怠け者の魔法使い   作:ゆうと00

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この話は台本形式で書かれています。
そのような作風が苦手な方はご注意ください。


番外編6 『ネットラジオ・208プロの片隅にて(後編)』

加蓮「はい! それではここから、皆さんお待ちかねの双葉杏さんに色々答えてもらいましょう!」

 

奈緒「皆さんお待ちかねっていうか、アタシ達も楽しみだったからな」

 

杏「別にみんなが期待してるような答えはできないと思うけど……。変にハードル上げないで、気楽に聞き流すくらいの感じで良いからね」

 

菜々「いやいや、杏ちゃんが答えてるってだけで凄い価値のあることなんですから!」

 

輝子「フヒ……。確かに、凄い気になる……」

 

小梅「わくわくする、ね……」

 

蘭子「“怠惰の妖精”が如何様な魔力を有しているのか、とくと見させてもらおうではないか!」

 

杏「……まぁ、別に良いけどね」

 

加蓮「それじゃあ、最初の質問は……」

 

 

『レッスンの際には、自分でダンスや歌のお手本見せたりはしてるの?』

 

 

杏「これは、相手によって全然違うね」

 

加蓮「確かにそうかも。それじゃ、教える頻度が少ない方から説明してくれる?」

 

杏「オッケー。多分一度も教えたことが無いのは、輝子ちゃんだね。そもそも杏が教えられる範囲じゃないから」

 

奈緒「まぁ輝子ちゃんの場合、そもそも独学で演奏とか作曲とかやってたし、歌に関しても申し分ないからな」

 

杏「それに輝子ちゃん自身が自分の問題点を即座に把握して改善していくから、こっちがわざわざ口を挟むことはまず無いよ。そういう点では、輝子ちゃんには本当に助かってる」

 

輝子「フヒ……、て、照れるな……」

 

杏「小梅ちゃんと蘭子ちゃんは、ほとんど同じくらいの頻度かな? 小梅ちゃんの場合は振り付けといってもほとんど手振りだけだから、簡単なアドバイスに留めてるよ。蘭子ちゃんの場合は振り付けってものが無くてオリジナル楽器の演奏だけだから、アドバイスするとしたら“お客さんに格好良く魅せるにはどうするか”って部分だけだね」

 

加蓮「教えられてる小梅ちゃんと蘭子ちゃんは、杏さんのアドバイスについてどう思う?」

 

小梅「す、凄く役に立ってる……。杏さんがやると、同じ振り付けなのに凄く綺麗なの……」

 

蘭子「普段の“怠惰の妖精”は実に可愛らしい身なりをしておるが、その瞬間のみ“万物を束ねる神”を彷彿とさせる絶対的な力を感じるのだ」

 

加蓮「確かに小梅ちゃんや蘭子ちゃんに何か教えてるとき、一瞬で杏さんの周りの空気が変わるんだよね。教え終わったら、一瞬で元の雰囲気に戻るんだけど」

 

奈緒「んで、残った菜々さんは?」

 

杏「菜々さんは……、うん……」

 

菜々「ちょ、ちょっと杏ちゃん! なんでそこで黙るんですか!」

 

杏「だって菜々さんが、圧倒的に教えてる機会が多いんだもん。ダンスを憶えるまでに時間が掛かるし、レッスンの時点でへばっちゃうことも多いし」

 

菜々「うぐぅっ! で、でも、それは杏ちゃんの方が異常なんですよ! どうして横で振り付けを眺めてる杏ちゃんの方が憶えるの早いんですかぁ!」

 

杏「なるべくレッスンを短くするために、振り付けはなるべく早く憶えるようにしてるんだよ。それに菜々さんがすぐに疲れるのも、余計なところに力が入りすぎなの。力を抜くところはちゃんと力を抜いた方が、却ってお客さんに魅せるポイントが明確になって完成度が高くなるんだよ」

 

奈緒「確かに現役のときの杏さん、凄くダンスが綺麗だったよなぁ」

 

菜々「……今度から、色々と気をつけます」

 

小梅「頑張って、菜々さん……」

 

奈緒「さて、それじゃ次の質問」

 

 

『現役時代から、「寝て起きて寝る」というフレーズをよく口にしていた杏ちゃんですが、最長どのくらい布団の中で過していましたか? そしてその時、何のゲームをプレイしていましたか?』

 

 

菜々「今にして考えれば、こんなキャッチフレーズのアイドルとか前代未聞ですよね」

 

杏「でも仕事自体はちゃんとしてたよ。というか、引退する直前とかむしろ他の誰よりも働いてたからね。完全に詐欺だよ、お客さんに対しても杏自身に対しても」

 

加蓮「あはは……。それで、どうなの?」

 

杏「さすがに現役時代のときはそんなに長くなかったから、デビュー前とか引退後の方が長かったと思うよ。そうだな……、最長だと3日間くらい布団から出なかったことがあったね」

 

菜々「3日間っ! えっ、その間トイレとかは、さすがに行ってましたよね……?」

 

杏「ううん、行かなかった。そもそもその間、ずっと飲まず食わずだったから」

 

奈緒「はぁっ!?」

 

杏「布団の中でゲームして、眠くなったらそのまま寝て、起きたらまたゲームして……。それを延々繰り返していって、3日くらい経ったときに『さすがにヤバイ』って思って布団から出た」

 

菜々「いや、本当何してるんですか……」

 

杏「それで何か食べようと思ってコンビニに行こうとしたんだけど、3日間何も口にしないで寝てたから体がおかしくなってて、すぐそこのコンビニに行くだけなのに凄く苦労したからね。途中で何回もフラついて気を失いそうになって」

 

奈緒「あの、先輩なんで最初に謝っておきますけど――馬鹿かアンタ?」

 

杏「いやいや、さすがにそれで少しは懲りて、自重するようになったんだよ。それからは最低でも、1日1回は食事するようになったんだから」

 

菜々「いやいや、『私成長したでしょ?』みたいなニュアンスで言ってますけど、そもそも食事の時間削ってゲームしてること自体駄目ですからね?」

 

加蓮「ちなみにそのときって、何のゲームしてたの? RPG?」

 

杏「ううん、『一狩り行こうぜ!』のヤツ」

 

菜々「だったら尚更すぐに切り上げられるでしょう……」

 

杏「いや、菜々さんは全然分かってないね。ああいう形式のゲームほど、終わりが分かんないんだよ。ねっ、奈緒ちゃん?」

 

奈緒「なんでそこでアタシに振るんだよ! ……まぁ、確かにそうだけど」

 

菜々「とにかく! ナナ達がいるからには、もうそんな自堕落な生活はさせませんよ!」

 

加蓮「まったくだね。――さて、そろそろ次の質問に移ろうか」

 

 

『初期から発売されているCDやグッズは生産終了する予定とかありますか? 生産を終了されてしまうと新規ファンには何かと辛いので教えてください』

 

 

奈緒「おっ、これは新規のファンの質問かな? 確かに気になるところではあるな」

 

