怠け者の魔法使い   作:ゆうと00

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番外編1 『月刊アイドルマスター 第○号巻頭インタビュー』

 双葉杏、再始動 ~“原石”と共に歩む第2章~

 

 

 *         *         *

 

 

 双葉杏、芸能界復帰。

 その衝撃的なニュースが世間に流れたのは、あまりにも突然のことだった。

 今から7年前、俗にいう“奇跡の10人”の中心的な存在として瞬く間にスターダムを駆け上がっていき、そしてたった2年の活動を経て突然芸能界を引退した伝説のアイドル。あれから5年、不動産王になっただの死亡説だのといったニュースが散発的に流れるものの、誰1人として彼女が芸能界に復帰するなんて思っていなかった。おそらく彼女の芸能界復帰のニュースは、彼女の現役引退と同じくらいの衝撃を日本中のアイドルファンに与えたことだろう。

 いったい、彼女の中でどのような心境の変化があったのか。

 そして彼女がプロデュースするアイドルとは、如何なる人物なのか。

 双葉杏が主宰する劇場“アプリコット・ジャム”に所属する4人のアイドル、そして双葉杏自身への個別インタビューから、その核心に迫っていく。

(インタビュー/文:善澤)

 

 

 *         *         *

 

 

【安部菜々】

 

 

 ――初めましてということで、自己紹介をお願いします。

 

安部菜々「ウサミン星からやって来た永遠の17歳、安部菜々です! よろしくお願いします!」

 

 ――いやぁ、自己紹介の時点で個性がビシビシ伝わってくるよ(笑)

 

菜々「そうですかね? ナナにとっては普通なんですけど」

 

 ――とりあえず色々訊きたいことはあるんだけど、まずは、そもそも“ウサミン星”って何かな?

 

菜々「ウサミン星はナナの故郷です。ここから電車で1時間の場所にあるんですよ」

 

 ――1時間? 随分と近いんだね(笑)

 

菜々「電車といっても、普段皆さんが利用しているものじゃないですよ? 例えるなら、スリーナインみたいなものですかね? あんなに目立つような外見じゃないですけど」

 

 ――スリーナインなんて、17歳なのによく知ってるね。

 

菜々「え?」

 

 ――え?

 

菜々「あ、いや! 名作ですからね! ウサミン星は、“メルヘン”のカルチャーに精通しているんです!」

 

 ――メルヘン?

 

菜々「あ、すみません。ウサミン星では地球のことを“メルヘン”と呼ぶんです」

 

 ――それはつまり、ウサミン星にとって地球は憧れの存在だってこと?

 

菜々「そうですね。ここでウサミン星人の生態をお話しておくと、ウサミン星は生きていくために“ニンジン”と呼ばれるエネルギーを吸収して生きているんです」

 

 ――その“ニンジン”というのは、あくまでも地球にある野菜のことではないんだよね?

 

菜々「はい。“ニンジン”を地球の言葉で説明するのが難しいんですけど、“人々が何かに熱中しているときに発散しているエネルギー”といった表現が一番近いです。地球のサブカルチャーは他の星に比べても多種多様でレベルが高いですから、地球の人達が生み出す“ニンジン”はかなり良質なものなんです。なのでウサミン星人も、地球の皆さんには陰ながらお世話になっていました」

 

 ――成程、だから君もその流れで、小さい頃から地球のサブカルチャーに触れてきたわけだね。そこでアイドルに憧れるようになって、地球にやって来たという感じかな?

 

菜々「いいえ、アイドルになるために地球にやって来たのは事実ですが、それは必要に迫られたからなんです」

 

 ――それはまた、どうして?

 

菜々「明確な時期は不明ですが、いつの頃からか、地球の人達が生み出す“ニンジン”の質が著しく悪くなっていったことに気づいたんです。そして調べてみたところ、“ニンジン”ととてもよく似た性質の、しかしウサミン星人の体が受け入れることのできないエネルギーが紛れていることが分かったんです。ナナ達はこれを“ニンヅン”と名付けました」

 

 ――“ニンヅン”? (掌を指でなぞる仕草をして)ああ、成程ね。

 

菜々「それが発生した原因を調べてみると、“ニンヅン”を生み出す人々には主体性が無いことが分かったんです」

 

 ――主体性が無い?

 

菜々「はい。スポーツの試合なんて普段全然観ないのに日本代表のときだけ騒ぎたてるとか、ネットの炎上騒ぎに便乗して悪口を書き込むとか、ネットやテレビの宣伝文句に乗せられるままに商品を買ってしまうとか、そういった“偽物の熱狂”に踊らされている人達によって“ニンヅン”は生み出されていくんです」

 

 ――成程ね、恥ずかしながら僕にも思い当たる節があるよ。ひょっとしたら、読者の中にもそういう人がいるんじゃないかな?

 

菜々「“ニンヅン”は“ニンジン”の質を悪くするだけじゃなくて、その人自身も汚染していくんです。“ニンヅン”に汚染されてしまった人々は、本当に自分が熱狂できるものに巡り会えたとしても、植え付けられた“偽物の熱狂”を真実だと思い込んでいるので、それに夢中になることができなくなってしまうんです。そうなってしまうと“ニンジン”の質がもっともっと悪くなってしまって、さらに“ニンヅン”に汚染される人が増えていくっていう悪循環に陥ってしまいます」

 

 ――そうなると、“ニンジン”によって生きているウサミン星人にとっては死活問題だね。それを阻止するために、君がやって来たということだね?

 

菜々「はい。“ニンヅン”に汚染された人々を解放して、本当に夢中になれるものを探せるようにするのがナナの使命です」

 

 ――ところで、ウサミン星は“ニンジン”をエネルギーとしているらしいけど、普通の食べ物は摂らないの?

 

菜々「いいえ、そんなことはありませんよ。絶対に必要というわけではないというだけで、嗜好品としての食べ物はよく食べますよ」

 

 ――君が今まで食べた地球の食べ物の中で、一番好きなものは何?

 

菜々「よく食べるのは、ピーナッツ味噌ですね」

 

 ――ピ、ピーナッツ味噌? 随分と意外だね……。

 

菜々「小さい頃から食べてましたし、お酒のおつまみにもなるのでよく食べます」

 

 ――え? 菜々くん、お酒呑むの?

 

菜々「え?」

 

 ――え?

 

菜々「ああ、いや! お酒にも合うんだよっていうのを、大人が言っているのを聞いたんです!」

 

 ――……そうか。うん、成程。君がアイドルを目指すようになった理由はよく分かったよ。でも君は実際にこうしてアイドルになるまで、結構長い時間が掛かったって聞いたけど?

 

菜々「……はい。アルバイトをしながらアイドルを目指してたんですけど、オーディションに通らない日々が続きました。両親にも『いい加減アイドルなんて目指すのは止めて帰ってこい』なんて言われて……」

 

 ――え? 両親?

 

菜々「あ、違った! 両親じゃなくて、ウサミン星のエージェントです! 言い間違いです!」

 

 ――そ、そうかい……。それで君は、アルバイトをしている内に杏くんと出会ったんだよね? しかも“あの”杏くんがわざわざ外出して君に会うほどに仲良くなって。最初に彼女と会ったときはどんな印象を受けた?

 

菜々「あっ、実は杏ちゃんと出会ったのはアルバイトをしていたときじゃなくて、もっとずっと前だったんです」

 

 ――えっ、そうなの? (横で聞いていた双葉杏が大きなリアクションをするのを見て)あれ? もしかして杏くんも知らなかったこと?

 

菜々「はい、杏ちゃんにも話してなかったんですけど……。杏ちゃんがショッピングモールでデビューライブをしたとき、実はお客さんとして観てたんですよ」

 

 ――へぇ、そうだったんだ! あははっ、杏くん凄い驚いてるね!

