スミマセン><
ちょっと遅くなっちゃいました(汗)
「ど、どうかした?愛川さん」
「……え?」
「あ、やー、なんか楽しそうにクスクスしてたからさぁ……」
「…………へっ?……んーん?な、なんでもないよ……?」
……嘘、ついちゃった。
なんでもないなんて事は全然ないの。
だって私は、今こっそりとある人を見てちょっと楽しんでたから。
でも、お仕事中にクラスの男の子に声を掛けられちゃう程に笑ってたなんて、自分でもちょっとビックリ!
って、あっ……ふふっ!またお仕事押し付けられてあんなに嫌そうにしてるのに、ブツブツいいながらも一生懸命にお仕事してるっ……!
最近は、なんだかあの先輩のああいう姿を見てるだけで、知らず知らずに顔が綻んじゃってる自分がいる。
なんかいいな、ああいうの。
自分の感情を隠すことも繕うこともしないで、嫌なら嫌、面倒くさいなら面倒くさいでその感情を思いっきり顔に出しちゃってるのに、根が真面目だからか他の誰よりも一生懸命お仕事してる姿に、なんだか心が和んじゃう。
んー……なんで私はここまであの先輩……比企谷先輩に目が行っちゃってるのか良く分からないけど、それは……今がこんな時だからかな……
今文実は、物凄く佳境に立たされている。
それは、文化祭実行委員の集まりが始まった数日後に起きた委員長のあの一言から始まったのかも知れない……
あの一言で、私たちは今まさに追い詰められているのだ。
わわわっ!こんな事ばっかり考えてないで、私だって少しでも役に立てるように頑張らなきゃっ!
私は現在進めていたお仕事を一旦切り上げるとすぐさま立ち上がり、比企谷先輩のもとへと掛けていく。
「あの、先輩!私もそれちょっとでよければ受け持ちます!ここの積まれたお仕事、いくつか持っていきますねっ」
「……え、マジで?えと、あー、サ、サンキューな」
「いえいえっ!また自分の分終わらせたらお手伝いしますねっ」
「お、おう。スマン、助かるわ……」
……ホント、真面目な人だなぁ……
スマンとか助かるとか、だってこれって元々先輩のお仕事じゃないんだから、スマンだなんて言う必要なんて全然無いのに……
「……はい!……っと、それではコレ貰っていきますね、んしょっ」
私は比企谷先輩の机に積まれた、本来先輩がやるべきでは無いお仕事の書類をいくつか持って自分の席へと戻っていく。
「ホント愛川さんは真面目だよなー。それ別に愛川さんの仕事じゃないじゃん……!そんなのあの二年生に任せといて、俺らも一緒にクラスの準備行けば良くない?」
「…………あ、うん……私は文実のお仕事するから、別に一人でクラスの準備をお手伝いをしに行ってもいいよ……」
「い、いやー、愛川さんが残るんなら、もちろん俺だって残るよー」
「……そ」
……あなたはここに残ってても、一生懸命にお仕事しないじゃない……
私はクラスメイトにその一文字だけを返すと、すぐに自分のお仕事に取り組んだ。
私なんてまだまだ全然役に立ってないもん。比企谷先輩や雪ノ下先輩、城廻先輩に比べたら全然お仕事をこなせてなんかない。
早く自分のを片付けて、また先輩のお仕事を少しでもお手伝いしなきゃ……!