杏「えっと、まずCDやDVDとかに関しては、劇場を設立した当初から『廃盤は絶対にしない』っていう方向性で行こうと思っているから、廃盤することはまず無いよ」

 

奈緒「おぉっ! これはファンにとっては朗報だな!」

 

加蓮「でもどうして、販売する前から廃盤はしないって決めてたの? どっかで聞いたことあるけど、原盤って持ってるだけでお金が掛かるんでしょ?」

 

杏「うん、そう。だからレコード会社は売れない作品を“廃盤”にするんだよね。でもウチでは絶対にしない。だって売り続ける限り、その作品に興味を持った人が買ってくれるからね」

 

菜々「ナナもベテランのミュージシャンに興味が生まれて、その人が昔出した作品を買いたいのに廃盤になってて、もの凄いプレミア価格になってて買うのを諦めたってことが何回もありますよ」

 

杏「今はネットとかで自分達の情報が世界中に流れる時代でしょ? そこでたまたま目に留まった人が杏達に興味を持って、そこでCDとかDVDとかを買ってくれるんだよ。その人達を逃さないことが、将来的にファンを増やしていくことに繋がっていくんだって杏は考えてるよ」

 

加蓮「音楽関連については分かったけど、グッズはどう?」

 

杏「グッズはねぇ……、今のところは大丈夫。店頭のスペースには限りがあるからずっとは置けないけど、買いたいと思えば買えるようにはするつもり。在庫をどこに置くかって問題はあるけどね」

 

加蓮「とりあえず新規のファンは一安心、ってところかな?」

 

奈緒「よし! 次の質問!」

 

 

『アイドルになる際の覚悟や問題点に対し、何かアドバイス有りますか? アイドルは煌びやかに見えて、色々問題や揉めごとも珍しくなく、素質はあるのにそういう負の側面から引け目や苦手意識が有って、アイドル目指さない娘らも多いと思うけど』

 

 

奈緒「確かにここ数年間で、アイドルの数って爆発的に増えたからなぁ。その中の1人であるアタシ達が言うのも何だけど」

 

加蓮「どう、杏さん? これからアイドルを目指そうとしてる子達に対して、先輩として何かアドバイスとかある?」

 

杏「うーん、そうだなぁ……。それじゃ、まずは一言」

 

奈緒「おっ、何々?」

 

杏「――『そんなことは、今すぐ止めなさい』」

 

菜々「えぇっ! まさかの!」

 

杏「いやいや、だって質問にもある通り、アイドルってもの凄く色んなことが起こるよ? そもそも厳しい競争に勝ち抜いていかないとデビューすらできないし、いざデビューしたとしてもその中から売れるのなんて本当に一握りだし、その間もずっとライバル達とか上司とかの煩わしい人間関係のトラブルがあるだろうし、巷でまことしやかに囁かれてるような、完全に否定できない黒い噂とかが自分の身に降り掛かるかもしれないし――」

 

奈緒「そ、そんなこと言っても! それこそ杏さんに憧れてアイドルを目指そうと思う子だっているだろうし、本当にアイドルの素質がある子だって中にはいるだろ!」

 

杏「“アイドルの素質”がある子って、別にアイドルじゃなくても別の分野で成功できる子なんだよね。だったら別にわざわざアイドル目指さなくても良いんじゃない? それでも尚『私はアイドルになりたいんだ!』っていう子がいるんなら、杏が言えるのは『じゃあ少しは覚悟しておけよ』くらいだなぁ。――これが、2年間アイドルやってきた杏の結論」

 

加蓮「……えっと、それじゃどうして杏さんは、もう一度そんな芸能界に戻ってきたの? しかも、普通の生活をしていた菜々さん達まで巻き込んで」

 

杏「うーん……、杏が戻ってきた理由については、ここではあまり話すような内容じゃないから省かせてもらうね」

 

加蓮「えぇっ? でも――」

 

杏「その代わり、さっきの『菜々さん達を巻き込んだ』についての言い訳をさせて。菜々さん達をスカウトしたのは、質問にもあった“アイドルの素質”を持ってたからだよ。でもそれと同時に『せっかくの素質を、つまらない理由で潰させるのは嫌だな』とも思ったんだよ。その方法として採用したのが、今の地下アイドル路線なんだよね」

 

菜々「杏ちゃん……」

 

杏「基本的な活動は、自分達の劇場だけ。346プロの人達に協力を依頼することはあるけど、それはあくまで個人同士での繋がりだけで、そこから業界の他の人達と関わりを持とうとはしていない。テレビやラジオのオファーもほとんど断ってるし、新しいアルバムを出したからってプロモーション活動をすることは無い。つまり、アイドル業界とかからは少し離れた所に身を置いてるんだよ。」

 

小梅「た、確かに……、デビュー前に未央さんのラジオ番組に出た以外は、善澤さんの雑誌の取材以外無い……」

 

輝子「フヒ……。デビューしてからも、“業界人”っぽい人とはあまり会わないしな……」

 

杏「既存のメディアに頼らなければ情報を発信できない時代は、とっくの昔に終わりを迎えているんだよ。杏達がこのスタイルである程度結果を出してることが、何よりの証明でしょ? だからそうだね、これからアイドルを目指そうとしている子達に改めてアドバイスをするとしたら、『アイドル事務所のオーディションやスカウトだけがデビューの道じゃないですよ』ってことかな」

 

加蓮「うーん、何だかモヤモヤする感じ……」

 

杏「あっはっはー。どんどん悩むが良いさー」

 

奈緒「えっと……、それじゃ次が最後の質問になるかな? ――あっ、これなんか良いんじゃない?」

 

 

『完全に現役復帰とは言わないけど、イベント限定とかで同期のあのメンバーらとまた歌いたい、という気持ちは無いんですか?』

 

 

加蓮「杏さん、どうなの?」

 

杏「…………」

 

奈緒「あの、杏さん?」

 

杏「うーん、そうだねぇ……。未来のことは分からないから可能性はゼロじゃないけど、今のところは無いかな」

 

菜々「えぇ、そうなんですかー?」

 

杏「ファンのみんなからしたら急な引退だったかもしれないけど、杏からしたらずっと前から色々考えたうえで決めたことだからね」

 

加蓮「杏さんって、確かソロ活動がメインだったよね?」

 

杏「うん。でもソロよりは頻度が少ないってだけで、ユニットの活動も何回かあったよ。一番長いので、かな子と一緒にやった“CANDY CITY”かな」

 

菜々「あぁっ、懐かしいですねぇ! “シワシワ”!」

 

加蓮「シ、シワシワ?」

 

菜々「どっちの単語もCで始まってYで終わるじゃないですか。だからファンの間では“CYCY”(シーワイシーワイ)って略されてて、それがさらに縮まって“シワシワ”になったんですよ」

 

加蓮「あれっ? でも杏さんって、きらりさんと凄く仲が良かったんだよね? きらりさんとのユニットは、そんなに長く続かなかったの?」

 

