デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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68話

自分の身体とその周囲に暖かいものを感じる、同時にミンミンという昆虫の鳴き声も。つい昼寝でもしたくなるが、するには騒がしい環境であるし、周りの温度は暖かいと言うより、暑いと言う方が正しい事に気づき、閉じていた瞼を開ける。

 

「ここが…狂三の言っていた五年前の天宮市か…」

 

目を開いて蓮は自分が今、大きな交差点にある植木に持たれて寝ていた事に気付く。今いる現在地は分からない、確か前に士道が五年前(今頃)に起きた大火災で街の形が大きく変わったと言っていた気がする。もしかしたら、そうなる前の天宮市の形なのかも知れない。

 

「とりあえず、同じように過去に戻った折紙と士道を見つけるのが先か…?」

 

狂三の力で過去に戻り、変貌して現代に現れた折紙と、その原因を見つけに来た士道のどちらかを探すのを決めて立ち上がるが、周囲を見渡していると、交差点を歩く人々の視線が自分に集中している事に気付く。

 

「えっ?何あの人…」

 

「夏だからって流石にあの格好はちょっと…」

 

「もしかして、何が事件に巻き込まれたんじゃあ…。警察に連絡した方が…」

 

注目している人間が大勢だが、なかには蓮を見てヒソヒソと何かを小言で話している人間も少数いる。それは自分の今の姿を見下ろして納得した。

 

「ああ、そう言えば格好はそのまんまだったな…」

 

自傷気味に笑い、一人でに納得出来た。蓮の今の服装は狂三にからかわれた時と変わらない、ボロボロの制服姿だったのだ。これをファッションと言い張るのには明らかな無理があるし、見ている人間も変人にしか見えないだろう。

 

「目立つのは不味いな。とりあえず目立たない服装にならないと…」

 

自分を見る目から、逃げるように今いる場所から走り出し、人気のない暗い裏路地に入り込む。そして、自分を見ている人物がいないのを確認した後、意識を集中させる。瞬間、蓮の耳元にキラリと緑色の光が発されたかと思うと、身に纏っていた制服が全く別の私服へと変わる。

 

「初めてだったけど、上手く出来たな。…もっと早くこうすればよかったんだな」

 

変身能力を持つ〈クリームル〉を使い、見た目を変えさせた制服を見て、小さな満足感と後悔が出てくる。見た目は別物でもその正体はボロボロの制服のままなので、能力を解除してしまえば元に戻ってしまう。その為、制服を直すというより、注目される事なく移動するための処置と言う方が合っているかも知れない。

 

「さて、折紙の家はどうやって探すか…」

 

折紙が過去に来た目的である両親の救済、その目的を知っているであろう士道もそこに向かっているはずだ。その救うべき相手である二人は、この頃に住んでいた家に行けば会えるだろうが、残念な事に蓮は折紙が小さい頃に住んでいた家の住所などは知らない。

 

(地道に聞き込みで調べるか…)

 

今はのんびりしている余裕は無いだろうと何となく感じているが、そうする以外に調べる方法がない。出来るだけ早く見つかる事を願って住宅街に向かおうと裏路地から足を踏み出した瞬間、飛び出して来た何かに当たり、よろめいた。

 

「うわっ!!」

 

「うおっ!何だ…?」

 

蓮はよろめくだけで済んだが、ぶつかった相手はそんな声と共に尻餅をついたらしい。身体に感じた衝撃から考えると、相手は走ってて、そして年齢は蓮より下の男だろう。声を聞けば分かる。

 

「す、すみません。前を見てなくて…」

 

「いや、こっちもこんなところからで…て…」

 

地面を踏みしめた後、ぶつかった相手を見た蓮は言葉を失った。目の前で尻餅をついていたのは青髪と幼きながら中性的な容姿の男の子だった。手には鞄を持っており、倒れている状況にも関わらず、大事そうに握っていた。その少年は…

 

「し…どう…?」

 

蓮の知っている姿より、身長が小さく、幼い顔つきをしているが間違いない。これから五年後に精霊を救うための戦いを共にくぐり抜ける友人、五河 士道だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「あの…すみません。俺の不注意でぶつかったのに、飲み物をご馳走になって…」

 

「別に気にしなくていいよ。俺も考え事してて前見てなかったし」

 

裏路地出口から場所は変わって近くの公園。そこのベンチに座りながら、蓮は缶コーヒー、士道はジュースを手に持って話していた。ぶつかった後、蓮が『ぶつかった詫びがしたい』と言って移動したのだ。二人以外にも公園には主婦や子供がおり、大いに賑わっている。

 

「しかし、お前みたいな小さな子供がそんな鞄を持って、走るなんて塾や習い事にでも向かってたのか?最近の子供は忙しいんだな」

 

