とある冥闘士の奮闘記   作:マルク

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今回ちょっと話が長くなったので、前編と後編に分けることにします。


02/悪魔(前編)

 

 

竹刀や防具を持って道場の門に向かう途中で兄が不安そうに聞いてきた。

 

「良いのかな?僕達だけ先に帰ってしまって。」

 

師範達に勝負を挑んだあの男を心配しているのだろう。

 

「まあ見取り稽古というものが世の中にはあるけど、小さい子供達にはまだ早いという事じゃないかな?」

 

そう、俺達年少組は先輩達から先に帰宅するよう指示を受けたのだ。

そもそもあの男があんな事を言わなければこんな事態にはならなかったのに。

 

あれはほんの数分前の事だった…。

 

 

 

 

「俺達全員と勝負したいだと?」

 

道場破りに来た男の提案に先輩達が驚いている。

それはそうだろう。ここの者達はピンキリあるとはいえ相当な実力者揃いなのだ。町一番の道場という肩書は伊達ではない。なのに一番の実力者の師範とだけ戦うだけではなく、門下生全員を相手にするとこの男は言ったのだ。

 

「ああ、師範とは名ばかりのヨボヨボのジイさんに勝ったところで、齢のせいにされちゃたまんねえだろ?だから全員って言ったんだよ。」

 

さも当然とばかりに男がニヤニヤ嗤いながら肯定する。見たところ、まだ17か18歳位の若造だというのにすごい自信である。      

 

そんな男の様子に本気と受け取ったのか師範が応える。

 

「貴方の意見は分かりました。しかし、こちらにも都合がございます。ここは希望者のみ参加、この後急ぎの用事がある者やまだ幼い者達は先に帰宅させてもよろしいか?」

 

その眼光には異論は認めないと言わんばかりの気迫が込められていた。さすがは師範、あからさまな挑発に乗るほど安くはないようである。

 

「その位ならいいぜ。普段世話になっている人間が血祭りにされているところを見て、心に傷ができちまったら可哀そうだもんなァ?」

 

この男はどこまでもマイペースのようだ。

それに呼応するかのように先輩達の怒りのボルテージが上がっている気がする。ただ、師範や師範代を始めとしたトップクラスは冷静に流している。こんな大人に自分もなりたいな。

 

「さあ皆さん、時間の都合の悪い方も子供達も早く仕度を済ませてください。特に子供達は家で親御さんが心配していますよ。」

 

師範の言葉に俺達は慌てて帰り支度を開始する。

 

そして冒頭に戻るのだが…。

 

 

 

 

「まあ兄上が心配するのは分かるけど、これは自業自得だと思うよ。あそこまで言うからにはそれなりの覚悟があるからだと思うし。」

 

「そうだけど…。」

 

なお相手を気遣えることができるのが兄の美徳だろう。しかし、あの男どこかで見たことがあるような……。

そうして門をくぐろうとした時に、事態は急変した。

 

 

 

「ギャーーーー。」

 

突如道場の方から悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

「え?何?何が起こったんだろう?」

 

兄の疑問などお構いなしに次々と悲鳴は続いていく。そのどれもが違う声だった。

それが意味していることはただ一つ。あの場所で惨劇が起こっているという事だ。

 

兄もその結論に至ったのだろう。荷物を放り出して来た道を戻っていく。

 

「兄上待って、行っちゃダメだ!」

 

その背中に俺は慌てて追いかける。師範達が敵わない相手に俺達が行ってもどうしようもないというのに。それでも兄は見過ごせないのだろう。理不尽な暴力を誰よりも嫌う人だから…。

 

 

 

 

道場に戻った俺達は入り口からコッソリと中の様子を窺った。そこには辺り一面に血飛沫が飛んでいる床に倒れている門下生達と、木刀を構えて対峙している男と師範代、そして傍らで見守っている師範である。

 

 

「ハッ、所詮この程度かよ。大した事ないんだな侍様ってのもよー。」

 

男の言葉に応えず、師範代は木刀を正眼に構えからすり足でジリジリと近づいていく。

 

「ハァッ!!」

 

