今回ほとんど話が進んでいませんねぇ……
清らかに潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくる愛ちゃんから、わたしは目を逸らす事が出来ない。
頭の中をぐるぐると駆け回る葛藤だったけど、でもわたしの思考の中に本物というワードが浮かんでしまった時点で、答えはもう出ていたんだろう。
だって、本物が欲しいから今までの自分らしさをかなぐり捨てて頑張ってるのに、この真っ直ぐな瞳から目を逸らす行為は間違いなく偽物だから。
自分の中の偽物を肯定してしまえば、もう二度と本物なんて言葉を口に出来なくなっちゃう気がするから。
「うん!いいよ。先輩に紹介してあげるっ」
「……ほん、と……?」
見開いたその目は心からの驚きと喜びに満ち溢れていた。
……いいな……羨ましい。
偽物なんて何一つない愛ちゃんのその表情に、わたしはついそんなことを思ってしまった。
× × ×
「でも……」
わたしは本物に対する気持ちを裏切りたくない。だから本物の気持ちを惜しみなく溢れださせている愛ちゃんを裏切りたくないから紹介するんだ。
でも、それでもこれだけはやっぱりちゃんと言っておかなきゃ。
「でもね……?紹介はするけど……わたしは愛ちゃんのその恋を応援することは出来ないよ」
「……え?」
喜びに満ちていたその瞳には大量の疑問符が浮かんでいた。不安そうにキョトンと首をかしげる愛ちゃん。
だから可愛すぎるからやめてっ!
「だって……」
わたしだって先輩が大好きだから!
「あ、あんなどうしようもないアホでぼっちな先輩如きには、愛ちゃんなんて勿体なさ過ぎるもーん!てか豚に真珠すぎでしょー!」
うわーっっ!ホントわたしってバカなのぉ!?
なんでこの期に及んで素直に好きって言えないのよぉぉ……!
……………で、でもマジでダメだ……こんなに恥ずかしいもんなの……?本物の恋を認めるのって。
だからさっきまでの愛ちゃんの死ぬほどの恥ずかしさも良く分かるし、それなのに、あんなにパニックになっていてさえ自分の気持ちを全部吐き出せた愛ちゃんが凄いって尊敬しちゃうよ。
「そっ!そんな……私が比企谷先輩に勿体ないだなんて……そんなことないよぉ……」
真っ赤な顔と手をブンブンさせながら慌ててわたしの妄言を否定してる愛ちゃんを見てたら、どうしようもないくらいの劣等感を感じてしまった。
「……でも……えへっ、ありがとっ!いろはちゃん。私は紹介して貰えるだけでホントに幸せっ……だから応援とかは、大丈夫ですっ……」
はぁ……今日は愛ちゃんを羨ましいって思ってばっかりだなぁ……
ってダメだよいろは!ただでさえ愛ちゃんを紹介することでメッチャ不利な状況になるんだから、こんなネガティブな事ばっか考えてたら、大切なモノがこの手からするりと逃げてっちゃうよ!?
わたしはわたしらしく、どこまでも前向きに突き進まなくちゃ元々勝ち目なんてないんだから!
