いろはす色な愛心   作:ぶーちゃん☆

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ヒロインはいろはすです。





一色いろははついに空気と同化するっ……

 

 

 

「なぁ、愛川って………文実やってたよな……?」

 

「………ひぇっ?」

 

先輩の予想だにしなかった問いに、愛ちゃんがすっごくビックリしてる。

ていうかわたしもちょっと……てかかなりビックリした。

 

確かに先輩は記憶力がいい。だから一度記憶に残った印象の強い人の事は忘れないだろう。

い、いや、まぁたまに忘れるかも知んないけど。クリスマスの時に保育園で出会った怖そうな人のこと、ずっと川……川……川なんとかさん……とか言ってたし……

だからなんかわたしも川なんとかさんって覚えちゃってるんですけど。

 

まぁそれはさておき、基本は記憶力のいい先輩ではあるけど、こと人間関係に関してはなんか意識的に覚えないようにしてんじゃないの?ってフシさえあるんだよねこの人。

わたしの事だって、たぶん奉仕部に来た依頼人だから意識から外さなかったってだけの話で、そうじゃない出会いをしたとしたらそこら辺のただの一生徒としか思ってなかったろうな。

いや、ただの超可愛い一生徒ねっ!

 

つまり先輩は興味の無い人間、関わりの無い人間の事は敢えて記憶から除外するはずであって、愛ちゃんの言うように文実の仕事の中でほんの数回会話をした程度の生徒の事なんて覚えてるわけがない。

 

「ひゃ!ひゃい……」

 

愛ちゃんは真っ赤な顔でコクリと肯定をした。

でもこれ以上愛ちゃんから追求なんて出来るはずも無いだろうから、わたしが引き継ごうかな?

てか超気になる!

 

「人に興味の無い先輩が大勢居た文実の中で、愛ちゃんを覚えてるなんて超珍しくないですかー?もしかして愛ちゃんが可愛いから狙ったりしてましたー?」

 

おっと、尋問の声が思いのほか素の低さプラス棒読みになっちゃったじゃないですかー。

あれー、おっかしいなぁ。別にイラっともカチンともなんとも来てないんですけどねー。

 

「かかか可愛っ!ねねね狙っ………!!!あうう……っ」

 

っとわちゃわちゃしだしちゃった愛ちゃんは取り敢えずほっときましょーかねー。

まだ尋問が終わってないですからねー、せんぱーい……

 

「違げぇわ……そういうんじゃ無くてだな……」

 

そして先輩が答えた理由は、本当になんてことない理由だった。

ただしなんてことない理由なのはあくまでも表向きなだけで、それを聞いた愛ちゃん本人にとっては、とてつもない程にあざとい答え。

そしてこの場合部外者となってしまうわたしにとっては、とてつもなく歯軋りするような答え。

 

「んな大した理由じゃねぇよ。ただ文実がかなりヤバい状態だった時に、他の連中みたいに逃げ出したり投げ出したりしないで、すげぇ一生懸命やってくれてる一年生だったからたまたま覚えてたってだけだ」

 

 

× × ×

 

 

先輩は今の自分のセリフ、『一生懸命やってくれてたから覚えてただけ』の一言がどれだけの破壊力を秘めてるのかなんて想像もしてないんだろうなぁ。

 

わたしは知ってる。想い人からのその関連の一言がどれほど嬉しいのかを。

ソースはわたし。ふとつい先日の進路相談会に先輩が手伝いにきてくれた時の事を思い出した。

 

『はぁ、誰かさんが会長になれって言わなければなぁ……』

 

『鬱陶しい……けど、そう言ってる割りにちゃんとやってるじゃねぇか』

 

『……ま、まぁ、仕事ですから』

 

……あんな些細な出来事なのに、ちょっとあの時の事を思い出しただけでも胸の奧がコチョコチョとくすぐられてるみたいにこしょばゆい……!

