デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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71話

身体に感じた違和感が消えたタイミングで、蓮は閉じていた目をゆっくりと開ける。最初に目に入ったのは燃え上がる前の住宅街の街並みだった。その事から、自分は空を飛んでは居ないにしろ、そこそこの高さの場所にいる事を理解する。

 

『どうやら、ちゃんと戻れたご様子で。まあ、蓮さんの口づけをもらったのですから、当然ですけれど』

 

「…ああ、まあ、そうだよな。士道はどこに…」

 

頭の中に響く狂三の言う、口づけをしたのにも関わらず、ミスをした時を操る精霊が居たと思うのだが、蓮はその言葉を飲み込み、仲間である士道を探す。もし、また別々の場所に飛ばされたとなれば少し、いや、かなりマズイ事となるのだが、そんな不安は自分の横で仰向けに倒れている士道を見て無くなる。

 

「士道!起きろ!呑気に寝ている時間は無いぞ!!」

 

「うぅん…!蓮…!そうだ、時は戻ったのか!?」

 

あと数秒起きなかったら、蹴りを入れていたであろう時に士道は目覚めると慌てた様子で周りを見渡す。その事に内心舌打ちした後、士道を立ち上がらせ、自分も周りを見渡す。

 

「ここは…狂三がいたビルの屋上だな。街も燃えてないし、ちゃんと戻れたみたいだな」

 

「そうか…。よし、世界を変えに行こう…」

 

そう言うと、士道は身体の向きを変えて、非常階段へと向かっていく。その背中を見つめた蓮は、その決意に水を差すようで気が引けるが、気になった事を口にする。

 

「そう言っても、どうやって変えるんだ?」

 

それを聞いた士道は、ピタリと歩みを止めるとまるで油の切れたロボのようなぎこちない動きで首をこちらに向ける。その表情は引きつっていた。

 

「えっと…蓮が折紙を追いかけながら呼びかける?」

 

「あいつの飛ぶスピードは、かなりのものだ、天使にそれ専用の形態があるほどにな。後ろを追いかける形じゃまず追いつけない。それに加え、復讐を果たすのに必死な折紙が、声を聞いてくれるとも思えないし」

 

「じ、じゃあ、折紙が親を殺す一撃を放つ前に間に入れば…」

 

「それ、本気で言ってるのか?背中を向けている〈ファントム〉が無害な存在だとも限らないんだぞ。万が一、何もしてこなくても、あの折紙だったら、俺ごと〈ファントム〉を撃ってくる可能性もある。こんなギャンブルはナンセンスだな」

 

何とか絞り出した案は、ことごとく論破される。もう一度過去に戻るようなチャンスは無い、この状況でやるべき事は確実にとは言わなくとも、あの結末を繰り返さないようにするための行動だ。闇雲には動けない。

 

「そ、そうだ!折紙の両親を安全な場所に連れて行けば!!」

 

「・・・・・」

 

「えっ、何その反応…」

 

妙案とばかりに声を出す士道だが、それとは反対に蓮の視線は冷ややかなものだ。それに疑問の声を上げると同時に、士道の頭の中に狂三の声が響き渡る。

 

『士道さん、折紙さんのご両親がどんなに素晴らしい方だとしても、高校生二人が家に来て、ここは危険だから逃げろと言って信じてくださるでしょうか?それが火災の中ならまだしも、いつも通りの昼下がりの中で』

 

「いや、それは…」

 

『それとも、原因を説明されますか?「もう少しで成長したあなたたちの子供が、ここにやって来て、それに殺されてしまう」と』

 

改めて聞くと、とても胡散臭い内容だ。そんな事を言ってもただのイタズラぐらいにしか思われないだろう。必死に頭を悩ませる士道だが、それは蓮も同じだ。折紙自身や両親の方を動かそうとしても成功する確率は低い。なら、他に何を動かせるか考える。

 

「さて、どうするべきか…」

 

そんな思考の海の中から抜け出すきっかけになったのは、狂三の一言だった。

 

