デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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67話

「ふう…助かったよ狂三。お前がいなきゃ、あのまま追撃されて終わってたと思う」

 

「ふふ、お礼は結構ですわ。わたくしは蓮さんを影の中に隠しただけですので」

 

折紙が生み出した闇とは違う闇が支配する空間。息をつく蓮の前には一人の少女が優雅に微笑んでいた。黒と赤のドレスを纏い、左右不均等に結われた髪と、時計の文字盤が刻まれた左目が特徴的な美しい少女だ。

 

彼女の名前は時崎 狂三。十香達と同じ精霊であり、蓮が十香達とは違った愛情を抱く少女である。

 

「それにしても…本日の蓮さんは随分と刺激的なお姿ですわね。クスクス、とてもお似合いですわよ」

 

笑みを浮かべながら狂三はつま先から頭の上までじっくり見る。昼間の折紙との戦闘から変わっていない、ボロボロの制服のため、腹部、脚部、腕部などの肌を露出している格好となっている。知ってか知らずか、狂三も夕弦と同じことを言った事となる。

 

「…俺だって好きでこんな格好してるわけじゃないんだ。分かってると思うけど」

 

「あぁん、そんな目でわたくしを見ないでくださいまし。身体が熱くなってしまいますわぁ」

 

分かりきった事を言われ、ジッと責めたような目で見ると、狂三は恍惚とした顔で自分の身体を抱え、身を攀じる。そんなくだらない会話をしている間も蓮は自分の手足を動かして異常がないか確認していた。エレンの蹴りを防御した左腕には鈍い痛みが走っているが、骨折はしてないだろう。

 

「助けてくれたばかりで悪いが外に出してくれ。俺はまだ戦わなくちゃならない」

 

「あら、折角レディが話し相手を求めているというのに、放置してどこかに行ってしまいますのね…。もしかして、わたくしにはもう飽きてしまいましたの…」

 

身を攀じる行為から一変、しおらしく崩れると、『ヨヨヨ…』と自分で言いながら口元に手を当てる。その目からは雫が溢れ、狂三の頬を伝う。男の気を引くであろう、見事な演技だ。だが、それは暗に『自分はここから出す気は無い』と言っている事になる。

 

「…悪いが今は話し相手をしてやれる余裕がない。今度お茶にでも付き合うから今は勘弁してくれ」

 

狂三に背を向け、周りを見渡す。狂三の影の中には詳しいわけでは無いが、もしかしたらどこかに外に出れる出口があるかも知れない。それを探そうと歩き出した矢先、その足を止める事となった。

 

その理由は、蓮の背後に狂三が抱きつき、ほぼ強制的に足を止めさせたからだ。

 

「狂三…?何を…」

 

背中に女性特有の柔らかさと甘い香りを感じる。そして、狂三が強く自分を抱きしめている事も。それこそ、まるで蓮を逃さないように(・・・・・・・・)するかのように。

 

「…今、外はとても危険ですわ。折紙さんはもちろん、あなたも知っているあの方までもが彷徨いている状況。そこに向かおうとするのは勇敢ではなく、無謀と言うのが正しいでしょう…」

 

狂三の言う通りだ。今、外には最強の魔術師(ウィザード)、エレンと反転した折紙がいる。命を尽くし、強敵であるエレンを万に一つ倒せたとしても、そんな手負い状態で折紙と戦わなければならない。その勝利がどうしても想像出来なかった。

 

「そうだな、反論の余地もないよ。でも…だからと言って士道や十香を放っておけない。だから、行くんだ…」

 

「命を失う事になっても…ですの?」

 

「いいや、そうなる事はあり得ないな。その確信がある」

 

見栄やハッタリを感じない、堂々とした言葉。その根拠が何か狂三が聞こうとした瞬間、自分の手が強く握られた。

 

「だって、狂三がいるからだ(・・・・・・・・)。一人で勝てなくても、お前の協力があればあの人はおろか、今の折紙すらも余裕だろ」

 

(とても狡い人…そんな風に言うだなんて…)

