とある冥闘士の奮闘記   作:マルク

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更新が遅くて、誠に申し訳ありません。
体調を崩してしまい、朦朧として書いていたのが拙かったようで、何度も書き直す事になりました。
皆様、夏風邪には御注意してください。

お気に入り件数も279件!! 300件まであと少しのところまで来ました。

これからも応援よろしくお願いします。



09/地獄(後編)

「ウオォォォォォォ!!」

 

雄叫びと共にグスタフの剛腕から繰り出される拳が、杳馬のニヤついた顔面目掛けて叩き込まれる。拳速が速すぎて行人でも腕から先の拳の部分が霞んで見えない程の一撃だった。あれを喰らえば骨折どころでは済まずに、首なし死体が一つ生産されることは火を見るより明らかである。

 

「なっ!?」

 

「ありゃ、この程度? それとも手加減してんのか? 余裕だねェ~」

 

だがこの男は常人ではない。人間に堕とされた身とはいえ、杳馬は冥闘士(スペクター)でも屈指の実力を誇る男である。グスタフの拳は無造作に挙げられた片手一本によって防がれていた。

 

杳馬の素性を知る者からすれば当然の出来事だが、グスタフが驚愕していたのはもっと別のところだった。

 

(馬鹿な!? 今、こいつは何をした!?)

 

流石に一撃で倒せると思う程、己の技量に自惚れている訳では無い。あそこまでデカい口を叩く以上、多少は苦戦するかもしれないという予感はあったが、これは想像の範疇を超えていた。そう、小宇宙(コスモ)を扱う者だからこそ、これを認める訳にはいかない。

 

 

小宇宙(コスモ)を使わずに防がれるという事態を……

 

 

熟練者ならば小宇宙(コスモ)を使いバリアを張る事ができる。

 

小宇宙(コスモ)を集中させて防ぐ方法だってある。

 

しかし、それらだとどうしても互いの小宇宙(コスモ)が干渉しあうはずなのに、そんな気配はまるで無かったのだ。拳から伝わってきた固い壁の感触の正体が一体何なのかが分からなければ、ダメージを与える事ができない。

 

 

「おやおや、もうお終いかい?やっぱ大した事無ェんだなァ。威勢が良いのは図体と口だけか~」

 

「クッ、ほざくなぁぁぁぁ!!」

 

何かの間違いだと言わんばかりに攻撃を再開する。今度は蹴りも加えた連続技だが、結果は先程と同じだった。拳も、蹴りも片手で防がれて全く通用しない。杳馬が攻撃を受け止めて生じる突風が、虚しく荒野から砂埃を巻き上げ続けた。

 

(クソッ! 一体どんなトリックを使っている!!)

 

あまりにも得体の知れない敵に不気味さを感じながらも攻撃の手は一層激しさを増していき、さながら暴風と化していった。

 

 

そんなグスタフとは対称的に杳馬の内心は冷ややかなものだった。

 

(こんなモンかなァ。やれやれ手加減も楽じゃねェなァ、ったく)

 

その気になれば瞬殺するなど朝飯前だが、今回はそのような真似は許されない。今後の行人の組手で、どの程度の力加減が必要になるか分からない杳馬は基準となる物差しが欲しかった。そんな時に現れたのが目の前のグスタフという男である。この男の強さを参考にすれば、少なくともやり過ぎる事は無いだろうと踏んだのだ。

 

 

更に、物は試しと弟子の防御(ディフェンス)を自分流にアレンジしてみたのだが、思っていたよりもきわどい。だが、これからの修行法のヒントは手に入れたのだから良しとしておいた。

 

(欲しいモノは手に入った事だし、可哀そうだが精々最後まで踊ってもらおうかねェ)

 

 

「そろそろこっちから攻めても良いよなァ!!」

 

杳馬が迫りくる拳の中から一つを選び、その腕を掴んで後方に背負い投げる。グスタフはなんとか空中で体勢を整えようとするものの、追撃としてやってきた杳馬の跳び蹴りが許さない。

 

「ぐはっ!?」

 

鳩尾に打ち込まれた体は20メートルほど吹き飛ばされ、小高い岩山に身を埋める事になった。激痛が体を襲うが気にしている暇はない。

 