 

菜々「ナナが通り掛かったときはまだほとんどお客さんがいなかったから、最前列で観ることができたんです。いやぁ、もう一目惚れですよ! 思わず興奮しちゃって、あのときは我を忘れてはしゃいじゃいましたよ!」

 

双葉杏「あぁ、思い出した! あれ、菜々さんだったんだ! やったら前のめりになってはしゃいでる人がいるなぁ、って思いながら歌ってたから、凄く印象に残ってたよ!」

 

 ――デビューライブを最前列で観てファンになったアイドルが引退して、自分がバイトをしていた店に客として入ってきたわけか。何だかもの凄い運命だね。

 

菜々「いやぁ、あのときは本当に驚きましたねぇ。ナナにとっては、それこそデビューのときからずっと追い掛けていたアイドルでしたから。まぁ、その後にテレビで観ていた以上にぐうたらだったのを知ったときにもかなり驚きましたけど(笑)」

 

 ――あはは、確かにね。でもいくら引退したとはいえ、杏くんはあの“奇跡の10人”のメンバーやそのプロデューサーとも交流のある人物だよ? 杏くんのコネを利用してアイドルデビューしようとは思わなかったの?

 

菜々「そんなの、せっかく杏ちゃんと仲良くなれたのに、その友情を利用しているようで嫌じゃないですか。ナナはあくまでも、1人の友人として杏ちゃんと付き合いたかったんです」

 

 ――じゃぁそれ以外に、杏くんに頼んで実現させてもらったことはある? 例えば“奇跡の10人”のサインを貰ったとか。

 

菜々「全然無いですよ。というか今気づきましたけど、ナナ、杏ちゃんのサインすら貰ったことがありませんね」

 

 ――ええっ! あんなに仲が良いのに?

 

菜々「だからかもしれませんね。もはやナナにとって、杏ちゃんは1人の友人でしたから」

 

 ――そんな友人にスカウトされて、1人の友人から“アイドルと事務所社長”の立場に変わったわけだけど、何か変化とかあった?

 

菜々「特に無いですね。強いて言うなら、杏ちゃん達と一緒に生活するようになって、杏ちゃんのお世話をすることが増えたくらいですかね(笑)」

 

 ――(笑)さて、ここまで君の“過去”について訊かせてもらったけど、ここからは君の“今”について訊いていこうか。つまり、君のアイドル活動についてだね。

 

菜々「はい! 何でも訊いてください!」

 

 ――ん? 何でも?

 

菜々「……お手柔らかにお願いします!」

 

 ――うん、素直で宜しい(笑)菜々くんの曲で面白いのは、歌詞の端々にウサミン星の言語が散りばめられていることだよね。一見すると訳の分からない歌詞のように思えて、でも意味を調べるとちゃんとメッセージが隠されていたり、ウサミン星を取り巻くストーリーを垣間見ることができたり。

 

菜々「はい。ちなみにウサミン星の言葉に関しては、ツイッターのbotで解説していますので、興味のある方はそちらをご覧ください」

 

 ――僕が面白いと思ったのが、まさにそこなんだよね。菜々くんのアイドル活動自体にストーリーが付随されていて、菜々くんのライブを観たり曲を聴いたりすることでそれを追体験できるっていうところ。アイドルのファンって不思議なもので、アイドルの子が成長していくのを一緒に感じたいっていう欲求が、他のジャンルと比べても特に大きいと思うんだよね。いわば、アイドルを通して“ストーリー”を楽しみたいっていう感じ。

 

菜々「あー、確かにナナもアイドルを追い掛けてたときは、そんな印象もあった気がします」

 

 ――だから菜々くんのやり方は少し変則的なように見えて、実はアイドルの売り出し方としては正統派だと思うんだよ。

 

菜々「ありがとうございます! 何だかナナ、よく“色物”として見られているので……」

 

 ――ウサミン星として、普通のことをしているだけなのにね。

 

菜々「そうなんですよ!」

 

 ――僕は好きだよ、菜々くんの曲。曲調も“電波ソング”って呼ばれるようなテクノ調のポップから、アイドルソングにしては硬派な印象のユーロビート調のものまで、付随しているストーリーとかを抜きにして単純に盛り上がれる曲が多いからね。

 

菜々「そうですね。ナナも、メッセージを受け取ってもらうのが一番の目的ではありますけど、まずは曲そのものを楽しんでいただけたらと思います」

 

 ――他にも菜々くんのアイドル活動として特徴的なのは、劇場に併設されているカフェだよね。ライブの無い平日には、菜々くんはカフェで“名誉店長”として働いているんだよね?

 

菜々「はい、そうです。アルバイト時代の経験が活かされてます」

 

 ――他にも君は劇場のホームページで、視聴者からの質問に直接答える生中継のネットラジオをやってたりするよね。他の所属アイドル達がファンとの交流に対して消極的なのに対して、君は随分とファンとの交流に積極的だね。

 

菜々「他のみんなはそういうのが苦手ですからね。だからナナがその役目を引き受けようと思ったんです」

 

 ――劇場のファンも、菜々くんを“交流の窓口”みたいに思っているらしいよ。そういう点では、菜々くんは重要な役目を担っていると言えるね。

 

菜々「そうですね。杏ちゃんからもよく言われているので、頑張りますよ!」

 

 ――はは、何だか楽しそうだね。

 

菜々「そりゃそうですよ! 何てったって、長年の夢が叶ったんですからね! 毎日が楽しくて仕方がないですよ!」

 

 ――あれ? アイドルになったのは、必要に迫られたからなんじゃなかったっけ?

 

菜々「え?」

 

 ――え?

 

 

 *         *         *

 

 

【星輝子】

 

 

 ――それじゃ、自己紹介を宜しくね。

 

星輝子「は、はい……。星輝子(しょうこ)です……」

 

 ――そんなに緊張しないで、普段杏くん達と話してる感覚で大丈夫だからね。

 

輝子「あ、ごめんなさい……。人と話すのは、あんまり慣れてないから……」

 

 ――ライブのMCとかで何となく分かってたけど、やっぱり歌ってるときとは随分雰囲気が違うんだね。

 

輝子「フヒ……。よく言われます……」

 

 ――普通に考えたらアイドルになるような性格じゃないと思うんだけど、どうしてアイドルになったの?

 

輝子「えっと……、ギターを修理に出してて、それを取りに行ったらたまたま杏さんがいて、ギターを弾いてってお願いされたから弾いたら、スカウトされました……」

 

 ――おおっ、何だか運命的だね。杏くんも取材前に言ってたよ。「この子は逸材だ」って。

 

輝子「そ、そんな……。私が逸材だなんてそんな……」

 

 ――聞くところによると、かなり昔から音楽をやってたみたいだけど、大体何歳くらいからやってたの?

 

輝子「えっと……、杏さんがデビューした頃に、杏さんの曲をギターで弾いてた記憶があるから……、8歳の頃にはギターを弾いてたことになるかな……」

 

 ――8歳かぁ、それは早いね。家族がギターを弾いてたとか?

 

輝子「お、お父さんが昔趣味でギターを弾いてて、まだ家にそれがあったから『試しに弾いてみるか?』って渡されて……」

 

 ――ということは、輝子くんにとってギターの先生はお父さんだったってことだね。

 

輝子「は、はい……。3ヶ月くらいしたら、教えてくれなくなったけど……」

 

 ――それはまた、どうして?

 

輝子「わ、分からない……。前に1回お父さんに訊いたら『むしろ俺が教えてほしい』って言われて……」

 

 ――ああ、お父さんのレベルを超えちゃったんだね。

 

輝子「そ、そうなのかな……。冗談だと思ってたけど……」

 

 ――でも最初の頃は、杏くんみたいなアイドルの曲から入っていったんだね。メタル路線を聞くようになったのは、いつの頃から?