 

自分の協力を勝手に決めつつ、その力を評価している言い方に狂三は惹かれた。そう言われては絶対に協力したくなる…協力しなければいけなくなる、そんな心の擽りに狂三は蓮の身体を離し、解放する。

 

「…変わりましたわね。前の蓮さんはまさに傍観者でした、自分の損得と気分でしか動かないそよ風のような人。でも、今は自分の事を捨てても、他人の為に動くのですわね…」

 

「そう…だな、俺もそう思うよ。狂三は前の俺の方が良かったと思うか?」

 

試すような口振りでそう聞いてみると、背後にいた狂三は歩き出し、蓮の前までやってくる。そして、立っている蓮に自分の身体を押し付け、胸に細い指を這わせた。

 

「本音を言えば、前のようにわたくしだけを見て欲しいと思いますわ…。きっと前の蓮さんなら、こんな状況でもわたくしと共に過ごし、危機が去った後に動いていたでしょう。ですが、そんな我儘は言ってられないらしいですわね…」

 

顔を伏せ、悲しげに言う狂三に罪悪感が出てくる。『最悪の精霊』だと言われている彼女でも、自分の全てを知る数少ない理解者なのだ。それこそ、出会った直後は警戒していたものの、やがて剣を向けずに話すようになり、今では一晩を過ごした相手ともなった。

 

そんな彼女に、こんな恩を仇で返すような真似をしていいのか。そう悩んだ矢先、狂三の指が蓮の顔を挟み、強引かつ優しく前に向けた。その先には妖艶な表情の狂三が舌なめずりをして待ち構えている。

 

「で・す・が。こんなわたくしを放置して、新しい精霊さんを家に居座らせる理由を説明してくださいまし。もちろん、わたくしが納得出来るものを」

 

「え?いや…狂三?」

 

まるでカエルを絞め殺す蛇にも似た表情を浮かべ、逃さないとばかりに強く言う狂三。そんな雰囲気と返答に迷い、顔を逸らし一歩後ろに後ずさる。だが、狂三はその一歩を前に踏み出し前進した。

 

「フフ…確か、七罪さんとおっしゃいましたか。あの方は何故蓮さんのお宅に住んでおりますの?十香さんと同じ集合住宅に住まわせても問題はありませんでしたわよねぇ?」

 

「それはその…怒ってるのか…?」

 

狂三らしからぬ圧力を感じ、顔を引き攣らせながらそう聞いた。すると、狂三は可愛らしくニコニコと微笑み『いえいえ、そんな事ありませんわよ』と言う。だが、目は全く笑ってなかった。

 

「蓮さんは、わたくしが心を惹かれるような素晴らしい殿方ですもの。他の女性が恋い焦がれるのは何の不自然な事ではありません。しかし、同居するのは話が変わってきますわねぇ…。あろう事か、毎日同じお部屋で就寝なさっているとならば特に…」

 

「それは、七罪には俺と近いものを感じて…。一緒にいてあげた方がいいかなって思って…」

 

それは嘘偽りない本心だった。自分の姿、性格を隠していた七罪には自分と同じものを感じ、それ故に出来るだけ一緒にいようと思った。それを聞いた狂三は、不満気に口を尖らせる。元が良いだけに、その行動もとても絵になっていた。

 

「蓮さんがそう考えたのなら、わたくしはどうこう言う事は出来ませんわ。あそこは蓮さんのお宅なのですし。しかし、まるでわたくしを忘れたように放置したのは酷いですわ。そのせいでわたくし…欲求不満ですのよ…」

 

最後の言葉は耳元で囁くように言った言葉にだった、続いて唾液のピチャピチャという音が聞こえる。狂三の言動に蓮は、自分の心臓が大きく鼓動するのが聞こえる、だが、それは顔には出さない。ここで動揺しようなら、このまま狂三にペースを持っていかれかねないからだ。

 