× × ×
『少し、考えたんですけど……文実は、ちゃんと文化祭を楽しんでこそかなって。やっぱり自分たちが楽しまないと人を楽しませられないっていうか……文化祭を最大限楽しむためには、クラスの方も大事だと思います。予定も順調にクリアしてるし、少し仕事のペースを落とす、っていうのどうですか?』
あれは文実がスタートしてから少しした頃だった。
相模実行委員長が、少し前倒しに作業が進んでいる事で、こんなことを言い出したのだ。
確かにあの時は作業の進捗状況は悪くなかった。
それもこれも、委員長の相模先輩ではなく、副委員長に就任したあの総武高校一の有名人、雪ノ下雪乃先輩が物凄いリーダーシップを発揮して作業を進めていったからなんだけど。
やっぱり文化祭って言ったら、仲良しなお友達とみんなで楽しくクラスの準備したいもんね。
だから相模先輩のその提案は、多数の文実メンバーの賛成の拍手を持って可決された。
だけど、その相模先輩の提案が危険な要素を孕んでいるって事は、一部の生徒は気付いてた。私もそれはまずいんじゃ無いのかな?って、漠然とだけど感じていたし。
一部の生徒が気付いていた危険性は、それからたったの数日後にはカタチになって現われだした。
クラスの準備を優先して文実に参加しないメンバーが出始めちゃったから。
一旦『クラスを優先していい』って空気が蔓延し始めると、次から次へと不参加メンバーが増えていき、元々各クラスの実行委員総勢60人+生徒会役員さん達という大所帯は、今では役員さんを含めても20人にも満たない人数になってしまい、もう進捗状況はボロボロになっちゃってたし、当の実行委員長が率先して不参加になっちゃってるからもうどうしようもない。
たまに顔を見せても、文実でも無いのになぜかたまにお手伝いをしてくれている葉山先輩を発見して、
『あー、葉山君こっちにいたんだー』
と文実と一切関係の無い世間話に花を咲かせては、クラスの用事を済ませるとそのまま直帰……
その上葉山先輩を誘ってそのままご飯に行こうとする始末だったり……
はぁ……相模先輩って、なんで委員長に立候補したんだろ……?
初めから雪ノ下先輩が委員長に就任してればなぁ……
今は僅かに残されたメンバーでかなり無理してお仕事を回してるけれど、こういうのに慣れてない一年生の私でも分かる。たぶんこのままいったら、文化祭実行委員は……文化祭は失敗する……
でも不満ばかり考えてたってなんにも始まらないっ……まだ大して役にも立てない私は、こんな空気の中でも一生懸命やってくださっている先輩方の力に少しでもなれるように、自分にやれる事を精一杯やるだけだっ!
よしっ!やるぞー!
…………と思ってたんだけど、この日はそれじゃ済まなくなっちゃった……
「雪ノ下なんだが、今日は体調を崩して休みだ」
会議室へ入って来た平塚先生の第一声。
そう、今日は委員会開始からずっと居ないなぁ……?って思ってたんだけど、どうやら雪ノ下先輩が体調を崩してしまったらしいのだ。
下校時刻までに片付かなかったお仕事も持ち帰ってたみたいだから、たぶん……無理をし過ぎちゃったんだろうな……
そしてそれと同時にまた別の問題が発生した。
なんと先日提案されて委員会で可決されたスローガンにNOが出ちゃったみたいなのだ!
やっぱり私もまずいんじゃないのかな〜……?って思ってたんだよねっ……
だって……『面白い!面白すぎる! 〜潮風の音が聞こえます。総武高校文化祭〜』って……
そ、それって埼玉の老舗和菓子屋さんのキャッチフレーズなんだもん……
結局この日は完全に作業を中断し、このキャッチフレーズ問題についての議論にあてがわれた。
そして文実を早退して雪ノ下先輩のお見舞いへと向かったのは……なんと比企谷先輩だった。
まぁ今まで先輩をチラチラ見ていて、なんとなく雪ノ下先輩となにかしらの関係があるのは分かってた。オブザーバーとして参加してる雪ノ下先輩のお姉さんとも仲良く?お話してたし。
でもまさか雪ノ下先輩の自宅に直接お見舞いに行く程の仲だとは思ってなかった。
なにせあの雪ノ下先輩だもん。眉目秀麗文武両道、その美しすぎる容姿と優秀すぎる能力から、ある意味学校内で孤立しているというか、近寄りがたい孤高の高嶺の花としてとっても有名なあの雪ノ下先輩の仲良しさんが、ちょっぴり気になるあの先輩だなんて。
んー……なんだかちょっと気になっちゃうなぁ……もしかしたらお付き合いとかしてるのかな……?
