とある冥闘士の奮闘記   作:マルク

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す…凄い、まさかこんな日が来るとは。登録して下さった皆様には、感謝しきれないほどの気持で一杯です。
大変お待たせして、申し訳ありません。筆が思うように進まず、書いては消してを繰り返していました。
GWの前後がとても忙しく、中々書く時間が取れなかったというのもありますが…。
ああ、文才と時間が欲しい。(泣)




08/地獄(前編)

前回の杳馬の言葉を覚えているだろうか?

 

『言っちまったらツマンねェだろ?』という部分に注目してほしい。

 

修業地を除き、日本以外の土地はほとんど知らない行人に、その場所の名前まで秘密にするのを不思議に思うだろう。これはその土地名に『不穏な』単語があるからだと行人自身は睨んでいる。授業で異国の言語を学んでいた為に、気づかれる恐れがあるから言えなかったのだろう。

 

そして、その答えは現在の行人の視界を埋め尽くす『赤』が雄弁に語っている。大地は荒れ果てて、空からは燃える岩が隕石の如く振ってきては地面を抉り取る。彼方から聞こえてくる、その岩を吐き出しているであろう音はまるで怪物の遠吠えの様だ。

 

そう、この場所は『デスクィーン(死の女王)島』と呼ばれる赤道直下の南太平洋にある島。

 

 

愛する弟(瞬)の為なら大海、冥界、エリュシオン、遂には過去という時間の壁すら越えて助けに現れ、冥王に向かって往復ビンタをぶちかます事ができる男。

 

『聖闘士星矢』の屈指のチート戦士、『鳳凰座(フェニックス)の一輝(いっき)』の修業地である。

 

 

到着してこの光景を見た行人の感想はただ一言、

 

「ここは……地獄だ」

 

としか言いようが無かった。嫌な予感は何故かよく当たる己の直感が恨めしい。

しかも目の前には、この島の住民だったと思われる大量のバラバラ死体が転がっており、この気温のせいで放たれる異臭が、行人達の顔を顰(しか)めさせる。倒壊した家屋の間から生えて、力なく項垂れている腕が悲壮さを漂わせていた。

 

(何、これ?島に着いた途端、出迎えてくれたのが死体なんて幸先が悪すぎるだろ!この惨状を作った奴の頭をカチ割って、中を見てみたいよ!)

 

未だかつて味わった事の無い濃密な『死の香り』に、行人は口を抑え胃の中身をぶちまけそうになるのを必死で堪える。

 

 

「う~ん、こいつは放っておくと疫病が起きちまうかもしれねェなァ。仕方ねェ、適当な場所を見つけて埋めちまうか。探すついでに死体も集めとくぞ」

 

せっかく来たのに思いも寄らない事態に眉をひそめながら、まずはこの遺体を弔おうという杳馬の提案に、行人は喜んで飛びついた。幾らなんでもこのまま放置というのは、死者に対する冒涜でしかないからである。

 

 

 

 

戦ったのであろう農具の残骸を握ったまま絶命している男

 

この世のモノとは思えない程恐怖に満ちた顔をしている老人

 

愛らしい顔立ちをしていた筈の頭を失った子供

 

逃げようとしていたのか海岸近くで胸を貫通された女

 

 

散策を続ける程、様々な遺体と出会う。まともなモノは一つも無く、老若男女例外なく皆殺しにされていた。  

 

 

そして降り注ぐ火の雨を躱しながら、ようやく安らかに眠れそうな場所を見つけた行人達は、家屋から木材やスコップ等を拝借し、墓を作り始めた。

 

この時、遺体の一人一人の口の中に貨幣を入れて置く事を忘れてはならない。

 

 

ギリシャ版の三途の川で有名な『ステュクス河』。

 

ここでは『渡し守のカロン』が獣の皮を縫い合わせた小舟を使い、毎日無数の死霊を冥界に連れて行く。

残酷で無慈悲(良く言えばプロフェッショナル)な彼は河岸で亡者を厳しく選別し、条件を満たさない死霊は絶対に乗船を認めない。無事に冥界まで乗せてくれる条件というのが、『死後、口の中に渡し賃として支払う為の1オロボス貨幣を入れてもらった状態で、墓に埋葬された者』というものだ。これを満たさない者は、この世でもあの世でもない存在としてステュクス河の岸辺で200年間順番待ちをしないと、舟には乗れないのである。

