「ああ……やってしまったぁ……」
うちに帰って来ると、ごはんは〜?と呼び止めるお母さんにお断りを入れながらドタバタと階段をのぼり、部屋のドアを開けるなりベッドにダーイブっ!!
わたしは今、ベッドの上でジタバタとバタ足の練習をしている……
ひとしきり暴れて泳ぎ疲れるとバッグからプリクラを取り出して、ごろんと仰向けになった。
真っ赤になって固まってる先輩と、そんな先輩にギュッと抱き付いて信じらんないくらいに真っ赤なぎこちない笑顔のわたしが写っているそのプリクラには……
『せんぱいだーい好きっ!Chu!!』
『ラブラブ〜《ハート》』
『いつか責任取ってね♪はちまんっ』
とかってバカ丸出しのラクガキが所狭しと躍っている。
「こんなの……見せられるワケ無いじゃないですかぁ……」
にへら〜っとプリクラを眺める視線は、自然と先輩の唇へと流れる。
「〜〜〜〜〜っっっ!」
さっき仰向けになったばかりなのに、またごろんとうつ伏せになって枕に顔を埋めざるをえない程、わたしは軽く興奮している。
そうなのだっ!わたし、ついさっき先輩にキスしちゃったのだ!
もうハグプリクラどころではないんですよっ!
「どうしよう……月曜日からどんな顔して先輩に会えばいいんだろ……?」
わたしはぽしょりと呟くと、もう一度プリクラに写る愛しい人を見つめ、そっと人差し指を唇にあててみた……
「〜〜〜〜〜っっっ!」
わたしの唇に優しく触れていた先輩の唇の感触と形を思い出してしまい、またもジタバタと悶えるのだった……
「わたし、今夜は眠れそうにないですよ、せんぱい……せんぱいは今頃どうしてますか……?」
そしてプリクラを眺めたり唇を触ったり悶えたりのエンドレスな長い夜は終わることなく続き、更に夜はふけて行った。
× × ×
週が開けた月曜日の朝。
わたしは洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、ふぅと一息ついた。
「良かった〜、休み挟めて」
あの日、嬉しい感動からなのか押し潰されそうな不安からなのか、感極まって帰りのモノレールの中で泣きに泣きまくってしまい、帰ってきてからはのたうち回って一睡も出来なかったわたしの目は、翌朝には真っ赤に腫れあがってしまっていたのだ。
やばい!治さなきゃ!とその日は大人しくしてたけど、やっぱり一日中悶々としてしまい、あの行為を思い出しては感激して涙が出ちゃったり興奮してニヘッとなったりと忙しくて、翌日の日曜もまだちょっとだけ目が赤かったんだよねー……
だから昨日はプリクラを眺めるのを我慢してたんですよ?せんぱい。
10回くらいは見ちゃったケド……
とりあえず一難は去ったけど、本当にヤバいのはこっからなんだよね〜……
だってわたし、今日から先輩に顔合わせられるの!?
× × ×
うう……結局その日は先輩に顔を合わせられませんでした……
もちろん奉仕部までは行ったんだけど、わたしにはそこまでが限界だったのです……
もう心臓が破裂しそうなくらいバクバクいっちゃって顔も超熱くなっちゃって、とてもじゃないけどあの部室の扉に手を掛けることは出来ませんでしたよ……先輩だけならともかくあの二人が恐い……
普段のわたしなら可愛い後輩を演じて上手くやりすごせるんだろうけど、今の精神状態で氷の追及を振り切れるワケ無いじゃないですかぁ?
てか先輩はどうなんだろ!?普段よりも態度がキョドってキモくなっちゃって、「比企谷くん?なにか隠しているのかしら……?」なーんて冷水を浴びせられるような雪ノ下先輩からの恐ろしい追及に、なんか吐かされちゃったりしてないよねっ!?
アイツってホント思いっきり顔に出るからなぁ……本人はポーカーフェイスが出来てるつもりになってんのが笑えるけど。
まぁそれはもう先輩を信じるしか無いにしても、とにかくこのままは本当にマズい!これが原因で疎遠になるとか、ひとつも笑えない!
いくら無理矢理で強引だったとはいえ、せっかくの先輩とのファーストキスで後悔なんかしてたまるもんですか!