杏「あぁそれ、よく勘違いされるんだけど、きらりとはユニットを組んだこと無いんだよ」

 

菜々「あれっ、そうでしたっけ? 何かいつも一緒にいるイメージだったから、当然のようにユニットを組んでるものだと思ってましたよ!」

 

杏「バラエティ番組とかではよく一緒になるんだけど、あまりにしっくり来すぎてイメージが固定化するって理由で、プロデューサーとも話し合ってそう決めたんだよ。むしろ杏が引退する少し前なんて、バラエティ番組での共演すら控えてたんじゃなかったかな?」

 

加蓮「へぇ、そうだったんだぁ……。何だか勿体ないなぁ……。せっかく良い感じのコンビになりそうなユニットがあるんだから、積極的に活かしていけば良いのに」

 

杏「デビューしたての頃に組ませたら杏のバーターみたいな立ち位置にされちゃうし、きらりが売れたら売れたで方向性が全然違うから、お互いに全然時間取れなかったんだよね。だから結局、きらりのユニットは“HAPPY & BURNY”だけになったの」

 

菜々「だったら! 今ならば、ちゃんとした形できらりちゃんとユニットを組めるってことですよね!」

 

杏「だから“今のところは無い”って言ってるでしょ」

 

菜々「むぅ……。でも、見てみたいじゃないですか! 杏ちゃんときらりちゃんのユニット! ――奈緒ちゃんも加蓮ちゃんも見たいですよね!」

 

奈緒「そりゃあ、見られるなら見たいよな」

 

加蓮「うん。多分、他の人達も見たいと思ってるよ」

 

菜々「ですよね! ――よーし! こうなったら、杏ちゃんがその気になるまで毎日言い続けますからね!」

 

輝子「フヒ……、洗脳する気だ……」

 

杏「何このドルオタ怖い」

 

 

 *         *         *

 

 

奈緒「それじゃ、最後はみんなで答えるような質問を募集しようか」

 

加蓮「ほら、後ろで休んでた輝子ちゃんに小梅ちゃんに蘭子ちゃん! 質問に答えるんだから、スイッチをオンにして!」

 

輝子「フヒッ! ご、ごめん……」

 

小梅「み、みんな話すのが早くて、なかなか輪に入れない……」

 

蘭子「ち、沈黙は金なり!」

 

菜々「いや、これトーク番組ですから……」

 

加蓮「あはは……、まぁ無理のない範囲で参加してね。それじゃ、最初の質問は――」

 

 

『女子力と言うか家事力が高いのは誰? イメージ的には奈々が一番得意そうだけど』

 

 

杏「お察しの通り、菜々さんだね」

 

輝子「フヒ……、菜々さんが家事を取り仕切ってるからな……」

 

小梅「劇場の料理も美味しいけど、菜々さんの料理も美味しい……」

 

蘭子「“月よりの使者”は、我らが城の守護神なるぞ!」

 

加蓮「あっはっはっ、菜々さん絶賛されてるね」

 

奈緒「まぁ確かに、菜々さんにはいつも世話になってるからな。本当は居候で見習いのアタシ達がやるべきなんだろうけど、すっかり菜々さんの親切に甘えちゃってるよな」

 

菜々「気にしなくて良いんですよ、奈緒ちゃん。ナナは好きでやってるんですから」

 

加蓮「ちなみに、菜々さん以外はどれくらい家事ができるの?」

 

杏「輝子ちゃんは勘違いされがちだけど、意外と綺麗好きだよね。部屋の中も綺麗に掃除されてて」

 

輝子「フヒ……。余計な菌の繁殖は、キノコの成長の妨げになるからな……」

 

小梅「輝子ちゃん……、時々キノコ料理も作ってくれる……」

 

加蓮「前に輝子ちゃんが作ってくれたキノコ入りパスタを食べたことあるけど、かなり美味しかったよ」

 

奈緒「ってことは、輝子が菜々さんの次に家事が得意ってことだな」

 

加蓮「小梅ちゃんや蘭子ちゃんは?」

 

小梅「お料理とか、全然できない……」

 

蘭子「……魔王にも、できぬことがある」

 

菜々「放っておくと、すぐに部屋が散らかっちゃいますからね。だからナナが定期的に掃除してるんですよ。まったく、2人には困ったものですねぇ」

 

奈緒「とか言いながら、随分と晴れやかな笑顔を浮かべているな……」

 

杏「完全に“手の掛かる子ほど可愛い”を地でいくお母さんだよね」

 

菜々「おか――! 14歳の子持ちになるほど、歳いってないですよぉ!」

 

杏「そこまで?」

 

菜々「……ナナは、17歳です!」

 

加蓮「もはや様式美だね。――ちなみに一応訊くけど、杏さんは?」

 

杏「全然」

 

奈緒「やっぱり……」

 

加蓮「一人暮らししてたとき、食事はどうしてたの?」

 

杏「基本は近所のコンビニで、それすらも億劫なときは出前だね」

 

奈緒「掃除とか洗濯は?」

 

杏「基本放置して、さすがに許容できなくなったら業者に頼んでた。あっ、勘違いされる前に言っておくけど、お風呂はちゃんと毎日入ってたからね」

 

菜々「……壊滅的に家事ができなくても1人暮らしできる時代で良かったですね」

 

杏「本当だね。もし業者が無かったら、多分杏は死んでたと思う」

 

加蓮「死ななくて本当に良かったよ。――さて、次の質問は?」

 

 

『尊敬していたり、憧れているアイドルはどなたですか?(複数OK)』

 

 

奈緒「尊敬しているアイドル、かぁ……」

 

加蓮「私とか奈緒はもちろん凛さんになるけど、多分それじゃ面白くないかもね」

 

菜々「だとしたら、ナナ達も杏ちゃんを外した方が良いですか?」

 

加蓮「もちろん『杏さんが絶対良い!』って思うんなら、それでも構わないけど」

 

菜々「うーん……、やっぱりナナとしましては、杏ちゃんを抜きには語れないといいますか……」

 

加蓮「そういえば雑誌で読んだけど、菜々さんって杏さんのデビューライブにいたんだよね? やっぱりそのときから、杏さんって凄かったの?」

 

菜々「えぇ、そりゃもう! 具体的に言葉にはできないんですけど、何だか惹きつけられるものがありまして……。最初はナナを含めて数人くらいしかいなかったんですけど、ライブが進んでいくにつれてどんどんお客さんが集まってきて、最終的には100人は軽く超えてましたよ」

 

奈緒「へぇ、そんな伝説的なライブだったのかぁ。観てみたかったなぁ」

 

杏「そのライブだったら、確かプロデューサーが資料用に撮ってたから、346プロに戻ったら頼んで見せてもらったら?」

 

奈緒「マジか! 向こうに帰る楽しみが1つ増えたぜ!」

 