裂帛(れっぱく)の気合いと共に師範代から鋭い斬撃が放たれるが、男はそれを無造作に躱して相手を蹴り飛ばした。あの細身の体の何処にそんな馬鹿力があるのか、師範代は壁に叩きつけられてしまった。今の動きを見ても分かるように男は『剣術』を競い合う気はサラサラ無く、何でもありの実戦形式で戦っているようである。これなら門下生の大半が慣れない戦い方なので勝機は十分あるだろうが、男のソレは『お前達の努力は実戦では無駄なのだ』と相手を小馬鹿にする為に行っているように思える。

 

師範代がヨロヨロと立ち上がり、諦めずに木刀を構える。その眼はまだ死んでおらず、闘気も微塵も衰えていない。

 

「いい加減しつけーな。今ので大人しくしてりゃ、床にお寝んねしているコイツ等みたいに無様な負け方だけはしなくて済むんだぜ?」

 

男は言いながら、倒れている門下生の頭を踏みつける。

 

「弱きを助け強きを挫く、それが……大和魂!!」     

 

これだけは譲れぬと男を睨みつけながら師範代が吼える。

 

 

大和魂は特攻精神と勘違いされやすいが、実際は違う。大和魂は世界基準と異なる日本基準、つまり日本人の美徳そのものを指す言葉だ。  

日本人として生まれた事を誇りに思うが故に生まれた思想。それを支えにして圧倒的強者に立ち向かう彼こそ理想の武士だろう。

 

 

「やれやれ、精神論だけで勝てりゃ苦労しねーよ。そんなあんたには非情な現実で目を覚ましてやらねーとな。」

 

だが今回は相手が悪すぎた。相手の男はそんな崇高な思想を噛み砕くことを至福とする『悪魔』だ。

 

壁を背にして師範代の構えが上段の構えに移った。自分からは攻撃が当てられない以上、相手から攻撃を繰り出される時が唯一のチャンスと踏んだのだろう。狙いはカウンターだ。

 

ダンッ!!

 

悪魔はその誘いに受けて立ち、あまりの強い踏み込みに床板が砕けてしまった。それによって生み出されたスピードはまるで疾風である。

 

「面ッ!!」

 

悪魔が間合いに入った瞬間、師範代の木刀が落雷の如く振り下ろされる。

その一撃が悪魔に触れるか触れないかというところで、信じられない出来事が起こった。なんと悪魔が木刀ごと師範代を斬ったのだ。初動が遅れていたにもかかわらず悪魔の斬撃の速度は師範代のそれを上回り、更に木刀で物体を斬るという離れ技を成し遂げた。

師範代がうめき声一つ上げずに倒れ伏し、悪魔が愉悦に酔いしれる。

 

「さーて、前座はこれで仕舞いだ。そろそろ本命に相手してもらおうか?」

 

雑魚はもう喰い飽きたと言わんばかりに木刀を突きつける。

 

「君の纏う空気を感じもしやと思ったが、やはり悪鬼羅刹の類だった様ですね。」

 

「へえー、ここまで弟子達をやられておきながら意外と冷たいんだな。それともアンタにはその程度の価値しかなかったってのかい?」

 

「弟子達に帰宅準備をさせている時に師範代が言ってくれたのですよ。『自分達ができるだけ手の内を曝け出させてみせますから、後はお願いします。』とね。」

 

「良い弟子じゃねーの。でもそれも無駄な努力で終わるけどなァ。」

 

「物体を斬ることができる君の得物に対し、木刀ではこちらが不利なので真剣を使わせてもらいますよ。」

 

「お好きにどーぞ。つーかここまでヤられてそこの真剣を使わねーなら、それは竹光かテメエは腰抜けとみなしているとこだぜ。」

 

悪魔はそう言いながら、道場の奥で掛け軸の下で飾られている真剣に目をやる。

 

俺達は実際に真剣を師範が使うのは初めて見るので、その実力は未知数だ。だがそれでも悪魔には通用しないだろう。今の一撃でハッキリした。悪魔は小宇宙(コスモ)を使っている。そしてこの時代の日本人で小宇宙に目覚めている男と言えば、天魁星(てんかいせい)メフィストフェレスの杳馬(ようま)もといカイロスしかいない。だとすると最悪の状況である。原作でもラスボスに近い存在のあの男がただの人間に負けるはずがないのだ。止めようかどうか迷っていると師範がこちらに振り向いた。

