デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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生存を心配するメッセージが来たため投稿します。
今現在、リアルが忙しいのに加え原作が手元にない状態のため昔のように複数をまとめて投稿するのが難しい状態です。

しかしこの作品の続きを待ってくださっている方々のためどうにかしたいと考えており、もう少しだけお時間を頂きたいと思っています。

もう原作も完結して久しいですが、こちら側もどうにか終わらせたいと思っているのでどうかよろしくお願いします。


78話

ある街の道端に一人の少年がゴミのように捨てられていた。道の脇で蹲りながら座り、虚ろな目でどこかを眺め、周囲の寒さからその身体は青白くなっている。側から見たら死体のように見えかねない状態だが、呼吸で僅かに揺れる胸と口から出る白い息がまだ生きてる事を証明している。

 

だが、その瞳から光が消えるのも時間の問題でしかない。この状況から助かる宛てがあるわけでも無く、まだ十代にも満たないであろう小さな命はそのまま世界から消えるのが運命というものなのだろう。だが、そんな少年に手を差し出す者達がいた、それは悪魔の誘惑だったのかもしれないが、少年は偶然、自分を拾ってくれた者達の元で無から少しずつ物事を積み上げてきた。そうしようという考えに至ったのもある意味、当然の流れだったのかもしれない。

 

ようやく人らしく生き始める事が出来て、最初に感じたのは自分の境遇。家族はなく、友達もいなければ恋人もいない。そして自分が居ていいと思える場所さえも…。

 

ならば、自分がその場所を作ろう。そうすれば血の繋がりは無くとも家族が出来る、共に笑いあえる友人が出来る、自分の全てを知っても愛してくれる恋人も出来るだろう。そして、自分で築き上げたその場所なら、自分の居場所になる…。

 

そう信じた少年は、見事偉業を成し遂げた。それにより、少年の手元には地位、名声、金と全てが入ってくる。外の世界では自分の名前を叫んで喜ぶ人間がいる、札束をレンガのように重ねて頭を下げてくる金持ちがいる。だが、それを見ても少年の心には僅かな達成感など生まれはしなかった。

 

地位が欲しかったわけでもない、金持ちになりたかったわけでもない。欲しかったのは自分の居場所、自分の立場を気にせず笑ってくれる友、そして自分の全てを受け止めて微笑んでくれる女性。それを求めて進んできて、その為なら全てを投げ出しても惜しくはない、そうとすら考えて進んできた。その結果は…

 

 

 

 

 

十一月となり、日の入りが早くなり、街は闇夜に沈む。士道と折紙がそんな街を一望できる高台の公園へと訪れているのを木の枝の隙間から観察する蓮は、ホッと息をつく。

 

今日一日、二人を観察したわけだが概ね平和的なデートだったと言える。まあ、時々折紙の奇行があったものの、今いる公園で二人っきりというシチュエーションは願っても無い状態だ。そんな場で士道は折紙の手をギュッと握る。そうしながら彼女に何やら言っている様子だったが、流石にそれまでは聞き取れない。

 

そんな時、折紙が公園の外縁部に設置されていた手すりから身を乗り出し、何やら空を興奮した様子で指差す。その先では暗い空に流れ星がキラリと横切ったのが見える。

 

この辺りで珍しいと思ったのも束の間、折紙が身を乗り出していた部分の手すりが老朽化してたのか、メリっと音を立てて崩落したのだ。当然、折紙もそのまま放り出されるように落ちていく。

 

それに目を見張ったが、幸い士道が手を掴んでいたためその途中で折紙の身体を引っ張り上げる。何とか折紙を救出し後方に倒れこむ士道だが、その上に折紙が覆い被さるように乗りかかる。予想外のイレギュラーがあったもののもはや天がキスをしろと言っていると錯覚するほどの流れだろう。

 

(ここでいくか…)

 

そんな状況を見て、蓮も手に汗を握る思いだ。だがそれはすぐに危機感へと変わる。暗闇の中で士道の左腕に炎が揺らめくのが見える、それは琴里の治癒の力だ。

 

(不味い…!)

 

今の折紙は、精霊と認識できる現象を見ると〈デビル〉となる。目の前にいる折紙がそれを見過ごす訳はなく、士道を押し倒すような体勢からゆらりと立ち上がる。同時に蓮は翼を羽ばたかせ、木から飛び出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「琴里!琴里!!」

 

『きゃあ!!』

 

インカムから琴里の悲鳴が響き渡る。一心不乱に妹の名前を叫ぶ士道の目には、上空を浮遊していた〈フラクシナス〉が随所から煙を出してそのダメージを露わにしながら高度を下げていく、そんな光景をインカムを抑えながら見ている事しか出来ない。

 

「・・・・・」

 

そして、〈フラクシナス〉を落とした元凶である折紙は胎児のように身体を丸め、周囲に漂う"羽"の先端を士道へと向ける。〈フラクシナス〉の横槍が入ったとはいえ、滅ぼすのは士道であると考えているようだ。

 

「お、折紙・・・」

 

反転した折紙の圧倒的な力の前に士道は動くことができない。こんな状況でも説得をすべきかと考えるが、今の折紙にその声が届くとは思えなかった、結局、士道に何をすべきか考える時間もさせる余裕も与える事なく、折紙は無情にも漆黒の光線を放ちそれは真っ直ぐに士道へと向かっていった。

 

しかし、それと同じタイミングで近くの木からガサガサッと何かが飛び出し、士道と折紙の間に入る。それは折紙が向けた殺意と同じ色をした、真っ黒な鴉だった。瞬間、鴉の身体が光り輝くとその形を人型へと変える。

 

「そういうプロポーズは遠慮願おうか!」

 

光が止んだ時、その場にいたのは今日一日士道と折紙を追跡していた蓮で、その右腕に〈バスター〉を素早く顕現させ光線を弾き飛ばす。その後、慣れた動きでローリングすると士道の前へと移動した。