菜々「もちろん他の皆さんも素晴らしい方ばかりですし、実際にナナが追っかけをしていた方もたくさんいますけど、やっぱりあの場面を生で観ちゃったナナとしましては、杏ちゃん以外の名前を挙げる訳にはいきませんよ! あのライブを観たからこそ、ナナは改めてアイドルを目指して頑張ろうって思えたんですから!」

 

加蓮「――らしいよ、杏さん?」

 

輝子「フヒヒ……、杏さん、顔紅くなってないか?」

 

杏「……杏のことは良いんだよ。それで、次は誰?」

 

菜々「それじゃ、輝子ちゃんにしますか?」

 

輝子「フヒ、そうだな……。わ、私はやっぱり、李衣菜さんかな……。ギターを弾き始めたときも、李衣菜さんが作った曲のコピーから入ったしな……。他には李衣菜さんと一緒にバンドを組んでる夏樹さん達とかも、私は凄いなっていつも思ってる……」

 

奈緒「やっぱり、そうなるよなぁ。――確か李衣菜さんって、デビュー前から注目されてたんだっけ?」

 

菜々「はい、そうですよ。みんなのデビュー曲とかアルバムに曲を提供していて、それの出来が素晴らしいって評判だったんです。“奇跡の10人”の中で李衣菜さんが一番最後にデビューしたんですけど、デビューライブで既に数千人規模の会場を満員にしてましたからね」

 

杏「その頃にはみんな結構売れ出してたからね。それを陰で支えていたアイドルがデビューするってなれば、話題性もかなりのものだったからね。李衣菜がデビューしたことで、世間で言うところの“奇跡の10人”が出来上がっていったような気がするよ」

 

奈緒「その勢いが今も続いてる……っていうか加速してるのが凄いよなぁ。今じゃソロだけじゃなくて夏樹達とバンドもやってるし、他のアイドルへの曲提供もやってるんだろ?」

 

加蓮「そういえば、小梅ちゃんって元々涼の知り合いだったんだよね? 李衣菜さんの家にも出入りしてたって」

 

小梅「う、うん、そう……」

 

加蓮「ってことは、小梅ちゃんの尊敬している人も、やっぱり李衣菜さんになるの?」

 

小梅「えっと……、私は違うの……」

 

奈緒「あっ、そうなのか。それじゃ、誰なんだ?」

 

小梅「えっとね……。私は、未央さんを尊敬している……。凄く仕事が忙しそうなのに、いつも明るくて一生懸命で面白くて……、友達もいっぱいいそうだから……。私とは正反対で、いつも羨ましいなぁって思ってる……」

 

奈緒「確かに未央さん、携帯のアドレス帳にびっしり名前があるもんなぁ。時々未央さんの自宅でやってるホームパーティーでも、テレビで観るような人が先輩後輩関係無くいっぱいいるって話だし」

 

加蓮「私達はあんまり事務所で未央さんに会ったことないけど、たまに見掛けたときも未央さんっていつも笑顔だからねぇ。どこからあんな元気が出るんだって、いつも不思議に感じてるよ」

 

杏「平日に朝と昼の生放送をやりながら、それ以外の時間で他のレギュラー放送に出てるんでしょ? 杏には絶対に耐えられないわ」

 

輝子「フヒ……。まさに、太陽のような人だな……。私みたいなネガティブ野郎とは全然違う……」

 

杏「いやぁ、そうでもないよ? むしろ“New Generations”の3人の中では一番メンタル弱くてネガティブ思考だから」

 

小梅「えっ、そうなの……? 信じられない……」

 

菜々「あっ、でも前にどこかで聞いたことあります。“New Generations”のデビューライブのとき、あまりにお客さんの数が少なくて、自分がリーダーだからそうなったのかって思い詰めて、自分のプロデューサーさんに引退宣言したって話」

 

杏「あぁ、あの事件ね」

 

奈緒「ってことは、やっぱり本当だったんだ」

 

加蓮「でもそのときって、まだまだ未央さん達の知名度って全然無かったんでしょ? だったらお客さんがいなくても、別に不思議じゃないでしょ?」

 

杏「その辺りは、色々な原因が重なったからねぇ。当時はまだまだプロデューサーも新人で、未央達とちゃんとしたコミュニケーションを取れなかったからね。そういった擦れ違いが起こした“不幸な事故”だったんだよ」

 

菜々「……確か“New Generations”って、杏ちゃんの少し後にデビューしたんでしたっけ?」

 

杏「うん、そうだよ。杏が最初で、その次に“New Generations”って順番」

 

菜々「つまり未央ちゃんは、杏ちゃんのデビューライブの記憶が鮮明に残ってたってことですよね……」

 

加蓮「あぁ、成程……。自分と同じ条件のはずの杏さんがあんなに人気だったのに、どうして自分達はまったくお客さんが来なかったのかって考えちゃった訳か……」

 

杏「えっ? つまり杏のせいだったってこと?」

 

奈緒「いやいや、誰が悪いとかそういうんじゃないよ。……ただまぁ、タイミングが悪かったというか何というか……」

 

菜々「まぁまぁ! 結局その事件も乗り越えて、今ではすっかり超売れっ子になったんですから良いじゃないですか! ――それじゃ次は、蘭子ちゃんが尊敬しているアイドルの話をしましょうよ!」

 

加蓮「そうだね。蘭子ちゃんは、誰か尊敬しているアイドルはいる?」

 

蘭子「我は……その、鷺沢文香さんを尊敬してます……」

 

杏「あぁ、文香かぁ。やっぱり、同じ物語を書いてる身として?」

 

蘭子「そ、そんな! 私と文香さんが同じだなんて!」

 

奈緒「文香さんかぁ……。あの人も、今や超売れっ子作家だもんなぁ。色んなジャンルの小説を出版してるし、ドラマや映画の脚本でもよく名前を見るし」

 

加蓮「本当だよねぇ……。――あっ、そういえば文香さんで思い出したけど、文香さんが今書いてるシリーズで、モデルがどう考えても杏さんだってヤツがあるよね?」

 

菜々「あぁっ! 『安楽椅子探偵・木戸愛絡(きどあいらく)』シリーズですよね! 普段ぐーたらな性格なのに決めるときはビシッと決めるところなんて、明らかに杏ちゃんですよね!」

 

杏「えぇ、そうかなぁ……? 杏は別にあんな感じじゃないと思うけど……」

 

輝子「フヒ……、わ、私にとっての文香さんは、李衣菜さんと一緒に曲を作ってたイメージだな……」

 

菜々「あぁ、確かにそうですねぇ。それこそ杏ちゃんが引退する前後の頃なんて、李衣菜ちゃんと文香ちゃんの黄金コンビがキレッキレでしたもんねぇ」

 

杏「ちょうどその頃に、美城ミュージックグループ専門のスタジオができたんだよ。だからその時期の2人は、ほとんどそのスタジオに籠もってたんじゃなかったかな? 1日平均で換算しても、10時間以上は確実だろうね」

 

加蓮「10時間! うわぁ、それってかなり過酷だなぁ」

 

奈緒「でも確かに、2人の作った曲ってかなりの数になるからなぁ。そこまでしないと間に合わなかったんだろうな」

 

