アシュクロフト『アリス』を装備した折紙は圧倒的、その一言に尽きる。
『アリス』の生み出す防生
この強さは『アリス』の性能だけでなく、折紙の能力の高さが相まっているのだろう。
その光景を蓮は離れた場所で虎太朗と共に見ていた。
「圧倒的ですね。あれが『アリス』の性能ですか…」
「・・・・・・・・」
「しかし、そんな機体の認証パスワードをご自分の娘の名前にするなんて、娘想いなんですね」
「・・・・・・・・」
気恥ずかしさからなのか、さっきから虎太朗は沈黙し、何も発さない。後ろを振り向いてみても、やはり無表情のままだ。
「自分から娘を突き放しても心の中ではずっと大切にしていた…。とても素晴らしいじゃないですか、胸を張っていい事だと思います」
これでも一応賞賛しているつもりなのだが、虎太朗は何も言わない。蓮はあまり、他人を褒める事をあまりした事がないので相手にどう受け取られているのかが分からないが、虎太朗はこういう人間なのだろうと勝手に納得する。
「私にはあなたと美紀恵のような血の繋がった親は居ませんが…あなたはとても立派な父親だと思いますよ」
その言葉を聞き、虎太朗の表情が僅かに変わった。その時、口にえくぼが出来ていたことに蓮は気が付かなかった。
前を見てみると、戦闘はもう最終局面になっており、折紙は『アリス』の防生
結果、アシュクロフト『アリス』の防衛に成功。奪われたアシュクロフトの奪還はならず、しかし、主犯格であるセシル・オブライエンの捕縛に成功。『アリス』は岡峰 虎太朗の意向により、ASTに支給されることとなった。
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『アリス』護衛任務から次の日、
蓮は燎子とテーブルを挟んで話し合いを行っていた。話題は当然、捕らえたセシル・オブライエンについてだ。
「で…何か情報は引き出せましたかね?」
「尋問を続けているけど、ずっとだんまりで何も言わないわ」
お手上げと言った様子でため息をつく。蓮がこんな事を聞いた理由は簡単だ。
彼女達がアシュクロフトを狙っているのは分かったのだが、
(やっぱり待っているだけじゃ何もわからないか…)
待っているだけで手に入る情報などゴミも同然だ。価値のある情報は自分が動かなければ手に入らない事を学んだ瞬間である。
「ふむ…ちょいと会わせてくれませんか?」
「悪い事言わないから、止めときなさい。美紀恵もそう言って会ったけど、結構狡猾で、丸め込まれそうになったんだから」
「俺がそんな甘い性格だと?」
「…分かったわよ。少しだけだからね」
しぶしぶといった様子で答え、部屋を出て独房へ足を進ませる。その途中、燎子は思い出したように話題を出してきた。
「そういえば、あんた昨日は凄かったわよ。どうやったらあんな風に身体強化している相手の攻撃を避けれるの?」
燎子が言っているのはセシルの蹴りを全て避けきった事を言っているのだろう。あまり、自分の事を喋るのは好きではないのだが、興味深々といった様子で聞いてくるので仕方なしに答える。
「知り合いに最強最強うるさい人がいましてね。その人に避け方を鍛えられたからですよ。まあ、あれが出来るようになるまで尺骨六回、上腕骨五回、肩甲骨三回、脛骨六回、大腿骨七回、その他もろもろ…肋骨なんて何回折ったか覚えてませんけどね」
懐かしむようにペラペラと酷い怪我の歴史を聞き、燎子の顔が段々青ざめていく。そんな燎子に気が付かず、独房に到着すると扉の窓から中を覗いてみる。当然、部屋には装飾など何もなく、木製の椅子だけが置いてあり、そこに目を閉じたセシルが座っていた。
「そ、それじゃあ私はここで待っているから、用が済んだら出てきなさいよ」