 

「デートはここまでだ。士道は下がれ!」

 

「あ、あいつを…折紙を止められる算段があるのか?」

 

どうするのかと言わんばかりにそう聞く士道だったが、ため息をしながら細目で睨んできた蓮の反応が語っていた。『そんなもの、俺が知りたい』と。だが、戦う方法が無いわけではない。蓮は左腕に銀色の金属質な輝きを放つ籠手、〈ウィトリク〉を装備すると、その腕を折紙に伸ばす。

 

(俺はあいつと中遠距離で戦っていた…)

 

七罪から聞いた過去の自分の判断を信じ、籠手を稼働させる。腕に装備された籠手はカチャカチャと音を発しながら動き、縦に小さな弾丸のようなものが連なったマガジンを露出させる。それらは上から順に低い音を立てながら発射され、折紙へと向かっていく。

 

「・・・・・」

 

折紙はそれらを見ても回避することはなく、後部から銀色の粒子を噴出させた弾丸は次々折紙へと命中し、白い煙でその姿を隠す。計八発の弾丸が全て命中し、辺りには季節だけではないヒンヤリとした空気が漂う。

 

折紙を隠した煙は次第に晴れ、隠していた部分を明かしていく。それらの地面では霜が張り付き、草木も完全に凍りつきまるでガラスのようにバッキリと砕け、生命活動を終えている。しかし、そんな中でも、折紙は何もなかったかのようにうずくまり、存在していた。

 

「なっ…!」

 

「あぁ…なるほど…」

 

折紙が平然としていた事も驚いたが、彼女を守るように出現している霊力の障壁(・・・・・)を見て引きつった笑みを浮かべざるえなかった。直接攻撃だけでなく、周りの環境からも防御したと考えるとかなりのものだろう。そして、同時に理解した。自分は遠距離で戦っていたのは有効だからでは無く、あれ(・・)があったからだと。

 

「あれをどうにかしなきゃ折紙に近づけない…、何か方法は…」

 

文字通り折紙との壁を目にし、士道は何か探すように辺りを見渡す。それに対し蓮は折紙だけをジッと見つめ小さく息を吐く。同時にその右手に赤色の粒子が集まり武器を形作っていった。

 

「何か方法だって?そんなもの…」

 

光が収まった時、その手に握られていたのは柄頭が繋がり両手剣の姿となっている〈トナティウ〉だった。ただ、その刃は今まで見た薙刀状では無く、槍のように先端の尖った刺突に適している形となっている。

 

「一点突破しかないだろッ!!」

 

愚問とばかりに叫ぶと、左足を強く踏み出し剣を折紙に向けて投擲する。人の手で投げられたとは思えない音とスピードで投げられたそれは、折紙とを遮る障壁に激突し派手な音と火花を散らす。

 

「すげぇ…これなら…」

 

「チッ…予想以上だな…」

 

障壁とぶつかり、互角の戦いが起こしている〈トナティウ〉に驚きと希望の表情を浮かべる士道に対し、蓮は目を細め舌打ちをした。何故なら最初こそは障壁に突き刺さり削っていた〈トナティウ〉だったが、ゆっくりと壁に押し返されるのを見たからだ。時間経過で勢いが落ちたのもあるかもしれないが、それ以上に折紙を守る障壁が硬すぎる。

 

一点突破力が最強の〈トナティウ〉ですら突破するのは不可能。そう判断した瞬間、障壁とぶつかっている剣がオレンジ色に輝いたかと思うと、爆発し辺り一面に黒煙を振り撒いた。

 

「ゲホッ!ゲホッ!な、何が…」

 

いきなり起きた出来事に煙に咳き込みながら疑問を口にする士道だが、その手を誰かが掴み『こっちに来い』と言わんばかりに引っ張る。いや、青く輝く手で引っ張る人物など考えなくても分かるだろう。

 

「お、おい!どうしたんだよ!何とかなるそうだったのに!」

 

「いや!もう押し返されていた!予想以上に守りが硬すぎる!」

 

蓮は反論許さないとばかりに叫ぶ。ではどうするのかと士道が聞く前にそれに続けて話し出す。

 

「もう手元の武器じゃどうにもならない!一先ずこの黒煙に紛れて折紙から姿を隠す!あいつが〈デビル〉から元に戻るのを待つんだ」

 

精霊を目撃して〈デビル〉となる折紙が、精霊を見失うと元に戻る可能性を考えての作戦だった。折紙が元に戻ったのを確認した後、士道が何食わぬ顔で合流すればいい。その間、蓮も〈フラクシナス〉のクルーの救助に行けばいいだろう。

 

だが、これは『もう作戦がない』と語っているのと同じだ。それに折紙が二人を探して周囲に攻撃を始める可能性もある。とはいえ、どちらにしろ姿を隠して動向を見守るのが先決だ。蓮に引かれるがままに走る士道だったが、いきなりその手が下に引っ張られるように沈み動きが止まる。

 

「うわっ!ど、どうしたんだ?早く逃げなきゃ…」

 

「まさか…こんな時に…」

 

いきなり下に腕を引かれた事に驚きつつ、疑問の声を上げる士道。蓮も動揺と苦しみの混ざった声を煙越しに発する。下に引かれた事から考えると、横たわっていないながらも、膝をつき動けないのだろう。何か攻撃を受けたようには見えなかった。すると何故と考えた士道に数日前の出来事が思い起こされる。

 

これは数日前に学校で起きた時と同じだ。狂三は『力を使い過ぎた副作用』だと語っていたが、もう平気だと思っていたものがこんなタイミングで来るとは予想出来なかった。それは蓮も同じだろう。

 

「くそっ…しっかりしろ!ここから離れるんだろ!?」

 

