──ずっとあなたのことが好きでした──
私は、ようやくずっと燻っていたこの気持ちを打ち明けることが出来た。
寒空で冷えきった身体はガクガクと震えてるのに、貧血気味の時みたいにフッと倒れこんじゃいそうなくらいフラフラなのに、頭だけはホントにクリア。
ただの恋心だけじゃない。
文化祭や体育祭でいっぱいいっぱいキツい思いをして、でも比企谷先輩はそんなのよりもずっとずっと辛くって、そんな辛そうな背中を見ていたはずの私なのに、なんにも出来なかった後悔や悔しさ、そして自分の無力さへの憤り。
そんな色んな気持ちが交ざりあった想いをやっと吐き出せたから、頭の中にたくさんアドレナリンが出ちゃってるのかもね。
先輩はとてもビックリしたような、とても困ったような顔をしてる。
「……あー……スマン。えと……マジ、か?」
「はい……」
「……そうか」
「……はい」
何度か行われる確認作業。
それはそうだよね。ちゃんとお話出来るようになってからたった数日しか経ってないのに、いきなり告白なんかされたって信じられないよね。
私の返事を心の中で噛みしめる比企谷先輩は、次第にさっきよりももっと困った顔になっていく。
困った……というよりは、そう。とても苦しそうな顔。
……覚悟はしてたけど、やっぱりやだなぁ……
大好きな人が、私の告白のせいでこんなに辛そうな表情をするのなんて、やっぱりどうしようもなく苦しくなる。
今すぐにでも逃げ出したい。嘘ですよっ!って、ちょっとした冗談ですよー!って、逃げ道を作ってしまいたい衝動に駆られる。
……でも、それじゃダメだ。私はもう逃げたくない。
だから、逸らしてしまいたい目は逸らさない。チョコを差し出す震える手だって引っ込めない。
ただ、真っ直ぐに先輩を見つめて、先輩の言葉を待つことだけが、今の私に出来ること。
そんな私の想いに応えてくれるように、比企谷先輩も私の目を逸らさずに見つめてくれてる。
これから断りの言葉を口にしようとしてるんだ。ホントは比企谷先輩の方こそ目を逸らしたいよね。
それでも目を逸らさずにいてくれてるってことは、ちゃんと真剣に私の告白を受け取ってもらえて、私のことを考えてくれてるって証拠だよね。
ふふっ、やっぱり優しいなぁ、この人は。
「その……なんつうか、すげぇ驚いた……。愛川みたいな子が、俺みたいなのを好っ……想ってくれてるなんて……マジでビックリだ」
「えへへ、私もビックリです。私がこんなにも男の人のことで頭がいっぱいになっちゃうなんてっ……」
私の言葉に少しだけ表情を緩ませた比企谷先輩は、意を決したかのように一呼吸した。
たぶん……ここまで、かな。
「……なんか、勿体ないくらいだわ。愛川にそんな風に想ってもらえるなんて……。だけど…………すまん……。愛川の気持ちはすげぇ嬉しい。でも……」
「……でも、なんですか?」
なんですか?なんてちょっとわざとらしいかな。
その先の言葉なんて分かってるのにね。
そして、お互いに見つめ合いながら、お互いにこくりと咽を鳴らした。
「今俺には……」
そう口にした先輩は、ずっと合っていた視線を一瞬だけ逸らして気まずそうに俯いたけど、でもすぐにもう一度私の目をしっかりと見つめ直して、私の想いへの答えを言葉にしてくれた。
「……俺には、どうしてもほっとけないバカが居んだよ……だから愛川の気持ちに応える事は出来ない……」
………正直ちょっと驚いた。
断られるのは分かってたけど、そんな答えが返ってくるとは思わなかったから。
でも…………ふふっ、そっか……!
「……そうですかっ!ほっとけないバカが居るんじゃ、仕方ないですねっ……」
たぶん比企谷先輩は、自分の心の内を他人にはなかなか話さない人なんだって思う。
だから私の告白は体よく断られるモノだと思ってた。
でも、比企谷先輩はこうしてちゃんと答えをくれた。
私の気持ちをちゃんと受け取ってくれて、その上で心の内を打ち明けてくれた。
だから……ありがとうございます先輩。私は、心の底から満足しました……!