グスタフが意識を己の体にやった僅かな間に、死が目前に迫っていた。傷ついた体に鞭を打って起き上がり、杳馬の反撃に備える。

 

「コイツはオマケだ! とっときなァ!!」

 

杳馬から先程のお返しとばかりに拳の雨が降り注ぐ。始めは一つ一つの拳を見切っていなしていたグスタフだが、その表情が徐々に強張っていく。

 

拳速が少しずつ上がっていき、対処がそれに比例して困難になっているのである。

杳馬の意図に気づき、あまりの恐ろしい企みに戦慄した。

 

(こ、この小僧……俺を嬲り殺しにする気か!?)

 

マッハ1…マッハ2…マッハ3…マッハ4…

 

死に物狂いでこの拳から逃れようとするが、苦労して一撃を防いでも次弾がそれ以上の速さでやってくるので抜け出せない。始めにあった余裕はもはや無い。

躱し切れずに棒立ちになったグスタフには、死神の鎌(デスサイズ)が己の命を刈り取る為にゆっくりと近づいてくるのを感じていた。

打開策を考えている間に無情にも速度の上昇は続き、マッハ8を超えた辺りで遂に防御が限界を迎える。

 

「グァァァァァァッ!!」

 

拳が打ち込まれるたびにグスタフの身体が後退するが、背後にある岩山のせいで後方に吹き飛ぶことができず、前方からの集中砲火を受け続けなければならなかった。

 

 

――ツ……ナエ

 

――ツミヲツグナエ

 

空耳だろうか。離れて見守る行人には、この島で殺された者達の怨嗟の声が聞こえるような気がした。

 

暗黒聖闘士(ブラックセイント)は欲望のままに生きる事を良しとする者達である。

 

成程、確かに欲は大切だ。

財欲、支配欲、性欲、権力欲、生存欲といった具合に、どれもが人間に無くてはならないモノである。これが無い人間はもはや人間ではないのかもしれない。だが、だからと言って免罪符になるわけではない。それでは獣と大して違わないではないか。欲望はあくまでエネルギー源でしかなく、その後に行う行動こそが問われるのだ。大切な者を守りたいと思うのも欲だし、死にたくないと思うのも、理性的に生きたいと思うのも欲だ。しかし彼らは、それを己の正当化に使う。酷い者は教会の神父などを毛嫌いし、あまつさえ殺してしまう者もいるくらいだ。

 

そんな彼らの犠牲者の為に、悪魔が鎮魂歌を奏でる。

悪魔の磔刑(たっけい)によって生じる鳳凰の苦悶の声と打撲音が、怨念で満ちた死者の霊魂を鎮め、一人また一人と天へと帰す。

 

今まさに、灼熱地獄は悪魔によるコンサートホールと化した。

 

限界など知らぬとばかりに拳速がヒートアップしていく。それにつられるかのように、弾幕もその様相を変えていった。

 

最初は拳の雨。雨から豪雨。豪雨から嵐。そして最後に迎えた先は……。

 

(こ、これはっ!?)

 

グスタフは薄れゆく意識の中で、杳馬の拳の軌跡が無数の閃光を描くのを目撃する。

小宇宙の真髄とされる第七感覚(セブンセンシズ)に目覚めた者のみが引き起こす事ができる奇跡の技が、そこにあった。背にしていた岩山がその凄まじい衝撃に耐えきれずに崩壊し、彼の身体は遥か彼方へと吹き飛ばされる。

 

「グッ……お…おのれ…!」

 

守護星座に不死鳥を持つ者としての矜持か、それでもグスタフは立ち上がる。

暗黒聖衣(ブラッククロス)の大半の破損と引き換えに、ギリギリのところで意識をつなぎとめる事ができたが、次に同じ攻撃を喰らえば命は無い。かといって逃げ出すという選択肢も取れない。わずか1秒で、地球を7回半動ける速度を持つ男に背中を向けるというのは愚策の極みだ。

 

勝てないし、逃げられない。

 

まさしく王手(チェックメイト)に嵌ってしまった。

 

「どうよ、流星拳の味は? さあて大ピンチだけど、どうする暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ? こんなモンが全力な訳ねェよなァ。もっと必死になれよ、自分の命が懸かってんだぞ。男だろ? 次、半端なモン見せるようなら――――本気で殺しちまうぞ」

 

杳馬が最終通告を告げたと同時に殺気が放たれる。それを受けたグスタフは己の体が惨殺される光景を幻視した。

 

(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!)