× × ×
さて、紹介するならするで、愛ちゃんにもきちんと現実を説明しておかなきゃいけないよね。
もしかしたらこれで諦めてくれるかも知れないし。
いや、このキラッキラした目の愛ちゃんには余計な心配なのかもね……
「でもまずね?先輩について話しておかなきゃならない事があるけどいい?……先輩を取り巻く状況について。結構……キツいこと言うかもよ……?たぶん……愛ちゃんの恋はうまくいかないよ……?」
わたしからの予想外の投げ掛けに愛ちゃんの表情が引き締まる。
そしてコクリと一言。
「……うん。大丈夫」
もしかしたら、愛ちゃんもなんとなく分かってるのかもしれない。
そりゃ文化祭で先輩をずっと見てたんだもんね。
先輩の傍にはあの人も居たんだもん。先輩を真っ直ぐに見てた愛ちゃんならなんとなく分かるんだろう。
「先輩にはね……」
そしてわたしは先輩の話をした。
雪ノ下先輩のこと、結衣先輩のこと、わたしとの出会いのこと、奉仕部の崩壊危機とそれによる更なる繋がり。
もちろんあの大切な言葉は教えなかったけどね。
あれはあの人たちのモノだから。
あれはわたしのモノだから。
話し終わって愛ちゃんを見ると、両手をグッっと握りしめて、なぜかすっごい真っ赤な顔をしていた!そして……
「ぷはーっっっ!けほっ!こほっ!……はぁはぁっ!……はぁ〜」
「ちょっ?愛ちゃんどうしたの!?」
「はぁはぁっ……はっ!ご、ごめんいろはちゃん……なんかすっごいお話だったから、集中しすぎて途中から呼吸するの忘れてたっ……」
…………ホントもうヤダこの子……
あぁ、ガチで会わせたくなくなってきたよ……アイツ絶対デレデレすんだろうなぁ……その上バレンタインにはこの子からチョコ貰って告白されちゃうんだよ……?
いくらなんでも知り合って1週間やそこらで告白を承けるような人では無いだろう事が唯一の救いではあるけども。
そしてようやく息が整ってきた愛ちゃんが語りだした。
「……そっか。私、文化祭の時比企谷先輩のことよく見てたから、雪ノ下先輩とはなんかあるのかな?って思ってたけど……そういう関係なんだね……そして、由比ヶ浜先輩……か」
やっぱりちょっとショックが大きかったかな。
雪ノ下先輩とはなにかあると思ってたみたいではあるけど、たぶん想像以上の絆の深さを感じ取ったんだろうね。
その上そこに結衣先輩まで加わっちゃうんじゃ厳しすぎるもんね……
うぅ……てかわたし自身だって分かり切ってた事のハズなのに、改めて人に話すとなんか絶望的にしか思えなくなってきたよ……
でも愛ちゃんはわたしとはちょっとその関係の受け取り方が違ったみたいだ。
すっごい予想外の返しが来たよっ!
「………やっぱり比企谷先輩って素敵なんだなぁっ……あんなに凄い人たちも比企谷先輩に惹かれてるだなんて……やっぱり分かる人たちには分かるんだねっ!……私、文化祭の時も文化祭のあとも比企谷先輩の悪口を周りから聞かされてすごく辛くて悲しかったから、あんなに凄い人たちが比企谷先輩のホントの良さを理解してくれてるって知れただけでも本当に嬉しいっ……」
……信っじらんない……
どう考えたって不利な状況でしかないのに、なんであんな人たちが先輩の傍に居んのよって嘆いたっておかしくないのに、そんな事よりもこの子は、先輩の周りに集まる暖かい光を純粋に喜んでるんだ……自分の恋よりも先輩の幸せを喜んでるんだ。
目の端に光るものを携えてまで先輩の幸せを心から喜んでる愛ちゃんを見ていたら、なぜかわたしもなんだか幸せな気分になってきちゃったよっ。
ふふっ、良かったですね先輩っ!こんなにも素敵な子が、先輩なんかの事をちゃんと見てくれてますよ?って!
ちょっとでもこんな風に思えたわたしは、ちょっとでも愛ちゃんみたいな本物に近付けたのかな?
愛ちゃんみたいに真っ直ぐな気持ちを先輩に抱けたのかな?
分からない。分からないけど、でもこんな風に思えたってだけでも愛ちゃんの想いが聞けてよかった……!