動けないと理解した士道は、蓮に肩を貸し無理矢理動かし進む。しかし、力に関しては一般人の域を出てない士道にはゆっくりと引きずるようにしか動かす事が出来ない。ノソノソと動きなか、蓮は口を開いた。

 

「俺の事は良いから、お前は逃げろ。自分の身ぐらいは守れるから…」

 

「そんな事出来るかよ!急いで隠れなきゃ…」

 

「いい加減にしろ!二人とも死ぬぞ!」

 

いくら言っても手を離さない士道に蓮は声を上げる。だが、それでも士道は自分を引っ張り続ける。どこで頑固になってるんだかと内心苦笑いを浮かべるが、黒煙を数本の光線が貫き、二人の生命線とも言える目眩しを晴らした事でそんな事も出来なくなってしまった。

 

「もう手遅れだ!お前だけでも!」

 

「ダメだ!捨ててなんか行けねぇよ!」

 

煙幕が消えた今、折紙から見たらノソノソと動く二人は格好の的だろう。今度は外さない、そう言わんばかりに彼女の周囲に漂う"羽"がその先に霊力を集中させる。最悪、士道だけでもと思い、横に突き飛ばそうと蓮がその肩に触れた瞬間。

 

「はああああ!!」

 

上空からそんな声が聞こえてきたと共に限定霊装を顕現させた十香が、巨大な剣を振るい漆黒の"羽"を吹き飛ばす。

 

「無事か!?二人とも」

 

「十香!」

 

「いいタイミングで来てくれた、感謝するよ」

 

士道は少女の名前を叫び、蓮はナイスとばかりに親指を立てる。なんともたくましい増援に安堵する二人だが、援軍は彼女だけでは無いらしく、巨大パペットの背に乗った四糸乃、光の鍵盤を体の周囲に出現させた美九、空には風を纏う八舞姉妹の姿がある。そして…。

 

「あぁ!どうしたの!?何か大きな怪我でも…!!」

 

そんなヒステリックな様子で、大人の姿となった七罪は地に降り立つと、蓮を士道から引き剥がすように自分の胸元に引き寄せると怪我がないか身体中を触り始める。大人姿の性格らしく無い、狼狽した様子の彼女に蓮は落ち着けと言わんばかりに手で制す。

 

「大丈夫。怪我をしたわけじゃ無い。でも、少し身体に支障が出ててね。立ち上がる事が出来ないんだ」

 

何時もと比べて力無い様子が七罪を不安にさせたらしい。確かに普段の自分らしく無いと我ながら思う。そんな七罪に怪我をしてないことと、今の自分の状態を伝える。それを聞いた七罪はホッと息を吐くが、すぐに鬼の首を取ったような得意げな表情を浮かべる。

 

「ヘェ〜、今は自由に動けないの…。なら、お姉さんが抱っこしておいてあげるわ。これなら大丈夫でしょ?」

 

一本取ったとばかりの様子で強く抱きしめる。その時豊満な二つの塊が身体に押し付けられる、普段、手玉に取られてるので仕返しのつもりだろうか?全くとばかりにため息をすると折紙を指差す。

 

「それは助かる。それで、鳶一 折紙、あいつはどうする?」

 

「鳶一 折紙…?あれがあの転校生なのか?」

 

その一言で皆の意識が折紙へと向いた。圧倒的な威容は放ちながら降臨するその姿。それを見た十香は確かめるように聞き返し、士道と蓮は首を縦に振る。そう聞きたくなる気持ちも分かる、〈デビル〉が昼間に一緒の教室で過ごしていたクラスメイトなど信じられないし考えられないだろう。

 

「みんな、あいつを…折紙を助けるのに手を貸してくれ…」

 

士道のことだ、本当は皆に逃げてくれとでも言いたかっただろう。だが、そうしたところで自分一人に折紙をどうにかする事は出来ない。それを理解し、申し訳なさそうに発した言葉に精霊たちはキョトンとした顔をする。何やら呆気にとられた様子だ。

 

「何を言っている。私たちは二人を助けるためにここに来たのだ。シドーがダメだと言っても手伝うからな」

 

「私とよしのんもお力になりたいです…」

 

「もう!ここで『逃げろ』だなんて言われたら、私たちが何で来たか分からなくなっちゃうじゃないですかー」

 

「年下の男の子二人が頑張ってるんだから、お姉さんとしても手を貸さない訳にはいかないんだから」

 

「かかか!よかろう!その覚悟に応え、我ら八舞が力を貸すとしよう!」

 

「請負。空は夕弦と耶具矢に任せてください」

 

上空にいる八舞含めて、皆が協力の意思を言う。そんな中、七罪に抱きしめられている蓮は自身の右腕を見つめる。今は衰え小さな青い輝きを放つそれは蓮の今の状態を表現していると言えるものだった。

 

(足りないからこそ…足りない者同士が身を寄せ合い、成功に向かおうとする…。俺は…)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

暗い冬場の空を、三つの影が飛び交う。その正体は耶具矢、夕弦の八舞姉妹。そして天使〈贋造魔女(ハニエル)〉に乗った七罪と蓮だ。それらは複雑な軌道で空を飛翔し、そのすぐ後ろを複数の黒い光線が通り過ぎる。

 

「地上は無視して、空を一点狙い…か」

 

「そうね、奇襲を恐れてかしら?」

 

飛んでくる光線を避けながら、それを飛ばしてくる折紙を観察する。現在折紙は地上の十香達を気にもとめず、空にいる者達に向けて一方的な攻撃を繰り返していた。それらを耶具矢、夕弦、七罪は見事な動きで避け切っているものの、苦戦しているのには違いない。

 

足を動かせない蓮は、地上では機動性が皆無だ。それをカバーするため七罪が〈贋造魔女(ハニエル)〉が乗せて共にいてくれているというのに、執拗と言える攻撃の巻き添えにしてしまうとは申し訳ない気分になってしまう。