 

心が恐怖一色に染まるが、なお正気を保っていられるのは経験のおかげだった。

 

――グスタフはコレを知っている。

この生きながら蛇に飲み込まれる蛙のような気持ちを知っている。

 

まだ怖い者知らずの若造だった頃、興味本位でとある組織に戦いを挑んだ事があった。

結果は惨敗。その組織の長が纏う、同じ人間とは思えないような空気に圧倒され、気がついた時には彼の前に跪き、命乞いをする自分がいた。本能がアレには勝てないと認めてしまったのだ。その後、彼の配下に加わる事でなんとか生き永らえる事が出来た。最初の頃は憤りを感じ、いつか寝首を掻いてやると息巻いていたが、時の流れと共にそれも消えた。今では彼の手足に堕ちた事に喜びを感じさえしている。

 

立派な負け犬だった。

しかし何の因果か、それを払拭する機会がここにある。この男を倒し、首領(ドン)に出会う前の自分に戻ってみせよう。

 

 

光速拳によってボロボロにされた身体に再び活力が戻る。

 

――心の小宇宙(コスモ)を燃やし、奇跡を起こせ

 

何故か、事ある毎にそう説いていた師の事が頭に浮かんだ。厳しいだけの師と過ごした辛かっただけの修業時代。例え乗り越えたとしても、待っているのは黄金聖闘士(ゴールドセイント)ですら死亡するという聖戦だ。こんな事に自分の人生を食い潰されるのは我慢できなかった。故に逃げ出し、暗黒聖闘士(ブラックセイント)となった。だというのに……。

 

(不思議なモノだ。最後の最後で縋るのが、かつての師の言葉とは…)

 

「いいだろう。ならばとくと味わうがいい!!」

 

グスタフから小宇宙(コスモ)が膨れ上がり、拳から炎が発生する。それと同時に周囲の気温が少しずつ上昇していった。燃え上がる腕を杳馬に真っ直ぐ向け、グスタフが死の宣告を与える。

 

「受けろ、デスクィーン島の地獄の炎を! デスクィーン・インフェルノ!!」

 

紅の炎が疾走る。

 

あまりの高熱により灼熱の大地ですら燃やされ……いや溶かされてしまい、決して消えない深い傷をつけていった。

 

全ては怨敵を殺す為に…。

 

そして爆炎が杳馬を包み込み、炎の着弾により巻き起こる熱風で一際大きな砂塵が周囲を舞う。

 

骨すら残さない己の技の功績に満足し、グスタフは勝利を確信する。

 

「クッ、ククッ、ハーッハッハッハッ。勢い余って殺してしまったが、まあいい。こっちの小僧に話を聞くと……な、なんだとッ!?」

 

「やれやれ、あんだけ発破かけてこの程度かよ。期待外れもいいとこだぜ」

 

魂を凍りつかせる様な冷たい声が焦土と化した地に響く。聞こえる筈がない声に振り返った彼は信じ難い光景を目にした。

 

炎の中から姿を現す杳馬。

衣服には焦げ跡一つ付いていない姿に彼の自尊心(プライド)に罅が入り始める。

 

 

だが、その絶望から救ったのは組織の任務で修羅場を乗り越えてきた事で得た直感だった。

己の放った技は決して無駄ではない。おかげで爆炎を阻んでいた見えない壁が、トリックの正体を見破るヒントだという事に気づく事が出来たのだ。正体さえ分かれば、戦いようがある。

 

そして、外から師の戦いを見ていた行人も同時に気づいた。

 

杳馬は攻撃が当たる直前に、手前の空間を時間停止の能力で『盾』に形成していたのである。時が止まっているが故に、体までダメージを伝える事が出来ない。グスタフが気づかなかったのは、盾が必要最小限の面積しかなかったからだ。

 

この盾はまさに理想の剛体である。空間の壁は振動せず、熱も音も通さない。これを超える事は至難の業だ。

 

もはやグスタフの勝機は風前の灯だと誰もが判断した。

 

 

「面白い技を使うな。『空間』を操るとはこのグスタフ、思いもよらなかったぞ」

 

 

――――訂正しよう。グスタフの勝機は『完全』に消え失せた。

 

((違ェよ!!))