「愛ちゃんは凄いね。あんなに強力すぎるライバルが居るって知ったのに、そんなに真っ直ぐに先輩のことだけを見ていられるなんて」
「へ?……そ、そんなことないよっ……やっぱり凹んでる気持ちも正直あるし……」
あ、やっぱり一応凹んではいるんだ。
「……でもさ、その……どんな状況だったとしても、気持ち伝えられなくちゃ始まらないしっ!伝えられるチャンスを貰えそうってだけでも有り難いし、ちゃんと伝えられたらなにか変わるかも知れないしねっ」
こんなに真っ赤な真っ赤な癖して、ニコッと笑顔になれる愛ちゃんはやっぱり素敵だな。
伝えられなくちゃ始まらない……かぁ。
思えばわたしは始まるのが恐くて、先輩が逃げちゃうからなんて事を言い訳にして気持ちを伝えるっていう一番大事な事をすっとばして、無理矢理デートに連れ出したりキスしたり……大胆な事やってるように見せ掛けて逃げてばっかりだったもんな……
なんかわたし今日は愛ちゃんに教えられてばっかだなぁ。ホント感謝感謝だよ。
だから感謝の気持ちも込めて、快く紹介してあげるね、愛ちゃん。
だけど、だからこそ絶対に負けられないっ……負けたくないっ……
本当の気持ちを愛ちゃんにまだ打ち明けられてない時点で、今んトコ一歩リードされちゃってるのかもだけどもっ……
× × ×
さて、ようやくわたしの気持ちも固まった事だし、肝心の予定を決めようかな。
わたし的には遅ければ遅いほど助かるけど、愛ちゃん的には早ければ早い程いいに決まってるよね………ってわたし全然気持ち固まって無いじゃんっ!?
「ふぅっ……んで愛ちゃん?じゃあいつにする?」
「ふぇ?なにを?」
「なにをって……せーんーぱーいっ!先輩にいつ紹介したげよっか?って話!……今日はわたしたちも部活中だし、明日くらいにしとく?」
「………っ!」
あれ?わたしのセリフを聞き終えた愛ちゃんが急にビクッとしたかと思うと、そのまま固まっちゃった。
「……お、おーい、愛ちゃーん?」
すると首がギギッと音がしそうな程にぎこちなくゆっくりとこちらへ回すと、そこには先程までの真っ赤で恥ずかしげで暖かな笑顔の女の子と同一人物とは思えないくらいに、サーッと血の気が引いた涙目の女の子がプルプルと震えていた……
へ?な、なに?
「……………どどどどーしよぉ、いろはちゃ〜んっ!どうせ会えると思わなかったから必死にペラペラと相談してみたけどっ、い、いざホントに紹介されちゃうんだ……って思ったら……もう緊張と恥ずかしさで、ししし死んじゃいそうだよぉぉっ……!」
と、なんだかわちゃわちゃしだしてしまった……
さっきまでの愛ちゃんに対する感動と尊敬返してっ!?
うぅ……でもやっぱり可愛いなぁ!くっそうっ!!
結局わちゃわちゃとプチパニックを起こしてしまった愛ちゃんをなんとか宥め、明日の昼休みに紹介する事に決まったのだが、仕事もせずにガールズトークを繰り広げていたトコロをバッチリと目撃されていたようで、部活終わりに戸部先輩に『ないわーないわー』と何度も何度も薄気味悪く鳴かれてしまったのでしたっ。戸部許すまじ。
× × ×
翌日。
四時限目終了のチャイムが鳴り響くと、わたしはバッグを抱えて重い腰をあげる。
「ありゃ?いろはお昼はー?」
「ごめん!今日もちょっと用事がっ……」
「いろはちゃん最近冷たぁい」「まぁまぁ、いろはにも色々あるんだよねー」「行ってらー」
なんかすでにデジャヴを感じてしまいそうなこのやりとりを終えて、わたしは教室を出た。
先輩の待つベストプレイスへっ!!と行く前に、わたしはE組の教室へと向かわなくてはならない……
はぁ……やっぱり気が重いなぁ……
E組の前扉から中を覗くと……………愛ちゃんがまるで卒業式でも受けているかのような綺麗な姿勢で、真っ直ぐに前だけを向いてピシィッと固まっていた……だけど目の焦点は合ってはいない……なんかぐるぐるしてる。
おーい愛ちゃ〜ん……周りの友達もみんな動揺してるよ〜……
「……失礼しまーす……あ、愛ちゃん呼んでもらえますか?」
近場に居た名も知らぬ男子に話し掛けたら、凄い動揺してなんか必死に話し掛けて来たんだけど、今そういうのいいから。
「ごめんね急いでるから」と抑揚の無い声で冷たく急かすと、ようやくとぼとぼと迎えに行った。
普段だったらもう少し愛想良く接してあげるんだけど、今はもうそんな気分じゃないのよ。ごめんね?