 

「くく、奴とて宙を舞う我の存在は無視できぬ脅威と感じてるようだな!その判断褒めてやろうではないか!」

 

「思考。恐らく地上にいる十香達から攻撃を受ける心配が無いので夕弦達を狙っているのではないでしょうか。厄介な方を最初に攻撃しているだけです」

 

「え?そうだったの!?私、ただ勘違いしていた恥ずかしい奴じゃん!!」

 

羞恥で顔を赤くしていても、きっちり回避をこなすのは流石の八舞姉妹と言えるだろう。そんなやりとりを聞きつつ、地上に目を向ける。そこには攻撃しているものの全てあの障壁に拒まれ、道を開けずにいる十香達が見えた。

 

(うーん、士道くん達に攻撃がいかないのは助かるけど、苦戦している以上助けに行かないとダメね…。だけど…)

 

七罪は心の中でそう思いつつも、心配の目を蓮に向ける。今の彼はいつもと違い無理が出来ない状態だ、そんな状態で折紙に立ち向かっても守りきれる自信が無かった。八舞姉妹の助けでどうにか凌げている現状で、これ以上の無茶は危険だろう。しかし、折紙はそんな事を考慮してくれるはずはなく、攻撃はどんどん熾烈になっていく。

 

単純な光線だけでは落とせないと考えたのか、折紙本体から新たな"羽"が複数出現し、それらは彼女から離れ七罪達のいる空へ向かっていく。蓮はそれらには見覚えがあった。あれは折紙から離れ単独で攻撃してくるタイプのものだ。

 

「七罪!耶具矢!夕弦!あの羽は個々が独立して攻撃してくる!死角に注意しろ!」

 

「は?独立ってどういう、きゃっ!!」

 

最初は蓮の言った事を事を理解出来ない様子の耶具矢だったが、飛翔する"羽"の先端から発射された光線が真横を通過するのを見てそんな女の子らしい悲鳴と共に、その意味を理解した。地上からの攻撃に加え濃くなった弾幕に七罪はキッと歯を噛みしめる。

 

「蓮くん!落ちないようにしっかり掴まってて!」

 

七罪のその声と共に、〈贋造魔女(ハニエル)〉はスピードを上げ、光線の合間を駆けていく。地上でも空で起きている異常を知ったらしく、避け続ける二人に耳に戦っている十香の声が聞こえてきた。

 

「大丈夫か!?二人とも!今、助けに…」

 

「いえ!こっちの事は気にしないでいいわ!十香ちゃん達は目の前の事に集中してちょうだい!」

 

そう言ったのは七罪だ。ただでさえ火力不足の現状で、十香達の手をこちらに割く訳にもいかないだろう。それを聞いた十香は悔しそうに顔を俯かせ、その思いをぶつけるかのように折紙を守る障壁に剣を叩きつける。そんな光景を横目で見た七罪は自虐気味の笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、強がっちゃって…」

 

「確かにらしく無いな。まあ、今の俺程じゃ無いけど…」

 

避け続ける今の状態で本音を言えば、助けが欲しかっただろう。それぐらい一緒にいる蓮にも分かっている。しかし、それを迷惑とは感じない。そんな事を言ってはベッタリと七罪にくっついている蓮の方が邪魔な存在となってしまう。そんな心情を察した七罪は額に汗を垂らし、小さく笑う。

 

「本当は、あなたみたいに何でも一人でこなして見たかった…、でもそう上手くはいかないわね。今の私に出来るのはこんな強がりをいう事ぐらい…」

 

「誰かのために嘘をつけるのは恥じゃないさ。気にしなくていい」

 

そう言いながら、蓮は自分の身体を七罪に密着させる。激しく動き回るなか、振り落とされないようにするためかと思ったがそこから言葉を続ける。

 

「でも、俺はそれに存在意義を見出してしまった…。他人を邪魔者扱いして、一人で全部やって…」

 

小さな声だった筈なのに、それは一字一句逃す事なく七罪の耳に入ってきた。普段の様子からは思えない、暗く公開の篭った声だった。その雰囲気を異常に思い、自分にしがみつく蓮を七罪は見つめる。

 

「蓮くん…あなたは…な『注意。二人とも後ろです!』ッ!?」

 

七罪の声を遮るように夕弦の声が聞こえ、二人は背後を振り返るとそこには先程から二人に攻撃をしている自律飛行型の"羽"があり、その先端を向けていた。会話に夢中だった二人は夕弦の声でそれに気付き、動揺を露わにする。

 

「〈颶風騎士(ラファエル)〉ーーー【穿つ者(エル・レエム)】!」

 

だが、瞬間、耶具矢の天使の名が聞こえると共に強風が巻き起こり、"羽"の狙いを中央から僅かにズラす。そのタイミングで先端から発射された光線は二人のすぐ横を通過し消えて言ったがそれによって発生した衝撃が二人を揺らした。

 

「きゃっ!!」

 

「ッ!」

 

衝撃で揺れる〈贋造魔女(ハニエル)〉。それを掴み必死に耐える七罪だが、蓮のその衝撃で七罪から手を離してしまい天使から投げ出されるように吹き飛ばされた。その現実に七罪は目を見開く。

 

「っ!手を伸ばして!!」

 

「七罪!!」

 

ほぼ反射的と言える動きで七罪は腕が千切れると錯覚するほどに腕を前に出す。蓮の方もその手を掴もうと右手を伸ばすが、惜しくも二人の手は指先が僅かに触れ合っただけで終わり、蓮は地上へと落ちていく。今いた高さからの落下は人間を即死させるのには十分だろう。

 

「クソ…!」

 