『そうですわね。折紙さんにご両親を殺した犯人が自分である事に気付かせない、というのはいかがですの?』

 

「は…?何言ってるんだよおまえ!」

 

その提案に叫び声を上げたのは士道だ。だが、蓮は僅かに目を見開き、考え込むように俯いた。

 

『あら?存外理に適っていると思いますけれど。折紙さんがああなってしまったのは、ご両親の仇だと思っていた相手がご自分だと知ってしまったからでしょう?なら、それを隠せば問題無い筈ですわ』

 

「そりゃ、そうだけど!それじゃ折紙が両親を殺しちまった事実は何も変わらないじゃないか!蓮の方も何か言って…」

 

そう言いながら、蓮が立っている方向に顔を向ける士道だったが、その方向を向いた瞬間、目を丸くしてしまう。

 

「れ、蓮?どこに行ったんだ…」

 

ついさっきまでいたはずの蓮は、そこには無く、周囲を見渡すとその姿を確認出来た。士道が向かおうとしていた、非常階段に向かう蓮の姿を。

 

「お、おい!どこに行くんだよ!?」

 

狂三への怒りを忘れて、その背中を追いかける。慌てた様子の士道に振り返った蓮は、腰に手を当てて話し出す。

 

「どこにって、狂三の言った事をやりに行くんだよ。折紙から真実を隠すっていう考え方は無かったな。これなら、折紙にも両親にも干渉しないで事を済ませられる」

 

そう言った直後、士道は蓮の胸ぐらを掴むとそのまま押し込み、非常階段の扉横の壁に押し付けた。その表情は、憤怒に満ち、心底蓮の言ったことが気に入らないと言った様子だ。

 

「ふざけんな!!それじゃ、あいつの復讐心は誰かに向いたままだ!そんなの、認められる訳ねえだろ!」

 

折紙の平和を祈る士道は、狂三の提案とそれを実行する蓮が認められないらしい。感情のままに吠える士道に、蓮は静かにある疑問を投げかけた。

 

「なあ、士道。お前は何のために五年前に戻ったんだ(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

その質問で、士道の頭は冷水でもかけられたように冷静になった。いや、当たり前すぎる事を聞かれて戸惑っていると表現するのが正しいだろう。そんな様子のまま、士道は話し出す。

 

「何のためって、折紙を…」

 

「俺は、あの破壊を振りまく折紙の原因を確かめてそれを防ぐためにここに来た。お前はそうじゃないのか?」

 

蓮の言う通りだった。狂三の力で過去に戻り、ここが五年前の天宮市だと知った後はそれを目的に動いていた。だが、その目的は、折紙という少女の真実を知って、無意識に変わっていた。

 

「でも…折紙の両親を助ければ…全て解決するだろ!そうすれば…大丈夫なのに…」

 

「その方法が思いつかないから、さっき俺たちは悩んでたんだろ?両親の救済は、方法の一つであって目的じゃない。不可能なら他の手順を探すだけだ」

 

「だけど…だけど…。違うんだ、それじゃあ…」

 

士道の表情は、いつの間にか悲愴なものに変わっており、胸元を掴む力も弱くなってる。そんな士道にダメ出しとばかりに蓮は口を開く。

 

「お前が救おうとしていた親御さんも俺たちの知る世界では故人、死んだ人間だ。そんな人たちに囚われて行動の本質を見失うな」

 

感情的で、人間らしい士道とは反対に、冷静で機械的な考え方をする蓮。蓮も折紙の事を憎んだり、軽視している訳ではない。ただ、折紙という一人の少女と、十香達と街にいた人間全員の命を天秤にかけたのだ。その結果が今の発言と行動となる。

 

「…分かった。じゃあここから先は別行動しよう。いつまでもこんな事してるのは時間の無駄だ。お前はご両親を救うために必要だと思う事をすればいい。その間に俺は色々とやる事をさせてもらうから」

 

