いろはす色な愛心   作:ぶーちゃん☆

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お待たせいたしました!ついについに最終回となります!
てか長いです(汗)2〜3話に分けられるレベル……orz


私は今まで短い物語からそこそこ長い物語まで、結構な数の物語の〆を書いてきてるのですが、やっぱり何度書いても物語の〆は緊張しちゃいますね(ガクブル
ここまで読んできてくださった読者さまに満足していただける〆になれたかな?……と(^^;)
でも今回の〆も、私的にはとても満足しております☆

あと、もしももう一言付け加えるとするならば…………………


ヒャッハー!略奪祭りだぜー!!






愛心

 

 

 

胸の前で封筒を握り締めた私は、これから始まる新しい世界と私を繋ぐその扉を開けた。

 

……扉を開けたその先ではいろはちゃんから聞いていた、特別な空気に包まれた穏やかな雰囲気と温かい紅茶が優しく香る、そんな心安らぐ空間は…………そこには無かった。

そこは、かつんかつんと今にも活動を止めてしまいそうな音を立てているとはいえ、ちゃんとヒーターは点いているはずなのに、まるで寒空の下に放り出されてしまったのかと錯覚してしまうくらいに、とてもとても冷え冷えした何かに支配されていた。

 

 

──そっか……やっぱりこっち側に転がっちゃったんだ……

扉をノックした時に室内から聞こえてきた覇気の無い返事を聞いた時に、ホントは気付いていたのかもしれないけれど。

「……し、失礼します」

 

室内に入ると、当然のことながら比企谷先輩が驚愕の表情を浮かべて私を見てる。

 

あ、あはは……昨日振ったばかりの女の子が突然部室に入ってきたら、それは驚くよね。

……ど、どうしよう。今日の私の意識は“奉仕部”にだけ向いてたから平気でいられるつもりだったんだけど、いざ比企谷先輩の顔を見たら顔も身体も火照ってきちゃったっ……

 

 

「……貴女は確か一年の愛川さん、ね。……どういったご用件かしら」

 

決めたはずの覚悟が、一目見ただけの比企谷先輩の姿によって脆くも崩れ去ろうと足が竦んでいる情けない私に、冷水でも浴びせかけられたのような冷たい声が掛けられた。

 

──はっ!いけないいけない!

たぶん常時であればさらに竦んじゃいそうなその冷たい声が、怖じ気付いて靄がかかってしまった私の頭の中を一発でクリアにしてくれた。

 

「……あ、えっと……わ、私のこと……知ってるんでしょうか……?」

 

本当はそんなこと今はどうでもいいことなんだけど、“あの雪ノ下先輩”が私なんかのことを知っていたという事実が少し気になって思わず聞いてしまう。

 

「ええ、貴女とは文化祭実行委員で共に仕事をした仲だもの。……正確には知っている、ではなくて憶えている……かしらね」

 

「そ、そうですかっ……。その、とても光栄です。ありがとうございます……」

 

 

直接的にはほとんどお話したこと無かったけど、まさか憶えてくださっているだなんて思わなかった。しかも名前まで。

 

「……それで、その愛川さんがどのようなご用件なのかしら」

 

謎の昂揚感にぽけ〜っとしちゃってた私を、雪ノ下先輩はたぶん依頼人席なのであろう長机の前に置かれた椅子へと促す。

 

「あ、はいっ……その、失礼します……」

 

戦いに赴いたはずなのに、比企谷先輩と雪ノ下先輩に出鼻を挫かれてしまった恥ずかしさに、私は慌てて椅子に腰掛ける。

腰を掛けて、私は改めて室内の……奉仕部の様子を窺う。

も、もちろん比企谷先輩は視界からシャットアウトっ……!とりあえず今は目に入れないようにしよう!

 

 

『奉仕部ってさ、すごい居心地いいんだよねー。全っ然依頼者なんて来ないんだけど、みんななんとなーく好きなように自分の時間を過ごしててさ、なんか暖かくて安心できる空間って言うのかな。……でね?たまーに依頼者が来ちゃった時なんかは、結衣先輩が筆頭になって目をキラキラさせちゃってさっ、んで、それ見てる雪ノ下先輩が溜息吐いて頭押えてたりするんだけど、すぐ結衣先輩に抱き付かれて万更でもなさそうに顔赤くして、結局は結衣先輩のお願い聞いちゃうんだよねー。で、先輩は超めんどくさそうに目を腐らせるまでがいつもの流れなの。そんないつものお決まりの流れもなんだか微笑ましくってさ、なんか超疎外感っ……』

 

 

──初めていろはちゃんに比企谷先輩の、比企谷先輩達のお話を聞かせて貰った時の事を思い出す。

 

でも、私の向かいに座って黙ってこちらを見つめてる由比ヶ浜先輩の目は、ひとつとしてキラキラなんてしてない。

心ここに在らずという感じで、悲しそうに、苦しそうに。

 

そして私の斜め右側に座ってる雪ノ下先輩も、由比ヶ浜先輩に頭を押さえるわけでも顔を赤くするわけでもなく、まるで生気を感じられずにただ事務的に依頼者である私の出方を窺っているだけ。

 

 

たぶん奉仕部の関係性を全く知らない人ならば、この空気を特になんとも思わないんだろうけど、私は知っている。いろはちゃんから聞いている。この広い教室に、たったの三人で毎日を過ごしているこの人たちの特別な関係を。

だからこそピリピリと感じてしまう。

 

 

──崩壊──

 

 

この二文字を……

 