然るべき作法に則って死者を埋葬するという行いは、あの世への旅仕度を整えるという意味を持つので、決して疎かにしてはならない。

 

 

今回、手持ちの路銀ではとても足りなかったので、貨幣は家の中にあった故人の物を使用した。(決して、杳馬が出し渋った訳では無い)

 

 

 

 

 

苦労して全員の埋葬が終了し、ようやく一息つこうとした時に杳馬が突然あらぬ方向に向かって声を張り上げた。

 

「おい、そろそろ顔ぐらい見せろや!いくら俺が良い男だからって、ストーカーに好かれて喜ぶ趣味はねェんだよ!」

 

するとどうした事か、あれ程力強く脈動していたこの島から音が消え去った。まるで何かに怯えるかのように……。

 

「ククッ、気配や殺気は隠していた筈なんだがな。それに気づくとはお前ら、一体何者だ?」

 

杳馬の言葉に反応して現れた男は、不可思議な鎧に身を包んでいた。

ヘルメット型のヘッドパーツ、上半身を覆うチェストパーツ、背中からチラチラ顔を出す3本の尻尾のようなモノという特徴があるが、行人が何より注目したのは『色』だった。

 

その色は、光すら飲み込んでしまいそうな深い闇の色である『漆黒』。

 

行人はその鎧に心当たりがあった。

かつてアテナの聖闘士を目指していたにも関わらず、聖闘士の力を表面だけしか会得できずに聖闘士の称号を得られなかった者や、聖域(サンクチュアリ)の掟に背き、私利私欲にその闘技を振るってしまったが為に聖闘士の称号を剥奪された者がいた。彼らは当然聖衣を纏う事は許されず、聖衣の代わりにあるモノを纏っていた。形状こそ自分の守護星座と同じだが、色だけは異なっており何故か『漆黒』に統一されていたという。

あまりの悪逆非道により、アテナの愛からも見捨てられた者達であるその名は……。

 

 

「あの程度で?あの程度の隠行を見破っただけで、もう俺達警戒の対象なわけ?一回修業し直した方が良いぜ。ああ、そっかァ。修業してもこのレベルだから、聖闘士にいつまでもなれねェんだなァ。その無能ぶりに同情してやるぜ、暗黒聖闘士(ブラックセイント)さんよ」

 

 

本日も杳馬節はフルスロットルである。男から立ち昇る小宇宙が僅かに強まるも、すぐに落ち着きを取り戻した事から、かなりの実力者という事が窺い知れる。

 

 

「フンッ。この暗黒鳳凰座(ブラックフェニックス)のグスタフを前にしてその態度は褒めてやる。聖域が送り込んできた聖闘士かと思い様子を窺っていたのだが、そうでもなさそうだな」

 

挑発する杳馬を余所に、行人は突如現れたグスタフと名乗る男に問いかける。

 

「ここの島民を殺したのは貴方ですか!?どうしてこんな事ができるんです!?」

 

原作知識により答えを知っているとはいえ、行人は聞かずにはいられなかった。同じ人間であるにも関わらずここまで容赦なく殺せる者を、同じ人間だと本能で認めたくなかったのである。未だに前世で身に着けた価値観に彼は苦しめられていた。

 

「小僧は黙っていろ!!お前らは俺の質問にだけ、答えさえすれば良いんだ。さて、お前らがここに来た理由を教えてもらおうか?」

 

だがそんな行人も小宇宙を乗せた恫喝により、体を硬直させられる。もしこれが常人ならば、腰を抜かして戦意喪失は免れなかったであろう。

 

それに対し、庇う様に前に出た杳馬は言われた通り素直に返してやった。ただし、『真面目』にでは無かったが…。

 

「観光」

 

「ふざけるな!!どこの世界にこんな場所を観光に来る馬鹿がいる!!」

 

さすがのグスタフもこの返答は無視できずに、怒り出す。

 

「んははは。でもさァ?本当の事言ったって、それが嘘か真かなんてどうやって見極めるワケ?それともテメエは人が言った事、そのまま鵜呑みにしちまうのかい?ハッ、こいつは驚きだ。立派なのはデカい体だけで、おつむの中は子供のままときたもんだ。親御さんが草葉の陰で泣いてるぜ。『おおグスタフ、いい年した大人が自分の頭で物事を考えられない脳筋だなんて、情けないと思わないの?なんて親不孝な子なんだい。お母さん恥ずかしくて、ご先祖様に顔向けできないわ』ってなァ」

 

芸細かく裏声を使いながら泣き真似を始めるが、そのセリフは弟子の心にも深刻なダメージを与えていた。冥闘士という胸を張って自慢できない職業を真剣に目指している自分を、前世の両親はどう思うだろうと不覚にも考えてしまったのだ。

 

(ヤメたげてよお!もう彼の、いや俺達のライフはゼロなんだよお!)

