やはり俺の日常は酷くまちがっている。   作:あきさん

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今回は個人的に平和だと思うお話です。そして時期外れだ。

なお、ルミルミやいろはすとの話の繋がりは一切ありません。
欠席:小町、いろはす、平塚先生


川崎沙希は、やはり姉らしい。

  ×  ×  ×

 

 三学期の集大成とも言える期末テストを終え、それぞれが安堵、もしくは落胆した気持ちであと何日か経てば、待ちに待った春休みがやってくる。

 そして同時期に、卒業式という行事もやってくる。今の俺には直接関係のない行事ではあるが、来年になる頃には今とは違った気持ちで迎えることになるのだと思う。その変化する気持ちは新たなる環境へ向けての期待か、それとも失望かは判断がつかず、何とも言いがたい。ただ、その日を迎える最後まで、奉仕部という存在は未来の俺にとってかけがえのない大切な思い出になるのだろう。

 きっと窓際で静かに本のページを繰っている彼女も、その隣でにこにこと楽しそうに笑う彼女も、今は不在のあざとい彼女も。

 たとえ、二人と二人、もしくは一人と三人、最悪の結果誰もいなくなったとしても、それは変わらない。

 だから今は、つかの間の平穏を楽しむことにしよう。

 そんなことを考えながら手元の買ったばかりの小説のページを繰ると、不意にノックの音が聞こえた。

 「どうぞ」と入室を促した雪ノ下の声の後、その扉は開かれる。まーた一色はすぐに俺を扱き使おうとする……。少しは自分で何とかしようとしなさいよ……。

 文句の一つでも言ってやろうかと視線をそちらへ向けると、そこにいたのは一色ではなく、細身で長身の、青みがかった長い黒髪をポニーテールにまとめた女の子。

 

 ――川……川島……ではなくて……川なんとかさん……あぁ、川崎沙希か。

 

  ×  ×  ×

 

「あら? 川崎さん、こんにちは」

「あれっ? 沙希じゃん! どしたの?」

 二人とも俺と同様に一色が来たのかと思ったらしく、きょとんとした顔をしている。

「えっと……ちょ、ちょっと頼みたいこと、あるんだけど……」

 そうしてが俺のほうを気まずそうにちらちらと見てくる。え? 俺なんかした? もしかして名前をきちんと覚えてないことに激おこなの?