杏「1回スタジオに差入れに行ったことがあるけど、かなりピリピリした空気だったからね。ほとんど会話もしないで、差入れだけ置いてとっとと帰ったよ」

 

奈緒「うわぁ、絶対その場に居合わせたくねぇ……」

 

加蓮「蘭子ちゃんは、もし文香さんに会えるとしたら何か訊きたいこととかある?」

 

蘭子「むむむ……。如何にして世界を創造しておるのか、その源はどこから得ておるのか、他にも様々なことを(つまび)らかにしたいものだな!」

 

奈緒「杏さんのコネを使えば、今すぐにでも会えるんじゃないか?」

 

蘭子「そのような姑息な手段を用いるのは、我の矜持に合わぬ! 我の名声によって目的を達成することにこそ意味があるのだ!」

 

杏「蘭子ちゃんといい菜々さんといい、なんでそうも変なとこで頑固なのかね……? 杏からしてみたら、使えるコネは何でも使えば良いじゃんって思うけど」

 

加蓮「でも杏さん、そういうのも嫌いじゃないでしょ?」

 

杏「傍で見てる分にはね。――んで、奈緒ちゃんは誰か尊敬している人はいる? あっ、凛以外が良いんだっけ?」

 

奈緒「そうだなぁ……。凛さん以外で尊敬しているアイドルってなると、やっぱり卯月さんかな?」

 

加蓮「奈緒って、“THE アイドル”って人が好きなの?」

 

奈緒「元々卯月さんがきっかけでアイドルに嵌ったってのもあるけど、卯月さんって今でもデビューと同じアイドル路線1本で戦ってるじゃん。しかもそれで未だにトップに立ち続けて。何だかその生き様が、凄く格好良いなって思って」

 

杏「いやぁ、卯月も“格好良い”って言われるようになったかぁ……。何だか感慨深いというか、妙に笑えてくるというか……」

 

菜々「いやいや、笑えてくるってどういう感想ですか……」

 

小梅「う、卯月さんって、凄く“正統派アイドル”って感じだよね……。わ、私達には絶対に真似できない……」

 

輝子「フヒ……、そ、そうだな……。卯月さんと同じようにやっても、私じゃキモいって言われるだけだし……」

 

加蓮「いやいや、輝子ちゃんはもっと自信持って良いんだよ? そりゃライブのときの輝子ちゃんは迫力あるけど、普段の輝子ちゃんだって充分可愛いんだから」

 

杏「でもまぁ、卯月みたいな正統派がいるからこそ、杏達みたいなアイドルが映えるっていうのはあるよね」

 

蘭子「“正道”なくして“邪道”は存在せず!」

 

杏「そういうことだね。だからいつも卯月には感謝してるよ」

 

奈緒「確かに新人アイドルがデビューしたとき、その子がどんな個性を持ってるか考えるとき、無意識の内に卯月さんと比べてるときあるからなぁ」

 

杏「卯月がアイドルの基準点になっているってことだね」

 

菜々「デビュー当時から“New Generations”を追い掛けていたナナとしましては、卯月ちゃんがいたからこそ、あれだけ自由度の高いユニットとして成立していたと強く主張したいんですけど、どうですかっ!」

 

杏「うん、確かにそれはあるね。卯月が王道路線をしっかりと押さえていたからこそ、凛も未央も自分のやりたい方向性を躊躇無く実行できたと思うんだよ。もしも凛と未央の2人だけのユニットだったら、多分半年保たなかったと思う。いや、別に仲が悪くなるって意味じゃなくてね」

 

奈緒「アタシが言い出しといて何だけど、卯月さんってやっぱ凄いんだな」

 

杏「卯月の凄さを再認識したところで、そろそろ加蓮ちゃんの尊敬しているアイドルに移ろっか」

 

加蓮「私が尊敬しているアイドルは、――ずばり、凛さんですっ!」

 

奈緒「おいぃ、加蓮! ズリィじゃねぇか! 加蓮が『凛さん以外が良いんじゃない?』って言い出したんだろうがっ!」

 

加蓮「いや、それでも私はやっぱり凛さんが一番かなって。そんなに目くじら立てなくても良いじゃない、凛さんよりも卯月さん派の神谷奈緒さん」

 

奈緒「加蓮、後で憶えてろよ」

 

杏「ソロ活動してるときの凛と“トライアドプリムス”のときの凛って、やっぱり違ったりするの?」

 

加蓮「うーん……。もちろんやっていることが違うから印象も違うものになるのは当たり前なんだけど、私の個人的な印象としては、心構え的なものではあまり違いが無いように思えるんだよね」

 

菜々「へぇ、興味深いですね」

 

加蓮「何て言えば良いんだろう……。どちらかというと、私達とユニットを組む前の凛さんと、ユニットを組んでからの凛さんとの印象の方が、違いとしては大きい気がする」

 

杏「ほうほう」

 

加蓮「ユニットを組む前の凛さんは、とにかく前を向いて突き進んでいたような気がするんだよ。ソロ活動のときはもちろんなんだけど、“New Generations”のときもそんな感じがしてたの。――でも私達と一緒に活動しているときは、私達の方をしっかりと見ながら一緒になって前を進んでいってる気がするんだよね」

 

輝子「で、でもソロのときは凛さん1人だろ……?」

 

加蓮「うん、確かに。でも私達とユニットを組んでからの凛さんって、ソロ活動のときにも私達に語り掛けてくれてる気がするんだよね。自分の背中を私達に見せるっていうの?」

 

杏「自分の立場が変わったことで、自分の中にある“アイドルに対する向き合い方”が変わったってことかな」

 

加蓮「だけど私にとっては、どっちの凛さんも魅力的なんだよね。そんな風に自分の信じてる道を突き進んでる凛さんの傍にいられて――まぁ、今はちょっとの間だけ傍を離れてる訳だけど、本当に私のアイドル活動は充実してると思うよ」

 

菜々「何だかそういう関係性って、凄く素晴らしいですね! ナナも杏ちゃんと、そんな関係性を築いてみたいものですよ!」

 

杏「菜々さんを引っ張るとか疲れるから、菜々さんが杏を引っ張ってね」

 

菜々「もうっ、杏ちゃん!」

 

加蓮「どうよ、奈緒? これだけ深い見方ができるんだから文句は無いでしょ?」

 

奈緒「うん、最後のそれが無かったら完璧だったけどな。――さて、そろそろ杏さんが尊敬しているアイドルを聞くとするか!」

 

菜々「あの杏ちゃんが尊敬しているアイドルですか……。凄く興味がありますね!」

 

杏「尊敬、かぁ……。――杏の場合、言っちゃえば“現役のアイドル”全員を尊敬してるよ」

 

加蓮「現役のアイドルっていうと、ここにいる私達全員も含んでるってこと?」

 

