この話もとうとう10話です。
暑い日が続きますが、体調にはお気をつけてください。
一歩一歩、焦土を踏みしめながら杳馬が凱旋してくる。
その悠々とした態度からは、この程度の戦果は全く誇るに値しないと言わんばかりである。
圧倒的な強さだった。
決して弱くないであろう敵を、ただの一撃も許さずに撃退した杳馬の実力。それは行人を畏怖させるのに充分なモノであった。
(なんて力……ここまで差があるモノなのか!?)
そんな弟子の心情などお構いなしに、杳馬が早速感想を聞いてきた。
「さァて、人生初の
「どうって、ただ凄かったとしか……」
予想はしていたが聞きたい答えではなかったので、杳馬は改めて言い直す。
「オーケー、俺の聞き方が間違ってたなァ。テメエだったら、俺をどうやって倒そうとした?」
先程の戦いで行人にして欲しかったのは、己より強い敵と遭遇した場合にどう戦うか、頭の中でシミュレーションする事である。偶然、相対した敵が自分より強いからといって、そう簡単に逃げ出していたら戦士は務まらない。戦う事が仕事なのだ。せめて、相手の情報をできるだけ引き出すか、援軍が来るまで粘らないといけない。
少しばかり考えた後、行人は自分なりの答えを語り始めた。
「……最後の技ですが操作性を高める為に、あらかじめ本数を絞って攻撃しています。そうやって師匠を岩山まで追い詰めた後、上から全ての鞭を振り下ろします。ですがそれは囮で、本命は真下に忍ばせていた一本です。それを上に気をやっている師匠に向かって襲わせますね」
地下にはマグマが流れているので、
「まァ、そんなトコが無難だろうなァ。足りないモノがありャ、他で補うっつうテメエの判断は間違っちャいねェぜ。……で、だったらそれを実行するのに必要なモノは何だか分かるか?」
「
攻撃力を高めるには大きく分けて二種類の方法がある。
一つは
一般的にはこれが最も広く知られている。『聖闘士星矢』という物語の中では、基本これをより高めている方が勝利している。
ただし、そんな簡単に高められれば誰も苦労はしない。
例えるなら、
よって、少ない
二つ目は
かいつまんで言えば、対象物に接触する部分だけ強力であれば良いのである。高める事が出来なくても、上手くコントロールして薄く研ぎ澄ませば、拳に込められた
つまりバケツいっぱいの水をそのままぶつけるよりも、固めてからぶつけた方が痛いという事だ。
このように、使用している小宇宙の量は同じでも、使い方次第で殺傷力が格段に変わってくるのである。(それでも、会得する為には血の滲むような訓練が必要になるが……)
「そうそう。高めちまうと攻撃力が上がるが、今度は隠密性が犠牲になる。どこから来るのか丸分かりだ。だから研ぎ澄ませて切れ味を上げちまえば、ドリルのように楽に地中を掘り進める事ができるワケだなァ」
弟子がちゃんと考えて見ていたようで無駄な時間にならずに済み、杳馬はホッと安堵した。これなら修業密度を、数段高めても問題ないだろう。コイツ、結構頑丈だし。
そんな師のよからぬ考えを察知し、行人は悪寒に体を震わせるのだった。
◇
グスタフを倒した後、探索を再開した行人達はある一軒家を発見した。今まで見てきた家屋と異なり、比較的造りが新しい建物である。ココこそ、彼が寝泊まりしていた場所に違いない。
屋内を調べると意外と小奇麗に片付いている。食卓、台所、本棚、寝所などといった生活に必要な最低限のモノが揃っていた。
その中で行人達は真っ先に本棚を漁り始めた。グスタフが何の目的でこの島にやって来たのか、情報収集する必要があったからだ。そして見つけたのが、彼が書いたと思われる日記である。
その内容というのが――
『今日も何もない一日だった』
『夕方、雷が鳴った』
『暇だ。何時になったら帰れるんだろう』
『イタリアに帰りたい。イタリアのピッツァが食べたい』
『カテリーナから手紙が届いた。嬉しかった。内容は別れ話だった。泣いた』
――という、なんとも哀愁漂う内容だった。
「んははははっ!! イーッヒッヒッヒッ! は、腹が……よじ…れるゥ~~!!」
「師匠っ、不謹慎ですよ! 他人様の日記を勝手に読んでおいて、笑わないでください!!」
この日記は行人の涙腺を緩めたが、何故か杳馬にはツボにはまったらしい。どういう神経しているんだと行人は絶対零度の視線で訴えるも、諦めて再び日記の方へ視線を落とす。
『それもこれもユドのせいだ。あのクソ犬が調子こいて島民を皆殺しにさえしなければ、拷問という手が使えたのに…。