「ああ…七罪さんが居られるせいでわたくしを呼べないというのなら、深夜の寝静まった時間帯にお隣の部屋でわたくしとの情事に励むなんてどうでしょう…。起こさせないように声を咬み殺す蓮さんは、さぞかしわたくしの心を擽るはずですわ。もし、それに満足できなくなったなら、すぐ隣で…」

 

「ストーップ、そこまでだ。それ以上は言わなくて良い」

 

これ以上続ければ、官能小説へとなりかねない狂三の妄想をやめさせる。それに何やら不完全燃焼気味な様子の狂三だったが、それに従い、言葉を止めると蓮の身体から離れる。

 

「最近放ったらかしで悪かったよ。その謝罪も今回のお礼と一緒にさせてもらうから、今は協力してほしい」

 

右手を前に差し出し、話を切ると同時に早急に助力を取り付けようとする。この話題を続けるのは時間の無駄と蓮の精神をゴリゴリと削っていく事間違いないだろうからだ。だが、狂三はその手を取ることはしなかった。

 

「ええ、もちろん協力はさせてもらいますわ。ただ、今の折紙さんに挑むより、根本的な問題解決の手段がある…と申しましたらどうしますか?」

 

「何だって…?」

 

優雅な笑みを浮かべ思わせぶりな様子で言ったその言葉に、蓮は興味を引かれる。それは、もしかしたら悪魔の囁きなのかもしれない、だが、この場での希望の光でもあるものだった。そんな様子の蓮を面白がるかのように狂三は続ける。

 

「蓮さんも知っての通り、わたくしの天使〈刻々帝(ザフキエル)〉は時間を操る力がありますわ。その力の中に対象を過去に送り込む、時間遡行の弾がありますの。それを使えば、この現状を覆せるでしょう」

 

「いわば、タイムスリップの弾か…、それは凄いな。だけど、それがどうして今から抜け出す事になるんだ」

 

「ああ、そう言えば蓮さんには言っていませんでしたわね。少し前、精霊となった折紙さんがわたくしの元に来られましたの。その手には分身体のわたくしを掴んでましたわね」

 

「なっ!?それ本当か!?攻撃されたんだったら、遠慮せずに言え!俺が治すぞ!!」

 

蓮は慌てた様子で狂三の腕、胸、腹、腰など身体の至る所を触り、負傷箇所がないか確認する。精霊化した折紙の戦闘能力の高さは蓮自身が身に染みて理解していた、その力が無関係な狂三に向いたのなら一言二言謝ったぐらいで済まされない。狂三が自分で怪我を治せることも忘れて、傷を探し回るが、その手を狂三が掴んで止めた。

 

「もうっ!そんな慌てないでくださいまし。折紙さんは別にわたくしと戦いに来たのではないと仰ってましたわ。ただ、誰にも言ってないはずの時間遡行の弾、それを自分に撃て、そう申しましたの」

 

「あいつがそんな事を…、それで、いつに戻りたいって言ったんだ…?狂三は…それを了承したのか?」

 

「ええ、わたくしも使ったことのないそれの実験体という事で、折紙さんに撃って差し上げましたわ。そして、戻ったのは五年前。自分のご両親を手にかけた精霊さんを殺し、無かったことにする(・・・・・・・・・)と申していましたわね」

 

過去の改変。それを聞いた瞬間、蓮は自分の身体が震えたのを感じた。それはまさに神の領域、いや、その神ですら許されない行為かもしれない。一度流れた時を巻き戻し、未来を変えるという行動に折紙は走った。その事実に恐怖したのだ。

 

「折紙さんがああなってしまったのは、わたくしが戻した五年前で何かがあった…、何か知ってはいけない真実に触れたのが理由でしょう」

 

「…つまり、折紙が戻った五年前にああなる原因があったってことだよな。それって…こうなったのはお前が理由って事か(・・・・・・・・・)…」

 

引きつった笑みを浮かべた蓮は、物知り顔で説明していた狂三の左右の頬を両手で摘み引っ張る。それによって狂三の整った顔と綺麗な頬が横に広がった。

元々は狂三が折紙を過去に送り込まなければ、今のように街が破壊される事は無かった。当然、狂三もこうなるとはいえ思わなかったんだろうが、それで許せるほど今の蓮には余裕がないのだ。