だからわたしは決意を胸に秘めて帰り道を一人ゆく。
明日こそ絶対会ってやるって!
奉仕部に行くのが気まずいんならあの場所に行こう。リサーチしといたあの場所に!
あそこなら、絶対に二人っきりでお話出来るから。
翌朝、普段よりも早く起きたわたしは二人分のお弁当を用意していた。
とにかく何事があろうとも、停滞した会話を潤滑に進める為には、まずは美味しい食事が必要なのですよ!
会議なんかにしても険悪なまま会議室で進めるよりも、美味しいお店で和気あいあいと進行する方が会議が潤滑に進むじゃないですかー?
先日と違って、今日はバッチリお昼も晴れると教えてくれた天気予報のお姉さんにグッっと親指を向けると、わたしはよしっ!っと戦いの場へと旅立つのだった。
× × ×
四時限目終了のチャイムが鳴り響くと、わたしは二人分のお弁当が詰まったバッグを抱えて颯爽と立ち上がる。
「ありゃ?いろはお昼はー?」
「ごめーん!今日もちょっと用事がっ」
「いろはちゃんまたぁ!?」「行ってらっしゃーい」「今日は午後の授業遅れんなよー」
友達に軽く謝罪して、わたしはあの場所へと向かう。
自販で甘ったるいコーヒーを買うのも忘れずにね!
先輩曰くベストプレイス。
教室に居場所の無い先輩が、お昼を一人で過ごす為に見付けたベストなプレイスらしい。
晴れて暖かい日ならこういうランチも気持ち良いかも知れないけど、今は二月だよ?
そんな二月の寒空の下だってのに、やっぱりあの人はそこに居た。
あのとき以来の先輩の姿に、こんなに寒空の下だってのに身体中が熱くなって変な汗が出てきちゃった……
あれだけ覚悟を決めてたのに……こんなに色々用意してきたのに……ここに来て足が竦むなんて。
もしも避けられたらどうしよう……
もしも拒絶されたらどうしよう……
この三日間その事を考えないワケが無かった。
いや、考えないように敢えて現実逃避してたまである。
たぶん普通の男ならあれで完全に落ちて、その後は彼氏気取りで自分から超近付いてくるんだろうね。
でも先輩は違う。だからこそ好きなんだけど、でもまたそこが大変なトコでもあるんだよね。
どうしよう……ファーストキス捧げた次の再会で拒否られたら立ち直れないかも……
また明日にしよっか?いろは!
そんなに焦って無理に会わないでも、そのうち何でもないような顔して仕事押し付けにいけばいーんだもんねっ!
……………ってそんなわけ無いじゃないですかーっ!!
そんな弱気でどうすんの!?あんたこのまま逃げ出したら、たぶんホントに疎遠になるよ?それでいいの?……良いわけあるかぁ!
わたしは震える足を震える手で思いっきりつねる。珠のお肌がキズモノになっちゃったって気にしない!キズモノになってもどうせ責任取ってもらうんだもん!
そしてわたしは死角からそーっとそーっとヤツに近付き、逃げられないように背後を取った。
燃えるように熱い顔と身体、震える声と手足、火照ってボーっとする思考回路を力ずくでねじ伏せて、愛しのこの人にあの日あのとき以来の声を掛けるのだった。
もちろん第一声なんかとっくに決まってますよ?
「せーんぱいっ!」
× × ×
震える声を目一杯の猫なでな甘さでコーティングしてなんとか声を掛けてみたんだけど、先輩は超ビクッとして食べ掛けのパンを落としてしまった。
ギギっと音がしそうなくらいぎこちなくゆっくりと首を回して振り返り、わたしの姿を確認した先輩は……
「おおお、おう、いいいっしゅきかっ……」
わたしがド緊張していた事など鼻で笑うくらいのものすごい噛み噛みな緊張っぷりに、思わず吹き出し掛けた!
ぷっ!先輩があまりにもキモくキョドってくれたおかげで、逆にわたしの緊張がほぐれましたよ?