でも……くすぐったいのにとっても気持ちのいい不思議な気分。

えへへ〜……あの時もくすぐったくて嬉しくって、もじもじと身を捩ってたっけな♪わたし。

顔が超熱くなっちゃって、プイッと顔を背けちゃったもんね。

 

 

大好きな人に頑張りを見てもらえてること、自分を認めてもらえることって、どうしようもないくらいに嬉しいんだよね。

隣をチラリと見ると、愛ちゃんは予想通り……どころじゃないくらいに幸せそうにニコニコしてる。

いやもうニコニコというかニヤニヤというか、なんかもう頬が緩み過ぎてとろけちゃいそう……

 

 

愛ちゃんは、一人悪者になってまで文実の空気を変えて、周囲から冷たい目で見られて尚、一生懸命頑張る先輩の姿に心奪われたってのに、実はその先輩に自分の頑張りを見ててもらえて認められていただなんて、一体今どれ程の幸福感で満たされてるんだろう。

ま、愛ちゃんの緩み切った顔見たら一目瞭然なんですけどね〜。

…………はぁ、マジで羨ましい……

 

でもこの時……そんな愛ちゃんの緩み切った顔とは対称的に、先輩の顔が苦虫を噛み潰したかのような表情になっていた事に、わたしも愛ちゃんも気付いてはいなかった。

 

 

× × ×

 

 

「……じゃあな。俺はそろそろ行くわ」

 

「は?」

 

「え……?」

 

お昼休みはまだ30分以上は残っている。

わたしは……たぶん愛ちゃんもだと思うけど、今の話の流れからそのまま文実の話で盛り上がるものだと思ってたのに……あ、や、愛ちゃんの状態的に盛り上がるのは無理かもしんないけど、急にその場を立ち去ろうとする先輩にビックリしてしまった。

 

「ちょっ!?先輩!?なんで急に行っちゃうんですかぁ!まだお昼休み全然残ってるじゃないですかー!」

 

そもそも先輩はこの場所から離れたら昼休みに居場所なんてないのだ。

ここで一緒に過ごしたのは一回だけだけど、その時だってギリギリまでここに居たくせにっ。

 

「いや、だって……なぁ?」

 

「いやいやいや、なに言ってんですか?なぁ?って言われたって全然分からないですから!………はっ!なんですかもしかして長年連れ添った夫婦のつもりですかツーカーの仲にでもなったつもりですかまだそこまでの関係性は築けてないのでこれからゆっくりと築いて行きましょうごめんなさいっ」

 

ペコリと頭を下げて両手をビシィッと前方に向けてお断わりさせて頂きます!

いや全然断ってませんけどね?

 

「いやなんでだよ……だって俺が居ちゃ気まずいだろ」

 

「は?」

 

「いやだから愛川が居るんなら、俺は居ない方が良くね?」

 

「は?」

 

急になに言ってんのこの人!

やばいっ!ワケが分からず急に拒否されたみたいになっちゃって、愛ちゃんが今にも泣いちゃいそうじゃないですかぁ!

アレたぶん泣かないで〜って慰めた瞬間に大泣きしちゃう顔だよっ……

 

「先輩が存在する事で場が気まずい空気になるなんて今更じゃないですかっ。日常茶飯事じゃないですかっ。なんで今更!?」

 

「いや酷すぎだろ……さすがの俺でも泣いちゃうよ?……いやだって、文実に居た愛川にとって、俺って最悪な嫌われ者じゃねぇか。そんな俺が居たら愛川に悪いだろ」

 

 

………あ、そういうことか……

そっか……先輩の中では『一色が自分の悪口で盛り上がって、友達が興味を持ったから連れてきてみた→いざ連れて来たら文実だった→文実な以上、自分の事を知らないワケが無い→自分の事を知っている以上、嫌われているはずだ→だったら自分がこの場に居るのは愛川に悪い』っていう大勘違いな公式になっちゃってるんだ。

なによ……その悲しい公式……なんでいつも自分が嫌われてるの前提なのよ……

 

さっきまで泣きそうになってた愛ちゃんは「愛川に悪い」の一言でワケが分からずポカンとしてる。

 

先輩は立ち上がりこの場をとっとと去ろうとしたのだが…………こんなのダメでしょ!