杏「うん。杏はさ、アイドルを2年で引退しちゃったでしょ? つまりそれって、杏にとってアイドル活動は2年間しか保たなかったほどの重労働だったんだよ。だからそんな仕事を続けていこうと頑張ってる人達を見ると、純粋に凄いなって思えるんだよね」

 

奈緒「ふーん、そんなもんかぁ……」

 

加蓮「……ねぇ杏さん、何かはぐらかしてない?」

 

杏「人聞きの悪い。根っからの本心だよ」

 

加蓮「うーむ……、なら別に良いけど。――それじゃさ、尊敬とは関係なしに、杏さんが個人的に気になる子っている?」

 

奈緒「あっ、確かに気になるな」

 

杏「個人的に気になる子、かぁ……。――そうだね、1人いるかな」

 

加蓮「マジでっ! 誰っ?」

 

杏「346プロの、小早川紗枝ちゃんって子」

 

奈緒「紗枝? なんで?」

 

杏「あの子は自分から主張していかないし、同じユニットの周子ちゃんの方が人気あるから気づきにくいけど、ぶっちゃけかなりの実力だよ」

 

加蓮「えっ、そうなの?」

 

杏「それにあの子、もう既にアイドルとかユニットをプロデュースしてるしね」

 

奈緒「えっ、何だそれ! 知らないんだけど!」

 

杏「あれっ、そうなの? “忍武☆繚乱”とか丹羽仁美(にわひとみ)ちゃんとか、あの辺りって全部紗枝ちゃんのプロデュースだよ」

 

加蓮「えぇっ、そうだったんだ! 紗枝って全然そういうこと言わないから、正直時々何やってるのか知らなかったけど、そういうことやってたんだ……」

 

杏「今はまだ動きが大人しいけど、今の新人アイドルの中では将来が一番楽しみなアイドルだよ」

 

奈緒「杏さんがそこまで言うのか……。アタシ達も気を引き締めないとな」

 

加蓮「それじゃ、次の質問に行こうか」

 

 

『346プロと208プロで負けたくないな、と思うアイドルは誰ですか? ぶっちゃけてください!』

 

 

杏「おぉ、来たね」

 

奈緒「ついに来たって感じの質問だな」

 

加蓮「……ねぇ。この質問は、最初に私に答えさせてくれない?」

 

菜々「加蓮ちゃんが、ですか? 別に構いませんけど」

 

加蓮「ありがと、菜々さん。――奈緒、一緒に答えない?」

 

奈緒「……あぁ、良いぜ」

 

杏「それじゃ、加蓮ちゃんと奈緒ちゃんが負けたくないって思うアイドルは? せーの――」

 

加蓮「奈緒!」

奈緒「加蓮!」

 

杏「やっぱり、そういうことか」

 

加蓮「うん。同期にも先輩にも負けたくない人はいっぱいいるけど、中でも奈緒だけには絶対に負けたくない」

 

奈緒「相変わらずだな、加蓮は。――まぁ、アタシも加蓮には負けたくないけどな」

 

杏「2人って“トライアドプリムス”でデビューした訳だけどさ、候補生になったのってどっちが先なの?」

 

加蓮「私達は両方共スカウトなんだけど、実は初めてレッスンに参加したのって同じ日なんだよね」

 

菜々「えぇっ! そうなんですか! 将来同じユニットになる2人が初めてのレッスンで出会うって、何だか運命的ですね!」

 

杏「その頃から、お互いにライバル視してたの?」

 

奈緒「最初は加蓮から一方的に仕掛けてきたんだよ。ダンスのときにも隣に貼りついて、自分の踊りを見せつけてきてさ。それでいつの間にかアタシも加蓮を意識するようになって、レッスンのときは無意味に張り合ってたな」

 

加蓮「そうそう。あまりに2人だけの世界に入ってたから、レッスンのトレーナーさんにも『もっと周りに目を配りなさい』って怒られて」

 

輝子「どっちが上手くなったかって……、どうやって決めてたんだ……?」

 

加蓮「346プロでは候補生達がレッスンをするときに、縦に6列くらいになって並ぶんだよ。それで上手くなればなるほど、どんどん前へ進んでいけるってシステムなの」

 

杏「誰が誰より上手いか一目瞭然ってことだね。かなりシビアだね、それ」

 

奈緒「まぁな。だからどっちがより早く前の列に行けるか、常に争ってたって感じだな。1日でも早く行けたら、それだけでその日ずっとドヤ顔だもんな。今考えれば、かなり馬鹿なことやってたと思うよ」

 

加蓮「でもさ、自慢に聞こえるかもしれないけど、というか普通に自慢なんだけど、他のみんなよりもかなり早く1列目まで進んだんだよ? 『1年で行ければ早い方』って言われてる中で、私達は2ヶ月でそこまで行ったんだから」

 

小梅「す、凄い……!」

 

加蓮「だからまぁ、今でこそ“トライアドプリムス”として一緒にデビューして、そしてこうして2人一緒に208プロに来てる訳だけど、私にとっては今でも最大のライバルは奈緒なんだよ」

 

奈緒「アタシだって、加蓮が一番のライバルだって思ってるよ。346プロに入ってから一番交流があるのが加蓮だから、どうしても意識しちゃうしな」

 

加蓮「あははっ、私達って両思いだね」

 

奈緒「……まぁ、そういう意味ではな」

 

杏「ちなみに、他にライバル視している子っている?」

 

加蓮「正直、同じくらいの時期にデビューした子は、みんなライバルだと思ってる」

 

菜々「同じ時期にデビューって、そうそうたる顔触れですよね」

 

輝子「前に雑誌で、“奇跡の10人”の再来かって書かれてたな……」

 

奈緒「李衣菜さんと同じバンドを組んでる夏樹達もそうだし、アタシ達と同じく武内さんのプロデュースを受けてる周子とか美嘉とかもそうだな」

 

加蓮「それ以外にも個性的な子がいっぱいいるし、本当に楽しいよ」

 

菜々「良いですねぇ、そういうのって!」

 

杏「そんな菜々さんは、この人だけには絶対に負けたくないって人はいる?」

 

菜々「うーん……。正直なところ、あまりそういうことを意識したことは無いですねぇ……。そもそもアイドル活動自体、誰かと争うなんて意識でやっていないので……」

 

杏「まぁ、特に208プロの場合はそうだよね。そもそも他のアイドル達と関わる機会がほとんど無くて、自分達の世界だけでやってきてるから」

 

加蓮「それじゃ208プロの中で、この人には負けたくないってのはある?」

 

菜々「うーん……、負けたくないとは少し違いますけど、少しでも早く蘭子ちゃんの手を患わせないようにしたい、って想いはありますね」

 

蘭子「わ、我のことか?」

 

杏「あぁ、そういえば菜々さんのアイドルでの設定って、元々は蘭子ちゃんと一緒に考えたヤツだったね」

 

菜々「“設定”って言わないでください! ナナはウサミン星からやって来たんですから! ――でもまぁ、そのことをファンの皆さんにお伝えするときに、蘭子ちゃんの手を借りることが多いですからね。デビュー前よりはその頻度も少なくなってきましたけど、それでもまだ完全に独り立ちって訳でもありませんから」