てか昨日奉仕部に行かなくて良かったよコレ……
「うっわー……先輩キモっ」
そう言いながら、わたしはニコニコと先輩の隣に腰掛ける。
噛み噛みで恥かいた上に急にピッタリと隣に座ってきたもんだから、先輩はさらにビクゥッと体が跳ね上がり、視線は思いっきり明後日の方向に。
「……お前な……急に後ろから声掛けられたら誰だってビックリすんだろが……いきなりキモいって酷くない?」
「だーってぇ、それにしたって先輩のビクッとと噛みっぷりは凄すぎて超キモいですよー」
まったくぅ、ただ後ろから声掛けられたからビックリしただけじゃないくせにー。
その超真っ赤な耳が雄弁に語ってますよ?せーんぱい!
「うっせ、ほっとけ」
でも良かった……
先輩超照れてるけど、拒否られたりはしてないやっ。
わたしもなんとか普通に話せそう!
「先輩よくこんなに寒いのに、こんな所でごはん食べられますよねー」
「まぁな。ここでの昼飯も二年目にもなれば、この程度の寒さはそよ風みたいなもんだ」
ふふっ、全っ然こっちは見てくれないのに、口調はいつも通りですね。
まだまだ声震えてて緊張が隠しきれてないですけどね〜。
「んな事よりもお前がビックリさせっから、焼そばパンさんが犠牲になっちまったじゃねぇかよ」
「むぅ、それは焼そばパンさんには可哀相な事をしましたね〜。あとで先輩が責任をもって砂ごと食べてあげてください」
「なにそれ虐め?……ったく……購買行ってくるわ。じゃあな」
そういって先輩は立ち上がろうとする。
それは購買に行きたいからなのかな……
わたしと居るのが気まずいからなのかな……
わたしは知らず知らずのうちに先輩の袖をギュッと握っていた。
「……行っちゃうんですか……?」
「あ、や……」
先輩はわたしの顔を困惑の眼差しで見ている。
……たぶんわたしの表情は泣きそうになっているんだろう。
「…………たく、しゃあねぇな……たまには昼飯抜きでもいいか」
そのまま黙って腰を下ろしてくれた先輩は、照れくさそうに頭をガシガシ掻いている。
先輩はわたしが不安な気持ちでここに来たのが分かってるんだろうな。
わたしの気持ち、さすがにもう気付いてるんだろうな。
だって、普段なら居るはずの無いわたしがなんでここに居るのかを一切訊ねてこないから。
行かないでいてくれるトコとかそういうトコとか、ホントあざといよ、先輩……
でもわたしはまだまだ先輩にわたしの色を見せてあげないんだから。
わたしが何色なのかをあなたに見せるのは、もうちょっとだけあと。
「大丈夫ですよー!ほらっ!今日は先輩分のお弁当も、つ・い・でに作ってきてあげましたよー」
だからまだわたしが先輩に見せてあげる色は、いざ口にするまで何味なのか分からない無色透明ないろはす色♪
わたしらしく、さっきまで泣きそうになってた顔に思いっきり小悪魔笑顔を張り付けてあげますよっ?
「へ?マジで?」
「マジですよー。じゃーん!ほらほらぁ、この玉子焼きなんて超絶品なんですよー!」
「そ、そうか、サンキューな……じゃあ有り難くいただくわ……っておい!」
「だってぇ、しょうがないじゃないですかー!寒くて仕方ないんですからー」
「だからっておま……近い近い近い!」
えへへ、良かったぁ!
あんなにも不安で押し潰されそうだったあの時以来の再会も、なんとか無事に済ませられたようですね!
もうわたしと先輩はいつも通りっ。
用意しといたブランケットをバッグから取り出して二人の足に掛け、さらにピットリと寄り添ったわたしに真っ赤にキョドりながらも、わたしが愛情込めて作ったお弁当を美味しそうに食べる先輩をニマニマ眺めてご満悦なわたし♪
こうして本日の幸せなお昼休みを過ごす一色いろはなのでした!
続く
ありがとうございました!
今回ので元々書きたかった後日談までが終了です。
スミマセン、後日談だってのにこんなに地味なストーリーで……
どうしてもキス後の顔を合わせ辛い微妙な空気に決着を付けたところまでを、後日談として書きたかったんですよね〜><
まぁそもそもが私の書くSSって基本地味なんですけどね!エヘッ(苦笑)
短編からの抜き出し再構成から後日談までが終了し、今後は決着編になっていきますのでよろしくお願いしますっ(・ω・)/
……ただ今週末は花火大会があったりとちょっと忙しくて、更新が少しだけ開くかもです……(ぽしょり