 

輝子「えっと……、小学校の5年か6年くらいから、かな……? 私、昔からずっとこんな性格だったから友達もできなくて、いつもみんなに馬鹿にされてて……。でも、こんな性格だから言い返すこともできなくて、ずっと自分の殻に閉じ籠もってたんです……。そんなときに、たまたまお店で聞いたメタルの曲が耳に入って、自分の中に溜まっていたものが吐き出されていく感じがしたんです……。それでCDを何枚かレンタルして聴いてみたら、歌詞も自分のことを歌っているようなものも幾つかあって……」

 

 ――一般の人がメタルと聴いて思い浮かべるのは、ど派手なメイクをして犯罪的な歌詞を叫ぶってイメージだけど、必ずしもそうじゃないからね。

 

輝子「そ、そう……。メタルってもの凄くジャンルが広くて、聞き取れないようなシャウトで叫びまくってるものもあれば、普通に聴きやすいポップなものもあって……。音も重低音がぎっしりの重苦しいものもあれば、クラシックのような荘厳な感じの曲もあって……。そういう何でもありな感じが、何でも受け入れてくれるような懐の大きさみたいなものを感じて、好きになっていったんです……」

 

 ――輝子くんからしたら、ようやく“自分の居場所”を見つけたって感じかな?

 

輝子「そ、そういうこと……」

 

 ――オリジナルの曲を作るようになったのもその頃から?

 

輝子「そ、そうです……。お父さんに誕生日プレゼントでパソコンとキーボードを買ってもらって、フリーの音源をダウンロードして、自分の部屋で1人で作ってました……」

 

 ――それを誰かに聴かせたりとかはしたの?

 

輝子「そ、そんな勇気は無かったです……。作ってるだけで満足だったし、周りでメタルを聴いてる人なんていなかったから、馬鹿にされると思って……」

 

 ――だから誰かに聴かせることもなかったし、バンドを組んだりとかもしなかった、と。

 

輝子「そ、そんな友達はいなかったし、そんな勇気も無かったし……。だから、今こうして自分の曲で盛り上がってくれる人達の前でライブができて、凄く良かった……」

 

 ――確かに、ライブをやっているときの輝子くんは凄く生き生きしているからね。それに普段からは考えられないほどに格好良いし、ファンのみんなもその辺りのギャップを楽しんでるんだと思うよ。もちろん、曲自体が素晴らしいっていうのもあるけど。

 

輝子「そ、そうか……。何だか嬉しい……」

 

 ――輝子くんがメタルを好きになったのは分かったけど、輝子くんはキノコマニアとしても知られているよね。そっちはなんで好きになったの?

 

輝子「薄暗いジメジメした場所でひっそりと生きてるのが、私にそっくりだって思ってシンパシーを感じたんです……。それにキノコによって見た目も全然違うし、同じ種類でさえ環境によってまったく姿を変えるときがあるのを知って、何でもありなんだなって思って……」

 

 ――ああ、そこでもメタルのときに感じた“何でもあり”って言葉が出てくるんだね。成程、メタルもキノコも輝子くんにとっては理想的な“自分の居場所”だったってわけか。

 

輝子「フヒ……。それに、毒キノコの容赦無い感じも好きだな……。内臓をボロボロにしたり、皮膚を(ただ)れさせたり……」

 

 ――そうなんだ……。輝子くんにとって、お気に入りのキノコって何かな?

 

輝子「フヒ……。どれもみんな良いから、一概には選べない……」

 

 ――それじゃ、輝子くんが一番恐ろしいと感じる毒キノコとか。

 

輝子「……それだったら、ドクササコだな。食べてから数日してから発症して、指先とか鼻先とかの体の末端部分に熱した鉄の針を刺されるような痛みが1ヶ月くらいずっと続くんだ……。しかも、強烈な鎮痛剤のモルヒネですら効果が無い……。ドクササコの毒自体に致死性は無いんだが、ずっと続く痛みで眠れずに衰弱死したり、痛みに耐えかねて自殺したり、痛みを和らげるために水につけ続けたせいで体の組織がぶよぶよになって、そこから細菌が入り込んで感染症で死んだり、と死亡例が絶えない……。しかも発症まで時間が掛かるから、ドクササコの仕業だと長年分からなかった……。本当、知れば知るほど恐ろしい奴だよ……」

 

 ――……うん、よし。それじゃ、次の質問に移るね。さっき輝子くんは「友達はいない」って言ってたけど、アイドルになってから何か反響とかはあったのかな?

 

輝子「あ、ありました……。デビュー前に、杏さんが事務所を作ってプロデューサーになるって発表して、ホームページにも私の顔と名前が載ったら、クラスメイトとか学校の人達にいっぱい話し掛けられて……」

 

 ――おおっ! 良かったじゃない! それじゃ、友達もいっぱいできたんじゃない?

 

輝子「……でも、CDが発売されてライブをするようになったら、ほとんどの人が離れていっちゃった……」

 

 ――あぁ……。それはつまり、ライブのイメージをそのまま引っ張っちゃったってことか……。そこから積極的に話し掛ければ、友達ができたかもしれないね。

 

輝子「フヒ……。でも良いんだ……、私はぼっちで売ってるからな……。友達ができちゃったら、キャラが違っちゃうもんな……」

 

 ――そうかな? 杏くんとか同じ所属のアイドルとか、もう友達と言っても良いと思うけど……。あ、でもさっき“ほとんど”って言ったってことは、少しはまだ輝子くんに話し掛けてくれる子がいるんでしょ? その子とは友達にならないの?

 

輝子「……その子、今までずっと自分のこと馬鹿にしてきた子だし……。アイドルになりたいみたいだから……、多分それで私に近づいてると思う……」

 

 ――うーん……。でも純粋に君のファンになったのかもしれないし、思い切って友達になってみたら? 君を利用しているだけだって分かったら、また改めて対応すれば良いし。

 

輝子「フヒ……、分かった……。頑張る……」

 

 ――うん、頑張って。……って、何だか人生相談みたいになっちゃったね(笑)

 

輝子「フヒ……」

 

 ――じゃあここで、君のネット上での活動について触れていこうか。杏くんの劇場ではアイドル本人が作詞にチャレンジしてるけど、作曲まで行っているのは輝子くんだけだよね。そんな輝子くんだからこそ、事務所のホームページで“作曲作業の生中継”をやってるんだと思うんだけど……。輝子くんの性格からしたら、仕事風景とはいえ自分のプライベートを不特定多数に公開するっていうのは勇気のいることじゃないのかな?

 

輝子「も、元々は杏さんに勧められて始めたんです……。私が曲を作っていたときに杏さんがそれを見てて……、そしたら杏さんが『何かずっと見ていられるから、試しにネットで生中継してみたら?』って言って」

 

 ――それで試してみたら、それがウケたと。確かに、何か知らないけど魅入っちゃうんだよね。音は全然流れてないからどんな曲か分からないんだけど、輝子くんがパソコンに向かってキーボードとかギターを弾いている光景って、何か別の作業をしながらチラチラと見るのにちょうど良いんだよね。それに何だか、あまりファンと触れ合わない輝子くんのプライベートを垣間見られる感じがするのも良いのかもしれないね。

 

輝子「あ、杏さんにも同じようなことを言われました……。あと、時々小梅ちゃんとか菜々さんとかが面白がって乱入してくるのも良いって……」

 

 ――そうかもね。動画が無音になっているのが、逆に小梅くんや菜々くんとどんな会話をしているんだろうって妄想を掻き立てるようになってると思うんだ。それも、ファンがその動画を見ている要因の1つかもしれないね。

 

輝子「フヒ……、そうなのか……」

 

 ――さて、そんな風に自分の曲を全部作っている輝子くんだけど、最近は他のみんなにも幾つか楽曲を提供しているよね。メタルのときとはまた雰囲気が違って、輝子くんの新たな魅力が見られるってことで評判が良いらしいね。特に蘭子くんの曲が評判良いとか。

 

輝子「う、うん……。蘭子ちゃんの曲ってストリングス(弦楽器)を中心とした厳かな感じの曲が多いけど、自分も時々弦楽器を使ってるから、意外とできるんじゃないかなって思って……」

 

 ――成程ね。確かにメタルの中には弦楽器やオーケストラが使われるものも多いし、輝子くんにとってはそれほど新しい試みというわけではないのか。菜々くんに曲提供をするときは、普段のギターサウンドを封印したハードテクノに挑戦してるね。それに関してはどうかな?