自分の胸ぐらを掴む手を外し、扉へと歩いて行く。その途中で蓮は背後を振り返り、その場に崩れ落ちている士道の姿を見た。それに何かが篭った視線を向けると、再び顔を前に向け口を開く。

 

「こんな俺にも、折紙の両親に対する気持ちのように会いたいと願う人はいる。もっとも、生きてるか死んでるかすら分からないけど」

 

「・・・・・・・・」

 

「結局、会えなければ死んだのと同じだと思ってたけど、違うらしいな。死んだ人間に、こんな気持ちは抱かないとおもうから」

 

そうとだけ言うと、蓮は扉を開けて階段を降りて行く。その結果、ビルの屋上にいるのは士道だけとなった。

 

「…はは。なんだよ、そりゃあ…」

 

ヤケクソ気味に笑う士道の声は、蝉の声にかき消されて消えた。

 

 

 

「…少し、言い過ぎたかな」

 

『あら、士道さんに仰った事。後悔しておりますの?』

 

薄暗い階段を降りながら、蓮はため息をつく。士道の言う事を蓮も愚かだと言うつもりはない。だが、それでは過去に戻って来た折紙と同じ目的となってしまう。それと差別するには、やはりこのような選択が必要だとだった。

 

『わたくしは、蓮の仰った事は正論だと思いますわ。蓮さんは折紙さんのご両親を死の運命から救うために、時を超えて来たのでは無いのですから』

 

「だけど、士道の言うやり方も方法の一つだった。だけど、俺にはミスする事なくそれを成し遂げる自信が無かったな。一発勝負だって言うんなら、尚更な」

 

その結果、人道的な行動よりも無難な事を優先してしまった。その事を少し悔やみながらも階段を降り続け、真夏の住宅街へと出る。ジリジリと暑い気温と日光が蓮を照らす。

 

「さて、その為の下準備と必要な事は…」

 

『…蓮さん、どうやらそれは必要無いらしいですわ。後ろを向いてくださいまし』

 

これからどうしようかと考えるが、急に狂三からストップがかかる。その言葉に従い、背後に振り向き目を細めた。。何故ならそこには士道が立っていたからだ。肩で息をしているところから、走って階段を駆け下りて来た事が見て取れる。

 

「よお士道。一分ぶりの再会か?その様子だと何か閃いたらしいが、期待していいか?」

 

「ああ…、そのためお前が必要になるかも知れない…」

 

「へえ、どんな作戦?」

 

「つまりだ…折紙が現れた時にその場に敵が居なきゃいいんだろ?」

 

士道は、蓮を出し抜いたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「真夏の炎天下の下、男二人で日光浴かよ。その片方が子供を見つめてるって世も末だな」

 

「うっせ…、こうするしか思いつかなかったんだから仕方無いだろ」

 

『くすくす、まるで変質者ですわね』

 

五分後、二人は公園の植え込みに隠れるようにいた。蓮は退屈そうにあくびをして空を見ているのに対し、士道はブランコの方を凝視している。そこには髪を二つ結びにした少女が一人座っていた。七、八歳ほどのその少女の顔は憂鬱そうに歪み、つまらなそうにブランコを鳴らしている。それは五年前の琴里だった。

 

それを見ている士道の拳は強く握られていた。まるで何かを我慢しているかのように。

 

「士道、今飛び出して行くのは…」

 

「ああ…分かってるさ…、今は我慢だろ…」

 

口ではそう言いつつも、士道は身体を震わせ、今にも飛び出して行きそうな様子だ。それを必死に堪えている、蓮はそれを側から見ながら思う。

 

(人は言い訳が欲しい生き物なんだな。妹が人で無くなる瞬間を見て見ぬ振りをする理由が…)

 

自分の家族が精霊になる瞬間を必要な事だとして見過ごす。それは士道にとってかなり辛い事だろう。蓮は別に平気というわけではないが、割り切る事ができれば耐えられるレベルのものだ。そんな気持ちを誤魔化すように蓮は話を振ってやる。