確かにわたし的にはこの紹介はこのまま失敗に終わってくれた方が正直ホッとする……

でもこんなのはダメだっ!こんな悲しい誤解のままでいさせるワケになんていかないっ!愛ちゃんの為にも……なにより先輩の為にも……!

 

「ちょっ……」

 

わたしが声を掛けようとした瞬間、それに被せるように意外にも先輩が先に言葉を発した。

 

「……あー、愛川。今更かも知れんが、あの時はあんなに一生懸命頑張ってくれてたのに、文実をあんな風に最悪な空気にしちまって、その……悪かったな。じゃあまぁ、そういう事で……」

 

……もう……やめてよ先輩……どこまで悲しいこと言うのよ……なんで先輩はいつもいつもっ……!

 

わたしの中に悲しみとも怒りとも取れない感情が沸々と沸き上がってきて、背中を向けて立ち去ろうとする先輩にこの気持ちをぶつけてやろうとしたのだが、どうやらそれはわたしだけでは無かったみたいだ。

意味が分からずポカンとしてた愛ちゃんが、その先輩の悲しいセリフに覚醒し、先輩の意図に気付き……そしてなんと………………………………………………………………………マジギレした……

 

 

「…………そんな事」

 

へ?今の愛ちゃんの声!?

それは、いつもぽわんとした優しい声の愛ちゃんとは思えないくらいの低い低い声。そして……

 

 

「そんなことっ!無ぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 

 

ま、愛ちゃんが叫んだぁぁ!?

 

「うわっ!ビックリした……」

 

さっきまで蚊の鳴くような声でしか喋ってなかった愛ちゃんの怒気を孕んだその叫びに、先輩はビックリして振り向いた。

いやわたしも超ビックリしましたよ!

 

先輩とわたしが超ビックリした顔で愛ちゃんを見つめていたら、その視線に気付いた愛ちゃんが『はぁっ……しまったぁ……!』って顔して真っ赤になって俯いた。

そしてモジモジと身を捩ると先ほどのセリフに小声で一言を付け加えるのだった。

 

 

 

「……………で、です………」

 

 

いや先輩もわたしもビックリしたのは敬語じゃなかったからじゃないからね?

 

 

× × ×

 

 

俯いちゃった愛ちゃんが立ち直ることおよそ10分。いや長いよっ!

その間、どうしたらいいか分からないわたし達は、ただただ待っていた……

 

そしてようやく愛ちゃんが重い重い口を開いた。

 

「比企谷先輩。その……そんなこと無いです……そんな風に言わないでください……私、あの時の比企谷先輩の姿を見てすごく格好い……………………………………………ひゃぁぁぁぁっ!ちちち違くて違くてっっっ!そそそそうじゃ無くって!……しょっ、しょの……す、凄いなって!……思ったんでしゅからっ……」

 

ビ、ビックリしたぁ……このまま告白しちゃうんじゃないかと思ったよ愛ちゃん!?

思わず格好良いと言い掛けてしまった愛ちゃんは、相変わらずのプチパニックを起こしながらもなんとか軌道修正した。

 

先輩を見ると、こっちはこっちで真っ赤になってるよ……

ちょっと!?わたしの存在感がっ!

 

「……へ?あ、や、凄いってなんだ……?俺はただ空気を悪くしただけなんだが……」

 

「ちっ、違いますっ……悪過ぎた空気を掻き混ぜて良い方向に持っていっただけでしゅ、す……比企谷しぇん輩がたった一人で悪者になる事で…………わ、私ちゃんと見てましゅたからっ……」

 

相変わらずカミカミの愛ちゃんだけど、真っ赤に染まりながら、俯きながらも、思いの丈を先輩に一生懸命語る。

 

「そんな大層なことなんてしてねぇよ。ただ苛ついてた気持ちを吐き出して楽になりたかったってだけの話だ」

 

「……嘘です。だったらなんで、悪者になっちゃった後も、居づらいはずの文実に真面目に毎日来て、それまでよりも押し付けられちゃうお仕事もきちんとこなしたんですか……?全然楽になんてなってなかったじゃないですかっ……」

 

ヤバい……

 

「……仕事だからな」

 