 

輝子「そ、それも、特に自分の中では意識して変えてるようなものは無い、かな……? 楽器を電子音に変えてるだけって感じ……」

 

 ――それでも聴いてる僕達にとっては、かなり雰囲気が違って面白いよ。本当に、これからが楽しみなアイドルだって思うよ。ところで小梅くんのブログによく君の名前が出てきたり、生中継のときにも小梅くんがよく乱入してるところを見るに、君は小梅くんと特に仲が良いみたいだね。なのに小梅くんには未だに曲提供をしていないみたいだけど、これは何か理由があるのかな?

 

輝子「えっと……(近くで休憩している杏へ視線を向ける)」

 

 ――おっと、ひょっとしてこれは近々何か動きがあるってことかな?

 

輝子「え、えっと……、近い内に発表するので……」

 

 ――分かった。これからの輝子くんに注目ということで、インタビューはここで締め括ろうか。

 

輝子「フヒ……、ありがとうございます……」

 

 

 *         *         *

 

 

【白坂小梅】

 

 

 ――それじゃ、自己紹介を宜しくね。

 

白坂小梅「えっと……、白坂小梅です……、宜しくお願いします……」

 

 ――人と話すのはあんまり得意じゃない感じ?

 

小梅「は、はい……。ごめんなさい……」

 

 ――いやいや、そんな謝らなくても大丈夫だよ。アイドルでもそういう子って、意外といるからね。それじゃ、今から小梅くんがアイドルになった理由を訊きたいと思うんだけど、大丈夫かな?

 

小梅「はい……、大丈夫です……」

 

 ――小梅くんは杏くんにスカウトされる前から、アイドルと面識があったって聞いたんだけど本当なのかな?

 

小梅「はい、本当です……。私の住んでた街に李衣菜さん(※多田李衣菜)とバンドメンバーのみんなが住んでて、よくその家にお邪魔してました……」

 

 ――どういう経緯でそうなったか、って教えてもらえるかな?

 

小梅「えっと……、元々メンバーの1人の涼さん(※松永涼)と知り合いで、よく2人で一緒にホラー映画とか観てたんです……。それで涼さんがアイドルになったときに、一旦は離ればなれになっちゃったんですけど、李衣菜さん達と一緒に戻ってきて住み始めてから、涼さんに紹介されて李衣菜さんの家に行くようになって、そのままみんなとお友達になった、って感じです……」

 

 ――涼くんと小梅くんって、結構歳が離れてるよね。どうやって知り合ったの?

 

小梅「えっと……。私が夜に“あの子”と2人で道を歩いていたときに、涼さんが『1人で夜道を歩くと危ないよ』って声を掛けてくれて……。でも両親が共働きで、どうせ家に帰っても1人でつまらないって話したら、涼さんが『それじゃ話し相手になってやる』って言ってくれて……。いっぱいお話したんです……」

 

 ――ええっと、話の腰を折って申し訳ないんだけど、“あの子”っていうのは誰のことかな?

 

小梅「わ、私が小さいときからのお友達で、いつも私の傍にいてくれてます……」

 

 ――あれっ? でも涼くんが小梅くんに出会ったときって、その子と一緒に道を歩いてたんだよね? なのに涼くんは「1人だと危ないよ」って言ったの?

 

小梅「はい……。“あの子”は、私にしか見えないから……」

 

 ――えっと……。

 (横で聞いている双葉杏へと視線を向けるが、彼女はニヤニヤ笑うだけで何も答えない)

 

 ――……うん、ごめんね変なこと訊いて。そうやって涼くんと話をしている内に意気投合して仲良くなった、ってことで良いのかな?

 

小梅「はい……。涼さんも私と同じくホラーが好きって言ったから、今度お勧めのホラー映画を見せ合いっこしようってなって……。そこからずっと、です……」

 

 ――そっか。それじゃちょうど話題にも挙がってきたし、ここで小梅くんの“趣味”の話に移ろうか。小梅くんは劇場のホームページでブログをやっているけど、そこでよくお勧めのホラーやスプラッタの映画を紹介してるよね。そういうのって、昔から好きだったのかな?

 

小梅「は、はい……。ホラーとかは、小さい頃から好き、でした……。幽霊とか、殺人鬼とかに追い掛け回されて、悲鳴をあげる人を見てると……、何だか楽しい気分になるんです……」

 

 ――そっかぁ、楽しくなるのかぁ。申し訳ないけど、僕はそこまでは踏み込めないかなぁ……。そういうのが好きになったきっかけって、何かあったりする?

 

小梅「きっかけ……は、よく分かりません……。昔から、幽霊は身近だったから……」

 

 ――身近っていうのは、ひょっとして“幽霊が見える”とかそういう……?

 

小梅「そ、そう……」

 

 ――幽霊繋がりでちょっと話が飛ぶけど、ネットでの評判を見てると、小梅くんのライブで時々心霊現象みたいなのが起きてるみたいなんだよね。何か「小梅くんの後ろで人影が見えた」とか「フロアの照明が不自然な点滅を繰り返す」とか。それとブログの写真にも「明らかにおかしい場所に人の姿が見える」とか。

 

小梅「あ……、ごめんなさい……。“あの子”、悪戯好きだから……。

 

 ――“あの子”っていうのは、さっき言ってた友達のことかな……?

 

小梅「はい、そうです……」

 

 ――そっか……。

 (横で聞いている双葉杏へと視線を向けるが、彼女はニヤニヤ笑うだけで何も答えない)

 

 ――えっと……、それじゃ……。そうだ、せっかくだから李衣菜くん達との交流についてもちょっと訊いてみようかな。ごめんね、話があっちこっちに飛んじゃって。

 

小梅「だ、大丈夫です……」

 

 ――小梅くんは李衣菜くん達とプライベートでの付き合いが多いから、テレビとかで観る彼女達とはまた違った姿を見てると思うんだよね。彼女達って、プライベートだとどんな感じ?

 

小梅「涼さんは、テレビとかライブのまま、です……。綺麗で、格好良くて、優しくて……。あと、私が時々驚かせると、面白い反応をしてくれる……」

 

 ――驚かせるって?

 

小梅「涼さんが私の家に来る約束をしてた日の夜に、家の電気全部消して待ってたんです……。そしたら涼さんが恐る恐る入ってきたから、ふふふ……、そっと後ろから近づいて抱きついたら、ふふ……、『うひゃぁっ!』って高い声出してビックリしてた……、ふふふ……」

 

 ――小梅くんは、悪戯が好きなのかな?

 

小梅「うん……。みんなが驚く反応を見るのが、好き……」

 

 ――ははは、小梅くんのアグレッシブな一面を見られたって感じかな? それで、他のメンバーはどんな感じ?

 

小梅「えっと……、夏樹さんはいつも格好良くて、私がリクエストするとすぐにギターを弾いてくれます……。拓海さんも“頼りになるお姉さん”って感じで……。里奈さんも最初は怖かったけど、私の頭を撫でたり抱きついたりしてきて……、すぐに仲良くなりました……」

 

 ――里奈くんが怖かったの? 拓海くんは?

 

小梅「拓海さんはそうでもないけど……、里奈さんは何だか“リア充”みたいで怖かった……」

 

 ――小梅くんみたいな子だと、そういう風に感じるのか。李衣菜くんはどんな感じ?

 

小梅「えっと……、テレビで観ているときのまんまです……。自分の好きなように生活して、音楽作って歌ってギター弾いて……。それで、よく夏樹さんとか拓海さんに怒られてる……」

 

 ――あぁ、何か目に浮かぶよ(笑)それで、そうやって李衣菜くんの家に出入りしていたときに杏くんと出会って、アイドルにスカウトされたってことなのかな?

