とある冥闘士の奮闘記   作:マルク

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prologue01

  

 

 

 

そこは美しい場所だった。

 

 

色とりどりの花々、黄金の果実が生っている木、いたるところでニンフ達が楽しそうに笑

っている。およそ人が想像できない程の『美』がそこにはあった。

 

ここはエリシオン。飢えも争いも無い極楽浄土であり、神々に愛された英雄達の魂が暮らす世界である。

 

だがしかし、そんな楽園の中で一際輝きを放つ者達がいた。

 

その容姿は奇跡を持って生み出された芸術品としか思えない程であり、見た者の視線を決して放させない魔性の魅力があった。

 

二人は銀の円卓に向かい合い盤上の駒の動きを眺めていた。

 

 

二人はどちらも同じ顔をしている。異なる部分を探そうとするならば頭髪の色と額のチャ

クラぐらいだろう。一人は銀髪に五芒星、もう一人は金髪に六芒星。ともに神父のような

黒衣を身に纏っていた。

 

 

 

 

「そろそろ聖戦が始まるな。さて、今回はどういった戦になるのやら。前回はアテナの結界によりハーデス様は不覚を取られ、最後の最後で我らの存在を向こうに知られてしまったな。何らかの対策をとられていると考えるのが自然だ。」

 

金髪の男が注意を促すが、銀髪の男は知ったことかと切って捨てる。

 

「そう警戒する必要はあるまい。所詮神に人間が刃向かう等、無駄なことよ。俺には何度も痛い目にあっても懲りない人間をどう絶望に落とそうか考えているというのに、お前は相変わらず慎重だな。」

 

「その人間にハーデス様は敗れたという事を忘れるな。敗北から学ばねば同じ過ちを繰り返すようになる。それでは人間と何も変わらない。」

 

「ふん、まあいい。難しい事はお前に任せるとして、そろそろまたゲームをしないか。」

 

銀髪の男がもちかけてきた話しに心当たりがあるのか、金髪の男は眉を顰める。

 

「チェスではなく、聖戦時にいつも行うあれか。」

 

それはいつからか始まったのか覚えていない、神ならではの遊戯。

 

「そう。互いに好きな人間を一人だけ冥闘士にし、どちらの冥闘士が長く生き残れるかだ。」

 

 

 

神にとって腐るほどある人間の命など、退屈凌ぎの玩具に過ぎない。狐狩り等で人間が動物の命を娯楽に使っているのに、神が人間という動物の命を娯楽に使い何が悪いのかというのが彼らの言い分である。

 

 

ある人間は言う。『人間の命を獣と一緒にするな。人間は他者を傷つける悪人もいるが、他者に優しく接する善人もいる。』

 

それに対し神は答える。『今まで共に暮らしてきた獣が死んだ時は家族、親友が死んだ時と同じほど悲しむ事ができるお前たちが何を言う。命は等価値であり、人間と獣という種族で命を差別するお前達の心こそが醜いのだ。』

 

だが神は気づかない。己も神族と人間という種族で差別している事を…。

 

そして人間も気づかない。神は人間に優しくし、救ってくれる存在なのだと一方的な価値観を押し付けてしまっている事を…。

 

 

結局のところ心を持っているせいか、神と人間は似ているのかもしれない。互いに自分の都合の良いように物事を解釈してしまう。

 

 

神はかつて生物を作った事により、全ての命を平等に見る事ができるだけなのに…。

 

人間は強者と弱者をはじめとした様々な差別により、神という存在に縋っているだけなのに…。

 

 

 

「勝った方は次の聖戦で、一度だけ負けた方の言い分を無視して行動できるだったな。前回はお前だったな、タナトス。だが本来、冥衣自身に選ばせる事を我らが無理やりやらせるとはな。好みではない人間を依代にしなければならない冥衣が哀れに思えるが…。」

 

「何を言う。冥衣もそれを纏う人間も神が選んだのだ。誉れに思われることはあっても、それを嘆く者はおるまい。」

 

『死を司る神』タナトスはどこまでも不遜な態度を崩さず己の半身を諭そうとする。

 

「まあいい。それでタナトスよ、お前は決めたのか。」

 

「ああ。俺好みの奴を見つけたよ。そっちはどうだ。」

 

「まだ検討中だ。候補はいるが、この者を巻き込んで良いものか迷っている。」

 

いつもと違う金髪の男の思案顔に、タナトスは純粋に驚いた。

 

「ほう、前回俺に負けたのが悔しかったのか?ずいぶん時間をかけるな。どんな奴か興味が湧くが、精々好きなだけ悩むがいいさ。今回のゲームも俺が頂くぞ。」

 

 

 

そう言うと銀髪の男は神殿の中に去っていった。一人残された金髪の男は懐から一枚の紙を取り出し、そこに書かれた一人の人間について思いを馳せる。

 

「この者が冥王軍に何をもたらすのか分からない。吉と出るか凶と出るか。」

 

そうつぶやくと、次に彼は自分が仕える冥王について考える。

 

「あの方はこの先永遠に考えを変えられないのだろう。ならば外から新しい風を取り入れば少しは違うのではないだろうか。」

 

 

 

周囲は彼を非情な神としている。その通りだろう。人類全てを死に追いやろうとしているのだからその評価は正しい。だからこそ人間も神々ですら『悪』とみなしている。

 

しかし彼にも事情はあるのだ。上辺だけの情報で『悪』と決めつけることこそが『悪』ではないのか?そしてその事を理解してくれる者達のなんと少ない事か。何故あのお方がここまで苦しまねばならぬのだ。そしてそんな状況を変えられぬ我が身が、何よりも恨めしい。故にこの者ならばあるいはと期待してしまう。自分で調べ、その者を理解してくれようとしているこの者ならば、我が主を変えることはできずとも心に何かを残してくれるのではと。

 

 

 

己の主の未来に心を痛めるその金髪の男こそヒュプノス、『眠りの神』として冥王ハーデスに仕える双子神の一柱である。

 




次回から本編が開始します。

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