この作品を読んで下さって、有り難うございます。
そして早く上げると書いておきながら、遅れてしまい申し訳ありません。
やはり文章が長くなってしまい、前編後編では無理が出てきてしまいました。
その代わり今回は、初の2話同時投稿にしました。
どうかこんな駄文ですが宜しくお願いします。
Side:Master
(さて、ああは言ったもののどうしますかね。)
目の前にいる男は、間違いなく今まで戦ってきた者の中で最強であろう。しかも純粋な技術以外に何か隠し玉を持っている。真剣を持ったところでこちらの不利に変わりはない。だが敵前逃亡する気は微塵もない。それどころかこの男と戦うことに血沸く自分がいるのを感じるのだから、つくづく自分は救われない男である。全力をぶつけても壊れない相手とは、運命の赤い糸で結ばれた者のようにも思える。
「どーしたジイさん。敵討ちのはずだろ?何笑ってんだい?」
痺れを切らしたのか男が問いかける。
「いえ、貴方のような強者に立ち会える自分は幸せ者だと考えていただけですよ。」
そんな私の言葉に男は呆れ、
「俺は自分が壊れている自覚はあるが、テメエも大概だねェ。」
お互いひとしきり笑った後、剣を構える。
「見せてもらうぜ、テメエの剣。」
「どうぞ存分に御覧になってください。」
四の五の考えるのは止めよう。せっかくの機会なのだ。自分の最強の技で斬って捨てるのみ。
師範の取った構えは、刀身を鞘に納めた状態で右足を前に出し腰を落としたものだった。
「おもしれェ、居合抜きかい?」
『居合抜き』とは、刀身の鞘走りにより斬撃の中では最も速いスピードを出すことができる剣技である。真剣にあって木刀に無い物、それは『鞘』だ。師範は真剣の利点を最大限に生かす選択をした。奇しくもそれは師範の最強の剣技であった。
「んじゃ、こっちも。」
悪魔も木刀で同じ構えにしたことで、さすがの師範も動揺する。
「私と同じ?」
「ああ、打ち合おうぜ。」
「良いでしょう、受けて立ちます。」
有利なのは自分の方だと言い聞かせ、気を取り直す。
道場内の空気が張りつめていく。あまりの闘気のぶつかり合いに、行人の喉はカラカラに乾く。そんな喉を潤すためにゴクリと唾を飲み込んだと同時に、二人が動いた。
ギィィィン!!
真剣と木刀により甲高い音が響き渡る。結果は互角。行人は木刀で居合を行った悪魔に驚いたが、師範の技量にも驚いていた。
「ヒュ~、ヤルじゃん。悪かったなァ、ナメてたのは俺の方だったわ。まさか俺の木刀に傷をつけるとはねェ。」
悪魔が木刀に目をやる。よく見てみるとわずかに切れ込みができていた。
小宇宙は気や魔力とは違い、防御力を上げることは不可能である。
聖闘士も冥闘士も攻撃力は超人的だが、身体は常人より鍛えられているとはいえ肉体は生身の人間と変わらない。だからこそ聖闘士も冥闘士も聖衣や冥衣によって己の体を守っているのだ。
今回の結果は小宇宙によって木刀の強度を上げることができなかったから起こったのだろう。師範の技量と真剣の組み合わせが、悪魔と木刀(小宇宙による攻撃力強化)の組み合わせを上回ったのである。
「しかも、あの一瞬に3回も斬るとはねェ。ホントに人間?」
その言葉に同意する行人は決して悪くないだろう。
「それを見切っている貴方に言われたくありませんね。『奥義 飛燕剣』を使って斬れなかったのは初めてですよ。ですが次はありません。」
『飛燕剣』は神速の速さで抜刀して人が瞬きをする間に三度以上抜き打ちを行う剣である。師範はこの技を現役から引退する直前に会得したが、老いた体では負担がかかり過ぎる為に封印せざるを得なかった。だが、師範はこの技を使うことに躊躇いなど無い。道場を守る為に、弟子達の仇を討つ為に、そして悪魔に勝つ為に今一度その封印を解く。
「へェ~。そいつはどうかなァ。」
懲りずに悪魔が居合いの構えに入り、それに応じる師範。再び道場に緊張が走る。自信タップリの悪魔の表情に行人は胸騒ぎがしたが、止めることを許されない以上祈る事しかできなかった。
日がゆっくりと西に沈むことで、道場内が少しずつ闇に落ちていく。
そして完全に闇が空間を支配した瞬間、再び2人が同時に踏み込み一瞬で距離がゼロになる。先程の再現かのように剣を抜き放とうとし……
斬ッ!!