 

小梅「えっと……、正確には少し違って……。私が夕飯の買い物をしてたときに、菜々さんと一緒に買い物してた涼さんと偶然会って、『バーベキューするから来ないか』って誘われて……。それで行ったら、そこに杏さんがいました……」

 

 ――んで、会ったその日にスカウトされた?

 

小梅「うん、そう……」

 

 ――成程ねぇ、つまり、もしあのときに小梅くんが買い物をしていなかったら、小梅くんが杏くんと出会うことは無かったかもしれないってことだね。そういえば、李衣菜くんの家に出入りしていたときには、346プロの関係者とは会わなかったの?

 

小梅「はい……、1度も会ったことはありません……。私が家に遊びに行ったときに『さっきまで武内(※“奇跡の10人”のプロデューサー)って人が来てたんだよ』っていうのはありました……」

 

 ――へぇ、そうなんだ。いや、この前武内くんと一緒に仕事する機会があってね、そのときにやけに落ち込んでるなって思って尋ねたんだよ。そしたら武内くんが「李衣菜さんの家に出入りしていた逸材に気づかず、ライバル会社に先を越されてしまいました」って言っててさ。だから小梅くんのことは、実は少し前から注目してたんだよ。

 

小梅「そ、そうなんですか……。ありがとうございます……」

 

 ――あはは、そんな大層なものじゃないよ。それで、小梅くんは杏くんのスカウトを受けてアイドルになることを決めたけど、アイドルになるからには今住んでる所を離れて東京に行かなきゃいけないよね? 親とも友達とも離れて住むことに対して、ご両親からは何か反対は無かった?

 

小梅「……別に、反対はされませんでした。あの人達、私のことを怖がってたから……」

 

 ――えっと……、それじゃ、不安とかは無かった? 学校の友達とかと離ればなれになって、誰も知らない場所に1人で行くことになって。

 

小梅「学校には1人も友達はいなかったし……、東京では杏さん達と一緒に住むことは分かってたから、不安はありませんでした……。それよりも、新しい世界に行けるってワクワクの方が大きかったです……」

 

 ――そっかそっか。新しい学校には慣れた?

 

小梅「は、はい……。個性的な人達がいっぱいいて、私のことを怖がらない人もいるから、お友達もいっぱいできました……」

 

 ――おおっ、良かったね! ちなみに、同じ事務所のメンバーとは、どんな感じ?

 

小梅「みんな、凄く良い人……。すぐに仲良くなりました……。特に輝子ちゃんとは、馬が合うっていうか、一緒にいると安心する……」

 

 ――確かに、輝子ちゃんがやってる作曲作業の生中継でも、小梅くんの姿をよく見掛けるよ。それじゃ次は、楽曲の話に移ろうかな? 小梅くんの曲って、自分で歌詞を書いているんだよね?

 

小梅「はい……。全部、自分で考えてます……」

 

 ――小梅くんの書く歌詞って、ホラーとかスプラッタが好きだからか、凄くグロテスクだよね。しかもただグロいってだけじゃなくて、人間の闇だとか業に迫るような恐怖も感じるんだよ。だから歌詞カードを見ると時々背筋が凍るような心地になるんだけど、曲自体はアイドルソングらしいポップで明るい曲調なんだよね。そのギャップに驚いたっていうか、混乱したっていうか……。あれって、誰のアイデアなの?

 

小梅「えっと……、明るい曲にしてくださいって頼んだのは、私です……」

 

 ――あ、そうなんだ。どうして?

 

小梅「最初、李衣菜さんから送られてきたデモテープの曲調は、いかにもホラーって感じの怖い曲だったんですけど……、何だかそれに歌詞を書いてたら『何か普通だな』って思っちゃって……」

 

 ――だから、明るくて可愛い曲にしてくれって?

 

小梅「そ、そう……。ホラーでも、何も無いと見せかけて幽霊を登場させて驚かせるのは、よく使われてるから……」

 

 ――ああ、成程。小梅ちゃんの色々な言動の根底には「みんなを驚かせたい」っていう欲求があるんだね。だからいかにもアイドルっぽい曲に乗せて、アイドルっぽいパフォーマンスをしながら、アイドルでは考えられないような世界観の歌詞を歌って、みんなが驚いたり混乱するのを楽しんでるってことか。

 

小梅「そ、そうなのかな……? ……うん、そうかも」

 

 ――それじゃ最後に、今後の活動予定について、何か告知したいこととかあるかな? 新しいアルバムを制作しているとか。

 

小梅「えっと……、今のところは、その、特には……」

 

 ――ちなみにさっき輝子ちゃんにインタビューしたときには、小梅ちゃんへの楽曲提供の話になったときに、言葉を濁す怪しい反応をしたんだけど。

 

小梅「えぇっ! えっと……、あの……」

 

 ――あっはっはっ、ごめんごめん。どうやらまだ言えないみたいだから、それまでは我慢して待ってるよ。

 

小梅「はい、ありがとうございます……」

 

 

 *         *         *

 

 

【神崎蘭子】

 

 

※記者注

 ファンの皆さんならご存知の通り、神崎蘭子は独特の言語を使うアイドルであるが、読者の混乱を最小限に抑えるために、文章にする際に通常の言葉遣いに変換していることをあらかじめ了承されたい。

 なお翻訳に当たっては、双葉杏並びに所属アイドルの協力があったことを記しておく。

 

 

 ――それでは、自己紹介をどうぞ。

 

蘭子「はい! 神崎蘭子です! よろしくお願いします!」

 

 ――はい、よろしくね。前もって話してあるけど、今回のインタビューは杏くんや他のメンバーに横で待機してもらって、蘭子くんが話したことを同時通訳してもらう形で進行していくので、皆さんよろしくお願いします。

 (双葉杏他メンバーが手を挙げて応える)

 

 ――それじゃ、まずは蘭子くん自身について訊いていこうかな。まずは、蘭子くんがどうしてこの世界に身を投じることになったかについて聞かせてもらえる?

 

蘭子「はい。私が街を歩いていたときに、別の芸能プロダクションのプロデューサーって人からスカウトされたんです。でもその人が何か胡散臭かったんで、お断りしようとしたんです。そしたらその人が、私に凄く嫌なことを言ってきて……。そしたら杏さんがやって来て、私を助けてくれたんです!」

 

 ――そっか。他のみんなに負けない、運命的な出会いだったんだね。

 

蘭子「はい! あのときの杏さん、凄く格好良かったです!」

 

 ――ははは、随分と慕ってるみたいだね。ところでその杏くんから聞いた話だと、始めて会ったときからその格好でその言葉遣いだったみたいだね。僕はあまりそういうのに詳しくないんだけど、“ゴシックロリータ”っていうのかな?

 

蘭子「はい! 今日も着ているんですけど、この“Rosenburg Engel(ローゼンブルク・エンゲル)”っていうブランドが特にお気に入りです! 杏さんと出会った場所にその本店があって、スカウトされたときもちょうどそこへ行こうとしてたんです」

 

 ――へぇ、そうなんだ。でもそういう服って、他のよりも高いよね?

 

蘭子「はい……。だからあんまり買えなくて、お母さんからお小遣いを前借りしたり、お手伝いをしてお小遣いを貰ったりしてました。でも今はアイドルになってお小遣いも増えたから、好きな服をいっぱい買えて嬉しいです!」

 

 ――それは良かった。他にも蘭子くんは天使や悪魔といったファンタジーの世界が好きみたいだけど、何かきっかけがあったの?

 

蘭子「えっと……、特にきっかけみたいなものは無かったんですけど、小さい頃からそういうのが好きで、天使とか悪魔の真似とかして遊んでたらお母さんが褒めてくれたんです。それでお母さんを喜ばせたいと思って色々調べてたら自然とそういう世界にのめり込んでいって、気がついたらそれが好きになってました」

 

 ――今はそのファンタジーチックな世界観もその服装も、アイドル・神崎蘭子を構成する重要な要素になっているわけだけど、普通に生活していく中では周りの目が気になったりとかは無かったのかな?