原因はもちろん昨日の出来事。比企谷先輩は、たぶん昨日の内に打ち明けたんだろうね。

そしてその事実を心が許容出来ずにいるお二方が、比企谷先輩と上手く接することが出来ずにいるんだろう。

そしてその先に待ってるのはあの二文字……

 

 

今日私はこの場所に戦いに来たのに、どうやらその戦いは全く別のものになってしまいそうだ。

私は、色んな覚悟を決めて、ようやく初めて突撃できたこの部室内のこの今にも壊れてしまいそうな空気を目の当たりにして、なんだかとても悲しくなった。

 

ずっと一人ぼっちだったという比企谷先輩が、初めて安らぎを感じられた特別な場所。

 

一生懸命に恋してたいろはちゃんが、苦悩し躊躇いそれでも怯まず戦っていた特別な場所。

 

そんな二人に憧れて、ずっと弱くて消極的だった自分から一歩を踏み出して、ようやく私が次の私になる為に辿り着いた特別な場所。

 

そんな特別な場所が、いま目の前で壊れようとしている。

私はこの重く息苦しい現状に、

 

「……突然お伺いしてしまい、誠に申し訳ありません。……本日は奉仕部さんにとても重要なご相談があり、こうしてお伺いさせて頂きました」

 

とても悲しくて……

 

「……私 愛川愛は」

 

とても悔しくて……

 

「……本日っ!この奉仕部に入部願いに参りました……!」

 

 

 

…………そして、とてもとても…………とってもとっても怒っていますっ!!

 

 

× × ×

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て愛川!……お前なに言ってんの……?」

 

「〜〜っ!」

 

……うぅっ、比企谷先輩が動揺するであろうことはもちろん分かってたけど、とりあえず今だけは私に話し掛けないで欲しいです……気持ちが揺らいでしまいます……

 

「……え?……なんでヒッキーがこの子知ってるの……?」

 

「……そう、ね。……いくら同じ文実とはいえ、あなたがほぼ関わりの無い一年生、しかも女子生徒を知っているというのはいささか不自然ね……」

 

つい今しがたまで生気を感じられなかったお二人が、比企谷先輩が私の名前を出したことで途端に食い付くように問い詰める。

 

「あ、や、その……なんつーか……」

 

言葉に詰まった先輩は、一瞬だけ気まずそうにチラリと私に視線を寄越す。

極力見ないようにしていた私も、この流れではさすがに目が勝手に比企谷先輩を追ってしまっていて、そのタイミングで視線を寄越してくるものだから、バッチリと目が合ってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

すぐさまお互いに視線を逸らすと、比企谷先輩は照れくさそうに頭をひと掻きしてから雪ノ下先輩達の質問に答える。

 

「……あー、なんだ……。い、一色の友達だ」

 

一言そう告げると、また気まずそうに視線を宙に漂わせた。

 

「……そう……」

 

「……あ、なんだ、いろはちゃん繋がりか……」

 

最初は食い付くように比企谷先輩を問い詰めたお二人も、いろはちゃんの名前が出たことで、また元に戻ってしまう。

 

「……愛川さん。貴女がどういった経緯で奉仕部に入部したいのかは分からないわ。……ただ、いずれにせよその申し出は受けられないわね……」

 

「……どうしてでしょうか……? 昨日、こちらの顧問でもある平塚先生には先に許可はとってあります」

 

「そうなの。……でもそれは関係ないの。そういう問題では無いのだから……」

 

雪ノ下先輩は、今にも消え入りそうな弱々しい声で、呟くようにそう言った。

 

「じゃあ、どういう問題なんでしょうか」

 

……そんなこと、わざわざ聞かなくたってホントは分かってる。

 

「……その、申し訳ないのだけれど……奉仕部は、もう……」

 

そこまで言うと、雪ノ下先輩は苦しそうに言葉を詰まらせた。

……もう、終わりだから……。そう言葉を繋げようとしたのかな。

 

「もう……なんでしょうか」

 

ここまで苦しそうに言葉を詰まらせた雪ノ下先輩を見たら、本当ならその先なんて問いたださない方がいいのかもしれない。

でもダメです。私はその苦しそうなあなたの表情さえも頭にきてるんですから。

 

「生徒は部活を選ぶのも部活に入るのも自由なはずです。……でも、それでもダメだとおっしゃられるのであれば、その理由をちゃんと聞かせて頂きたいです」

 

うん。どうやら私は自分が思っているよりもずっと怒ってるみたい。

 

「……えっと……愛川さん、だよね……? その、なんで愛川さんは奉仕部に入りたいのかな……。あたしが言うのも変だけど、うちって凄い特殊な部活だし、今まで一度もうちに関わった事の無い愛川さんが、そうまでして入りたい部活とは思えないんだよね」

 

俯く雪ノ下先輩をフォローするかのように、由比ヶ浜先輩が私に質問をしてきた。

 

「……今まで関わった事が無かったら、入部したいと思ってはいけないんでしょうか」

 

私はそんな由比ヶ浜先輩にももちろん噛み付いてしまう。

だって、私が怒ってるのは、あなた方お二人なんですから。

 

「そ、そういうワケじゃないんだけど……」

 

そして由比ヶ浜先輩も言葉を詰まらせてしまう。

……あはは、なんだろ。すっごいおかしい状況だよね。入部希望に来た一年生が、不機嫌そうに先輩方に食って掛かってるんだもん。

普通に考えたら有り得ない状況だし、今の私が雪ノ下先輩達にとてもとても失礼な事をしてるのは重々承知している。

 

 

でも、失礼は重々承知の上で、それでも私は言わせて頂きます!