蓮が入室したのを確認して扉を閉じる。目を閉じていてもセシルは扉を開けた音と足音で誰かが入ってきたのは分かるはずだが、一向に目を開けようとしない。
「名前は…セシル・オブライエンで合っているか?」
「その声は…ふふ、美紀恵ちゃんの次は誰が会いに来たとおもったら、あなたが会いに来るとはね」
"声"と聞いて蓮はセシルが両目が見えない事を瞬時に察した。試しに正面に立ってみても彼女が両目を開けない。開けても見えないから開けないのだ。そして、立たない理由もおそらく…。
「まず自己紹介からしたいんだが…自分の顔を見られないで自己紹介はないか…」
セシルは正面から近づいてくるのを気配で感じる。そして、両瞼に指のようなものが触れる感覚があるが、指というには感触が硬く、人間味を感じさせない。
「一体何を…」
「動くなよ。ジッとしていればすぐに終わる」
セシルには、この行動の意味が理解出来なくて、少し困惑するが両目に暖かく、優しい温もりを感じて不思議と恐怖は感じなかった。
しばらくすると指が離れ、暖かさも消える。彼女にはそれが名残惜しかった。
「よし、ゆっくり…ゆっくり目を開いてみろ」
言われた通りに目を開いてみると、見えないはずの部屋の壁が見える。そして、その中央には自分と年齢も変わらないような少年が安心したような表情で立っている。
その少年はセシルにとって大切な
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「そんな…あり得ないわ…こんな事…」
「残念だが見えるのは少しの間だけだ。数分もすれば再びお前の目から光は失われる」
驚いているセシルとは逆に蓮は冷静に大切な事を伝える。
〈バスター〉の治癒能力で目が見えるように努力してみたが、目の神経である視神経の再生が出来なかったので、一時的に刺激を与えて神経を復活させた。これは神経に"見えている"と誤魔化しているにすぎないので、時間が経てば再び盲目になってしまう。
そして、普段なら来るはずの疲労もない。これは傷を治癒するのと比べ規模が小さいからだろう。
今まで盲目の人間に対してこの力を使った事が無かったので、セシルは実験体…というになってしまった。このまま足の治癒をしてみたいと思ってしまうが彼女は凶悪犯罪者であるため、あまり自由に動けるようにするのは望ましくない。
「こんなの奇跡だわ…どうやったの?」
「奇跡っていうのはそこまで安売りしてないんだよ。それで自己紹介といくか、俺は神代 蓮、
「え、ええ…それで一体何しに来たのかしら?まさか、捕まった私を笑いにでも?」
「いやいや、真面目な話をしに来たんだよ。俺はアシュクロフトを狙う理由が知りたい、お前達はただのテロリストじゃないな?」
国にとってテロリストの存在を認めるという事は、その国の中にもう一つの国家の存在を認めるのと同じだ。もし、アシュクロフトを狙った理由がそんなテロ目的なら納得がいくのだが、セシルは首を横に振った。
「ええ、私達は人を殺めるテロなんて起こす気は全くないわ。そうね…あなたはアルテミシアという人物を知っているかしら?」
「アルテミシア?…ああ、知ってる。確かとても優秀な
アルテミシアとは真那と並ぶほどの腕の持ち主で世界最高の
「たしか、いつからか"消息不明"になっていたはずだが…」
それを聞いた途端、セシルの表情が歪む。そこには憎しみと悔しさといった負の感情があった。
「彼女を助け出す…それが私達がアシュクロフトを狙う理由であり、目的でもあるのよ」
はっきり言って、話が全く読めない。消息不明だというのに助け出すというのはどういう意味なのだろうか。そして、そのためにアシュクロフトが必要とは…アシュクロフトの持つ力が必要という事なのだろうか?