 

蘭子「……ええと、よくありました。学校は制服だからゴスロリは着ていけないんで、休みの日にその格好で外出したりしてたんです。そしたらクラスメイトの人達に見つかって『変な格好だ』って馬鹿にされました……。他にも私の好きなものを『中二病だ』とか言われたり……」

 

 ――やっぱり、そういうことを言われるのは辛かった?

 

蘭子「自分としては自然と好きになっていったものなのに、それを馬鹿にされたり否定されるのは嫌でした。だからあんまり人と話さなくなって、それを誤魔化すために今みたいな喋り方になって、ますます距離を置かれちゃって……」

 

 ――蘭子くんのゴスロリ姿、僕はとても似合っていて良いと思うけど、やっぱり他の人から見たら変わってるって思われちゃうかもしれないね。

 

蘭子「……そうかもしれません。でも何となく止められなくて、休日になるとこの格好をして街を歩いていたんです。そしたらある日、今まで一度も話したことのないクラスメイトの女の子に見つかって、また馬鹿にされると思って逃げようとしたんです。そしたらその子が私の腕を掴んで『君はとても魅力的だから、何も恥じる必要は無い』って言ってくれて……」

 

 ――初めて君のことを理解してくれる人が現れたんだね?

 

蘭子「はい! その子が『周りの評価なんて気にしなくて良い。君にはそんな周りの評価も根こそぎ変えられるような力を持っている』って言ってくれたおかげで、周りの目を気にしないで、今まで以上に自分の好きなことに向き合うことができるようになったんです。もしその子と出会っていなかったら、もしかしたら私は自分を偽って普通の女の子になろうと思っていたかもしれません」

 

 ――そうして自分のこだわりを貫き通したからこそ、今こうしてアイドルとしてスカウトされたんだからね。蘭子くんのやってきたことは、絶対に無駄なことではなかったと思うよ。その友達の言う通り、今の君はとても魅力的なんだから。

 

蘭子「えへへ……、ありがとうございます!」

 

 ――そんな蘭子くんこだわりのライブだからこそ、他の3人と比べてもかなり特徴的なものになっているね。ライブ自体がストーリー仕立てになっているのもそうだけど、観客自身がルートを選ぶことができて、それによって曲の構成までもが変わって、エンディングも複数用意されているっていうのは、かなり実験的なものなんじゃないかな?

 

蘭子「はい! お客さん達にも参加してもらうにはどうすれば良いか、杏さん達と一緒になって考えました!」

 

 ――それにストーリーだけじゃなくて、ライブ自体にも色々と実験的な仕掛けがあるね。客の声に反応してメーターが上がっていくのもそうだし、蘭子くんが歌いながら演奏している“謎の楽器”もそうだし。

 

蘭子「あれは“レーザーハープ”って言って、レーザーを手で遮ることで、前もって録音していた音とかを鳴らす仕組みなんです」

 

 ――あれを演奏しているときの蘭子くんは、とても格好良いよね。まるでオーケストラを率いる指揮者みたいにレーザーを弾く姿が、曲の壮大さと相まってフロア全体を支配する“ラスボス”のような雰囲気を感じるときがあるんだよ。あの楽器って、どうやって生み出されたの?

 

蘭子「えっと、お客さんの声でルートを決めたり、それに合わせて映像を切り替えたりするシステムを作るために、346プロに所属している“池袋晶葉ちゃん”っていうアイドルに依頼したんです。そのときに何か独創的な楽器を作ろうってなって、幾つかアイデアを出してくれて、一番格好良いって思ったレーザーハープを選びました」

 

 ――あぁ、あれを作ったのってあの子だったんだ。

 

蘭子「知ってるんですか?」

 

 ――僕達記者の中でも、最近よく話題になってる子だよ。とはいっても、アイドルとしてよりも技術スタッフとしての評判だけど(笑)

 

蘭子「晶葉ちゃんって本当に凄くて、みんなのライブの映像を撮るために、コンピューターで制御する自動式のロボットも作っちゃったんです! それに晶葉ちゃんにはよくお世話になっていて、前にライブ当日の朝にシステムの調子が悪くなっちゃったときがあって、晶葉ちゃんに急遽来てもらって本番30分前までずっと修復してくれたりもしたんです! 私のライブに、晶葉ちゃんは欠かせません!」

 

 ――成程、そういう技術スタッフの頑張りがあって、蘭子くんのライブは成立してるんだね。そんな独創的なライブだけど、何と言っても一番の魅力はストーリーだね。CGと実写を合わせた映像も相まって、かなり評判が良いみたいだよ。

 

蘭子「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 ――あのストーリーって、蘭子くんが考えてるんだよね?

 

蘭子「はい! 全部自分で考えました!」

 

 ――幾つもルートが分岐するから、その分より多く考えなきゃいけないんだよね。普通に一本道のストーリーを考えるよりも何倍も複雑で難しいんじゃないの?

 

蘭子「確かに大変なときもありますけど、昔からお話を考えるのは好きでしたから、今はとっても楽しいです!」

 

 ――当然ながら、歌詞も全部蘭子くんが書いてるんだよね? ライブ中に聴くとストーリーを構成する要素としてしっかり組み込まれているのに、曲単体で聴くと色々と想像の余地が残る書き方をしているから、この子は達者だなぁって感心してたんだよ。文香くん(※鷺沢文香)も、君の歌詞やライブのストーリーに注目してるみたいだよ。

 

蘭子「鷺沢さんがっ! うわぁ、嬉しいなぁ!」

 

 ――いや、本当に凄いと思うよ。蘭子くんくらいの年齢だと、自分のやりたいことを前面に出しすぎて自己満足に終始することが多いけど、蘭子くんの場合はちゃんとエンターテインメントとして成立してるからね。将来は小説とかを書く気は無いの?

 

蘭子「え、えっと……。それこそ鷺沢さんみたいになれたら嬉しいですけど……、今はライブとか歌詞を考えるので精一杯です……」

 

 ――そっか。そういえば、他のアイドル達もそろそろ次回作に向けて取り掛かってる頃だと思うけど、蘭子くんも次回作の構想はもう考えてあるの?

 

蘭子「はい、もう大まかなストーリーは決まっています。でもライブにするために幾つもルートを考えなきゃいけないし、そのストーリーに合わせた曲も作らなきゃいけません。後はそのストーリーに合わせた映像を作らなきゃいけないし、何か新しい仕掛けをやろうとするとシステムも新しく作らなきゃいけなくなるので、他のみんなよりも出来上がるのに時間が掛かると思います」

 

 ――確かにそうだね。でも蘭子くんのライブは行く度に違うストーリーになるから、ファンのみんなも待ってくれるんじゃないかな? だからゆっくり時間を掛けて、素晴らしいものを作ってもらいたいと思うよ。ところで、新しいストーリーになったら、今までのライブはもう観られなくなるのかな?

 

蘭子「えっと、ライブではもうやる予定は無いですけど、DVDとかブルーレイにして販売しようかって杏さんと話してます。私だけじゃなくて、他のみんなのライブもそうなんですけど」

 

 ――そっか。いやぁ、良かった。新しいのを期待してるファンも多いけど、今までのが観られなくなるんじゃないかって心配してる人も多かったと思うよ。これで安心だね。そういえばさっき「新しい仕掛けをやろうとすると~」って言ってたけど、既に何か考えてたりするの?