× × ×
翌日は文実のスタートから、昨日のスローガン問題についての話し合いが行われた。
さすがに早急にスローガンを決定しなくちゃマズいみたいで、普段欠席しているメンバー達も昨日の内に召集を掛けられたみたい。
そして雪ノ下先輩も出席してる。大したことなかったようで本当に良かったぁっ……!
でもやっぱり見るからに疲弊してる……雪ノ下先輩だけじゃなくって、生徒会役員さん達も……
現在の遅れに遅れている状況で持ち上がったこの出来事は、執行部としてはとてもとても痛手になるものだから。実行委員長を除いて……
会議が始まり委員に意見が求められたけど、当然のように誰も意見なんて出さない。
普段ちゃんと委員会に参加してるメンバー以外は今の状況が切迫してるなんていう感覚が無いようで、たんなるお喋りの場と化してしまってる。
ううっ……この空気の中で手を上げるのはかなり恥ずかしいっ……
でも誰も意見を出さないんだもん。私一人でも意見を出す事で、やる気の無い人達の起爆剤に少しでもなればっ……!
ちょっと涙目になりながらも、意を決して震える手を挙げようとした所で葉山先輩が先に挙手した。
「いきなり発表っていうのも難しいだろうし、紙に書いてもらったら?」
……挙げかけた震える手が宙ぶらりんでギリギリ止まった…………た、助かったぁぁぁ……
うー……ダメじゃない私!助かっただなんて情けないこと思っちゃったらっ……
その後各自に白紙が回されて、とりあえず案を書いて提出という事になった。
んー……スローガン、かぁ。
一応さっき発表しようとした事を書いてみる。
『ONE FOR ALL』
…………なんだか、自分で書いててとても空々しい……
この現状で──一人はみんなのために──って、ね……
結局回収された案はごく僅かで、私のそんな空々しい案も、比企谷先輩に鼻で笑われて終了って感じだった……うぅ〜……お役に立てずにごめんなさい〜……
しかしそんな中ついに事件は起きてしまった。
相模実行委員長によって……
× × ×
「うちのほうから『絆 〜ともに助け合う文化祭〜』っていうのを……」
「うわぁ……」
相模先輩が案を発表してホワイトボードに書き始めた瞬間、ある一人の男子生徒の呟きによって、会議室がざわめき始めた。
うわぁと呟いたのはそう……比企谷先輩。
そしてその呟きにより生じたざわめきは、明らかにその案を発表した相模先輩に対する嘲笑だった。
「……何かな?なんか変だった?」
「いや、別に……」
「何か言いたいことあるんじゃないの?」
たぶんこの場に居る委員会の人だったら、比企谷先輩が何を言いたいのか皆分かってる。
でも、相模先輩の『クラス優先』という言葉に乗っかって一緒になって文実をサボってた人達だって、相模先輩を笑えないんだよ。
そして心の中では不満に思いながらも、言いづらいからってそれを容認しちゃってた私達だって……
「いや、まぁ別に」
「ふーん、そう。嫌なら何か案出してね」
すると、比企谷先輩はとんでもない言葉を放ったのだ。
たぶんそれは今対峙してる相模先輩だけじゃない、この場の全員に向けて。
「『人 〜よく見たら片方楽してる文化祭〜』とか」
……会議室が凍り付いた。
それはつまり、今比企谷先輩が挙げたスローガンに、誰しもが納得してしまったから。
そして納得してしまう現実を認めたくないから。
唯一人この発言に大笑いしているのは雪ノ下先輩のお姉さん。
うん。この中で今の発言で笑ってもいいのは、この人と雪ノ下先輩くらいだもんね。
でも立場上さすがにそれを嗜めた平塚先生が、次は比企谷先輩に呆れた様子で問い掛けた。
「比企谷……説明を……」
「人という字は人と人が支え合って、とか言ってますけど、片方寄りかかってんじゃないっすか。誰か犠牲になることを容認してるのが人って概念だと思うんですよね。だから、この文化祭に、文実に、ふさわしいんじゃないかと」
「犠牲、というのは具体的に何を指す」
最初は呆れた様子で問い掛けた平塚先生も、比企谷先輩の説明を聞いたあとは真剣な表情に変わった。
「俺とか超犠牲でしょ。アホみたいに仕事させられてるし、ていうか人の仕事押し付けられてるし。これが『ともに助け合う』ってことなんですかね。助け合ったことがないんで俺はよく知らないんですけど」
一瞬の沈黙、そしてざわつき。
文実メンバーであれば、誰しもが胸に少なからずの鈍い痛みを感じているはずだ。
全員の視線とざわめきは一旦相模先輩に集まったあと、副委員長であり実質的な委員長でもある雪ノ下先輩に向けられてそこで止まる。
すると…………
……ふぇ?