普通なら風を操る〈エカトル〉を出現させれば体勢を立て直せるような状態だが、今の蓮にはそれをする事は不可能だ。落ちながらも何か手は無いかと考え、地面に顔を向ける。さっきまで公園の上空を飛んでいたため、運良く木の上にでも落ちれば死ぬ事は免れるかもしれない。そう思い自分の落下先を確認すると、丁度よく枝だけの木が自分の真下に生えていた。しかし、それを見ても安堵の気持ちにはなれなかった。

 

「嘘だろ…」

 

命を助けてくれるであろう木と、落下する蓮との中間地点であろう場所に、黒い"羽"が待っていたと言わんばかりに浮遊しており、その先端は上を向いていた。今は落下している状態であり、待ち構えるように"羽"は存在している。これでは回避のしようがないだろう。その現実を理解しその死神を呪うように睨みつける。

 

「ダメよ!!」

 

だが、聞き覚えのあるその声でその意識は空へと向けられる。そこには蓮の落下しているルートをなぞるように七罪が急降下し、蓮に向かっている。七罪にも待ち構えている"羽"に気づいているだろう、それでも七罪は自分の恋する少年を救うために我が身を危険に晒している。

 

(な…つみ…)

 

自分の落下速度以上のスピードで接近してくる彼女に自然と右腕が伸びる。七罪からも伸びた手がそれを掴んだのは、"羽"から光線が撃たれたのとほぼ同時だった。七罪が蓮を胸元に引き寄せる頃には光線は二人の目前にまで迫っている。ここから体勢を立て直し、離脱する時間は無い。

 

(絶対に死なせない!!)

 

七罪はその光線から蓮を守ろうと強く抱きしめる。咄嗟の行動なのか、それとも霊装があるからそうしたのかは分からないが、今の限定的な霊装では完全に防ぎ切ることは出来ない。そんな七罪の腕の中から前を見る蓮の視界は闇に覆い尽くされた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

閉じていた瞼をゆっくり開くとそこは青い輝きが広がっていた。視界に広がるのは青い水晶のようなもの、それらが地面に広がり地平線の彼方まで広がっている。そんな場所でたった一人、ポツンとその場に立ち尽くしている。

 

「・・・・・・・」

 

そんな状態で何かをするわけでも無く、果てしなく続く空を見上げる。自分は誰なのだろう?何でこんな所にいるのか、そんな事をまるで他人事のように考えていると、周囲の水晶が何やら光り始め、周囲に変化を及ぼす。

 

「・・?」

 

周りの水晶は自身と同じ青い光を発すると、その表面から青い粒子を放出し始める。まるで花が花粉を撒くのにも似たその現象。瞬く間に周りにその粒子が漂う。それらは突如、一箇所に集まり始め人の姿を形作った。

 

一糸纏わぬ姿であるその者の瞳は真紅とも言える赤。髪型はカジュアルな雰囲気を感じさせるロングで、その長さは腰まで届いておりその髪色は茶色だ。それらが目を引くポイントだが、一番気になったのはその容姿だった。恐ろしいほど中性的(・・・)だったのだ。

 

美少年と見ようとすればそう見えるし、美人と見ればそうとも見える。まるで『ルビンの壺』を見ているような不思議な見た目をしている。しかし、隠す事なく晒された裸体のラインは丸みを帯びているもので、胸元の二つの膨らみがその者の性別を教えてくれた。

 

『僕はあなた…、あなたは私…』

 

頭の中に響いてきたその声、まるでテレパシーでも受けているような感覚。それに不快感に頭を押さえながら、目の前に立つ少女を睨みつける。

 

「お前が俺だと?意味が分からないな」

 

ーーー俺の瞳の色は青だ。赤色じゃない。

 

ーーー俺の髪はそんなウザったく伸びてない。

 

ーーー俺は男だ。女じゃない。

 

目に見える情報全てを否定する。だが、相手は首を横に振り否定の意思を表すと、空中を浮遊しながらこちらに近づいてくる。

 

『僕はずっと見てきた、君の中で。そして狂三は君と出会った…』

 

「狂三…」

 

目の前にいるこいつが何故狂三の名を知っているのか、そんな驚きを顔に出す事なく、警戒を続ける。少女は目の前まで接近すると右手を前に伸ばし始めた。

 

『君はやがて、私と同じ最後を迎えるかも…。でも、それは今じゃない。そうならない為…少し、借りるよ』

 

それはどういう意味か聞こうと口を開いた時、その手は額に触れる。瞬間、少女の身体は弾け、粒子へと戻る。それらは自分の身体へと一体化するように入っていく。同時に地面に膝をつき両手で頭を押さえた。

 

「があっ…!くう"う"あああぁぁ!!」

 

自分が自分じゃなくなるような感覚、あるいは何かが頭に入ってくるような苦しみに目を強く閉じ、歯をくいしばる。そんな状態は少し続き、やがて苦しみは収まり両手を力無く下ろす。そして、目覚めるかのように閉じていた瞼を開く。

 

開いた目が映る床の水晶。そこには青以外の赤色の輝き(・・・・・)が鈍く反射した。

 

 

 

 

七罪は閉じていた目を慎重にゆっくり開く。来るであろう激痛や衝撃は無く、身体は健康そのものの状態だ。無論、それらを感じる暇もなく即死した可能性もあるが、それにしても何か起きてもいいだろう。怯えるように目を開きながら、顔を上げ前を見てみる。そこには青い光(・・・)が広がっていた。

 

(えっ?…これって…)

 

自分たちを包むように存在する青い光、それは〈バスター〉が生み出す巨大な青い手だ。これが二人を守ってくれたのだろう。だが、これを出したであろう蓮は、戦える状態ではなかった筈だ。だとしたら何故これを出す事が出来たのだろうか。

 

「もしかして、もう動けるようになったの?だとしたらこんな戦況も覆せるわ!」

 

「・・・・・・」

 

喜ぶ七罪に対して蓮はまるで無視してるかのように何も言わない。その視線は圧倒的存在感を放つ折紙へ向けられている。

 