「えっ?いや、俺、妹への誕生日プレゼントを買った帰りだったんですよ。妹と言っても血は繋がってないけど…」

 

嬉しそうに士道が語ったそれを聞いて、琴里が精霊〈イフリート〉となった日、士道がプレゼントを買いに行ってたのを思い出す。そのプレゼントが琴里のつけている黒いリボンだということも。

 

「へえ…、その妹さんが大切なんだな。誕生日プレゼントを買いに来るなんて」

 

「はい!二つ下の奴なんですけど、家にいるときも『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って甘えに来る可愛い妹でして…」

 

楽しそうにシスコンぶりを語り出す士道だが、まさか、そんな風に可愛がっている琴里が自分の黒歴史を容赦無くえぐり出す強気のスーパードSな女へと成長するなど思いもしないだろう。ここまで来ると哀れみすら感じさせる。

 

だが、士道の琴里への愛情は本物だろう。兄弟のいない蓮だが、士道のようにいたとしてもこのように大切に思い、愛す事が出来るか怪しい。五年前の自分と言えば、会社内に引きこもり、必要な時以外外の出る事はしなかった。当然、誰かへのプレゼントを買った記憶など無い。

 

「ま、まあ家族を大事に思う事は良いことさ。…俺には出来ない事だし」

 

「そうですか?でも妹の喜ぶ顔が見たくて、大急ぎで駅に走ってたせいであなたとぶつかってしまったんですけど…」

 

「"駅"…だって?ここは天宮市じゃ無いのか!?」

 

形相を変えた蓮が聞いたその質問に、士道は戸惑った様子でコクリと頷く。

 

「は、はい…、天宮市は隣町ですよ。俺もそこに住んでいて帰ろうとしてたんですけど…」

 

「なんてこった…。なんて間違いを…」

 

蓮の今いるここは天宮市では無かったらしい。通りで周りの景色にまったく見覚えが無かったはずだ。こうしてはいられない、蓮は手に持った缶コーヒーの空き缶を離れたゴミ箱に向かって投げる。綺麗な放物線を描いて、空き缶はゴミ箱の中に入った。

 

「悪いな、ここでお別れだ。お前と話せて楽しかったよ」

 

「えっ!?ま、待ってください!」

 

ベンチから立ち上がった蓮は、そうとだけ言ってこの場を去ろうとするが、士道の声に呼び止められる。

 

「あの!俺、五河 士道って言います!あなたの名前を教えてくれませんか!?」

 

「な、名前…?」

 

名前を聞かれて迷うのが、ジェイクという人間だ。もちろん、蓮という名前を言ってもいいが、相手は士道だ。それでは自分の本当の名前を言ったな意味がない。蓮は少し悩み、こう答えた。

 

「ここで言わなくても、そのうち分かるさ。じゃあな士道、元気でな」

 

そうとだけ言うと、蓮は走り出し、曲がり角を曲がり見えなくなってしまう。士道はその後を慌てて追いかける。

 

「ま、待ってください!それってどういう…」

 

蓮が消えた曲がり角を見た瞬間、士道は言葉を止めた。なぜならそこは見晴らしのいい一直線の道路、なのにも関わらず、人影は一つも無かったからだ。

 

 

「ここは天宮市じゃ無かった…。折紙が来るまで間に合うか…」

 

焦るようにそう言う蓮の目の前には、空を指すビルと青空が見えており、そのビルのてっぺんより上の高度を猛スピードで進んでいた。時間が惜しい蓮は今、タクシーや電車を使う事なく、〈エカトル〉の風で空に舞い上がり隣の天宮市に向けて飛び進む。当然、この移動方法は人の目に触れる可能性もある。それでもとにかく今は時間が惜しかった。

 

(まったく…狂三は何をしてるんだか…)

 

自分を過去に送った少女にそんな恨み言が漏れてしまうのも仕方がないだろう。恐らく、自分がここにいるのは狂三にとっても予想外の事故なはずだ。いや、そもそも狂三がこの時間遡行の力に不慣れなのかもしれない、そうでもなければ折紙を実験体として過去に送り込んだりもしないはずだ。

 

いくつかのビル群を越えると、やがてさっきまでいた町とは違う街並みが見えて来る。空には一時停止を促す信号もなければ、他の飛翔者もいないため、スムーズに移動できた事に安堵するが、すぐにそんな気持ちは吹き飛んだ。

 

目の前に広がる昼間の穏やかなはずの住宅街は、火の海に包まれ、人々の悲鳴とサイレン音が響き渡っていたからだ。それを見下ろした蓮は息を呑む、この炎は確か、琴里が精霊になった時に起こしたものだと記憶している。ならば、いるはずだ、この辺りに…。