 

「しかし、よく〈ファントム〉を追い払おうだなんて思いついたな。破壊の種火を無くそうって考えか?」

 

「え?ああ、出来れば話をしてみたいんだが…ダメだった時は、頼むぞ」

 

小さく呟いたそれを聞いて、蓮は目を細める。

 

「それは…実力行使で俺が〈ファントム〉を追い払うってことだな。しかし、話がしたいだなんて物好きだな」

 

小馬鹿にするように言ったその言葉。だが士道はそれを気にする事なく口から言葉を漏らす。

 

「自分でもそう思うさ。でも、俺たちは〈ファントム〉について何も知らないんだ。そんな段階で全て決めてたんじゃ十香達をただの災害としか見ない奴らと同じじゃねえか」

 

精霊を狩るDEMにいた人間にそれを言うかと内心思う。すると、そんな心境の蓮を面白がるかのように狂三がクスクスと笑う。

 

『フフ、どうも一本取られましたわね。おそらく士道さんはそこまで意識してないと思いますけれど』

 

「…まあ、良いさ。俺も〈ファントム〉とかいう存在には疑問があったんだ。どんな奴かは興味があるし」

 

無理矢理士道の行動を合理化させると再び青い空と白い雲、そして太陽が輝く上を見上げる。そろそろ〈ファントム〉が現れて良いはずだが、そう思った直後、身体が奇妙な感覚を感じ取る。それが何かと考える前に蓮は士道が見ていた幼い琴里を凝視する。

 

「…来た(・・)

 

「来たって、〈ファントム〉がか?」

 

『はて?こちらからは何も見えておりませんけど…』

 

狂三の言う通り、今見えている景色にはブランコを揺らしている琴里以外誰もいない。だが、蓮には分かる、ここに普通では無い何かが来た事が。

 

その瞬間、琴里の近くに奇妙な来訪者が現れる。背丈も年齢も性別も、モザイクのようなもので隠されて分からない『何か』。それは琴里と何か言葉を交わし始める。その光景を蓮はジッと見つめている。

 

「大丈夫…お家…帰る…、なんで…そんな…」

 

「えっ?なんだ、それ…?」

 

耳元でブツブツと呟かれる言葉に士道は疑問の声を上げるが、蓮は顔を向ける事なく、視線をそのままで答える。

 

「司令官殿の唇の動きを見るとそう言ってる。ただ、距離だけに断片的にしか分からないし、肝心な〈ファントム〉の言ってる事はさっぱりだ」

 

そんな事をさも当たり前にやってしまう蓮に驚嘆しつつ、士道も琴里の方に目を向ける。そこでは琴里に向かって何か赤い宝石のようなものを差し出す。それに琴里が触れた瞬間、身体が淡く発光する。

 

「あ、あ、あああああ…っ!」

 

琴里が苦悶の声を上げる。それと同時に琴里を中心に凄まじい熱波が巻き起こり、渦を巻くように炎が屹立する。精霊〈イフリート〉が誕生した瞬間だった。その熱波に二人は姿勢を低くして耐える。

 

「来たか…士道、掴まってろ」

 

「くっ…琴里、すまん…!」

 

琴里への謝罪を口にし、キッと視線を鋭くする士道の横で蓮は謎の存在〈ファントム〉をただ見つめていた。何故なら琴里を精霊にした直後なのにも関わらず、そのモザイクはせわしなく動いていたからだ。それはまるで周囲を見渡しているよう(・・・・・・・・・・・)にも見える。

 

(なんだ…何をしている…)

 

「…おい!!」

 

目の前で炎の爆発が起きてるというのに、その周りを気にしているのが蓮の心に引っかかる。だが、士道が植え込みから飛び出し、〈ファントム〉の後ろに立った。

 

(ちっ…もう少し見たかったんだが…)

 

そのタイミングの悪さに心の中で舌打ちしつつ、士道の後を追って蓮も植え込みから飛び出した。

 

 


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