 

蘭子「“月よりの使者”が支配する世界に足を踏み入れることは、我が我の意思によって行っていることだ。だから“月よりの使者”が気に病むことではない」

 

菜々「ありがとうございます、蘭子ちゃん。でもまぁ、これはナナなりのけじめみたいなものですので」

 

奈緒「成程なぁ。――輝子はどうだ?」

 

輝子「フヒ……。さっき尊敬している人で李衣菜さんを挙げたけど、絶対に負けたくないのも李衣菜さんだな……」

 

加蓮「おぉっ! 大きく出たね!」

 

輝子「李衣菜さんは色々なジャンルの音楽をやってて、本当に凄いと思ってる……。でもメタルに関しては、絶対に負けたくないって思ってるんだ……」

 

加蓮「良いじゃん良いじゃん! そういうの、私大好きだよ!」

 

杏「李衣菜も、輝子ちゃんみたいなことを言ってくる人が好きだからね。ぜひとも輝子ちゃんには李衣菜を超えていってほしいものだよ」

 

輝子「フヒヒ……。まだまだ全然敵わないけどな……」

 

小梅「そ、そんなことないよ……。私は輝子ちゃんの作る音楽、とっても好き……」

 

輝子「あ、ありがとう、小梅ちゃん……」

 

加蓮「さて、そんな小梅ちゃんは、負けたくない相手っている?」

 

小梅「えっとね……、輝子ちゃん……」

 

輝子「えっ……、そうなのか……!」

 

加蓮「あらら、ひょっとして仲間割れ?」

 

小梅「そ、そうじゃなくて……! 輝子ちゃんの作る曲って凄く素敵だから……、それをちょっとでも損ないたくなくて、いつも作詞を頑張ってるから……」

 

奈緒「成程、言ってみればアタシと加蓮みたいなもんか」

 

杏「そういえば“NiGHT ENCOUNTER”のライブを観ているとさ、時々だけど『あぁ、今2人だけの世界に入ってるなぁ……』って思うときあるよ」

 

輝子「えっ! そ、そんなことないぞ!」

 

菜々「あぁ、確かにそんな瞬間がありますね。でもそれ自体がライブの演出っぽくなってますし、特に問題って訳ではないと思いますよ」

 

輝子「そ、そうか……。何か恥ずかしいな……」

 

小梅「えへへ……」

 

奈緒「さてと、それじゃ蘭子に移ろうか。蘭子は誰かいる?」

 

蘭子「わ、我か……。我はその……、そのようなことを思案したことは無い……」

 

加蓮「そっかぁ。まぁ、蘭子ちゃんの路線はかなり独特だからねぇ。競合するアイドルとかもいないだろうし、別に構わないんじゃない?」

 

奈緒「さっき尊敬するアイドルとして、文香さんを挙げてたじゃんか。文香さんをライバルだって思ったりしないの?」

 

蘭子「そ、そんなことはけっして無い! かの者は、我にとって永遠の憧憬なるぞ!」

 

奈緒「あっはっはっ、悪い悪い」

 

杏「蘭子ちゃんは、誰かと争うとかそういうの苦手そうだもんね」

 

輝子「で、でも……、そういう感情が人を成長させる、みたいなこと無いか……?」

 

蘭子「うむむ……」

 

杏「まぁ、無理して持つような感情でもないし、その内自分でもそういう人が出てくるかもしれないから、そのときになったらゆっくり考えれば良いよ。――というか、杏も今までライバルだとか考えたことも無いし」

 

奈緒「あぁ、やっぱりそうなんだ」

 

杏「とはいえ、向こうからはライバル視されていたっていうのは何回もあったけどねぇ」

 

加蓮「へぇ。ちなみにどんな人から?」

 

杏「一番あからさまだったのは、間違いなく凛だね」

 

奈緒「あぁ、凛さんかぁ……。確かに杏さんが事務所を立ち上げるって最初に聞いたとき、杏さんの育てたアイドルと競えるかもしれないって凄くワクワクしてたもんなぁ」

 

杏「どこの戦闘民族だよ、まったく……。そういうところ、昔から全然変わらないんだなぁ……。杏が現役の頃も、杏が何か仕事で結果を出す度に、ギラギラした目で『私もすぐに追い越してみせるから』って言いに来てたもんなぁ……」

 

加蓮「でも私は凛さんの気持ち、少しは分かるよ? 同じ事務所でほとんど同じ時期にデビューしたアイドルが、自分よりも前に突き進んでるってなったら、多少なりとも意識しちゃうもん。しかも当時の346プロって、アイドルが10人しかいなかった訳だし」

 

菜々「でもそのときの凛ちゃんも、“New Generations”として凄く売れてたんですよね?」

 

杏「人の欲望に、果てなんて無いからねぇ。上に行けば行くほど、さらに上を目指したくなるものよ」

 

加蓮「それにしても、そんなにライバル視してたんなら、杏さんが引退するってなったときはかなりの反応だったんじゃない?」

 

杏「うん、正直しつこかったし、めちゃくちゃうるさかった」

 

奈緒「そこまで言うか」

 

杏「だって本当にしつこかったからね。『このまま勝ち逃げするつもり?』とか『まだまだ上に行けるでしょ?』とか、顔を合わせる度に言ってきた感じだし。――でもまぁ、そこまで露骨じゃないにしても、他のみんなも当時は杏に色々言ってきたけどね」

 

菜々「そりゃあ、事務所を立ち上げたときから一緒だった仲間が引退するっていうんですから、皆さん心配したり寂しがったりするでしょうね」

 

奈緒「だろうなぁ。特に杏さんと仲が良かったきらりさんとかは、かなり寂しがってただろうしなぁ」

 

杏「きらりねぇ……。内心はどう思ってたか分からないけど、きらりは杏が引退することについて何も言ってこなかったよ」

 

奈緒「えっ、そうなのかっ! 何か凄く意外なんだけど!」

 

杏「きらりは昔から“気遣いの子”だったからね。杏が色々考えたうえで引退を決めたことを察して、自分からは何も言わないことにしようって思ってくれたのかもしれないね」

 

菜々「うーん、何ともいじらしい……。杏ちゃん、そこまで想ってくれる人なんてなかなか出会えないんですから、大事にしなきゃ駄目ですよ!」

 

杏「分かってるって。菜々さんは杏のお母さんなの?」

 

加蓮「あっはっはっ。――さてと、そろそろ最後の質問になるかな? それじゃ、最後に相応しいこの質問で締め括ろうか」

 

 

『この先の具体的な目標は何かありますか?』

 

 

加蓮「目標かぁ。アタシと加蓮の場合、もはや決まってるようなもんだけどなぁ」

 

奈緒「そうだね。私達の場合は、とにかく1日も早くステージに立てるように頑張るってところかな?」

 

杏「今は2人共、ほとんどスタッフ同然な感じで働いてるからね。ステージの掃除とか準備をしたり、出演するみんなの手伝いをしたり」

 