 

「あれは…見つけたぞ、折紙!」

 

真っ赤な住宅街の空に煌めく白い光。翼の形の光を背中に収束させた折紙が、地上に向かって破壊の光を放っていた。その様子は殺気や憤怒に満ちており同じ空を飛ぶ蓮にすら気づく事なく、何かを追い回すように動いていた。

 

精霊化し、過去に戻った折紙が追い回しながら攻撃していたもの。それはノイズがかかったように年齢も性別も容姿も分からない『何か』だった。

 

「あれが…〈ファントム〉…」

 

琴里と美九、そして折紙を精霊にした謎の存在。美九の証言ではモザイクがかかったように顔も分からなかったと言っていたが、その言葉の意味をようやく理解できた。確かにそれこそ存在にモザイクでもかかっているような何も分からない相手だ。

 

「何なんだ、あいつは…」

 

過去に来た目的である折紙の事も忘れ、蓮の視線は〈ファントム〉へと集中した。〈ファントム〉の事が知りたい、自分の目でその存在を見た時、そんな欲求が蓮の心を満たした、まるで魂が求めているかのような強い興味心が。

 

一瞬、折紙の前に立ち塞がるなんて事を考えたが、すぐにそんな考えを捨てる。〈ファントム〉はとても気になる存在だが、味方という確証はない。もしかしたら、守ろうと背中を向けた瞬間、後ろから刺しに来るかもしれないのだ。

だが、かと言って折紙の方に参戦するわけにもいかず困っているとその折紙が大きく動いた。動き回る〈ファントム〉を光の檻に閉じ込めると、王冠型に形成した〈絶滅天使(メタトロン)〉の先端を向け、今までのとは比較にならない極大の光線を放った。

 

「正気か!?ここは住宅地なんだぞ!」

 

大火災の現場とはいえ、まだここから逃げている住民もいるだろう。そんな人間らの存在を忘れたように行った砲撃を見た蓮は、驚愕の表情を浮かべ地面に着地し、〈バスター〉を展開、衝撃に備える。

 

そして、折紙が砲撃の着弾点を中心に凄まじい衝撃が発生し、それと共に吹き飛ばされたコンクリート片などが〈バスター〉の防壁にぶつかり砕け散る。もし空にいたままだったら、飛んで来たこれらが身体に命中し、大怪我を負っていたかもしれない。

 

「どうなったんだ…〈ファントム〉は死んだのか…」

 

あれほどの大火力の攻撃は、蓮だったら手元にある武器の能力をフルに使い、防御しなければ安心出来ないほどの威力だった。それを受けた〈ファントム〉がどうなったのかがただ気になる。しばらく待ち、衝撃が止むのを見計らった後〈バスター〉の守りを解除し空を見上げる。

 

そこには空に浮かび、天を仰いでいる折紙がいた。普段無表情の彼女が長年の夢を達成した陶酔感に浸っている無防備な姿。過去に戻るという禁忌を犯してまで求めた行為が報われたのだ。

 

「まさか、これで終わり…なんて事はないよな」

 

喜びに満ちている折紙に対し、蓮の目は冷やかだった。蓮とて、他人の祝い事や努力を祝福する程度の器量はある、特に過去に戻ってまで達成したとなれば尚更だ。だが、これでは満月の前に現れたあの黒い折紙の原因が分からない。まだ何かある、そう思わずにいられなかった。

 

その予想は見事に当たった。喜びに打ち震えている折紙だったが、ある方向を見た瞬間、喜びがそのまま恐怖へとすり替わったかのように身体を震わせた。見ている方向は偶然か、ついさっき折紙が砲撃を撃った場所だ。

 

「なんだ…何があったんだ?」

 

まさに天国から地獄、あるいは魔界にでも落ちたかのような様子の変わりように疑問が出てくる。向きが悪いため見えないが、折紙はどんな表情をしているのだろう。その顔を見れば何が起きたのか察する事が出来るかも知れない。

 

だが、そんな望みは折紙が空気に溶けるように消えてしまい、叶わずに終わる。〈ファントム〉は死んだのか、折紙は何を見たのか。それを確かめるために蓮は走り出す。

 

「ッ!あれはまさか…!」

 

そして、蓮は攻撃の着弾点付近であるものを見つけた。それはまだ幼い少年の背中姿だ。彼と別れた時からまだ一日も経過してない短い時間、だが、同一人物ではないという明らかな確信があった。自分と折紙以外に鍵を握るもう一人の人物であると。

 

「ここで何があったのか、真実を教えてもらおうか…」

 

合流したら、真っ先に聞くであろう事を呟き、走って接近すると背後からその小さな肩に手を置いた。

 


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