やはり俺の日常は酷くまちがっている。   作:あきさん

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欠席は静ちゃん、いろはす。


由比ヶ浜結衣は、いつだって眩しい。

  ×  ×  ×

 

 とある日の放課後のことである。

 今日も奉仕部で本を読むだけの簡単な部活動が始まる。……そう思っていたのだが、どうやら俺の知らない間に『依頼』があったらしく、平塚先生にそう言われた俺は部室ではなく家庭科室へと足を運んでいた。

 仕事したくないなぁ……。そう思いながらも仕方なく家庭科室の扉を開くと、中には雪ノ下と由比ヶ浜、そして小町の三人ががちゃがちゃと音を立てながら調理器具を準備していた。

 ……いや、なんで小町がここにいんの。

「お前、なにしてんの……」

「あ、やっときた。お兄ちゃん、小町のことはいいから入って入って」

 ぐいぐいと俺の袖を小町が引っぱる。こら、一色みたいなことするんじゃありません。

「遅いわよ、比企谷くん」

「あ、ヒッキー」

 小町に続いて雪ノ下と由比ヶ浜も声をかけてくる。ただ、依頼があったにもかかわらず肝心の依頼人らしき人物の姿が見えない。

「……依頼があると聞いてきたんだが」

「ええ」

 言うと、雪ノ下が短く答える。いや、だから依頼人は……。

「あ、えっとね、ヒッキー、その……」

 由比ヶ浜の方へ視線を向けると、顔を俯かせ、言いづらそうに両手の人差し指を突き合わせてもじもじとしていた。

「……由比ヶ浜さん」

 雪ノ下が諭すような声で彼女の名を呼ぶ。

「……う、うん。……よしっ!」

 すーはーと大げさに深呼吸をした後、何かを決心したかのように由比ヶ浜ががばっと勢いよく顔を上げた。

「あ、あのねヒッキー。あたし、料理うまくなりたいんだ。だから、その、ヒッキーにも、味見、してほしいな、なんて……」

 ……ほーん、つまりは雪ノ下と小町は由比ヶ浜の特別講師ってことか。なるほど、謎は全て解けた!

「ダメ、かな……」

 沈黙を続ける俺を不安に思ったのか、おそるおそるといった様子で俯きながら上目遣いで由比ヶ浜が尋ねてくる。彼女の揺れる瞳に思わず目を逸らすと、雪ノ下と目が合った。

「あなたは、味見して意見をくれればいいのよ」

 俺と目が合うなり、くすりと笑いながら雪ノ下が静かに微笑む。前もこんなことがあったなぁと懐かしみながら、微笑み返して頷いた。

「まぁ、仕事なら仕方ないな。それに得意分野だ、任せろ」

 気恥ずかしさからつい捻くれた言い方になってしまったが、ぱぁーっと顔を明るくする由比ヶ浜と、もう一度くすっと笑った雪ノ下を見る限りは、ちゃんと伝わっただろう。

「ではでは、雰囲気もよくなったところで……」

 と、今まで空気を読んでいたのか、静かだった小町が頃合いとばかり口を開いた。

「そうね。そろそろ始めましょう」

 小町の言葉を継いで、雪ノ下が重ねる。

「二人とも、よろしくね!」

 最後に、由比ヶ浜の元気いっぱいな声が響いた。

 いつの間にか、この空間が楽しくて、心地よいと思っている自分に気付いた。でも、それはきっと悪いことじゃないのだろう。

 そんなことを思いながら、ぼけーっと外の景色を眺めながら料理の完成を待っていると、途中、雪ノ下の重々しい声が聞こえてきた。

「由比ヶ浜さん、その持ち方じゃ危ないわ。包丁は両手で持つものじゃないわ。違う、違うわ。そうじゃないのよ」

 どうやら、由比ヶ浜に包丁の持ち方から教えているようだ。……え、そこから?

「え? でもこうしたほうが早くない?」

 トントンといった小気味よい包丁の音は一切聞こえてこない。変わりに、包丁をまな板に叩きつけたような音が聞こえてくる。どうしてそんな音が聞こえてくるんですかね、ガハマさん……。

「う、うわー……。これは大変そうだなー……」

 最後に引きつったような小町の声。そんな様子を不安に思い、視線を彼女たちの方へ戻してみると、由比ヶ浜が包丁を力いっぱいまな板に叩きつけていた。いや、斧じゃないんだから……。

「結衣さん、そんなに力入れなくても切れますから!」

 小町がすかさずフォローに回る。どうやら、雪ノ下一人だと追いつかないと判断したらしい。

「おいおい、大丈夫かよ……」

 あまりの光景に、つい彼女たちの方へ近づき声をかけてしまう。

「だ、大丈夫! ちゃんと、できる、もん」

 俺の言葉に由比ヶ浜がぷくっと頬を膨らませ、拗ねたような声で鳴く。いや、フグじゃないんだから……。一色といい姉ノ下さんといい、女子の間でそれ流行ってるんですかね……。

「……ま、頑張れ」

 気の利いた言葉が浮かばなかった俺は、無責任な言葉を投げかけることしかできなかった。

「う、うん!」

 だが、由比ヶ浜には悪い言葉じゃなかったようで、その表情にはやる気が満ち溢れている。

「ほーん……」

 小町が意地の悪い表情を浮かべて、ニヤニヤと俺を見ている。やめろ、そんな目で見るな。ちょっとゾクゾクしちゃうだろ。

「ゆきのん、こんな感じ?」

「そう、それでいいのよ。次は、切り方だけれど……」

 俺が自分の座っていた椅子に戻ると、調理を再開したらしく、そんな会話が聞こえてきた。

 と、不意に小町がとててっと俺の方へ駆けてきて、こしょっと耳打ちするように囁く。

「ちゃんと結衣さんのこと見ててあげなよ、お兄ちゃん」

 それだけ言うと、小町はまた由比ヶ浜のいる調理台へ戻っていく。

「……そうだな」

 由比ヶ浜の包丁の音に耳を傾けながら、一人、そんな言葉を虚空に投げた。

 