 

「歩君、行人君どうか止めないでくださいね。」

 

俺達は気づかれていたことにも驚いたが、師範の表情に何も言えなかった。

 

これから死ぬかもしれないというのに、優しく微笑んでいたのだ。

 

 

『剣を扱う以上、いつ死んでもおかしくありません。剣は人殺しの道具であり、それを扱う人間は人殺しです。ひょっとしたら殺した人の遺族に道中刺されるかもしれません。自分の家族にその矛先が向けられることもあるでしょう。自分が忘れていた頃にふとそれはやってきます。だからこそ皆さん、その場の選択肢を間違わないようにしてくださいね。』

 

 

師範の道場理念である。二兎を追うもの一兎をも得ずと言えばいいか。『どんな綺麗事を述べようが武士として生きる事を選んだのならば、その者だけでなく関係者も安息の場など無く常在戦場を心がけよ。武士は忠誠と誇りに殉じる生き物であり、それを周囲の人間にも強要してしまう場合がある。』との事だろう。武士という人殺しの仕事を選んだ者の業(ごう)なのだ。

どんな人生を送ってその思想に辿り着いたのか分からない青二才の俺達には、師範を止める資格が無かった。

 

 

Saide:Ayumu 

 

どうしよう。師範と男が戦おうとしているのに、打開策が思いつかない。このままでは道場の看板が持っていかれるのは時間の問題だろう。師範がいくら強くてもあの男に勝つところが想像できない。僕たちが加勢したところで高が知れている。かと言って町奉行所に助けを求めることも難しいだろう。道場の誇りをかけた戦いに第三者に助けてもらうと一生物の恥となり、どのみち道場はおしまいだ。

 

打つ手が無いと諦めかけていた時に、行人が話しかけてきた。

 

「兄上、今すぐ町奉行所に行って人手を借りてきて。」

「ダメだ、それは僕も考えた!この戦いに助けは借りられない!」

「違う!よく見て。みんなまだ息がある。」

 

その言葉にハッとし、見てみると確かに呻き声などが聞こえる。

 

「この人数だから、お医者様は最低でも2人は必要になる。それも腕の良い人が。もうすぐ完全に日が落ちるし、この町を誰よりも知っている人達にお医者様を呼んでもらった方が早いよ!」

 

「だけど行人はどうする?」

 

一番気がかりなことを聞くと、とんでもない応えが返ってきた。

 

「師範が敗れたら…、次は俺が戦う。」

「無茶だ!お前に何ができる。町奉行所にはお前が行くんだ。ここは僕が…。」

「兄上は跡取りだろ。優先順位を間違えちゃダメだ。」

 

行人の言っていることは悔しいほど正論だ。だが、僕は兄なのだ。弟が生まれた時にこの子に恥じない兄になってみせると誓った以上、軽々しく納得はできない。

そんな僕の心情を察したのか、行人が話を続ける。

 

「兄上、足の速さも兄上の方が速いだろ。俺が無茶をする前に戻れば問題ないよ。」

 

安心させる為なのか笑顔を見せる行人に師範と同じ覚悟を見た。自分の頭の冷静な部分が結論を急げと訴えてくる。これ以上モタモタしていれば本当に時間が無くなる。僕は行人を信じ、僕にできることをするしかない。

 

「分かった。急いで戻るから……早まるなよ。」

 

そうして自分の無力さを噛みしめながら僕は道場を後にした。

 

走りながら行人の事を考える。普段は僕の方が適切な判断を下せるのに、こういった緊急事態の時はいつも行人の方が的確だった。だがそうして下される提案はどれもが行人が危ない橋を渡るものばかりである。

 

(行人、ひょっとしてお前は自分の命を勘定に入れていないのか?)

 

自分の考えが杞憂で終われば良いと祈りながら、歩は町奉行所へ行く足を速めた。

 




訪問客の正体は天魁星のカイロスでした。やはりヒントが分かりやす過ぎましたかね。

中々話が進まなくてすみません。(汗)

次回はできるだけ早く書き上げるようにします。

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