「蓮くん…?」

 

流石に七罪もそれに違和感を感じ、不安そうな声音で彼の名を呼ぶ。瞬間、二人を包んでいた〈バスター〉がその手を開くと、そこに柄のない巨大な剣が出現し握られる。それをついさっき光線を放った"羽"を薙ぎ払うかのように横に振る。

 

一閃の剣

 

まるで空間が震えたような音と共にそれは振られ、"羽"を綿埃のように吹き飛ばし粉砕する。

 

「こ、これって…」

 

衝撃で揺れる〈贋造魔女(ハニエル)〉にしがみつきながら、七罪は見覚えのあるそれに驚きの声を出す。その力を見たのは十月、街に落ちて来る人工衛星を破壊したものを思い出させる力、いや、形こそ違うがそれと同じものだ。そういう確信がある。

 

「…あれ、気に入らないね。何とか潰したい、協力してくれる?」

 

「えっ…?えっ?」

 

一瞬、自分に話されていると理解出来ず、そんな声を漏らしてしまう。蓮の言う"あれ"とは折紙の事を示しているのだろうが、今の蓮は話し方や雰囲気が別人と言っていいほど違った。そんな彼に戸惑っていると、左手が七罪の左頬に添えられ、強引に蓮の方向を向かされる。それで初めて七罪は気づく、彼の青い瞳が真っ赤に染まっている(・・・・・・・・・・)事に。

 

「協力してくれるの?くれないの?どっち?」

 

「え…ええ、何をすれば良いの…?」

 

拒否は許さないとばかりに見つめられ、それに屈した七罪。その返答に満足とばかりに顔を折紙に向ける。しばしの間それを観察した後、口を開く。

 

「あれを強襲したい、方法は上から突っ込む。何とか近づいて欲しいけど単純な動きは避けて、不規則な動きでお願い」

 

「わ、分かったわ…」

 

言われた事を頭で復唱し、七罪は〈贋造魔女(ハニエル)〉を操作し動き出す。そのタイミングで耶具矢、夕弦についていた"羽"が二人に向かっていく。折紙もこの異変を感じ、処分しようとしてるらしい。

 

「安堵。二人とも無事でしたか。ですが、それは…」

 

「耶具矢ちゃん!夕弦ちゃん!巻き込まれないように二人は離れてて!」

 

助けに入ろうとする二人に、七罪は声を上げ離れるように促す。今、全ての"羽"が二人に集中し、弾幕を張っている。取り敢えずは耶具矢達に攻撃が行く事はないが、そのせいで折紙にまともに近づけず、避け続けるのが精一杯だ。そんな状態に蓮は目を細める。

 

「…邪魔だな」

 

鬱陶しくそう言うと、〈バスター〉が手に持った剣を振るう。それにより複数の"羽"が文字通り消えた(・・・)。腕は破壊を振りまく剣を容赦なく振るい破壊する。五回も振る頃には、二人への攻撃は折紙の地上からの攻撃のみとなった。

 

「これなら…真上から突っ込むわ!掴まってて!!」

 

攻撃が緩んだのを好機と見た七罪は、折紙の真上へと移動すると急降下し距離を縮めて行く。これを逃したら折紙は新たな"羽"を出現させるに違いない。流石にこれ以上攻撃を避けきる体力は残っていない七罪は、このアプローチに全てを賭ける。

 

決死の覚悟で突き進む七罪。しかし、折紙からも突っ込んで来る二人は狙いやすいのも事実だ。さっきと比べ狙いが向上した光線は、進む二人の真正面から向かって来る。避けきれないと思い、〈バスター〉の持つ剣がその形を崩し始めるが、七罪は読んでたとばかりに横に移動し、光線は空へと消えて行く。

 

「そんな単純なもの、いくらお姉さんでも当たってあげられないわよ!!」

 

左右へ移動し避けながら接近して行く。そして、折紙が剣のリーチ内になった瞬間、その剣先を折紙を守る障壁に突き刺す。凄まじい音と共にぶつかり合う剣と障壁。それにより障壁全体が大きく乱され、脆くなる。その障壁にさらに二つの影が近づく。

 

「はあぁぁぁ!!」

 

「ん・・・ッ!!」

 

十香と四糸乃、二人が脆くなった障壁のさらに一点を狙い、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉を振るう。それにより、障壁に隙間をこじ開ける。

 

「シドー!」

 

「士道さん…今です…!」

 

「ああっ!」

 

その機を逃す事なく、士道は折紙に会うべくその隙間に身体を潜り込ませ進んで行く。

 

「やったわ!きゃっ!!」

 

七罪がそれを確認し喜びの声を上げた瞬間、障壁を揺るがしていた〈バスター〉が突如消え、周りにいた十香、四糸乃、七罪、蓮は吹き飛ばされた。特に蓮は〈贋造魔女(ハニエル)〉から投げ出され、地面を転がる。

 

「蓮くん!!」

 

七罪は急いで立ち上がり地面に横たわる蓮に近づき、呼びかける。万が一という不安が胸の中に燻るが、蓮は苦しそうな呻き声と共に自分の身体を起き上がらせる。

 

「大丈夫…生きてるよ。どうにかだが」

 

「良かった…、心配したんだから…」

 

「気に入ってた服が汚れだらけだ。俺はそっちが落ちるかが心配だよ」

 

ここで話し方がさっきまでとは違うことに気づき、七罪はコッソリその目を見てみる。すると、そこにはいつも通りの青い目があり、さっきまでの赤眼は嘘のように無い。一体どう言う事なのか。

 

「で、どうなった?士道は…」

 

「えっ?士道くんなら、中に入って行ったのが見えたわ。あなたのおかげで障壁に隙間が作れたの」

 

「俺のおかげ…?ああ、そうだったかな…」

 