「ただお仕事だからって、あんなこと出来ないですよ……普通」

 

ど、どうしよう……

 

「あんな方法……もし私が思いついたとしても……もしそれで文実が上手く回るって理解出来たとしても……私には恐くて絶対に出来ないです……」

 

……わたし、空気感が半端ないんですけど……

 

「あんなに居た文実の人達から冷たい視線を向けられるのなんて恐いです……想像しただけで、私なんか逃げ出しちゃいそうなくらいに恐い……だから、私は比企谷先輩の事が……本気で凄いなって思ったんです…………あんなに恐い事を堂々と実行したのに、みんなの敵意が一身に向けられてるのに、それなのになんでもないような顔して、その後も毎日文実で一生懸命お仕事してた比企谷先輩が……本っ当に凄いなって思ったんです……」

 

あれー?わたし居ますよねー?おーい、みなさーん?

 

「……だからっ……もうそんな風に言わないでください……比企谷先輩が自分の事をそんな風に卑下するのは……その……あの……こんな風に本気で凄いなって、本気で格好い………っっっ!………ちちち違くてっ……とっ、とにかくそんな風に凄いと感じた私に失礼です……ヒドいです……だからもう……そんな風に自分の事を悪く言わないでくださいっ……」

 

 

………愛ちゃんの言ってる事は嘘だろう。

「私に対して失礼です」だなんて、これっぽっちも思ってないんだろうな。

 

ただ先輩が自分を傷付けるのをもうこれ以上見たくないから、敢えてその言葉を選んだんだろう。そう言われてしまえば、優しい先輩は愛ちゃんの為に、もうそんなこと言わなくなるから。自分を傷付けるのをやめるから。

 

愛ちゃんにとってはすごいリスクがあるよね、そんな言い方。

ほぼ初対面に近い先輩に、いきなり「私に対して失礼だからやめてください」なんて言葉を吐くだなんて、それこそとっても失礼な事だし、なんだコイツって思われたって仕方の無い行為だもん。

普段の優しくて真面目な愛ちゃんなら、絶対に選ばない言葉のチョイス。

 

なんだコイツ失礼なヤツだなって思われるかもしれないリスクを犯してまで、愛ちゃんは先輩の為に敢えてそう言った。それはまるで、いつも自分を犠牲にしてでも他人を助けようとする誰かさんに良く似てる。

ホントに先輩に憧れてるんだなぁ……

 

わたしの偽りだらけだったあざとい笑顔を初対面で一発で見抜いた先輩は、この愛ちゃんの偽りの無い優しさを一発で見抜いた事だろう。

 

「……そうか。そうだな……スマン」

 

「ひゃいっ……」

 

 

愛ちゃんの真っ直ぐな気持ちに触れて、照れ臭そうに頭をがしがし掻いている先輩と、言いたい事を言い終えて冷静さを取り戻したがゆえに、逆にまた恥ずかしさで噛んじゃってわちゃわちゃしちゃってる愛ちゃんが、二人で向かい合って照れ合っている姿を、今や空気と化したわたしはただ黙って見つめている事しか出来なかった……

 

 

 

 

続く

 







先輩やばいですやばいです!わたし超空気になっちゃってないですかー?ガチでやばいですって!
ってなワケで今回も最後までありがとうございました!


いやぁ……この『いろはす色』を書き始めた時点で、すでにラストシーンまでの流れは頭の中に出来上がってたので、今回の展開ももちろん最初から決まってたんですけど、いざ文章化してみると想像以上のいろはすの劣勢っぷりにドン引きです(苦笑)
これ完全にヒロインは愛ちゃんじゃないですかΣ( ̄□ ̄;)


それにしてもようやく書きたかった愛ちゃんの本質がちょっと書けました。
天使みたいな単なる『いい子』なだけじゃなくて、好きな人の前ではポンコツになっちゃう単なる『ドジッ娘』なだけじゃなくて、こうやって一本筋が通ってるって所も早く書きたかったんですよね〜。
まぁまだこれで完成像では無いんですけどねっ♪


ではではまた次回お会いしましょう!



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