうに表情を曇らせている。

 

 何とかしてあげなくては―何をどうしていいかもわからないまま、そんな風に思う。

 

 会ったことがないはずの人なのに、なぜか懐かしく慕わしい。

 

 

 「雷砂」

 

 

 その人に名前を呼ばれると何故だか胸が温かくなる。

 よく響く優しい声。

 その声に背を押されるように走り出す。

 

 彼の近くに行けば、少しでも助けになれるかもしれない―そんな風に思ったのも、きっとただの言い訳。

 少しでも近くに、そばに行きたかった。

 

 

 しかし、走っても、走っても……その麗しい姿は近くならない。むしろ、少しずつ遠のいていく。

 彼自身は身じろぎすらしていないというのに。

 

 届かない、その姿に手を伸ばす。待ってくれと、そう叫びながら。

 

 

 「……を、探せ。」

 

 

 姿が遠のく。

 さっきまでよく聞こえた声も、だんだんと聞き辛くなってくる。

 

 

 「……っっ。何を……何を探せばいいんだ?」

 

 

 息を切らせながら、叫ぶように問いかける。

 

 

 「我を……我を探せ……ここから我を解放できるのは、お前だけだ……」

 

 「探すってどうしたらいいんだ!?オレにはあんたが何処の誰かも分からないって言うのに」

 

 「源をたどれ。己の源を。お前なら、きっと見つけられる」

 

 「源……?己の源ってなんだよ!?そんなんじゃ分からないよ!!」

 

 

 霞の向こうに、青年の姿が消える。

 声が遠くなる。遠く、遠く……。

 

 

 「探すのだ。己の源を。たどるのだ。お前が生命を受けた、その根源を……」

 

 「分からないよ。教えてくれ、オレはどうやってあんたのところへ行けばいい!?」

 

 

 立ち止まり、途方にくれたように問いかける。

 

 

 「どうしたらあんたに会える……?」

 

 

 立ち尽くし、見上げたその先。白で埋め尽くされた視界を大きな影がよぎる。

 

 山よりも大きなその影は、大きな翼を広げ力強く羽ばたいた。

 

 突風が吹き荒れ、雷砂の体がまるで木の葉のように宙を舞う。

 

 

 「雷砂……お前を、信じている」

 

 

 かすかに聞こえた青年の声と、何か大きな獣の空を引き裂くような咆哮。猛々しく、気高く、神々しい……。

 

 しかし、雷砂がその音色に聞きほれていられたのもほんのつかの間。

 

 空に放りだされた浮遊感と、ついで襲った地に落ちていく感覚に、雷砂は声の限りに叫んでいた。

 

 

 

 目を、開ける。

 外はまだ暗くて、どうやら朝の訪れはだいぶ先のようだ。

 

 全身が汗にまみれ、濡れていた。

 両手で顔を覆い、深く息を吐き出す。

 相変わらず寝覚めの悪い夢だった。

 

 5年間、繰り返し、繰り返し見続けてきた夢……。

 

 ただの夢ではない。

 意味のある夢に違いないと信じながらも、ずっと何もできずにいた。

 

 自分が何の行動も起こさずに、日々を生きることに抵抗がなかったかといえば嘘になる。

 

 しかし、5年前の自分はあまりに幼くて……自分だけの力で行動を起こすことは出来なかった。

 そして、それからの5年間は、ただただこの世界で生きていくことに精一杯だった。

 

 今年こそ―そんな風に思いながらそっとこぶしを握る。

 

 雷砂は今年で10歳になる。

 この世界で生きる事にもだいぶ慣れてきた。

 

 10歳―大人とは呼べないが、もう決して子供でもない。

 5年かけてこの世界の言葉を、常識を学び、一人で生きていくための力を養ってきた。

 いいかげん、ひとり立ちをしても良い頃だ―雷砂は今年に入ってそんな風に考えることが多くなってきていた。

 

 世間一般の大人が聞いたら決して頷いてはくれない意見だろう。

 

 ただの子供の強がり。

 単なる我がままだと、そんな風に言われてしまうかもしれない。

 

 だが、雷砂は本気だった。

 

 小さく息をつき、起き上がる。

 

 眠気はもうすっかりどこかへ言ってしまった。目を閉じても、再び眠ることはきっと難しい。

 

 それならそれで、やることはたくさんある。

 