まるで忘れてたように呟いたそれに、驚きと疑問の混ざったような顔をする。なんだか会話が噛み合ってないような気すらするのだが、その疑問は凄まじい霊力を放つ〈デビル〉の闇が、純白に染まって行く現象によって意識がそちらに向けられる。

 

「あれって…」

 

「…士道がやってくれたみたいだな」

 

急激な変化に驚きの声を出す七罪に、事の理由を静かに告げる。それに続いてその白い霊力はキラキラと軌跡を残し消えて行く。恐らく純白に埋め尽くされた向こうでは、半裸の折紙が士道と共にいるのだろう。そんな事実を想像し、呆れるようにため息を吐く。

 

しかし、消えて行く霊力の中に、他のように消えず漂うものが存在した。それらはゆっくりと蓮の元へと向かって来ると、右腕に吸い込まれるように入っていく。恐らく今までのように何か新たな力が手に入ったのだろうか、だが今はそれを確かめる気力は無かった。

 

それが起きたのと同じタイミングで霊力は消え去り、そこには士道とそれに身を委ねている半裸の折紙が存在していた。まさに想像通りの絵面にここまで来るとため息すら出てこない。それに対し七罪はクスリと小さく笑う。

 

「ふふ、折紙ちゃんったら…」

 

その言葉に違和感を感じ彼女の顔を見つめる。この世界で七罪に折紙の顔と名前を教えた記憶は無い、なのに何故彼女は折紙の事を知っているのだろうか。

 

「七罪…、お前、折紙の事を知っているのか?」

 

「ん?ええ、勿論よ。でも何だか忘れてたような気がするのだけれど何でかしら?」

 

あれ?という感じで首を傾げる七罪を見て静かに考える。何の理由もない偶然にしては出来過ぎたタイミングだ、だとすると折紙の霊力が封印された事がトリガーとなっているのが考えるのが普通だろう。そして、七罪だけに発生した訳ではなく、精霊全員にも同じ事が起きていると予想出来る。

 

「…はぁー」

 

まあ、正直理由なんて今は考えるのも面倒だ。もう動かないとばかりに七罪の抱きつき、その腕を首元へ回す。

 

「疲れた…とにかく疲れた…」

 

「…そうね。いつも以上に今回は大変だったわ」

 

その意思を汲み取った七罪は、蓮を背負い皆が集まりつつある士道達に歩いていく。微笑みを浮かべながら歩くその姿は、まるで弟を慈しむ姉にも似ていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

折紙の霊力封印から三日後である十四日の朝。学校の下駄箱で上履きに履き替えながら、蓮は今日が何の日かを思い返す。間違っていなければ、今日は検査を終えた折紙が学校へ登校してくる日だ。

 

(あいつはもう教室にいるかな…。いや、何を考えてるんだか…)

 

階段を上りながら、人知れず浮かれたような気分でそう思う。だが、ハッと我に返り何を思っているんだと頭を振る。自分にとって、折紙など変態で、無愛想で、思い入れなど何もない女だったはずだ。しかし、そう考えると何であんな危険な事までして救うのを手伝ったのだろう?同情か、それとも〈フラクシナス〉での自分の役目だと割り切ったからか。

 

気分を落ち着かせようと缶コーヒーを買った後、それを飲みながら自分の教室の扉前まで立つ。折紙が居ても居なくてもいつも通りだ。そう言い聞かせ扉を開ける。

 

「ん?なんだ、蓮か。おはよう」

 

「おはよーだぞ。レン」

 

扉から最初に見える真ん中の位置にいた士道と十香が挨拶をしてくる、蓮もそれに「おはよう」と答える。

 

「何だとはご挨拶だな。その様子だとあいつは…まだ来てないか」

 

「あ、悪い…ついうっかり。琴里からは今日から来るって言われてたもんだから…」

 

「司令官殿からか。そういえば、元気?大怪我はないって聞いたが」

 

その質問に士道は力無く笑う。折紙に攻撃された〈フラクシナス〉だったが、どうにか船員全員に大きな怪我もなく、全員無事だったらしい。ただ、〈フラクシナス〉は激しく損傷し、今は動かせない事を琴里は大変ご立腹な様子らしい。

 

「うむ…やはりレンも折紙とまだ会ってないのか?」

 

「ああ、俺もまだ会ってないかな。って、十香はいつの間に"折紙"だなんて呼ぶようになったんだ?」

 

十香といえば、折紙とは犬猿の仲で彼女の事はフルネームで呼んでいた筈だ。まあ、自分もいつの間にかそう呼ぶようになっていたため、人の事を言える立場ではないのだが、何とも意外な事だ。おちょくるように言われたそれに、十香はハッと目を見開き、慌てながら返す。

 

「べ、別に深い意味はないぞ…。何となくだ…」

 

「そうか…そういえば、こっちも聞きたい事があったんだ。まあ、相談みたいなものだけど…」

 

「む、レンからの相談だと…?」

 

相談とは珍しいと思ったらしい二人は、興味津々とばかりに身構えた。そんな二人を焦らすように手に持った缶コーヒーを呷った後、口を開く。

 

「何で折紙を助けたんだろうなって…。別にあいつとは仲がいい訳でも無かったのに」

 

何とも抽象的というか、ハッキリしていない疑問だ。そんな相談に、十香は「むむむ…」と声を出し考えている様子だ。すると、確かめるように蓮の方を向く。

 

「うーむ、レンは折紙を助けた事を後悔しているという事か?」

 

「いや、そんな事はないさ。ただ、危険があったのに何でそんな事をしたのかなと」

 

ここまで考えると、哲学の部類まで入ってしまいそうな気すらする。考えるたびにまるで底なし沼にハマっていくような疑問の数々。十香もそれに的確な言葉が見つからない様子らしく頭を悩ませている。そんな状況で言葉を発したのは意外にも士道だった。

 