時を動かすどころか、時を止める男がやって来るとは夢にも思わなかっただろう。つくづく報われない男である。後で彼の分の墓も作る事にし、パラパラとページをめくり続ける。
後半になると罵詈雑言がページに埋め尽くされており、真っ黒に染まって目も当てられない。まるでサイコホラーの
やはり手がかりになるのは冒頭の部分だろうと思いながら、あるページで行人はめくる手を止めた。
『アレを回収するよう任務を言い渡されたが、難航している。管理者の住居を捜索しようにも、情報漏洩を防ごうとしたのだろう。建物ごと焼却されて、めぼしいものは残されていなかった』
行人はこの部分がどうも気にかかった。この土地で価値があるモノといえば一つしか思い浮かばない。そして、彼が『任務』でこの地に訪れていたとすれば、命令を下した者達がいるという事になる。そこから考えられるのは――――
(修業しないといけないけど、厄介事が起きそうだなぁ。はぁ、不幸だ……)
思わず溜息を吐いても罰は当たるまい。まだこの島に来て一日目なのだ。初日からコレでは前途多難だろう。
これから起こるだろう我が身の不幸を呪いながら、いまだにバンバン床板を叩きながら笑い転げる罰当たり者を正気に戻すべく、日記を丸めて彼の頭目掛けて振り下ろすのであった。
◆
アドリア海に浮かぶ都市ヴェネチア。
この地は『アドリア海の真珠』、『水の都』の異名で知られている世界でも有数の観光名所である。
だが、どんなに光で満ちた場所もその光が強い程、闇もまた濃くなるものだ。その証拠に町の一角には、地元の人間ならば近づかないのは暗黙の了解とされている場所があった。
見た目は豪邸だというのに、館から漂う不穏な気配が館を魔窟に変えて台無しにしている。
ここにまつわる噂は裏社会の住人ですら震撼させた。
――――曰く、敵対した者は異常な死に方をする
――――曰く、摩訶不思議な力を持つ
――――曰く、彼らは人では無い
奇しくも、それらの噂はあながち間違いではなかった。
そして今、その噂の元凶となった人間が眠りから目覚める。
◇
「グスタフが死んだな」
金貨が撒き散らされた寝台から一人の男がゆっくりと起き上がる。白髪の頭髪は結い上げられており、顔の右側についた十字の傷痕が痛々しいが、そこから放たれる眼光は野獣の如くギラついている。男は外套からお気に入りの葉巻を取り出して一服し始めた。
一仕事終えた自分への褒美があるというのは素晴らしい。あの仕来りと節度しかない
『褒美とは、その人間にとって価値あるモノでなければいけない』
赤子に金貨を与えても、ただのキラキラ光るだけの板としか認識できないだろう。
――俺は違う
字も読めない人間に本を与えても、薪に火をつける為の火種にするくらいだろう。
――俺は違う
成果を上げさえすれば、金、酒、女などのそれに見合った様々な報酬を与えてきた。その結果は今、目の前の光景が物語っている。
『苦労して得た力を己の幸福の為に使って何が悪い。自分の技は、自分の為に使うべきだ』
彼らは聖人じみた生き方よりも、人間としてこの世を楽しむ事を選んだのである。
やはり連中と袂を分かって正解だったと、男は肺に充満している紫煙を吐き出す。
煙の先にはテーブルに着いた男達が宴を各々に楽しんでいた。
「……という事は、ようやく
両脇に美女を侍らせ、大物が釣れたと黒い肌に片眼鏡をかけた男の表情が喜色に染まる。
「つまらん。刺客の首でも取ってくれば見直していたものを……。やはりあの小僧は役立たずよ」
眼前に広がる豪奢な料理を頬張りながら、巨漢の男が厳しい評価で切って捨てる。
「その通り。
賛同するのは芸術家が作成した彫刻の如し風貌を持つ麗人。その見た目とは裏腹の冷徹な心でかつての仲間の不幸を願う。
「そこまでにしておけ。かつて共に戦場を駆けた仲なのだ。ここは奴の為に冥福を祈ろうではないか?」
そう言いながら仲間を諌めるのは、僧侶服に身を包む髭を蓄えた男。だが手に握られている酒瓶と嘲笑のせいで、本心から語っているわけではない事を周囲に伝えていた。
部下達の反応を一通り聞き終え、白髪の男がこれからの方針を決める。
「なんにせよ、
首領である彼の背後には、オブジェ形態の
――かつて
彼は
『罪から出でし所業は、ただ罪によって強力となる』
彼の掲げるこの信条とカリスマに心酔した者達が次々と集い、作り上げた組織は急速に成長を遂げていった。
―――その名を
構成員の幹部クラスには
人間の業より生まれし闇の戦士達が動き始めた。