比企谷先輩、あなたに想いを伝えられたことを。
× × ×
満足はしたけど、それでもやっぱり来るモノがあるなぁ……
仕方ないですねって、先輩のお断わりに笑顔で答えてみたけど、それでもやっぱり泣きそうになってしまう。
そんな、涙が滲んでしまいそうな笑顔を見ているのが堪らなくなったのか、比企谷先輩は慌てて私の手からチョコを攫った。
「愛川、これ……今一個食ってみてもいいか」
「ひゃ!?は、はいっ……!」
突然のことにビックリした私は、思わず変な声を出してしまった。
だ、だって……こういう場合って、チョコは受け取らないモノなんじゃ……?
そんな私の動揺なんて知ったことかと言わんばかりに、比企谷先輩は私が想いを込めて包んだラッピングを、とても丁寧に……というよりは寧ろ恐る恐る?解いていく。
ラッピングを解いて箱を開けると、そこには昨夜見たばかりのミルクコーヒー色の生チョコが4つ、大切な人に食べてもらいたそうにそっと顔を覗かせていた。
「おお、なんかすげぇ美味そう……。頂き、ます……」
先輩はその生チョコを一つ摘むと、とても大切な宝物でも扱うかのように、慎重に口へと運ぶ。
「ど、どう……ぞ?」
ホントだったら、手作りのお菓子を好きな人に食べて貰えるなんてすっごくドキドキしそうなシチュエーションなのに、今の私は唖然とその様子を見守ることしか出来ないでいる。
だって……そのチョコは私が今まで作ってきたどんなお料理よりも心を込めて作ったものだけど、でも……心を込めた相手の口に入ることは無いと思って作ったチョコだから。
でも、そのチョコはなんと想い人の口の中に放り込まれてしまった。
まさか……食べて貰えるだなんて……。しかも、目の前でっ。
むぐむぐとチョコを舌でとろけさせる先輩。
どうしよう……!今更ながらにドキドキしてきちゃった。
ちゃんと味見はしたけど、お口に合うかな!?口溶け具合とか大丈夫かな!?
「……はー……」
は、はー?
「すげぇ良く出来てんなぁ……うん。美味い」
…………や、やったぁ!美味しいって言って貰えた!
私は、比企谷先輩が本当に美味しそうな顔をしてくれたのを見て、さっきまでの玉砕劇のことなんかすっかり忘れて、飛び上がらんばかりに心がはしゃいでしまう。
「やべ、も、もう一個食っちゃおうかな……?」
「はいっ!どうぞ!」
……なんか、私ってこんなにも単純なんだなぁ。
人生初の告白が予想通り玉砕という形で幕を閉じたばかりなのに、それなのに私のチョコを美味しそうに頬張ってくれてる大好きな人の顔を見てるだけで、こんなにも心が安らいでしまう。
「これって、マッ缶風味な味付けになってんのか?すげぇ美味いんだけど」
「えへへぇ、そうですよ♪溶かしたビターチョコに、インスタントコーヒーと練乳を企業秘密の割合で練り混んだんですよ〜。この味になるように、何度も何度も試行錯誤したんですから!おかげで昨夜はチョコ食べ過ぎちゃいましたっ」
「マジか……いやホント美味いわ」
「はぁぁ、良かったぁ!……私、普段お料理はしてもお菓子ってあんまり作らないので、美味しく出来るかどうかちょっと不安だったんです!……ちゃんと美味しく出来てて、その上………………ちゃんと食べて貰えるなんてっ……」
あまりにも嬉しくって自然と漏れだしてしまったその言葉に、比企谷先輩は途端にハッとして顔を青くする。
「わ、悪い!普通こういう場合って……断るんなら貰っちゃいけないんだよな……」
……あ……そ、そういえばそうだった……
私だってついさっきまで唖然としてたのに、驚きよりも嬉しさの方がずっと優っちゃって、ついつい忘れてしまっていた。
「す、すまん……俺こういう経験無いからテンパっちって……」
そんな心底申し訳なさそうな比企谷先輩に、私は両手を突き出して、必死にぶんぶんと振る。
「ぜ、全然です!そんなことないですないです!……私、比企谷先輩にチョコ食べて貰えて、ホンットに嬉しかったですしっ……、それに」
そして私は、あんまりにも悲痛な顔で私から目を逸らしている先輩を見てたら少しだけ可笑しくなっちゃって、ちょっとだけ芽生えてしまった悪戯心を隠そうともせずにニコリと笑顔を向けた。