 

「分かりました。なぜ私が奉仕部に入部したいのか、全てお話しますっ……!」

 

その時、「まさかっ……」って比企谷先輩の顔が蒼白になったけれど、私はもうそんなの気にしない!

……や、ホントは物凄く気にするけどもっ……

 

恥ずかしくて死んじゃいそうだけど!熱を持ちすぎた頭がくらくらと夢見心地だけど!

……それでも私は言わなくちゃいけない。

 

 

──申し訳ありません。雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩。

今から私はお二人に対して、本当に本っ当に失礼な暴言を吐いちゃうかもしれません。

あとで土下座でもなんでもしますので、どうか許してくださいっ……!

 

 

──ごめんなさい!比企谷先輩!

たぶん今から先輩は公開処刑みたいになっちゃいます!

でも私も死ぬほど恥ずかしいんで、先輩も私と一緒に死んでください……!

 

 

──そしてごめんなさい!いろはちゃん!

もしかしたら、いろはちゃん的にはこのままの状況の方が安心出来るのかもしれない。

今から私がする事で、たぶんいろはちゃんにはすっごい迷惑が掛かると思う。

でも……やっぱりこんなのダメだって思うから、今から私がしちゃう事を許してねっ……!

 

 

本日奉仕部に赴くにあたって、ゆうべからずっと想定してた戦いとは全然違う戦いになっちゃったけど、どちらにしたって負けられない戦いがそこにはあるんです!

ふぅぅぅ〜……と深く息を吐き出して、「んっ……!」と気合いを入れた私は、今まで極力見ないようにしていた比企谷先輩を真っ直ぐに見つめてこう切り出すのだった。

 

 

「私は……比企谷先輩の事が好きなんですっ……!」

 

 

× × ×

 

 

突然の乱心とも言えるような私のセリフに、部室内は完全に凍り付いた。

 

「……は?」

 

「……なぁっ!?」

 

「……マジかよ……」

 

こ、これは思ってたよりもずっと死んじゃいそう……

私が放った言葉をイマイチ理解出来てないのか、心底呆然と私を見つめる雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩。

真っ赤な顔でわなわなと悶えている比企谷先輩。

 

……ぁぅぅ……は、恥ずかしいっ……

でも私の戦いは今まさに始まったばかりなんです……!だから私は羞恥に燃え上がる顔も身体も心臓も、とりあえず今だけは横に置いといて、さらに自らを死地へと赴かせなくちゃならない。

比企谷先輩っ……あなたと一緒に、です!

 

「……わ、私は昨日!そちらの比企谷しぇん輩にチョコ渡してばっちゃり振られちゃいましゅたっ……!」

 

って全然ダメでした。また噛み噛み病が再発しちゃってるよ……!

燃え上がるほどに真っ赤になってるであろう顔に両手をあてて覆い隠したいけれど、今はまだ我慢しなくちゃ!

 

「ん!んん!……わ、私は、雪ノ下先輩もご存知の通り、比企谷先輩と一緒に文実で働いてて、あの時の比企谷先輩の姿が、そのっ……か、格好いいって思っちゃって……! それから、ずっと密かに想い続けてきたんでしゅ……す!」

 

未だあんぐりと口を開けているお二人。でも私はさらなる告白を続ける。

 

「……でもそんな気持ちを表に出すことが出来ずにいた私は、ある日いろはちゃんと比企谷先輩が仲良しだって事を知ることになって、そして……つい先日いろはちゃんに頼み込んで比企谷先輩を紹介してもらいました」

 

わちゃわちゃとパニックを起こしていた頭がようやく落ち着いてきた私は、必死だった口調を落ち着かせて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「でも……いろはちゃんに紹介してもらって三人でお話してる内に、私はすぐに分かってしまいました。……いろはちゃんは、比企谷先輩の事が好きなんだ……って。……そして、比企谷先輩もまた、いろはちゃんを特別な眼差しで見てるんだ……って」

 

その言葉に、ずっと呆然としていたお二人がビクリと肩を震わせた。

 

「……それでも私は、そこまで理解した上で……玉砕承知で告白しちゃいました……だって……」

 

そして私は、弱々しく不安げに私を見つめる雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩の目をしっかりと見つめた。

 

「……だって、振られちゃったって構わないくらい、自分の気持ちを押さえ付けておけないほどに、本当に好きになってしまったから……。だから、覚悟を決めて一歩を踏み出したんです」

 

 

 

…………もうダメ。もう比企谷先輩のことは1ミリも見られない……

昨日頑張って告白した時よりも遥かに恥ずかしい。

たぶん先輩も真っ赤になって死にたいくらい恥ずかしいんだろうな……本当にすみませんっ……

だから私の視界には、今はもうお二人しか映っていない。正確には比企谷先輩は視界から削除しちゃいました。

 

そして私の視界の中心にいるこの二人は、先ほどまでの生気の無い顔でも呆然とした顔でもない、真剣な眼差しで私の話に耳を傾けてくれている。

でも私が言いたいことはこんなことじゃないんです。むしろ本題を語る為の……本題をぶつける為の前座に過ぎません。

前座にしては自分を投げ出しすぎた気がしないでもないですけど……

 

真剣に聞いてくれてるって確信出来たからこそ、これから本題に入らせて頂きますね。

 

 

「でもそれは、いろはちゃんだって同じなんですよ?……いえ、同じだなんて言ったらいろはちゃんに失礼です。それくらいに、いろはちゃんは色んな覚悟を持って戦ってたんだと思います。……雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩、あなた達と」

 

 

× × ×

 

 

──あなた達と──

 