だが今度は結果が違った。
抜刀しきる前に師範の体から赤い鮮血が舞っていた。
「バ、馬鹿な…。何故?」
「答えはカンタン、相手が速いならそれ以上の速さで動けば良いだけってコトよ。」
悪魔が行った事は酷く単純である。ただ小宇宙を一度目の時よりも多めに込めていただけなのだ。ヤられた方にとってはこの上ない悪夢であろう。戦闘中に敵のスピード、パワー、得物の切れ味が変わるのだ。師範の敗因は、一度目の打ち合いで頭に叩き込んだ敵の戦闘力がこれ以上強くならないと思ったことだろう。
「さて、テメエに一つ聞きたいことがあるんだけど良いかい?」
「ウグッ、……な、何ですか?」
抜けかけていた真剣が盾になって砕けてくれたおかげで、致命傷にはならなかったが重傷には変わりなく苦痛に耐えながら師範が聞き返す。
「テメエはコスモを…と言っても分からねェか、宇宙もしくは生命力を感じたことはあるかい?」
「ハ?何のことですか?」
期待していた反応と違っていたため、悪魔は首を傾げる。
「あら?俺の勘違いか?一瞬感じたと思ったんだけどな~。」
小宇宙の目覚め方は複数ある。
師範はそのうちの一つ、厳しい修行や死地を何度も潜り抜けてきたことにより後天的に身に着けていたのかもしれない。しかし、それを知覚する前に実戦から離れてしまったのだろう。
「まァそれならそれで良いか。そういや、まだ名乗ってなかったな。俺の名を冥土まで持って行きな。」
「俺の名は杳馬(ようま)、天魁星メフィストフェレスの杳馬だ。ジイさん、テメエはかなり強かったぜ。」
杳馬が看板を取る為に出口に向かおうとすると、行く手を阻む者がいた。
「待ってください、門下生はまだ俺がいます!俺に戦わせてください!」
防具を身に着け、竹刀を持ち杳馬に行人が訴える。
「おいおい弟クン、自分が何言ってるのか分かってんのかい?怪我じゃ済まねェんだぜ?」
「行人君、止めなさい!君が敵う相手ではありません!」
2人の言葉は嫌というほど分かるが、自分の大好きな場所が無くなってしまう以上戦わないという選択肢は、行人の頭の中には無かった。
「俺だって武士の端くれです!このまま見過ごす事なんてできません!」
「ん~、そこまで言うなら相手してやるけど。条件を出させてもらうぜ。」
杳馬が折れて条件を持ちかける。
「さっきお兄ちゃんが出て行ったろ?制限時間はお兄ちゃんが帰ってくるまでの間でどうだい?」
杳馬の出してきた条件は次の通りである。
一つ、時間内に降参したらその者の負け
一つ、時間内に歩が帰ってきたら行人の勝ち
一つ、時間内に相手を戦闘不能(気絶、死亡などを含む)にしたらその者の勝ち
一つ、杳馬は剣しか使わない
あまりの破格の条件に行人が怪しむ。
「俺は有り難いんですが、どうしてここまでしてくれるんですか?」
「いやいや、結構キツイと思うぜ。俺に殺される前にお兄ちゃんが帰って来てくれると良いけどなァ?肉が裂けても、骨が折れても優しいお兄ちゃんは帰らない。さて、弟クンはお兄ちゃんを恨まずにいられるのかなァ?」
つまり、杳馬は行人と歩の兄弟の絆を試そうとしているのだろう。降参すれば、命は助かるがプライドは壊れる。だが殺されれば文字通り命は無い。杳馬にとってはどちらでも自分が楽しめるから、この条件にしたのだろう。
「どんなに貴方が強くても、自分から勝負は捨てません!」
悪魔の誘惑に負けないように自分を鼓舞する。
「んははは。いいねェ、その言葉忘れんじゃねェぞ。」
そんな遣り取りの下、行人と杳馬の戦いの火蓋が切って落とされた。
因みに師範が使った技は、『SAMURAI DEEPER KYO』に出てくる爾門というキャラが使っていたものです。
杳馬の口調がかなり難しく苦戦しています。(あの芝居がかかった口調が中々再現できないww)
次回、初っ端から強敵と戦う事になった主人公。彼の苦難はここから始まります。