ゆ、雪ノ下先輩が!すっごいぷるぷるしてる!?
議事録で顔を覆い隠して机にうずくまって、すっごいぷるぷるしてる!
「比企谷くん」
ひとしきりぷるぷるし終えた雪ノ下先輩が顔を上げると、それはもう女の私が思わず見惚れちゃうくらいの、ほんのりと上気した美しい笑顔だった。
「却っ下」
わ、わぁ……素敵な笑顔だぁ……
その美麗なまでの素敵な微笑みのまま比企谷先輩の案を打ち切るとすぐさま真顔に戻り、本日の会を終了させてしまった。
『以降の作業については全員全日参加にすれば、この遅れも充分取り返せる』との言葉を残して。
執行部と比企谷先輩を残して、その他大勢の私達は会議室を退出する。
その時、私は比企谷先輩の横を通り過ぎる人達が、わざと先輩に聞こえるように「何あの人」「なんだよアイツむかつくな……」とかって、とても冷たい視線を向けながら言ってるのを聞いてしまった……
そんな態度をとってる人達に限って、ここ最近ほとんど委員会で見かけない人達だったのが無性に悔しかった……
悔しかったんだけど……正直私もなんで比企谷先輩があんな言い方をしたのかが全然分からないよ……
あんなに嫌そうな顔をしながらも、人一倍一生懸命お仕事してた先輩が、なんであんな言い方したの……?
先輩の言ってたことは本当に正しい。この場で反論出来る人なんて誰一人居ないくらいに。
でも……あの言い方じゃ…………ただ自分が仕事したくないって文句を言ってるようにしか聞こえない……
私は、この先輩は本当はとってもいい人なんだろうなって思ってた。
でも今は…………ちょっと分からなくなっちゃったよ……
そんな想いは、翌日にはあっさりと打ち砕かれるとも知らずに。
「う……わ……」
翌日、HRが延びてしまい少し遅れて会議室に到着した私は、会議室に入室するなり我が目を疑ってしまった。
確かに今日からは全員全日参加との話にはなってたから、人が多いのは当たり前なんだけど、私が驚いたのは人の多さそのものよりも、その活気?モチベーションの高さ?