私のその言葉に、お二人は口々に「どういう意味……?」と漏らす。

やっぱり、いろはちゃんがどんな気持ちでこの場所に居たのかなんて、この場所の中心たるお二人には見えてないですよね。

 

「雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩は、いろはちゃんがどういう気持ちで奉仕部に来ていたか分かってますか……?」

 

「……それは、ヒ、ヒッキーに会いたかったからじゃないの……?」

 

「目的はそこだと思います。……でも私が聞いているのは、目的じゃなくて気持ちです」

 

「気持……ち?……ごめんなさい。私には分からないわ」

 

「……いろはちゃんは、たぶんここに来る度に物凄く恐かったんじゃないかな、って思います。直接は教えてくれませんでしたけど。……初めて比企谷先輩のお話を聞かせて貰った時に、この奉仕部の絆とかも色々と教えてくれたんです。……とても楽しそうに。とても羨ましそうに。そしてとても悔しそうに……。まるで、あの三人の関係が特別すぎて、あの場所には自分の居場所なんてない……って言ってるみたいに悔しそうに」

 

「そう……なの?」

 

「……いろはちゃんが?」

ずっと葉山先輩が好きだと誤魔化してたいろはちゃんの本当の気持ちに私が気付いたのは、いろはちゃんが比企谷先輩のことを楽しそうに話してる時の笑顔を見たからじゃなくて、むしろその悔しそうな表情を見てしまったから。

だから私はいろはちゃんの本当の気持ちに気付けたんだけど、同時にとても苦しんでたんだな……ってことも分かってしまった。

 

「……それでもいろはちゃんは、逃げずに真っ直ぐに立ち向かいました、雪ノ下先輩たちに。……不安な気持ちを押し殺して、全力で」

 

「……」「……」

 

「そして頑張りに頑張りぬいて、ついに昨日その想いが報われたんです。……でもいろはちゃんだって、私と同じように振られることを覚悟した上での告白だったんです。特別な絆のお二人が居るんですもん、当然です。……それでも、それでもやっぱり想いを伝えたんです。自分と比企谷先輩の絆が壊れちゃうかもしれないことから逃げずに」

 

正直、私と比企谷先輩の間には壊れてしまうような絆とか全然ない。

だからこそ恐れずに告白出来たのかもしれない。もしも私にもいろはちゃんと比企谷先輩くらいの絆があったのだとしたら、それが壊れてしまうことを恐れて、もしかしたら告白なんて恐くて出来なかったかもしれない。

でもいろはちゃんはそれでも想いを伝えた。そして新しい絆を手に入れられた。

 

「……正直凄いです。特別な絆を嫌というほど目の前で見せ付けられても逃げずに立ち向かって、自分の絆が壊れちゃうかもしれない事からも逃げずに立ち向かって、そして想いを告げて手に入れた。……悔しいけど、ホント憧れちゃいます」

 

「一色さんが……」

 

「……いろはちゃん」

 

「だからこそ……だからこそです! だからこそ私も飛び込んでみたいなって思いました! 奉仕部に、この特別な場所に」

 

そう。私が奉仕部に入部したいって思ったのは、いろはちゃんの強さが羨ましかったから。負けられない、負けたくないって思ったから。

 

「……言っておきますが、私は別に諦めたわけじゃないんです! だって……す、好きなんですもん! たかだか一度振られちゃったくらいで、彼女が出来ちゃったくらいで簡単に諦められるくらいなら、そんなの本物じゃないっ!」

 

私のこの一言……本物というその一言で、お二人の目に力が宿った気がした。

なぜだかは分からないけど、これは畳み掛けるチャンスかもしれない!

 

「だから、私の今の目標は、とにかく私を先輩に知ってもらうことなんです! 別にいろはちゃんから先輩を奪っちゃおうとか、そんな大それた事は今はまだ考えてません。ただ私を知ってもらいたい。せめてスタートラインに立ちたい。そしてスタートラインに立てたときに、もう一度本気で想いをぶつけたい!……それが今の私の目標です。だから出来る限り近くに居たい。それが、私の入部希望理由です。……………………でも、」

 

そしてここからが本当の勝負です。

私がなんでこんなにも怒ってしまったのか。なんでお二人を責めるような真似をしたのか。

 

「……そんないろはちゃんや私の想いに比べて……お二人の想いは…………どうなんでしょうか……」

 

私の低い声から発せられたその言葉に、空気がしん……と張り詰める。

雪ノ下先輩からの冷たいプレッシャーが凄い。由比ヶ浜先輩からの不安感が凄い。

でもすみません、私は止まれないんです。いろはちゃんの為に。お二人の為に。そして何より、私の大好きな比企谷先輩の為に。

 

 

「……ほとんど初対面みたいな先輩方にこんな言い方をするのは大変失礼だと分かってます。でも言わずにはいられません……」

 

すっと目を閉じて深く深呼吸をする。

膝の上で握った手のひらがじんわりと汗をかいてるけど、気にせずにさらにギュッと握る。

 

「……お二人は、いま自分達が抱えている想いに、そんな覚悟で臨みましたか……?臨めましたか……?」

 

 

× × ×

 

 

「……どういうことかしら」

 

凍り付いてしまいそうな雪ノ下先輩の問い掛け。

物凄く恐くて仕方ないけど、私は強気なフリをしてそれに答える。

 

「お二人は、このとても大切な場所が壊れてしまう事を恐れるあまりに、自分の本心から逃げていませんでしたか?って事です」

 

「私が……私たちが逃げた……?」

 

「はい。むしろ今まさに逃げてる真っ最中のようにも見えます」

 

……こんな偉そうなこと言ってる癖に声が震えそう……

でも今だけは弱気になっちゃいけない。強く厳しく、この人達に勝たなくちゃいけない。

 

「あのさ、愛川さんになにが分かるのかな……? あたし達の何が分かるの……?」

 

「分かりますよ……だって、今の先輩たちは全然恐くないですもん……。いろはちゃんに聞いてたのと全然違う。なんであのいろはちゃんがこの程度の人たちにあんなに臆病になってたのか全然分かりませんっ……。だって……」

 

 

──ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!