「何だよ……」

 俺がそう返すと、「うぅー……」と唸り声をあげ頬を赤らめる川崎沙希。何この可愛い生き物。

「川崎さん、そこの目の腐った下等生物の存在が気に障るというのなら、一時的に追放することも出来るのだけれどそうしたほうがいいかしら」

「確かにそれは事実かもしれんがわざわざ罵る必要なくない? 何なの? お前は俺を罵らないと死んじゃう病気なの?」

「何を言っているのかわからないのだけれど……」

「そ、それより沙希の話を聞こうよ! ……ヒッキー、取りあえず外でとく?」

「……そうだな。話が進まないようだし、そうするわ」

 確かに女子同士でしか話せない内容のものはあるだろうからな……。

 疎外感を覚えた俺は席を立ち、外に出ようとした時、慌てて川崎が口を開いた。

「ちょ、ちょっと!」

「あ?」

「……その、あんたにしか頼めないことなんだよ」

 ふむ、その言葉で雪ノ下と由比ヶ浜の温度が少し下がった気がするが、今は話を進めることにしよう。

「どういうことだよ」

「……けーちゃんのこと、なんだけど」

 あぁ、何となくだが、こいつの俺にしか頼めないこと、というのがわかった気がする。

「あー、確か沙希の妹だっけ? ヒッキーにやたら懐いてた子だよね」

「確か京華さん……だったかしら?」

「そうなんだけど……。けーちゃん、はーちゃんと遊びたいって駄々こねちゃって」

「「はーちゃん?」」

「ほーん、なるほどな」

「……まさかとは思うけど、はーちゃんって比企谷くんのことかしら? あなた、幼い子にそんな呼び方を強制させているの? 流石に気持ち悪いわ」

「いや違うからね? それに、こいつも似たような呼び方されてるからね?」

「さーちゃんだっけ?」

「い、今それは言わなくていいから……」

「で、呼び方はさておき、俺はけーちゃんと遊んでやればいいのか?」

「う、うん。……だから、その、今週の日曜空けといてくれない?」

「そういうことかぁ。大丈夫だよ、ヒッキーどうせ暇だし」

「そうね。暇谷くんは地べたを這いずり回るくらいしか予定がないものね」

「なんでお前らは勝手に決め付けて話を進めようとすんの? あと雪ノ下はなんでわざわざ言い換えたの? 普通に言えよ」

「……結局どうなの?」

「まぁいいけどよ。慣れてるしな、そういうの」

「ありがと。……じゃあ時間とか場所は、あんたの妹に大志から伝えとく」

「ちょっと待て大志だと? あいつ性懲りもなく小町に近づいてんのか。よし、○そう」

「あ?」

「何でもないですごめんなさい」

「ヒッキーは知ってたけど、沙希も結構重症だよね……」

「そうね……。類は友を呼ぶ、という言葉がやけに腑に落ちるわ……」

 俺を本気で睨む川崎も、その光景を見る由比ヶ浜の愛想笑いも、こめかみに手をあてながら目を伏せる雪ノ下も、全部ひっくるめて俺の刻む青春の一部分であり、主役と呼べるものだ。人から見ればお世辞にも綺麗とは呼べないもので、間違っているものだとしても、俺にとってはかけがえのない大切なもので、間違っているものだとは思わない。

 それはきっと、同じような時間を過ごしてきた彼女らも、そうなのだと思う。そう信じている。

 

 ――こんな青春だって、俺の勘違いだったとしても、充分ありだ。

 

  ×  ×  ×

 

 その週の日曜日の午後に、小町から聞いたとおり川崎は妹のけーちゃんこと川崎京華を俺の家に連れてきた。

 なんで俺の家なのかって? 小町がいらん気遣いをしたせいだ。まぁそれとは別に、小さい子供はすぐに疲れてしまう可能性も考慮にいれた上での判断だとも思えるのだが、当の小町本人は「それじゃあ出かけてくるねー」とさっさと出て行ってしまったので、結局俺には分からず終いだった。

 あれ? もしかして大志と出かけるんじゃねぇだろうな? だとしたら全力をもってあいつを叩き潰さなくてはならん。

 そんな俺の黒い思考とは逆に、けーちゃんは俺の姿を見るなり目を輝かせ、俺に勢いよく抱きついてくる。

「はーちゃん!」

「おー、けーちゃん元気だったか」

 けーちゃんの頭に手を乗せ、よしよしと優しく撫でると目を細め、嬉しそうな表情をする。その光景は、小さい頃の小町を連想させる。や、今も頭を撫でるとあいつは喜ぶけどな。

「悪いね、付き合わせて」

「気にすんなよ。ほれ、けーちゃん行くぞ」

「うん!」

 小さいはーちゃんの手を引き過ぎないように注意を払い、俺の家のリビングに招く。

 キラキラと目を輝かせながら「はーちゃんのお家!」とぱたぱた走り回るけーちゃんを「こら、けーちゃん!」と優しく諌める川崎。やっぱりこいつもしっかりとした姉なんだなと改めて思う。

「ねぇ、あんたの妹は?」

「お前が来る少し前に出かけた。たぶん、夕方まで帰ってこないパターン」

「えっ」

 経験に基づいた推測を告げると、川崎が急に挙動不審になりはじめる。いったいどうしたんだこいつ……。

「じゃ、じゃあ今ここにいるのって、あ、あたしらだけ?」

「そうなるな」

 川崎がなんか赤くなりながら「そんなの聞いてないよ大志……」だとかぶつぶつ呟いていた。

 大志? 何かあるの? やっぱり今日小町とお出かけしてんの? 小町ちゃんどいて! そいつ○せない!

 「はーちゃん! 早くあそぼ!」

 そして、またしても俺の黒い思考を浄化してくれたのは俺にぴったりと抱きつくけーちゃんだった。あぁ、やっぱり癒されるなぁ……。

 

 川崎は未だにぶつぶつ呟いてるので、とりあえず放っておくことにした。

 

  ×  ×  ×

 

「すぅ……、すぅ……」

 慣れない場所で全力で遊びまわって疲れたのか、それとも逆に落ち着きすぎてしまい眠くなってしまったのか、日が沈み始めた頃にけーちゃんは静かに寝息を立ててしまった。

 ちなみに俺は今、けーちゃんを抱っこしている状態なのだが、起こしてしまいそうで、なかなか動くに動けない。

 お花を摘みに行きたい……うん、俺が言うと何か気持ち悪いな。流石にこのままではまずいので川崎に声をかけた。

「すまん、ちょっとけーちゃん頼めるか。いい加減トイレ行きたい」

「はいよ」

 そうしてけーちゃんを川崎に預けて用を済ませ戻ると、川崎がけーちゃんを抱っこしたまま優しい笑みを浮かべていた。こいつのこういった表情は、今のところは自身の家族にしか向けない表情なのだと俺は認識しているが、それはきっと間違ってはいないだろう。