 

「良いだろう。ならば死ぬ程の苦痛を与えて、命乞いで出た言葉を真実としよう」

 

ハッキリ視認できる程の小宇宙が高まっていく。その顔は能面のように無表情だが、額に浮かび上がった血管を行人達は見逃さなかった。内心が怒りで満ちている事が分かる。あれでは例え真実を語ったところで、最後は用済みとして殺されるのは必至だ。

 

 

(おい、馬鹿弟子。俺の念話が聞こえてたら、三歩後ずさりしなァ)

 

急に頭に響く師の声に驚きながらも、行人は大人しく指示に従う。それを確認した杳馬は小宇宙を使った念話で、グスタフに気づかれないように話を続ける。

 

(やれやれ、その様子なら頭の方は冷えたようだなァ。あちらさんをワザワザ怒らせた甲斐があるってもんだぜ)

 

(はい?どういう事ですかソレ?)

 

杳馬がグスタフを怒らせたのは、ただ戦闘で自分に有利にさせる為だけではなかった。

行人がグスタフに食って掛かるのを見て冷静ではない事を見抜き、このまま戦闘を見せたところでほとんど頭には入らないだろうと判断したのだ。

 

怒りの感情で支配されている人間は、他者が怒っている姿を見ると大抵は冷静になるものである。

 

怒りや憎しみの表情は『鬼』を彷彿とさせる。しかし、人は鏡でもなければ己の顔を見る事はできない。だからこそ人は他者の憤怒の姿を見る事により、己の心に住まう『鬼』という醜さを思い知るのだ。

 

 

事情を説明された行人は、師のふざけた態度にそこまで深い意味が隠されていたとは露知らず、己の道化ぶりに気づく。

言われた通り、確かに自分の中にあった暗黒聖闘士に対する怒りが霧散していたのである。今回、改めて師の底知れ無さを実感する事となった。

 

 

(何をやってるんだ俺は!もうここは戦場なんだぞ!)

 

小宇宙を扱えるようになって、強くなったと思っていた。だが実際はどうだ。挑発された訳でもないのに、戦闘とは別の事で勝手に怒って冷静さを欠く姿は、釈迦の掌の上で得意ぶる孫悟空のようだ。

 

意気消沈した弟子の心情などお構いなしに、杳馬は話を進めていく。

 

(良いか?今から小宇宙を使った戦い方を見せてやる。こんなチャンス滅多に無ェんだから、しっかり学びなァ)

 

 

今から始まる戦いこそ、日本で見たモノとは異なる、『聖闘士星矢』という世界の真の姿。いずれ自分が到達しなければならない領域。

 

 

(落ち込むことは何時だってできる!せめてこの戦いを目に焼き付けて、少しでも自分の糧にしてやる!)

 

待ち望んでいた戦いに備える為に、気持ちを入れ替える。眼に小宇宙を集中し、一挙手一投足に気を配るが、心のどこかでふと思った。

 

(まさか、この状況すら師匠の計算通りじゃないよな?)

 

汚名返上しようと、いつも以上に気合が入っている己の集中力。それによって生まれる小宇宙もかつてない程の高まりをみせていた。

 

自分が師に追いつける日は、果たしてくるんだろうか。

 

 

 

今まで沈黙していたデスクィーン島が戦の号砲をあげる。

空に次々あがる轟音をBGM、吹き上がる溶岩を背景にして、グスタフが駆け出す。

それを不敵な笑みで待ち構える杳馬。

 

 

冥闘士と暗黒聖闘士。

共にアテナと敵対しているが、両者は理由が違い過ぎた。

 

片や、人間の醜悪さに耐えきれないので滅ぼそうとする者

 

片や、清廉な生き方ができずに己の欲望のままに力を行使する者

 

 

 

この世の地獄と呼ばれる灼熱の島、『デスクィーン島』。

ここに、決して相容れない者同士の戦いが開幕した。

 

 

 




おそらく、修行地の予想が当たっていた方々が結構おられると思います。

次回をお楽しみください。


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