ホントは分かってます。お二人がどれほど苦しいのかを……私なんかにこんなこと言う資格なんて無いってことくらい。

 

関係性が深くなれば深くなるほど、絆が強くなれば強くなるほど、その関係を……その絆を壊してしまうことはどれほど恐ろしいことだろう。どれだけ臆病になってしまうことだろう。

 

私はその絆がまだないから平気で告白できた。

 

いろはちゃんは絆が壊れるかもしれない覚悟で果敢に告白出来たけど、いろはちゃんには申し訳ないけど、たぶんこの三人の特別な絆ほどの絆では無いと思う。

 

でもこの三人は……んーん?三人だからこそ、この特別な絆を壊してしまう勇気を持てなかったんだと思う。

そもそもスタートが私やいろはちゃんとは違う。三人の距離が特別すぎて近すぎたからからこそ、壊す覚悟が出来なくなってしまったんだ。

 

それは誰にも責められない。確かに意気地なしな心の弱さかもしれないけど。

でもたぶん……もし私といろはちゃんが雪ノ下先輩たちと同じくらい比企谷先輩との絆を持ってしまってたら、たぶん告白なんて出来なかったと思う。

それでも私は言わなくちゃ。この先の言葉を……

 

「……お二人は、自分達の特別な絆にあぐらをかいて、比企谷先輩が自分達以外の誰かを……いろはちゃんを選ぶわけないって、勝手に信頼を押し付けて勝手に安心して、大事な一歩を踏み出さなかっただけじゃないんですか……? そして、残酷な現実を目の当たりにしてしまったから、その現実から目を背けて、この関係を終わらせようと逃げてるだけじゃないんですか……?」

 

 

……苦しいよ……、私なんかの言葉で、この素敵なお二人がこんなに苦しそうに顔を歪めてしまうことが。

でもあと少し。あと少しだけ……!

 

「……正直、ガッカリしました。私はいろはちゃんに負けたくないから、いろはちゃんと同じようにこの奉仕部って部活に飛び込んで、いろはちゃんみたいに強くなれたらな……って覚悟を決めてここまで来たのに、その肝心のお二人が、たかだか比企谷先輩にちょっと彼女が出来ちゃったくらいでうじうじして、自分の想いを伝えもせずに逃げるだけの人たちだったなんて。……はっきり言ってこんなんじゃ“勝負”にもなりません。やっぱり私の勝負相手はいろはちゃんだけです!」

 

 

私がそう言い切った瞬間、室内がピシィッと氷に包まれた感覚に陥った。

ひ、ひぃぃ……!やりすぎだったかなっ……

 

 

『雪ノ下先輩ってさー、超美人だけど超クールなイメージじゃない? でもねー、あの人って勝負事となると実は超負けず嫌いなんだよねー。それはもう尋常じゃないくらいの』

 

『結衣先輩ってすっごく優しいし空気を読むのとか超得意なんだけど、こと先輩の事となるとムキーッて空気を読まなくなっちゃうトコあるんだよねー。どんだけ好きなの?って呆れちゃうくらいに』

 

 

これは比企谷先輩の……奉仕部のお話を聞かせて貰った時のいろはちゃんのセリフ。

 

……今は比企谷先輩をいろはちゃんに取られちゃった直後だから、もう頭のなかがいっぱいいっぱいになってて冷静な判断なんて出来ないですよね。

でも、今の混乱した一時の感情だけでこの絆を壊してしまったら、たぶん雪ノ下先輩たちは凄く後悔してしまうと思う。

でも後悔して冷静になった時にはもう手遅れだと思うんです。こんなに不器用で特殊な関係の先輩たちは、一度完全に壊れてしまった関係を元通りに戻せるほど器用な人たちじゃないと思うんです。

だったら私が焚き付けて挑発してでも何してでも、このお二人の比企谷先輩を想う気持ちに賭けてみるしかない。

 

 

いろはちゃんが苦しみながらも憧れたこの素敵な関係。

 

そんないろはちゃんを見て私も憧れてしまった素敵な関係。

 

そして何よりも比企谷先輩がとても大切にしている素敵な関係。

 

 

そんな、本来なら太陽みたいにぽかぽか暖かいであろうこの場所が、こんな一時の感情なんかで壊れて欲しくない!だから私はこんなにも怒ってるんです!

 

 

「……ふふ……ふふふ……」

 

!?

その時、とても小さくとても低い笑い声が室内いっぱいに広がった。

とても小さいから普通なら教室中に響き渡るはずは無いんだけど、これは間違いなく室内全体に響き渡ったと思う。それほどまでの重圧を感じる。

 

「……愛川さん。あなた、随分と素晴らしい度胸をお持ちのようね。……ええ、とても感服するわ」

 

「……ひっ」

 

どどどどうしようっ……!身体がガタガタと震えちゃう……!

私、皆さんの……というか本人の前で比企谷先輩への想いを熱く語っちゃったりして、すでに精神的にはもう何度も死んじゃってるくらいなのに、これからさらに酷い目に合っちゃうのかな……!?