「おかえり」

「あぁ」

「本当に悪いね、何から何まで。今度何かお礼するよ」

「けーちゃんが楽しそうだったからそれで充分だ」

「……あんたもやっぱりお兄ちゃんなんだね。今日一日、見ててよくわかったよ」

「小町という最愛の妹の面倒を見てきたからな。当然だ」

「出たよシスコン」

「はっ、お前も同類だろ」

 けーちゃんの写真、取りすぎじゃないですかね……っていうくらい、川崎は重度のブラコンであり、シスコンだと思う。というか、川崎自身はさほど気にしてないようだが、俺みたいな腐った目の男が一緒に写真に映っていたら将来それを見たけーちゃんに嫌がられると思うんだけど……。

 あれれー? なんだか視界が滲んできたぞ? なんでかなー?

「けーちゃん、起きた時に駄々こねそうだけどそろそろ帰るよ。これから夕食の準備とかいろいろあるし」

「確かにそろそろいい時間になるな。……しかしお前、若いうちから家事だとかいろいろ大変だな」

「流石にもう慣れたよ。……っしょ」

 けーちゃんを抱き上げる川崎の姿はやはり、姉らしく、優しさに満ち溢れていて普段の川崎と比べるとやはり間逆の印象を受ける。

「よかったら、また遊んでやって」

「空いてたらな」

「どうせ暇でしょ」

「……まぁ、けーちゃんが俺と遊びたいって言うなら仕方ねぇな」

「ありがとね。……じゃあまた」

 

 けーちゃんを抱きながら帰路に着く川崎の姿を見て、もし俺に子供が出来たとしたら俺もあんな姿になるのだろうか。

 二人を見送りながら、柄にもなくそんなことを考えた。

 

  ×  ×  ×

 

 あれから何日か経った後の放課後に、再度川崎は奉仕部もとい、俺を訪ねてきた。

「やっぱりあの後、けーちゃん駄々こねちゃったけど満足したみたい。あとこれ、けーちゃんがあんたにあげたいんだって」

 そうしてラッピングされた小さな袋を川崎は俺に渡してきた。

「おお、それなら断る理由はねぇな。サンキュ」

「沙希、ヒッキーに何あげたの?」

「その、こないだ作ったやつと同じものなんだけど……」

「バレンタインイベントの時のものかしら……?」

「そんな感じなんだけど……」

 中を見てみると、確かにそれはバレンタインイベントの時に川崎とけーちゃんが一緒に作っていたチョコと同じように見える。ただ、以前と少し違うのはより子供らしい歪さや拙さがあって、どこか可愛らしいこと。

「これ、けーちゃんに殆どやらせてみたのか?」

「あ、やっぱわかるよね……。流石に全部は無理だからあたしも手伝ったけど、どうしても自分でやりたいって、聞かなくてね」

「ほーん。……これ、今食ってもいいか?」

「別にいいけど……」

「んじゃ、いただきます」

 そうして、けーちゃんが主役の手作りと思われるチョコの一つを取り出し、口に運ぶと甘く、どこか苦く、且つぎこちなさを感じる味が広がった。

「なんか、けーちゃんらしい味だな」

 お世辞にも美味しいとは言えない。だけど、どこか暖かい味にふとそんな言葉を何気なく口走った。

 その流れを一通り眺めていた雪ノ下と由比ヶ浜が頭に疑問符を浮かべている中、川崎だけは俺の言わんとすることを理解し、暖かい眼差しを俺に向ける。

「あんた、やっぱお兄ちゃんだね。今、こんな顔してるよ」

 そうして川崎は携帯を取り出し、この間撮った写真を俺に見せてくる。それを雪ノ下、由比ヶ浜が覗き込む。

 そこには、けーちゃんは満面の笑みで、俺は川崎の言う"お兄ちゃんらしい顔"で、そこに映っていた。

 

「……確かにこうして並んで見ると、兄らしいと言える表情ね」

「……ほんとだ。ヒッキー、お兄ちゃんって顔してる」

 

 川崎に続いて、その写真を見た雪ノ下と由比ヶ浜は、優しい視線を俺に向けた。その視線は何だかこそばゆく居心地が悪いのだが、写真の中のけーちゃんは楽しそうだったのでこれでいい。

 

 自然と、俺はそう思えた――。

 

 

 

 

 




冒頭だけで文字数を稼ぐという卑怯なスタイル。
表現として引っかかる、もしくは人によっては嫌う表現なので伏せ字にしておきました。
(と言ってもすぐに推測できる程度のものではありますが……)

小さな子供に抱きつかれると本当に可愛い(アウトな意味ではなく)
サキサキのお話というよりは、けーちゃんのお話ですね。

ではでは、今回もお付き合いくださりありがとうございました。

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