奈緒「346プロのときにも、ここまでの下積み時代って無かったからな。逆に新鮮な気持ちで毎日を過ごしてるよ」

 

菜々「2人共、“超大型新人”としてデビュー直後から大人気でしたからね」

 

加蓮「でもまぁ、いつまでも208プロにいられる訳じゃないからね。自分にとっての“アイドル”を見つめ直すためにも、こうしたネット中継じゃなくてみんなの前に出られるように頑張っていくよ」

 

奈緒「そうだな。それで成長したアタシ達の姿を見せて、凛さんをアッと驚かせてやるんだ!」

 

菜々「頑張ってくださいね、奈緒ちゃん、加蓮ちゃん!」

 

杏「人を応援するのは良いけど、菜々さんは何か目標とかあるの?」

 

菜々「ナナですか? そりゃ、もちろんですよ! 1人でも多くの人を偽者の熱狂から救い出し、本当に夢中になれる何かを見つけられるようにするのがナナの使命ですからね! そのためにも、今はより一層アイドル活動を頑張っていきますよ!」

 

加蓮「良いね良いね! 輝子ちゃんは?」

 

輝子「フヒ……。私は、そうだな……。とりあえず1曲1曲、自分の中にある全てを込めて作ることだな……。最近はソロだけじゃなくて小梅ちゃんとのユニットも出来たことだし……、自分のやりたいことを表現できるように、頑張っていこうと思う……」

 

杏「最初に出会ったときはオドオドしていた輝子ちゃんが、今では『自分のやりたいことを表現できるように』って言えるようになったかぁ」

 

菜々「アイドルのプロデューサーとして、感慨深いものがありますか?」

 

杏「……まぁね。自分でアイドルやってた頃には感じなかったものかな?」

 

小梅「杏さん……。もしかして、照れてる……?」

 

杏「ちょ、杏のことは別にいいんだよ! それよりも、小梅ちゃんの目標は?」

 

小梅「私もみんなと同じ……、自分のソロ活動とか、輝子ちゃんとのユニットを頑張る……」

 

杏「うん、色々と大変だと思うから、自分なりに両立させていこうね。それじゃ、蘭子ちゃんは?」

 

蘭子「いつの時代であろうと、我がすべきことは変わらぬ! 我が魔力をもって世界を創造し、あまねく者達をその世界に(いざな)うことに全力を傾けるのみよ!」

 

加蓮「想像してたことだけど、やっぱり“普段やっていることを積み重ねていく”って感じの答えに落ち着くよね」

 

杏「特に杏達の場合は、自分達の劇場で自分達の公演をやっていくだけだからねぇ。――ふむ……。でもそう考えると、みんなの活動にも何かしらの“変化”を与えることも必要か……」

 

加蓮「おっ? 双葉杏プロデューサーの頭の中で、何かアイデアでも閃いたのかな?」

 

杏「アイデアってほどでもないけどね。まぁ、その内にね」

 

菜々「えぇっ! 凄い気になります!」

 

奈緒「ますます208プロ、そして“アプリコット・ジャム”から目が離せないね。――さてと、それでは最後にそんな事務所の代表である杏さんから、今後の目標について語ってもらおっか」

 

杏「目標、かぁ……。今も水面下で色々と企画とか進めてるけど、そういうのって目標とは違うからねぇ……。うーむ……」

 

奈緒「おぉっ、悩んでる悩んでる」

 

杏「――あっ、1個思い浮かんだ」

 

加蓮「何々?」

 

杏「今度さ、劇場を立ち上げてから初めての確定申告なんだよ。とりあえず、それを頑張って乗り切る」

 

奈緒「いや、確定申告って……」

 

杏「不動産経営だけやってた頃と比べてさ、必要な書類が格段に増えたんだよね。今は専用のソフトとかあるから幾分かマシだけどさ、それでもやっぱり面倒なものは面倒だよね」

 

加蓮「あの、杏さん……。これ、一応アイドルの番組なんだけど……」

 

杏「何言ってんの! ちゃんと節税して利益を確保するからこそ、みんなにお給料を渡せたり演出やグッズ開発にお金を掛けられるんでしょ? こういう事務仕事のおかげで、みんながこうして仕事できるんだから」

 

奈緒「いや、確かにそうだけど……」

 

杏「はい、それじゃこの機会に、普段見えない所で働いてくれてる事務所の事務員さん達にお礼を言って」

 

奈緒「……いつもアタシ達のために働いてくれて、ありがとうございます」

 

加蓮「ありがとうございます」

菜々「ありがとうございます」

輝子「ありがとうございます」

小梅「ありがとうございます」

蘭子「か、感謝する!」

 

奈緒「……何だこれ」

 

 

 *         *         *

 

 

加蓮「さてと、今回の『208プロの片隅にて』も、そろそろお別れの時間になりました」

 

奈緒「それじゃ最後に、スペシャルゲストのみんなから一言ずつ貰おうかな」

 

菜々「皆さん、今日は最後まで観てくれてありがとうございました! また劇場でお会いしましょう! 《リシー》!」

 

輝子「えっと……、全然話せなかったけど、ごめんな……。その分ライブでは頑張るから……」

 

小梅「きょ、今日はありがとね……。また劇場で会えたら、嬉しいな……」

 

蘭子「眷属達よ! 今宵の宴も、実に興味深い内容であった! またこのような場を設けるのであれば、ぜひとも参加させてもらおうぞ!」

 

奈緒「それじゃ最後に、杏さんどうぞ」

 

杏「えーっと、結構久し振りの顔出し出演だったけど、やっぱり杏にはこういうゆったりした感じの番組が似合うなって改めて思ったよ」

 

加蓮「視聴者のみんなも、楽しんでくれたかな?」

 

 

『ゆるゆるな感じで良かったよー』

『みんなの可愛い姿が見られて楽しかったー』

『奈緒ちゃんの太眉ペロペロ』

 

 

奈緒「おい、最後の奴! おまえのID絶対にブロックしてやるからな!」

 

加蓮「あっ、大丈夫だよ。後で私がこっそり解除しておくから」

 

奈緒「ちくしょう」

 

加蓮「さてと、そんなこんなで今回の『208プロの片隅にて』も終わりです。次回は……、決まったらまたホームページで紹介するから、チェックしておいてねー」

 

奈緒「それじゃみんな、またな!」

 

加蓮「ばいばーい」

 

菜々「《リシー》!」

 

輝子「ヒャッハアアアアア! またなぁ!」

 

蘭子「ひぅっ! や、闇に呑まれよ!」

 

小梅「ばいばい……」

 

杏「じゃあねー」

 

 

 

 

 

 ――本日の生放送は終了致しました――




スペシャルサンクス(順不同)

mkmkさん
焼肉帝国さん
デーモン赤ペンさん
ガンバスターさん
中年商人さん
帯に短し襷に長しさん


皆様の質問によって、この話を作ることができました。誠にありがとうございます。

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