そんな覚悟を密かに決めていた私をよそに、雪ノ下先輩は俯いてこんな独り言を始めた。

 

「……まったく……私としたことが、みっともなく一体なにをこんなにも悩んでいたのかしら……本当に人生で最大級の汚点になりそうね」

 

「……えへへ、そうだねゆきのん!こんなのって全然ゆきのんらしく無かったってゆーか、こんなのあたしも全然らしくなかったし……!」

 

「ええ……駄目ね、私たち」

 

「うんっ。本当にね」

 

雪ノ下先輩の独り言は由比ヶ浜先輩とのふたり言へと広がり、そしてそのふたり言が私を含めての三人言へとさらなる広がりを見せる。

 

「愛川さん」

 

「は、はいっ」

 

「あなたがなぜ私達にここまでの事をしてくれるのかは分からない。私達を焚き付けても、あなたには不利益にしかならないと思うのだけれど。…………でも、誠に遺憾だけれど、今回はあなたのその安い挑発に乗らせてもらうことにするわ。……見ていなさい」

 

……あ、挑発だってバレバレだったんだ……

 

すると雪ノ下先輩はすっと立ち上がり、比企谷先輩へと真っ直ぐに向き直る。

ただ立ち上がってくるりと向き直っただけだというのに、その姿は信じられないくらいに美しい。

 

「……比企谷くん」

 

「……え?あ、な、なんでしょうか……」

 

あ、比企谷先輩居たんでしたよねっ……

恥ずかしすぎて私も完全にシャットアウトしちゃってたし、たぶん私以上の公開処刑を居たたまれない気持ちで味わっていた先輩自身が、自らを空気と化してたのかもしれないけど……

 

 

雪ノ下先輩は比企谷先輩と目が合うと、その美しい佇まいから一転、耳まで真っ赤になってもじもじし始める。

前髪を弄ってみたりスカートの裾を弄ってみたりと、その姿は総武高校の氷の女王とは思えないほどに、ただの乙女そのもの。

 

瞳を閉じて、はぁ……と深く息を吐ききると、キッと比企谷先輩を睨み付ける。真っ赤なままで。

 

「……昨日はあまりにも突然な出来事に心が乱れてしまって、ちゃんと言えなくてごめんなさい。……その……おめでとう。あなたに彼女が出来てしまうだなんて、明日雪が降るどころか、これはもう世界の終末も近いのかもしれないわね」

 

「や、その、なんだ……あ、ありがとう?」

 

「……で、でもっ、この際だから言わせてもらうわ……。本当に屈辱的過ぎて、この私が今夜は血の涙を流しかねない程の苦痛を味わう覚悟であなたごときに言ってあげるのだということを忘れないで頂戴……絶対によ」

 

「……へ?お、おい、ちょっと待て雪ノし…」

 

「比企谷くん……私はどうやらあなたに惹かれているみたいだわ……!……クッ、本当に屈辱ね……本来であれば、あなたから土下座で告白されたのならば、ギリギリで交際してあげなくもない程度のちっぽけな気持ちだというのに……!」

 

「……いやちょっと待ってね?……お前いきなりなに言ってんの?」

 

「今回はたまたま先に一色さんに譲る形となってしまった訳だけれど、よくよく考えたらたかだか高校生同士の浅い恋愛など、人生の中で起こりうる出来事でいえば取るに足らないものよね。どうせ長続きなどするわけが無いのだから、今のうちにせいぜい一瞬の輝きを楽しんでおくことね」

 

「なにそれ酷くない?」

 

「で、でもその内、あなたも結局は本物の魅力に気付くことになるでしょう。その為ならば私はその労力を惜しむことはないのだから。……だ、だからっ……!覚悟して首を洗って待っておくといいわ……!」

 

ゆ、雪ノ下先輩……

その告白はどうかと思いますが……

そして、涙目でなんとかそこまで言い切った雪ノ下先輩は、両手で顔を覆い隠して椅子に座り込んでしまった。

 

「ゆきのんズルい!あたしだってっ……!」

 

すると次は由比ヶ浜先輩が元気に立ち上がると、雪ノ下先輩と同じく顔を真っ赤に染め上げて比企谷先輩へと向き直る。

 

 

「ちょっと待て由比ヶ浜……お、お前までまさかっ……」

 

「ヒッキーごめんね!あたし悔しくて悲しくて、ちゃんとおめでとうって言ってあげられなかった……ホントならあたしが一番に祝福してあげなくちゃいけないのに……」

 

「いや、そんなこ…」

 

「でも!やっぱり悔しいよ! だって、あたしだってヒッキーのこと大好きなんだもん! てゆーか、いろはちゃんよりゆきのんより愛川さんよりも、誰よりも先にあたしがヒッキーのこと好きになったんだしっ!」

 

「……ぐぅっ」

 

「だからあたしだって負けない! とりあえずはおめでとうかも知んないけどっ……! でもあたしも諦めないから! ヒッキーにはまだハニトーの約束だって守ってもらってないんだから、いろはちゃんには悪いけど1日だけは絶対に付き合ってもらうし! 約束通り二人でシー遊びに行って、んで、あたしの魅力だってちゃんと知ってもらうんだかんね!」

 

由比ヶ浜先輩もなんとかそこまで言い切ると、うがーっと頭を抱えて机にダイブしてしまった。

お、お疲れさまですっ……。

……でも二人でシーに行くことは決定事項なんだぁ…………い、いいな……

 

 

 

──ごめんねいろはちゃん……!まさかこんなことになるなんて……

私、ここまでの事は想定してなかったよぉ……もしかしたら私、とんでもないことしでかしちゃったのかもっ……!