「ふう…少し喋り過ぎてしまったわね。話はこれで終わりよ」
そう言ってもう話す気はないとばかりに目を閉じる。そんなセシルを蓮はこれ以上何かを言わせるような気になれず、入ってきた扉に向かう。
「そうだ、俺もお前みたいな奴、結構好みなタイプだぞ。街中で会ったら、すぐに口説いてたかもしれないぐらいな」
「あら、ならそんな女性をこんな部屋から連れ出してくれてもいいんじゃないかしら?」
「気が向いたらそうしてやるよ」
その言葉を最後に扉を開け、部屋から出て行く。この会話が本心のものだったのかは本人しか知らない…。
「どう?何か聞き出せた?」
出てきた蓮を出迎えたのは壁に背中を預けた燎子だ。しっかり頼んだ通りに二人きりで話をさせてくれたらしい。その質問に対して首を横に振る。
「残念ながら、めぼしい情報は特に。。彼女の処分に対してイギリスから何か?」
「今のところ何もないけど、そのうち連絡がくると思うわ。なあにそれまでに私が目的も残りの二人の場所も全部吐かせてやるから…」
指をポキポキと鳴らし、やけに張り切った様子で歩いて行ってしまった。燎子はアシュクロフトを奪われた事などでかなりの対抗心や悔しさなどがあったのだろう。
(アシュクロフトを狙う理由…か)
相手の言った事一つ一つに耳を向けるほど単純ではないが、それだけが不思議と頭の中に残り続けた。
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次の日、蓮は格納庫の壁に背中を預けて座りながら小さく欠伸をしていた。
昨日、アルテミシアについて調べたが、手がかりが少なすぎるせいか、全く目に止まる事が出てこない。それを調べていて徹夜という形になった。
(そもそも行方不明の奴を"救う"って時点で噛み合ってないな…)
顔を顰め、セシルの言っていた事にそんなツッコミを入れるがその疑問には誰も答えてなどくれない。そうしてる間にも欠伸が一つ出てくる。
普段なら一日の徹夜ぐらい大した事はないのだが、睡眠はとれる時にとっておくのが望ましい。
そして、いつからか目を閉じ、寝息を立て始めていた。
「ふう…少し休憩を…って蓮!こんなところに居たんですか」
少し時間が経過した後、寝ている蓮を見つけたのは蓮の恋人(自称)でここの整備主任であるミルドレット・F・藤村こと、通称ミリィだ。
「まったく、仕事中に居眠りなんて!蓮はダメですねぇ!」
頬を膨らませプンプンといった様子のミリィだったが、突然、真剣な表情に変わると周囲をキョロキョロと見渡し始める。
今、二人の周りには誰も居ない、二人きり、そう、HUTARIKIRIなのだ。
それを確認したミリィはゴクリと唾を飲み込み、ゆっくり寝ている蓮に近づき、まじまじと観察し始める。
ぴったり十秒ほど見た後、垂れている髪を耳に掛けるが、その仕草は普段のミリィからは考えられないほど色っぽい。
その後、寝ている蓮の頬に手を添えて優しく上を向かせると、目を閉じて、ゆっくり自分の顔を近づけていく。
近づくにつれミリィの顔がどんどん赤くなっていく。そして、二人の顔が一つになる、その瞬間…。
「ぷふぅ!?」
寝ていたはずの蓮の手が動き、ミリィの頬を掴み動きを止める。急な事に驚いて、ミリィの口から変な声が漏れる。
「寝ている人間に何しているんだ?ミリィ…」
「
「事故って…明らかにお前の方からしてきただろ…。まあいい」
手を離してミリィを解放すると、自分の座っている場所の右側の床をトントンと叩く。
「ミリィ、ちょっとここに座れ」
「ふぇ?いいですけど…」
言われた通りに床に座ると、蓮が急に上半身を倒してミリィの太ももに頭を乗せる。俗に言う膝枕をしてきた。
そんな事をいきなりされてミリィは顔を真っ赤にしてパニック状態になる。
「あわわわっ!い、いきなりどうしたんですっ!?」
「あんまり騒ぐな。二十分経過したら起こしてくれ」
異性にこんなに接触しているというのに、まったく緊張した様子もなくそう言うと、目を閉じて再び寝始める。
どうしたら良いか分からないミリィだったが、右手をゆっくり動かし、寝ている蓮の頭を優しく撫で始めた。