 

そしてこの時、確かに師弟の心は一つになった。

 

グスタフの名誉の為に付け加えるが、彼の勘違いも仕方が無いと言えなくもない。空間に作用している事は間違ってはいないし、何より『時間』を操れるという途轍もない発想に辿り着ける者が何人いることやら……。

 

特に行人は原作知識があるからこそ見抜けたのだ。

 

 

「今度こそ地獄へ送ってやる。喰らえ、このグスタフの最強の技! インフィニティ・プロミネンス!!」

 

咆哮と共にグスタフの拳が大地に突き刺さる。するとその一撃が引き金となり、デスクィーン島の火山活動が最大級で発動した。

 

地割れを起こす程の地震と共に、至る所で複数の火柱が天を衝く。そして次の瞬間、その火柱が鞭のようにしなり、杳馬へと襲い掛かってきた。

 

「うおッ、よッ、ほいッ。うへッ、怖ェー怖ェー。なんだよ、ちゃんと良い(モン)があるじゃねェか」

 

口では危なげに言いながらも、杳馬は器用に炎を躱していく。彼はこの技の特性を高く評価していた。先程とは異なる全方位(オールレンジ)攻撃。前方に盾を作ったとしても、この技なら後ろから攻撃されるので無意味だからだ。しかも足場は地震によってまともに立つ事ができず、頭上からは常に降り注ぐ火の岩がある。

デスクィーン島の地形すら利用したこの技は、並みの聖闘士(セイント)では太刀打ちできない代物だった。

 

だが、それすらもこの悪魔には通用しない。

 

「な…何故当たらん!?」

 

敵を一向に捉えられず愕然と声を上げてしまうグスタフに、杳馬は冥土の土産に教えてやる。

 

「残念だったなァ! そいつは複数の敵に対して使うべき技なんだよ! それで敵に止めを刺した事は何回ある!? 身の丈に合わない技は邪魔でしかねェぞ!!」

 

火柱の数が増えれば当然操作も困難になる。故に攻撃速度が遅くなってしまい、至極躱しやすい技になるという欠点が生じたのだ。杳馬の最高速度は光速、そして能力を応用すれば空中に足場を作れるので相性が極めて悪い。

最後に、この技は島に赴任されてから身に着けた技だ。人間に使用するのも、今回が初めてである。グスタフの最大の不幸は仮想敵になってくれる人間がいなかった為に、技の欠点に気づく機会を得られなかった事だろう。

 

「さーて、そろそろ用済みの役者は退場を願うぜ!」

 

杳馬が懐に手をやり愛用の懐中時計を操作する。すると先程まで意志を持っているように動いていた炎が、突如活動を停止した。

 

そう、これこそが彼の切り札。

 

盾にも矛にもなる、己が神であった事を証明する至高の力にして残滓。

 

「こ…これは、まさか時間を……」

「じゃあな、暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ。お勤め御苦労さん。俺の手に掛かる事を、あの世で自慢するんだなァ」

 

杳馬が指差して狙いを定める。あらゆるモノは決して抗う事の出来ないものがある。それが『時間』だ。それを征する者は全てを征すると言っても過言ではないだろう。そして今回、狙う先はグスタフの肉体が経験した『時間』。

 

「リワインド・バイオ!!」

「ギャァアアアアァァァァァァ!!」

 

技が発動したと同時に、グスタフの時間が逆行する。身長が、手足が縮み、肉体がどんどん若返っていく。成人…青年…少年…幼児、遂には胎児以前にまで時を戻されてしまい……。

 

 

一人の暗黒聖闘士(ブラックセイント)は断末魔の雄叫びを上げながらこの世から消滅したのだった。

 




今回の遅筆の理由の一つに、杳馬とのパワーバランスをどうしようかというものがありました。
少しグスタフを強くし過ぎましたかね?

次回もよろしくお願いします。

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