 

「……愛川さん」

 

「は、はいっ……!」

 

お二人のあまりのパワーに押されてしまい、ぽけ〜っとしちゃっていた所に、早くも回復したらしい雪ノ下先輩から声が掛かった。

あ……まだプルプルと震えてるから、どうやらまだ回復しきってはいないみたいだけど。

 

「……いいでしょう。あなたの入部を認めます。明日から来るといいわ」

 

「ほ、ホントですか!?ありがとうございます! …………え?でも明日から、ですか……? 今日もまだ下校時刻まで時間ありますけど……」

 

「今日のあなたはまだ部員ではないの。用は済んだのだから、もうお帰り願えるかしら」

 

すると雪ノ下先輩は居心地が悪そうにすっと目を逸らすと、こほんと咳払いをひとつ。

 

「…………今日は……三人での奉仕部が最後の日になってしまったの。私も由比ヶ浜さんも、まだ比企谷くんと話したいことが山ほどあるのよ。お、主に私が聞いていないシーの約束とやらについて……。なので申し訳ないのだけれど、今日だけは、三人で居させてもらえないかしら……」

 

──そっか……お邪魔な私を明日から迎え入れて頂けるんだもんね。

だったら今日だけは邪魔者は退散しておこう。そのセリフで机にうずくまったままの由比ヶ浜先輩の肩がビクゥッと震えたし。

 

「はい。それでは今日は帰らせて頂きます」

 

そして私は立ち上がり、雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に深々とこうべを垂れた。

 

「今日は分も弁えずに生意気なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。……それなのに、こんな失礼な私を明日から受け入れて頂けるなんて、本当に感謝以外の言葉が思い浮かびません。……明日から、どうぞよろしくお願いします!」

 

「ふふっ、いいのよ。これでもあなたにはとても感謝しているの。……ありがとう、愛川さん。あなたのおかげで、とても大切な物を失わずに済んだわ」

 

「そ、そんなことないですっ……」

 

「そんなことあるのよ。黙って謝意を受け取ってくれると有り難いのだけれど」

「……はいっ」

 

まだ告白の熱が冷めやらないのか、瞳は潤んだままで頬も赤いままだけど、そう言って雪ノ下先輩は優しく微笑む。

 

「……ただ」

 

「っ!?」

 

「私が本気になった以上は、二度とあのような生意気なセリフは吐けないと理解しておきなさい。あんな真似をしてまで私を焚き付けた事を後悔させてあげるわ。…………もう、一色さんにもあなたにも、決して遅れは取らないから」

 

……ぷっ!やっぱりこの人は負けず嫌いなんだな。

でも、そんな強気な微笑を浮かべる雪ノ下先輩は、今日一番の美しさだった。

 

「……えへへ、望むところです!」

 

 

 

もう一度ペコリと頭を下げて扉へと向かう私。

その際、うずくまってた由比ヶ浜先輩がちょこっとだけ起き上がって、たはは〜と赤面したまま苦笑いを浮かべながらだけど、胸元でちょこちょこと手を振ってくれた。

ちなみに悶えまくっている比企谷先輩には恥ずかしさと申し訳なさで、とてもじゃないけど顔を向けられませんでしたっ……!

 

 

──こうして私 愛川愛は、ついに念願の奉仕部への入部をはたしたのです!

 

 

× × ×

 

 

「……あ、ひ、比企谷先輩……! その……お、お疲れさまでひゅっ……」

 

「……」

 

その日の最終下校時刻間際、私は駐輪場にて比企谷先輩を待ち受けていた。

部活は先に帰らされちゃったけど、別に家に帰れとまでは言われて無かったし、どうしても比企谷先輩とお話したかったから、部室をあとにしてから比企谷先輩の自転車の前で待っていたのだ。

 

「……あ、あの〜……今日はあんなことになってしまって……ホントにすみませんでしたっ……」

 

「……」

 

うぅっ……やっぱり怒ってますよねっ……

 

「……お前……なんつーことしてくれんだよ……」

 

「す、すみませ〜ん……」

 

比企谷先輩は頭を抱えながらも、なかなか私のことは見てくれない。

そこまで怒ってるのかなと不安になったんだけど、そっぽを向いてる先輩の耳が赤く染まってるし、どうやら先ほどの私の暴走による熱烈な想いの打ち明けに照れてるみたい。

うぅ……重ね重ねすみません……

でも私だって先輩を待っている間、ここでずっと悶えてたので許してください……!

 

「マジでどうすんだよアレ……」

 

う、うーん……私が退出させられてから、一体どんな風だったんだろ、あの教室内……。想像しただけでも恐い……

 

でも未だ深い溜め息を吐き続ける比企谷先輩を見ていたら、ついついちょっとだけムッとしてきちゃった。

なんか最近ちょっと短気になってきちゃったのかな?

 

「そ、それは確かに私がやらかしちゃったのは事実ですけど! で、でも結局一番悪いのは比企谷先輩なんですよ!? あんなに素敵な人たちに囲まれてるくせに、ずっと気持ちに気付かないフリして一番逃げてたのは比企谷先輩なんですから……! い、今の現状は今までのツケです!こんなにも女の子たちの心を弄ぶ比企谷先輩なんてバチが当たっちゃえばいいんですっ……!」

 

「……弄んでねぇよ……」

むっ……それをちゃんと理解して改めなきゃ、先輩はこの先ずっと地獄を見ることになりますからね!?