 一人で生きているのだ。

 毎日、やらなければならないことは山積みだった。

 

 まぁしかし、仕事の前にまずは着替えをして、顔を洗って、それから……。

 考えながら立ち上がろうとした時、ひんやりとした何かが頬に触れた。

 

 

 「……ロウ」

 

 

 微笑み、いつの間にか傍らにきて雷砂の頬に鼻面を寄せている忠実な友に呼びかけた。

 彼の黄金色の瞳が、雷砂を気遣うようにじっと見つめている。

 

 

 「心配してくれたのか?ロウ」

 

 

 銀色の毛皮に包まれた大きな体に手を滑らせながら、その瞳を覗き込む。

 大きな舌が、雷砂を元気付けようとするかのようにその頬を舐め上げた。

 

 雷砂はくすぐったそうに首をすくめ、腕の中に大切な友達を抱きしめた。

 

 ふさふさと立派な尻尾がパタンパタンと左右に動くのを見つめながら、そっとささやく。

 

 

 「ありがとう。大丈夫だよ、ロウ。また、いつもの夢を見たんだ。この世界に来てから、ずっと見続けている、あの夢……」

 

 

 目を閉じると浮かんで来るのはあの青年の顔だ。

 まるで知らないはずなのにどうしようもなく惹きつけられる。

 

 雷砂の脳裏に浮かぶその顔は、いつもなぜだか悲しそうな顔。それ以外の表情を想像する事は出来ない。どんなに思い浮かべようとしても。

 それは何故か。答えは簡単だ。

 

 夢の中のあの人はいつだって同じ表情をしている。

 

 信じていると言いながらも、いつでも彼は心配そうに切なそうに雷砂を見つめている。

 

 だから、彼の笑う顔も他の表情も雷砂はまだ知らない。知らないものを思い描くことは出来ない。そういうことだ。

 

 でも、いつか知ることが出来ればいいと思う。

 その思いが叶う時―それは、雷砂が彼の願いを叶えることが出来たときだろう。

 

 

 ―我を探せ……我を解放できるのは、お前だけ……。

 

 

 青年の声が頭の中をぐるぐる回る。

 

 自分にいったい何が出来るのだろうか―雷砂は考える。

 己に何の力もないことは、本人である雷砂がよく知っていた。

 一人で生きているだけで精一杯の、ただの子供に過ぎない。

 

 だが、あの人はいつも繰り返す。

 雷砂……お前を信じている―と。

 

 ただの夢かもしれない。繰り返し見るのは、ただの偶然なのかもしれない。

 普通に考えればそうなのだろう。

 

 しかし、雷砂は信じていた。

 あれはただの夢ではない。

 

 彼は、この世界のどこかにいて、助けが来るのを待っている。他の誰でもない。雷砂が助けに来るのを。

 

 

 「何とかしなきゃ」

 

 

 決意を込めてつぶやく。

 

 

 「ここにいるだけじゃ駄目だ。ただ、日々を生きているだけじゃ駄目なんだ。もっと考えて、決断して、何か行動を起こさなきゃ。今のままじゃ、いつまでたってもあの人を助けることは出来ない」

 

 分かっている。何かしなくてはと、何度も何度も考えてきた。

 

 だが、どうしても最初の一歩が踏み出せない。どこに、その足を下ろしたらよいのか分からない。

 進む方向すらわからない状態なのに、前に進むことなんて出来やしない。

 

 

 「どうしたらいいんだろうな。どうやったら、あの人の待つ場所へ行けるんだろう……」

 

 

 途方にくれたようにつぶやく。

 その問いに、答える声はない。

 

 探すのだ。己の源を―彼の声が再び頭に響く。

 

 

 「源……か」

 

 

 呟き、膝を抱えた。今はその言葉の指し示す先さえ見えない。

 

 だが、いつか分かる日が来るかもしれない。

 雷砂はその日を待っていた。自分の人生が転換するであろう、その時を。

 

 彼の言葉の意味を正確に理解できた時―その時こそが今の平穏な生活を置きざりに、新たな世界に飛び出していく時なのだろう。

 

 身じろぎもせずに、雷砂はいずれ訪れるその時のことを思う。

 

 忠実な一対の黄金の瞳だけがじっと、そんな雷砂を見つめていた。

 

 

 

 


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