「そういえば、前にも似たような事を聞いて来たよな。なんか気分がスッキリしないとか言って…」

 

士道の言う"前にも"の時とは彼の家で〈デビル〉の映像を見た時を示しているのだろう。確かにあの時そのような事を聞いた気がする、ただ、その後で琴里達が乱入して来たので返事は聞けずじまいだったのだが。それを思い出し「そういえばそんな事を聞いてたな」と返す。

 

「その時言おうと思ってたんだが、納得出来てないってことは、蓮も何やかんや言いながら折紙の事を大切に思ってたんじゃないのか?十香達みたいにな」

 

「大切に思ってた?俺があいつを?」

 

冗談にしては中々のものだが、士道の表情は真剣でジョークなどを言っている様子では無かった。何より蓮自身がそれを聞いてもピンと来ないのだ。あり得ないとばかりにその答えを鼻で笑うと、近くにいた十香に正面からぎゅっと抱きしめた。

 

「まあ、お前が言った事が事実だとしても、愛でるのは十香の方に変わりないからな。こんなに可愛いし」

 

プイッと不貞腐れるように言うと、抱きついた十香に身体を密着させ、髪や首筋などに顔を近づけクンクンとその匂いを堪能し始める。その行為に恥ずかしさと擽ったさを感じた十香は顔を真っ赤に染めるものの、振り払おうとはせずされるがままだ。

 

「ふう、ご馳走様。十香は相変わらず抱きしめ甲斐がある」

 

「あわ…あわわ…」

 

気のせいか満足気な蓮に対し、十香は赤くなりフリーズしてしまった様子だ。蓮が十香にこう言った過激なアプローチは毎日のようにしているが、相変わらず十香の方は慣れないらしい。そんな光景に力無く笑う。

 

十香をクラッシュさせ、ひと息つこうと手に持った缶コーヒーを再度呷る。だが、そうしても口の中に癖のある苦味と香りが広がらない。それを不思議に思い中身を見てみるとコーヒーは残ってなかった。どうやら、質問前に飲んだのが最後だったらしく飲み干してしまったのに気づかなかったようだ。

 

とりあえず空き缶を捨てにいくと一言言った後に教室を出て廊下を歩く。登校してくる多くの生徒とすれ違いながら、士道の言っていた言葉について考えてみる。

 

(大切に思ってた…それは、俺が"あの人"に抱いてるものと同じなのか?)

 

あの人とは、自分の全てと言える女性だが、それは十香や狂三の事ではない。自分の起源でありDEM内で生き残る知識を授けてくれた人。エレンの妹である、カレン・N(ノーラ)・メイザース。彼女はこの世で一番尊敬してると言っても過言では無い人物だが、折紙と同じ見方が出来るかと聞かれれば答えは否だ。

 

「ちっ…何なんだか…」

 

分からない、人を大切に思うとは何か。恋とは、愛とは。それが無いなら何故自分はあんな危険な事に身を投じ続けているのか。そのイライラをぶつけるかのように見えたゴミ箱に空き缶を投げる。そこそこ力を入れて投げた空き缶だが、惜しくもゴミ箱の手前で下に落ちていく。その瞬間、突如発生した小さな"竜巻"が空き缶を巻き込みもう一度上に吹き飛ばし、中に入れる事に成功させた。

 

その結果を興味ないとばかりに横目で見届け、来た道を戻り始める。優等生と言える折紙ならそろそろ教室に到着してもいい時間帯だろう。教室の扉に手をかけると、室内から何やら騒がしい雰囲気を感じる。やはり、折紙はもう到着しているらしい。そう確信し室内へ踏み込む。

 

「…は?」

 

最初の第一声がそれだった。教室内には隣クラスの耶具矢と夕弦がおり、二人も折紙の様子が気になってこちらに来たのだろう。だがそれ以上に気になる事はちょうど正面に立っていた折紙だ。長かった髪は肩口で切り揃え、顔は無表情のよく知っている姿に戻っていた。そして、オマケとばかりにその両手には犬耳カチューシャ、尻尾、革製の首輪が握られている。どんな事情であろうと学校に持ってくる物ではないだろう、予想通り周囲では何やら変な噂が囁かれているらしい。

 

そんな事を気にもせず、教室に入って来た蓮を見た折紙は、手に持ったそれらを足元にあった鞄に戻し、無表情で目の前まで歩いてくる。どうやら身体に支障はない様子だが、こう向き合うと気まずい…というか、何を話していいのか分からないのが本音だ。

 

何とも話題に困った蓮は、取り敢えず無難な話題で切り出してみる。

 

「髪型…元に戻したんだな。俺は前の方も好きだったけど」

 

「・・・・・・」

 

そう言っても折紙は何も言わず、ただジッと蓮を見つめてくる。一体何をしているのか思っていると、自身の右手を前に差し出す。

 

「あなたに謝罪と感謝がしたい。あなたを含めた皆に私は救われた」

 

「あっそう…」

 

別に礼を言ってくれるのはいいが、真顔で感謝などと言われても怖いだけだろう。特に折紙という少女に限っては何とも言えない不気味さを醸し出す。それに少々引き気味で返答し、その手が握手のために差し出されたものだと理解する。

 

「今までとは違い、十香達とはともかく、"蓮"、あなたとは親密な関係でありたいと思う。望むのなら、十香にしているよう私を好きに撫で回しても構わない」

 

今までフルネームで呼んでいた折紙が、初めて下の名前で呼んだ。その事実に多少眉を揺らす。その後、蓮はヤケクソ気味に差し出された手を握り、握手をした。

 

「いや、遠慮しておくよ」

 

「そう…とても残念」

 

多少期待してたらしい様子だが、ハッキリとした拒絶に無表情で答える。それを見て蓮は確信した、『やはり、解析官(令音)ほどじゃないけど、この女はイマイチ好きになれない』と。

 


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