 

「……まぁ、なんだ」

 

すると、ずっと溜め息ばっかり吐いてた比企谷先輩が、とても恥ずかしそうに……でもちょっとだけ嬉しそうに頭をがしがし掻くと、ポツリとこんなことを言うのだった。

 

「……愛川のおかげでひでぇ目にはあったが、その……助かったわ……あんがとな」

 

「〜〜〜っ!」

 

 

…………やっぱりこの人はズルい……こんなんだから誰彼構わず惹かれていっちゃうんですよっ……

 

「……べ、別に私はお礼を言われるようなことはホントなにもしてないです。……たぶん雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も、初めて体験する事態に、ただただどうしたらいいのか分からずに混乱してただけだと思います。そして、その事態をちゃんと認められるきっかけが欲しかっただけだと思うんです。だから私は単なるきっかけのひとつですよ」

 

「……そうか。……でも、あんがとな」

 

「〜〜〜っ」

 

もぉ!……ホントにズルい……!

熱くて顔が上げられない私は、こんな何気ない程度のことで照れてしまった自分を先輩に悟られないように、ころっと話題を変えることにした。

 

「……そっ、そんなことよりもっ!……な、なんで先輩は一人で居るんですか!?」

 

「うお!いきなりだな。いや、なんでってもう帰るからだけど」

 

「はぁぁ……なんで昨日から付き合い始めたばかりの彼女と一緒に帰らないんですかねって意味なんですけどっ……」

 

「は?付き合ってたら一緒に帰んなきゃなんないの……?恥ずかしくて嫌なんだけど」

 

「……」

 

いろはちゃん……前途多難だね……

 

「もぉ! いろはちゃんはたぶんしばらくは恐くて奉仕部に近寄れないんですよ!? 彼氏の比企谷先輩だってそれを理解してくれてるはずだって思ってて、今ごろ絶対に生徒会室でポツンと来てくれるの待ってるはずですよ!? まったく!そんなことじゃホントにすぐに愛想尽かされちゃいますからね!………………まぁ愛想尽かされたらそっちの方が好都合ですけど……」

 

……さ、最後にぽしょりと付け足した心の呟きは聞こえてないハズ!

 

「ほらほら〜、早く迎えに行ってあげてくださ〜い」

 

そして私は比企谷先輩をくるりと回転させて、背中をグイグイと押してあげる。

ふふっ、今日は……んーん?明日からは、雪ノ下先輩たちのこと込み込みでずぅっといろはちゃんに物凄い迷惑をかけちゃうだろうから、せめて今日くらいは大人しく先輩を譲ってあげるね?いろはちゃん!

 

「……行くから押すなっつーの……つーかさっきの部室での事といい今といい、愛川って…………こんなキャラだったっけ……?」

 

グイグイと押されながら、比企谷先輩が困惑した様子で尋ねてきた。

ふふふ、もう昨日のこと忘れちゃったんですか?だったらもう一度言ってあげますね?

 

「だから昨日言ったじゃないですか。なにかに目覚めちゃったかもって♪」

 

私の最大級の笑顔で!

 

 

「……目覚めちゃったモノが強烈すぎんだろ……」

 

そんな最大級の笑顔に対して呆れた顔を返してくる先輩。

でも私は今の私、結構好きですよ?いつも周りの目を気にして、いい子でいなきゃいけないって自分を誤魔化して、自分に正直になれなかった昔の私なんかよりもずっと!

 

 

 

 

 

────相変わらず頭をがしがし掻きながら、渋々校舎へと戻っていく比企谷先輩の背中を優しく見守りながら、私 愛川愛は思うのです。

 

私の初恋は綺麗さっぱり終わってしまったけれど、初恋は叶わないのが定説の恋愛事情においては、これで良かったのかもしれない。

だって初恋は終わっちゃったけど、今私が比企谷先輩に抱いてる想いは、もう恋じゃなくて愛なんだもん。

ふふっ、そんなの単なる屁理屈かもしれないけど、でも今はそれでいい。良く言われる言葉だけど、漢字で書けば恋は下心、愛は真心ってね。

だからあながち屁理屈でも間違いでもない、私の初めての愛心。

 

恋心から愛心へとパワーアップした私の想い、届かせるのはあまりにも壁が高過ぎるけど、人を愛する気持ちを持つのは自由なのだ!

 

だからもうちょとだけ頑張ってみよう。

少なくとも私の前に、比企谷先輩よりも素敵な人が現れるまでは、二番目の恋が始まるその時までは、私はこの愛心の思うままに、正直に自分の想いに身を委ねていたいと思うのです!

 

 

 

 

 

 

 






長い間本当にありがとうございました!
まさかここまで長く延びてしまうとは思ってませんでした(・ω・;)


八色に限らず、メインヒロイン以外でのカップリング成立SSではどうしてもその後の奉仕部の扱いに困ってしまい、結局そのまま触れずに流してしまう事も多いかと思います。
でも、私的にはせっかくいろはすとのカップリングを成立させた以上は、ちゃんとその後の奉仕部のカタチも描きたいなって思いまして、今回はオリキャラの愛ちゃん視点から奉仕部のその後を描くという形を取らせていただきました。
つまりこの番外編は、オリキャラ愛ちゃんの成長物語であると同時に“奉仕部の後日談”だったわけなのです。

そのAfterを書きたいが為に始めたこの愛ちゃん視点でしたが、某オリキャラ達と違ってあまり個性的な存在では無かった為、正直かなり書くのが大変でした……危うく途中で投げ出しちゃいそうになりましたよ(苦笑)
ま、小悪魔に目覚めてからは多少書きやすくなりましたけどw



ではでは!こんなラストでご満足頂けたかどうかは分かりませんが、もしも楽しんで頂けたのなら幸いです☆
本当に本当にありがとうございました!



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