 

蘭子「はい! 今のライブではルートを選ぶときしかお客さんが参加できなかったけど、次のライブではもっとお客さんにも参加してもらおうと思ってます! それにいつかは、ライブに来ていない人もライブに参加できるような仕組みを作っていけたら良いと思ってます!」

 

 ――ライブに来ていなくても、か。それは面白そうだね。もしそれが実現したら、ぜひとも参加させてもらうよ。もちろん、劇場にも足を運ぶつもりだけどね。

 

蘭子「ありがとうございます! これからも頑張っていきます!」

 

 ――うん、元気いっぱいだね。やっぱりこういうところは、普通の14歳の女の子って感じだ。ちなみに普段の語りを聞きたいという読者の方がいたら、ぜひとも劇場に足を運ぶことをお勧めします。今日は、どうもありがとうございました。

 

蘭子「闇に呑まれよ!(お疲れ様です!)」

 

 

 *         *         *

 

 

【双葉杏】

 

 

 ――まずは一言、お帰りなさい。

 

杏「はい、ただいま」

 

 ――まさかまたこうしてインタビューできることになるなんて、思ってもみなかったよ。

 

杏「杏もこうして善澤さんのインタビューを受けることになるなんて、思ってもみなかったよ」

 

 ――ということは、引退したときには当然ながら芸能界に復帰する気は無かったと?

 

杏「もちろん。というか、デビューしたときから引退したくて堪らなかったよ」

 

 ――確かに、最初に会ったときからずっと言い続けていたね(笑)最初に僕と会ったときのことは憶えてる?

 

杏「えーっと……、杏がデビューして1ヶ月くらい経ったときだっけ? 新人のアイドルにスポットを当てるって企画でインタビューされた気がする」

 

 ――そうそう。確かにあのときは「この子は売れる」って確信めいた想いがあったけど、まさかあそこまで売れるとは思ってなかったよ。それで、まさか本当に言ってた通りにあっさりと引退するとも思わなかった(笑)

 

杏「逆に杏としては、引退を発表したときにあそこまで騒がれるのが分からなかったよ。普段からあれだけ言い続けてきたのに、いざ引退となったら『えっ! なんで!』みたいな反応されて。『いやいや、最初からそう言ってきたでしょ』みたいな」

 

 ――僕も含めて、みんなが口で言ってるだけだと思ってたからね。引退したのがあまりにも急だったから、結局取材ができなかったんだよね。というわけで、杏くんが今やっている仕事の前に、その辺りについても訊きたいと思うんだけど良いかな?

 

杏「別に良いけど……。特に新事実なんてものは無いよ? 引退するときの会見で話したことが全部なんだから」

 

 ――それはつまり、印税が貯まったからってこと?

 

杏「うん、そう」

 

 ――でも、アイドル活動そのものは楽しかったんじゃないの? 当時僕が見ていた限り、君が“印税のため”なんて義務感で働いていたようには見えなかったけど。

 

杏「確かにそれなりに楽しさは感じてたよ。普通に生活しているよりも珍しい体験ができたのは確かだしね。だけどそれ以上に、どんどん忙しくなっていくのに耐えられなくなったんだよ」

 

 ――あのときの杏くんは、僕から見ても同情するくらいに忙しかったからね。確か引退を発表したときって、ちょうどアジアツアーを終えたときだったよね?

 

杏「うん、そうそう。正直その時期が一番辛かったね。ほとんど事務所にも寄りつかないで、同期のみんなと顔すら合わせてなかったんじゃないかな? 結局それで我慢の限界になっちゃって、さらにそのツアーで凄いギャラが入ったから引退に踏み切ったんだよ」

 

 ――つまり、仕事をセーブしてもらえていたら引退することは無かったと?

 

杏「うーん……、どうだろうね」

 

 ――まぁ、とにかく君は芸能界を引退して、それでも今回こうして復帰することになったじゃない。しかもアイドルとしてではなくアイドルプロデューサーとして、さらに346プロに戻らずに自分で事務所を立ち上げて。ここまで積極的に動くなんて、現役時代の杏くんからは想像もつかないんだけど、何か具体的なきっかけとかあったりするの?

 

杏「うーん……、きっかけと言われてもよく分かんないんだよね。何というか、“ある日ふと思いついた”って感じ」

 

 ――その“思いついた”っていうのは、プロデューサーになりたい願望をってこと?

 

杏「うーん、はっきりとそう思ったっていうよりも、何かもやもやとした気持ちが渦巻いていて、それを解決するための手段としてプロデューサーを選んだって感じかな?」

 

 ――もやもやした気持ち?

 

杏「うん。杏と一緒に346プロからデビューしたアイドルって、確か“奇跡の10人”って呼ばれてるんだっけ?」

 

 ――そうそう。

 

杏「……何か改めて口にすると、この呼び方、すっごく恥ずかしいね」

 

 ――そう? そんなことないと思うけど。

 

杏「そりゃ善澤さんはそうでしょ。何てったって、名付け親なんだから」

 

 ――あははっ、確かにそうだね。でも、僕達からしたら君達の売れ方はまさに“奇跡”なんだよ。無名のプロダクションから同時期にデビューしたアイドルが全員トップアイドルになって、しかもその人気が今も衰えていないんだから。

 

杏「……まぁ良いや。んで、これは杏が引退してからなんだけど、不定期でみんなと一緒に食事会をすることになったんだよ」

 

 ――ああ、その話は取材をしているとよく聞くね。特にきらりくん(※諸星きらり)とかは、嬉しそうにそのときの話をしてくれるよ。

 

杏「ああ、目に浮かぶわ(笑)それで、そのときにも同じように食事会があって、もちろん杏もそれに参加してたんだよ。そのときに、当たり前だけど仕事の話になってね。それを聞きながら『みんな凄いなー』とか思ってたの」

 

 ――そりゃまぁ、第一線で活躍してる人達ばかりだしね。

 

杏「だね。それで食事会も終わって家に帰って、1人でボーッとテレビを観てたの。そしたらそこに、その日の食事会には来てなかった卯月(※島村卯月)が映ってて、歌を歌ってたんだよ。キラキラしたスタジオで『今とっても楽しいです!』みたいな感じで。んで、そのときにふと自分のことを考えたの。『今の生活を、自分は本当に楽しんでいるのかな?』って」

 

 ――心の底から楽しんでいる人を目の当たりにして、ふと疑問が湧き上がってきたんだね。でも君のその生活って、元々は君が現役の頃からずっと願い続けていたものでしょ? 楽しんでいたんじゃないの?

 

杏「そのはずだったんだけどね……。いや、寝て起きて何もしないで寝る、って生活を望んでたのは本当なんだよ? でもいざこうして叶うと、何というか『思ってたほどじゃないな』っていうのが本音だったんだよね。それをたまたま自覚するようになったって感じ」

 

 ――成程ね。でもそれを自覚するまでに5年掛かってるんだよね(笑)

 

杏「うん、掛かりすぎだよってね(笑)」

 

 ――それでまぁ、こうして再び芸能界に復帰することにしたとして、なんでアイドルのプロデューサーを選んだの? もう一度アイドルになる気は無かった?

 

杏「もう二度と、あそこまで働きたくない」

 

 ――あっはっはっ! ニート生活がそれほど楽しくないことは自覚しても、だから「一生懸命働きます!」とはならないんだね。

 

杏「もちろん。杏は基本的に物臭だからね」

 

 ――でも、それでアイドルのプロデューサーを選んだのはどうして?

 

杏「うーん……、まぁ、何となくだよ」

 

 ――おっ? これは話したくない感じかな?

 

杏「別にそういうわけじゃないけど……、何となく気乗りはしないかな?」

 

 ――まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。僕と杏くんの仲じゃないの。

 

杏「……まぁ、簡単に言うと、担当だったプロデューサーの影響かな?」

 

 ――担当というと、武内くんだよね?

 

杏「うん、そう。まだ346プロが雑居ビルのフロアを間借りしてた頃って、プロデューサーが10人全員の仕事を見てたんだよ」

 

 ――どんどん売れていくアイドル10人を1人で見なきゃいけないって、かなりの重労働だったろうね。

 

杏「でしょ? 実際にプロデューサーが休んでるところを見たことが無かったからさ、杏もずっと大変だろうなって思ってたんだよ。でもプロデューサーは全然弱音を吐かないし、それに何だか楽しそうに見えたんだよね。もしかしたら、それがずっと頭の中に残ってたのかもしれない」

 

 ――つまり杏くんは、武内くんをそこまで夢中にさせていたものが何か知りたくなった、ということかな?