昨日までとは明らかに空気そのものが違っていた。
あれほど決らなかったことが、その溢れ出るやる気によって次々と決まっていく。
昨日まででは絶対に有り得ない激論でスローガンが決まると、その熱も冷めやらぬままに各担当各担当で熱く意見交換し合う。
これこそが、本来の在るべき姿なんだろう……
『ごめんな、愛。でもみんながバラバラになっちゃった時ってさ、悪者が必要な時もあるんだよ……』
ぽんと優しく頭に乗せられたおっきい手の体温の記憶と、そんな言葉の記憶が頭を過った。
そう。あれはまだ私が小さな小さな子供だった頃の遠い記憶……
× × ×
私のお兄ちゃんは子供の頃からサッカーが大好きで、いつも笑顔でボールと一緒に駆け回る、とても元気で格好良いお兄ちゃんだった。
そんなお兄ちゃんが大好きだった私は、近くのサッカークラブでエースとして頑張っていたお兄ちゃんの試合を良く見に行っていた。
あの日、兄のクラブが試合した相手は地元ではとても有名な強豪クラブだった。
兄はそんな強豪と試合出来る事をずっと楽しみにしてたけど、チームのみんなは始めから諦めムードのなか試合に臨んでいた。
いつも兄にくっついて回っては試合を応援してた私にはすぐに分かった。兄以外の選手達がいつもと動きが全く違う事を。
どうせ頑張っても勝ち目が無いからなのか、明らかに普段よりもダラダラと動いていて試合は一方的だったっけ。
前半が終わって0対4。むしろ4点で済んでるのが不思議なくらいの酷い試合だった。
『お前らこんなにヘタクソだったっけ!?マジで最悪だわ!やる気ねーんなら、もうサッカーなんて辞めちばえば!?ヘタクソばっかだとすげぇ邪魔なんだよ!カカシが立ってる方がまだマシなんじゃね?』
そんな時、ハーフタイムで兄がチームメイト達を罵倒した。
危うく乱闘騒ぎになっちゃうんじゃないかってくらいにチームメイト達が兄に詰め寄ったんだけど、監督さんがなんとか止めてそのまま後半に突入した。
後半が始まってからの兄のチームの連帯感は物凄かった。
前半のやる気の無さが嘘みたいに声を掛け合って激励しあって、結局試合には負けちゃったけど試合終了時のスコアは3対5と2点差まで迫ってたし、みんな全力を出し切れたからか満足さと悔しさで肩を叩き合っていた。
『かーっ!くっそー、惜しかったなぁ!』『なー!あともうちょいだったのに!』『でも意外と俺らもやれんじゃね!?』『な!あそことここまで渡り合えたんなら、次はヘタしたら優勝しちゃうかもなぁぁ!』
───でも、もうその輪の中に兄は居なかった。
兄は離れた場所で、一人ポツンと立ちすくんでた……
いつも友達の笑顔の中心になっていた兄。
だから私はそんな光景を見るのが嫌で泣きながら先に帰り、帰って来た兄を大泣きして責めちゃったんだよね……
『なんでお兄ちゃんあんなこと言ったのぉ!?もうあんなんじゃ仲間に入れて貰えないかも知れないじゃん!!愛、もうあんなお兄ちゃん見たくないよぉ……!』
すると兄は私の頭を優しく撫でて、目の端に涙を浮かべて悲しそうな表情を必死に隠して笑顔を浮かべながら言ったのだ。
『ごめんな、愛。でも、みんながバラバラになっちゃった時ってさ、悪者が必要な時もあるんだよ…………へへっ!でも大丈夫!俺はエースだもん!謝ればみんな分かってくれるって!』
にひっ、と笑顔を浮かべた兄の思いとは裏腹に、結局そのあとチーム内で居場所を失ってしまった兄は、冷たい視線と空気に傷付きサッカークラブを辞めて、そしてサッカー自体を辞めてしまった。
またサッカーを始めるようになったのは高校生になってから。
高校生になるまでの兄は、ずっと平気な顔をしてたけど、あの時の行為を心のどこかで後悔してたんだって、後々苦笑いしながら語ってくれたっけな……
今では笑い話になっちゃったけど、あの当時はとてもとても辛い経験だった。
× × ×
「……そっか」
文実メンバーが一致団結してお仕事を進める横で、誰にも話し掛けられず相手にされず、今までよりもさらに無言で仕事を押し付けられている比企谷先輩の面倒くさそうな顔を盗み見ながら、私は兄と比企谷先輩を重ね合わせていた。