  ×  ×  ×

 

 由比ヶ浜のお料理教室「包丁の持ち方編」から二時間近く経った頃、ふわりと食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。どうやら、無事に完成したらしい。

 匂いにつられ彼女たちの方へ目をやると、由比ヶ浜が嬉々とした表情で料理を持ってこちらに歩いてくる。そんな由比ヶ浜とは対照的に、雪ノ下と小町は燃え尽きたように静かに机に突っ伏していた。お疲れ様です……。

 そうして二人の犠牲者を出した上でできあがった料理は、家庭的な料理の代表である肉じゃがだった。

「お、お待たせ……」

 いや、どこぞのカップルの待ち合わせじゃないんだから……。と思いながらも、ほかほかと湯気が立ち上る肉じゃがをよく見る。

 最初のくだりのせいか、じゃがいもの形は歪だったりするものの、見た目はちゃんと肉じゃがにはなっている。

「おお、ちゃんと食えそうだ」

 雪ノ下と小町がついていたとはいえ、由比ヶ浜の料理スキルを考えれば、それ以外の感想が出てこなかったので、それをそのまま口にする。

「ちゃんととか言うなし……。ね、ヒッキー」

 顔を上げると、褒めてもらいたくてうずうずしているような由比ヶ浜の顔が、俺の目の前にあった。だから近いっつの……。

「……あたし、頑張った、よ?」

 濡れたような声音の由比ヶ浜から逃げるように視線を外すと、由比ヶ浜とのやりとりを聞いていたらしく、顔を上げていた小町と目が合った。その瞳には、からかうような色が含まれている。

「……まぁ、食べてみてからだな」

「むー……」

 そのまま由比ヶ浜の方を見ずに言うと、小町が「ヘタレめ……」と口の動きだけで言って、つまらなさそうにもう一度突っ伏した。いや、俺にどうしろっていうんだよ……。

「……よし、食うか。いただきます」

 冷めてしまっては、さすがに申し訳ない。そう思い、箸を手に取り、おそるおそる口へ運ぶ。

「普通に食える……。ってか、うまい」

 じゃがいもが固かったり、やわらかすぎたりとバラつきはいたものの、充分に俺の好みの味に仕上がっていて、自然と箸が進む。

「や、やったっ!」

 胸を撫で下ろし、ふーっと息を吐くと、由比ヶ浜は「ゆきのーん! 小町ちゃーん!」と歓喜の声をあげたものの、二人は顔を上げて微笑むだけでもう動く体力も気力も残っていないらしい。ほんと、お疲れ様です……。

 一口、一口と食べるたびに、由比ヶ浜は俺の隣でにこにことしながら、俺の食べる様子を目を逸らすことなくずっと見つめている。なんでこの子こんなに全力で嬉しそうなのん……。恥ずかしいからあんま見ないで欲しいんだけど……。

「ヒッキー、おいしい?」

 表情はそのままに、由比ヶ浜が尋ねてくる。感想はさっきも言ったはずなのだが、彼女の笑顔を壊すのは気が引ける。そう思い、言葉を飲み込む。

「……ああ、うまいぞ」

 こんな時、気の利いたことの一つでも言えればよかったのだが、あいにくそんなスキルは持ち合わせていない。そのことに少しもどかしさや苛立ちを覚えながらも、ただ、彼女を肯定するように言うことしか俺にはできなかった。

「よかった」

 でも、そんな俺の言葉でも、彼女は笑顔を崩さない。それどころか、嬉しさを表現するかのように隣で何かの歌を口ずさみ始めた。

 由比ヶ浜のハミングを聴きながら夢中になって食べ進めているうちに、気付けば完食していた。

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした? で、いんだっけ?」

 何故か疑問系で言う由比ヶ浜を見て、思わずふっと苦笑がこぼれる。でもそれは嫌な苦笑じゃなくて、きっと。

「それであってるぞ」

「あ、じゃあ、おそまつさまでした!」

 今度は疑問系になることなく言い切ると、食った食ったと息を吐く俺にずいっと顔を近づけて、濡れたような瞳で由比ヶ浜が唇を動かす。

「……ね、ヒッキー。あたし、頑張った、よ?」

 だから、そんなことを言われても俺には気の利いた言葉なんて――と、そう考えていたのだが、去年の六月十八日の出来事が不意に頭を過ぎった。

「……頑張ったな、結衣」

 なんとなく、なんとなくだけれど。俺は自然と彼女の下の名前を呼んだ。

「えへへっ」

 それに応えるように、彼女は今日一番に眩しい笑顔を咲かせた。

 

 たまにはファーストネームで呼ぶのも悪くないなと、そんなことを考えながら、由比ヶ浜結衣という女の子を俺は見つめていた――。

 

 

 

 

 




久々に更新でござい。
最初はいろはすも出そうと思っていたのですが、作者の贔屓により今回の主役であるガハマちゃんを食っちゃういそうだなということで、欠席してもらいました。

後半、ゆきのんと小町を大人しくさせたのもそういう感じです。

久々の更新ですが、こんな話に仕上げました。また思いついたら何か書きます。

ではでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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