 

杏「まぁ、そうかもしれないね」

 

 ――それじゃ、ここからはそんな“双葉杏プロデューサー”の仕事ぶりについて聞かせてもらおうか。テレビを中心に活動するアイドルじゃなくて、専用の劇場での公演を中心に活動する地下アイドル路線ということだけど、どうしてこれを選んだの?

 

杏「だってテレビとかだと、営業しなきゃいけないでしょ? そんなの面倒臭いよ」

 

 ――いやいや(笑)地下アイドルこそ、宣伝しなきゃお客さんが来ないでしょ?

 

杏「そこはほら、ファンの人達によるネットでの口コミと、後は各々の活動に任せてるから。杏はアイドル達の自主性を尊重する方針なんだよ」

 

 ――いわば“丸投げ”だよね?

 

杏「うん」

 

 ――そこは素直に認めるんだね(笑)でもまぁ、そのおかげでネットのコンテンツも色々と充実してて面白いし、それにアイドル達も自発的に考えて動いてるから、観ている人も応援したくなるのかもしれないね。

 

杏「でしょ? ちゃんと考えてそうしてるんだから」

 

 ――実際のところ、ネットで興味を持ってもらって、実際に劇場に足を運んでくれるって流れはあるの?

 

杏「うん、結構あるっぽいよ。ホームページでアルバムのダウンロード販売もやってるけど、ネットで興味を持ってくれた人がそれを買って聞いて、実際に劇場に来て常連になってくれるっていうのは割とあるみたい。それとびっくりしたのが、たまたま動画を観た海外の人が買ってくれるんだよ。この前なんて、中東辺りの人がアルバムを大人買いしてたからね」

 

 ――みんなの音楽が、そんな遠くにまで届いてるってことだね。その辺りはやっぱり、ネットが普及している今だからこその現象だね。そういう現象が起こる一番の理由って、何だと思う?

 

杏「一番大きいのは、やっぱりアイドルの個性が強いことだよね」

 

 ――本当に個性強いよね。どこからこんなの見つけてきたんだって感じに(笑)

 

杏「ネットでたまたま見掛けた人に強烈な印象を残せるっていうのは、やっぱり大きな強みだよね。その点からしても、やっぱりテレビとかよりも制約の少ない地下アイドル路線を選んで良かったって思ってる」

 

 ――まぁ、アイドルそれぞれの個性に関しては前述の個別インタビューで分かったとして、他に理由を挙げるとすると?

 

杏「そうだね……。やっぱり、協力してくれてるみんなの力が大きいかな」

 

 ――確かに、ざっと見ただけでもそうそうたるメンバーだよね。楽曲提供に李衣菜くんとそのバンドメンバー(※多田李衣菜 vs. ROCKIN' GIRL 18)でしょ? それにステージ衣装やオリジナルグッズの製作にきらりくん。劇場に併設されているカフェも、かな子くん(※三村かな子)が作ったものだよね。

 

杏「そうそう。このカフェは結構こだわったよ」

 

 ――曲やオリジナルグッズは分かるけど、カフェはどういう意図で作ろうと思ったの?

 

杏「元々かな子の会社で杏の劇場の近くに新しく出店する計画があって、本当は菜々さんがそこの店長になるはずだったんだよ。まぁ、直前で杏がアイドルにスカウトしちゃったから店長にはならなかったんだけど、出店の話自体はずっと残ってて、だったらいっそのこと杏の劇場に作って、そこで菜々さんに“名誉店長”として働いたら面白いかなって思ったの」

 

 ――つまり杏くんの劇場よりも、そっちの話の方が早かったんだね。

 

杏「そうそう。でも、メニューは結構オリジナルの物が多いよ。劇場のアイドルをイメージしたメニューなんだけど、本人達にも幾つかアイデアを出してもらったんだよ」

 

 ――確かに、なかなか面白いメニューが並んでるね。大きな目玉が乗っかってるケーキとか、黒と白のソースが掛かったハンバーグとか、キノコ雑炊や椎茸の網焼きとか。

 

杏「どれが誰をイメージしてるのか、すぐに分かるでしょ? ちなみに菜々さんのメニューでお勧めなのは“茄子と豚肉のピーナッツ味噌炒め”だよ」

 

 ――ピーナッツ味噌って、さっき菜々くんが好物だって言ってたヤツだね。何だかお酒に合いそうなメニューだね。他にカフェでこだわった点ってある?

 

杏「実際にカフェに行くとすぐに気がつくんだけど、カフェの中にモニターを設置してて、録画したライブをそれに流してるんだよ。ライブをやってるときにはそのライブを中継して、食事しながらライブを観ることもできるようになってるよ」

 

 ――僕がカフェの話を聞いて面白いと思ったのが、そこなんだよね。興味はあるけどライブはちょっとハードルが高いって思ってる人も、まずはそこからライブを鑑賞してみるって選択もできるってことだからね。あるいは平日に劇場のカフェに足を運んで映像を観た人が興味を持って、休日に改めてライブを観にやって来るってことも有り得るしね。

 

杏「後は、普段からライブを観てくれている人が、平日にも足を運んでくれる理由を作りたかったってのもあるね。劇場に行くことを習慣にしたかったんだよ」

 

 ――今の劇場の盛況を見る限り、杏くんの狙いはひとまず成功って考えて良いのかな?

 

杏「うん、そうだね。それに劇場と同じ建物にカフェを造ったおかげで、スタッフやアイドル達がライブの合間に温かい料理を食べられるのも凄い評判が良い」

 

 ――それは随分と内向きな評価だね(笑)

 

杏「いやいや、ライブ中の食事って凄く重要なんだからね? 食事1つだけでスタッフや出演者のやる気が全然変わってくるんだから。かな子なんて杏が現役のときに、会場のケータリングがあまりに不味かったせいでプロデューサー(※武内P)に本気でキレたことがあるんだから」

 

 ――あぁ、そんなこともあったね。滅多に怒らないかな子くんがキレたって、一時期僕らの間でも話題になってたよ(笑)それじゃ今のところ、劇場の運営は順調といったところかな?

 

杏「アイドル達にちゃんとお給料を渡せているから、まぁそう言えるかな?」

 

 ――いやぁ、杏くんもすっかり経営者の顔になったねぇ。まさかそんな顔を見られる日が来るなんて、思いもしなかったよ。

 

杏「杏だって、自分が劇場を経営してアイドルをプロデュースするなんて、少し前まで考えもしなかったよ。本当に、人生って何が起こるか分からないね」

 

 ――そんなことを言ったら、君の劇場でアイドルをやっている彼女達だって、自分がアイドルになるなんて考えられなかった子達の集まりじゃない?

 

杏「それもそうだね。彼女達からしても“人生何が起こるか分からない”って思ってるのかな?」

 

 ――多分ね。

 

杏「つまり今回のインタビューを通して分かったことは、“人生何が起こるか分からない”ということだね。いやぁ、実に有意義なインタビューだったよ」

 

 ――あれ? ひょっとして纏めに入ってる?

 

杏「もう喋り疲れた」

 

 ――相変わらずだなぁ(笑)




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《「双葉杏」「346プロ」関連の主なインタビュー記事》

・双葉杏という“現象” ~担当プロデューサーから見た双葉杏の真の姿~
・“新世代”の終わり ~“New Generations”活動休止の真相~
・アイドルから社長へ ~諸星きらりと三村かな子の“覚悟”~
・“vs.”に込められた想い ~孤高の天才・多田李衣菜は、なぜ新人とユニットを組んだのか~
・奇跡の再来、なるか ~“武内組”と呼ばれる超新星~

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