たぶんこれは、比企谷先輩の真意は、ちゃんと『比企谷先輩』を理解している雪ノ下先輩、雪ノ下先輩のお姉さん、平塚先生。そしてあの経験がある私にしか分からないんだろうな。
私みたいな偽物の天使と違って、純粋で優しいあの本物の天使の城廻先輩でさえ、比企谷先輩に対して落胆しちゃってるみたいだし……
胸が苦しくなる。
私はあの時のお兄ちゃんを見ているから。
周りの視線と態度に耐え切れず、次第にサッカークラブから離れていった、あのお兄ちゃんの辛そうな顔を見ているから。
たぶん比企谷先輩も……次第にここには顔を出さなくなるんだろう。
全員参加とは言っても、仲のいい雪ノ下先輩や、ちゃんと比企谷先輩を理解してるっぽい平塚先生ならば、たぶんそれを許すんだろう。
だって……こんな視線の中で、毎日ここに来るのなんて絶対無理だもん……
すみません……比企谷先輩っ……
あんなことをさせてまで、こんなに辛い思いをさせてまで文実を救ってくれた先輩に、私にはなんにもしてあげられない……
「あはは!マジで良い気味だよなー。てか自分が仕事すんのヤダからってあんな暴言吐いたくせに、よくまだ顔だせるよねー、あの二年!ねっ、愛川さん」
「…………」
「あ、あれ……?」
同じ男の子なのに、あの先輩とこの人は違いすぎる……
私はこの時を境に、このクラスメイトの男の子とは口をきかなくなった。
× × ×
あれから二日経ち三日経ち、気が付けば一週間ほど経過していた。
そして私は異変に気付く。んーん?ホントはもっと前から気付いてた……
比企谷先輩が……ちゃんと毎日文実に来ているのだ。
他の文実メンバーからの視線も態度も何一つ変わらない。
むしろ仕事の押し付けが酷くなってるんじゃないかってくらい、相変わらずの酷い扱い。
今日もいつもと同じように無言で机に置かれては、うわぁ……って顔して面倒くさそうに頭を掻いてお仕事してる……
どくんっ……
───あれ……?なんだろう……?
私は頭をぶんぶん振って「よしっ!」と立ち上がる。
比企谷先輩の元へ。
「あ、あのっ……せ、先輩……、こ、これちょっとでよければ、そ、そのっ……受け持ちますね!」
「……え?あ、ああ……えと、サンキューな」
「い、いえっ!また自分の分終わらせたら……そのっ……お、お手伝いしましゅっ……す…………うぅ〜っ……」
「ス、スマン、助かる……」
「ひゃいっ!」
───あ……れ?私、どうしたの……?
私は比企谷先輩の机に詰まれた書類をいくつか貰って慌てて自分の席へと戻ると、噛んじゃったからか恥ずかしくて真っ赤になってるであろう熱い熱い顔を、ブンって音がするんじゃないかってくらいのすごい勢いで俯かせる。
───ど、どうしよう……!私、どうなっちゃってるの……!?
私は必死に俯きながら、貰ってきた書類に目を通すふりをして、チラっと比企谷先輩を覗き見てみた。
いつもと同じ面倒くさそうな顔で、はぁぁ〜……とため息を吐きながら、またパソコンの画面へと目線を向ける。
視線を比企谷先輩から外して、信じられないくらいにドキドキと高鳴る鼓動を必死に押さえ付ける。
───なんで?なんでこんなにドキドキするの……?
そして私はまたも比企谷先輩をこっそりと覗き見て、今までお兄ちゃん以外の男の子には感じたことなんてない感情のはずなのに、なんの迷い疑いもなく、お兄ちゃんに対してよりもずっと強いこの感情を自然と受け入れたのだった。
…………どうしよう…………格好良いっ……
続く
愛ちゃん編第2話でした!
んー……文実の内容は、あんまり細かく書くと原作の書き写しみたいになりそうなんで、ダイジェスト程度で済まそうとしてたんですけど、なんか意外と細かく長くなっちゃいました(・ω・;)
そして愛ちゃんの思い出話なんですけど、アレは後付け設定とかじゃなくて、元々裏設定として妄想しながら本編を書いてたというモノなのです(^ω^)
めぐ☆りんでさえ気付かずに八幡にガッカリしちゃった事案に、愛ちゃんだけが真意に気付くにはそれなりの理由が必要かなー?って。
こうして書くことになるとは思いませんでしたけどね(笑)
という訳で、次回愛ちゃん編第3話でお会いしましょう!
…………これ、4話とか5話で終わる気がしませんね(白目)