その男子にわたしの呼び出しを告げられると、ビクゥゥゥッとしてまたもわちゃわちゃし始める愛ちゃん。
あ、立ち上がろうとして机に思いっきり足ぶつけて悶えてる。
あ、カバン落として中身ぶちまけてわちゃわちゃと拾ってる。
あ、右足と右手が同時に出てる。
あ、つまずいた。
………え?愛ちゃん?マジで大丈夫……?死んじゃわない……?
「いいいろはちゃんっ!……おまおまお待たしぇっ!」
いや無理でしょコレ……
「ちょっ……ま、愛ちゃん、大丈夫……?今日はやめとく?」
「ふぇっ……?い、行くよ?ぜ、全然大丈夫だよっ?」
いや、そんな目をぐるぐるされて言われても……
でもまぁ本人が行くって言ってる以上はしょうがないか。
そしてわたしは緊張して死んじゃいそうな愛ちゃんを引きつれてあの場所へと向かった。
ホントはわたしだって、死んじゃいそうなくらいに緊張してるんだけどね……
「……どうしようっ……いろはちゃん……私、なにをお話すればいいのかな……」
わたしの制服の裾を両手でギュゥッと握り込みながらテケテケと付いてくる愛ちゃん。その手も足も超震えてる。
制服がシワになっちゃうからやめてっ!とも思ったけど、おかげでわたしの震えが誤魔化せるからちょうどいいのかもね……
「大丈夫だよっ。まずはわたしの友達ですよ〜って紹介して、あとは先輩とわたしで適当に喋ってるから、余裕が出てきたら会話に交ざってくればいいし、無理そうなら今日はまだ顔だけでも覚えてもらえばいいんでしょ?」
「う、うんっ!……いろはちゃんありがとうっ」
……………ダメだ……昨日からずっと、愛ちゃんにありがとうって言われる度に、やっぱ罪悪感が半端ない。
上手く行きっこないし、上手く行って欲しくないと思いながら紹介するのって、思ってたよりもずっとズキズキするんだな……
今日……紹介が済んだらホントのこと言おう!本当はわたしも先輩が大好きなの!って。
愛ちゃんに対する牽制とかじゃなくって、ちゃんと誠実な気持ちで!
……あ、あれ〜?なんかこういうのって……フラグとか言うんだっけ……?
そしてそんな不毛な思考を巡らせている内にあの場所が見えてきた。
そしてそこには、いつもの見慣れた腐った目の、だらしのない猫背の、ぼっちでキモくてわたしの大好きな先輩が座ってた。
ふぅ〜〜〜〜〜っと深く深く息を吐いて、わたしはいつものように甘くあざとく小悪魔的に、いつもの言葉を投げ掛けるのだった。
「せーんぱいっ!」
続く
ありがとうございました!
なんか最近、驚くくらいに愛ちゃん人気が急上昇してるように感じます(笑)
いつか香織みたいに皆様から愛して頂けるようなオリキャラになるんですかね〜(´ω`)♪
しかしやっぱり香織の存在は偉大ですなぁ。
今回の愛ちゃんが呼吸して無かったベタなシーンとか教室内でボケ連発の愛ちゃんのシーンで、香織だったら鋭いツッコミ(脳内)が出来るのにぃっ!とか思いながら書いてました(笑)
さて、今回はまったく話が進みませんでしたが、次回はようやく八幡と愛ちゃんの初顔合わせ回になりますね!
それでは次回をお楽しみに〜(=・ω・)ノシ