「……それに、どうせ先輩に食べて貰えなかったら、せっかくのこのチョコは即ゴミ箱行きの予定だったんですよ?……もう思いっきりゴミ箱に投げつけてやるつもりだったんですからっ!ばっこーんって!」
とりゃっ!とゴミ箱にチョコを投げ入れるポーズをしながらもう一度笑いかけると、比企谷先輩はバツが悪そうに「じゃあ食って良かったわ」って苦笑いしてくれた。
──今日は、色んな先輩の顔を見たな。
ビックリした顔。苦しそうな顔。美味しそうな顔。そして……優しい苦笑い。
そんなたくさんの先輩の顔を思い浮かべる度に、私の心はポカポカしたりぎゅうってなったりする。
うん。そっか…………やっぱり…………やっぱり私は……
「……比企谷先輩」
「お、おう……」
「今日は朝からお時間とらせちゃいましたけど、本当に……本当にありがとうございました……!」
「……いや、俺は愛川に礼を言われるような…」
「私っ!」
「うおっ!?」
「先輩にちゃんと気持ちを伝えられて良かったです!ちゃんと先輩の顔を見て答えを聞けて、本当に良かった。……おかげで……ふふっ、なにかに目覚めちゃったかもですっ」
「…………は?……な、なにか?目覚、め……?」
「……それでは失礼します。…………では“またっ”」
そう言って私はペコリと頭を下げて、ワケが分からんとポカンとしている比企谷先輩に背を向けて歩きだした。
──こんな簡単なことだったんだ。
初めての恋、初めての気持ちで、私はなんにも見えなくなってた。
……ちゃんと気持ちを伝えられて、そしてちゃんと振られれば諦められる?忘れられる?
そんなわけ……無い。
そんな簡単に諦められるのなら、そんな簡単に忘れられるのなら、あんなに苦しんだりあんなに悩んだりなんかしないもん。
そんな程度の気持ちだったのなら…………そんなの、本物じゃない。
泣いちゃうかもしれないけど、ううん?たぶん泣いちゃうだろうけど、でも私はようやく気付けたこの心からの気持ちを、いろはちゃんに伝えにいこう……!
待ってろぉ!いろはちゃん!
その時校内にチャイムが鳴り響いた。
……あ、いろはちゃんの所に行くのは、一時間目の休み時間かなっ……
× × ×
「……今日は、私の……とてもとても大切な日になりました。私は、このバレンタインを、ずっとずっと、忘れることは無いだろう……っと。……うん!これで良し」
運命のバレンタインデーの夜、集中して机に向かっていた私はぱたんと日記を閉じてぐっとひと伸び。
「う……んっ!」
ふぁぁ〜、疲れたぁ……今日はホンットに色んな事があったなぁ……!
今までのなんの変哲も無い私の人生からしたら、今日だけで一体何年分のイベントをこなしちゃったんだろ?
えへへ。でも、とっても充足感でいっぱいの疲れだなぁ。
昨夜は一睡も出来なかったから、もう今すぐにでも瞼の思うがままに自由にさせてあげたいくらいだよ。
でもっ!私にはあと一仕事残ってるんだよね。
そして私はごそごそと鞄の中から二枚の用紙を取り出した。
生徒指導室で平塚先生に怒られて、それからいろはちゃんと少しだけお話して、別れてからコッソリ職員室に戻って先生に用意してもらった、まったく真逆の意味を為す二枚の用紙。
「愛川愛……っと」
私はその二枚の用紙に必要事項を記入して、それぞれ別の封筒に入れた。
明日学校に持っていくのを絶対に忘れないようしっかりと鞄にしまったのを確認して、本日のお仕事はようやく完了です!
「ふわぁぁ……」
よし、今夜は良く眠れそうだぞっ!
続く
ありがとうございました!
ついこのあいだバレンタインが終わったばかりだというのに、未だにバレンタインネタを書いている作者がお送りいたしました(´∀`)
とはいえ、ようやくバレンタインも終了しました。
最後に愛ちゃんが書いていた用紙は……まぁ当たり前のようにアレですね(笑)
そしてここからようやくの後日談になります!
残り2話程度になるかとは思いますが、もしよろしければあと少々お付き合いくださいませ☆