 

()らしかに(確かに)おっひゃるろおりれすわ(仰るとおりですわ)れすが(ですが)わらくしはらら(わたくしはただ)おりらみさんのらんぼうを(折紙さんの願望を)かなれたらけでらって(叶えただけであって)…」

 

「その願望を叶えた結果がこれか…?」

 

ある意味こうなった元凶の頬を引っ張るが、数秒後、ため息と共に指を離して解放する。狂三は引っ張られた頬を涙目とともに摩っていた、指の間から見える頬は少し赤い。

 

「うぅ…乙女の肌を傷物にされてしまいましたわ…これはもう…」

 

「自業自得だ。それで、五年前に起きた事を知って、解決すべきだと?」

 

「その通りですわ。つい先ほど士道さんを過去に戻った折紙さんが現れる少し前の時間帯に飛ばしましたの。蓮さんもあちら側で士道さんと合流し、手を貸して差し上げてくださいまし」

 

「…もう士道を原因究明に向かわせたのか。仕事が早いな」

 

誰にも知られてはならないスニーキングでの行動だというのに、もう問題の解決に重要人物である士道を向かわせた行動の早さに、賞賛の言葉が出てくる。とりあえず、狂三からこれからするべき事を聞き、理解したとばかりに蓮は両手を広げる。

 

「オーケー、分かった。早速その時間遡行の弾を俺に撃ってくれ。早く士道を助けに行ってやりたい」

 

それを聞いた狂三は、スカートの裾を掴み、優雅にお辞儀すると背後に巨大な時計の文字盤を出現させる。それが出現した瞬間、蓮の身体がそれと引き合うような奇妙な感覚を感じる。〈刻々帝(ザフキエル)〉、狂三の持つ時間を操る天使だ。

 

その時計にセットされていた短針と長針…の役目を果たしている二挺の歩兵銃のうち片方が時計から外れて狂三の手に収まった。だが、その銃口を蓮に向けず、まるで見せびらかすようにクルクルと細い指で回す。

 

「はあ…次は何だ?何をすればいい?」

 

何かあるんならさっさと言えとばかりにストレートに聞く。いい加減、回り道も飽きてきたところだ。それを聞いた狂三はペロリと唇を舐める。

 

「ふふ…わたくしも蓮さんを過去に向かわせたいのは山々なのですけど、それには大きな問題がありますの」

 

「問題?なんだそれ?」

 

「この時間遡行の力…〈刻々帝(ザフキエル)〉ーー【一ニの弾(ユッド・ペート)】にはまだ弾丸が装填されてませんの(・・・・・・・・・・・・)

 

その言葉の意味は直感的に理解出来た。蓮らしく言うと『刃の無い柄』、それでは剣としての意味を成さないのと同じく、弾丸の無い拳銃は"何も出来ない"と言う事を。

 

「【一二の弾(ユッド・ペート)】はとても消費霊力の大きい弾なのですわ。それこそ、外部からの霊力供給が必須(・・・・・・・・・・・・)と言っていいほどに。さて、わたくしはどうすればよろしいのでしょう…」

 

顔に手を当て、悩んだような声と仕草をする狂三だったが、蓮はその狙いは何かもう分かりきっていた。悩むような振りをして、チラチラと自分を見てくるのがその証拠だろう。

 

「分かった、そのエネルギーは俺が払うよ。やり方はアレ(・・)でいいんだよな?」

 

確認するように聞いたそれに、狂三は自分の持っていた短銃に軽くキスする事で答えた。どうやら正解らしい。イエスと言った蓮に狂三は両手を後ろに回すと、目を瞑り唇を前に差し出す。その姿は蓮が息を呑むほどに美しい。

 

(落ち着け…今は見てる場合じゃないんだ…)

 

ずっと見ていたい誘惑を、首を振って断ち切ると、狂三の綺麗な顔を両手で掴み、その唇に自分のを合わせる。口に暖かいものを感じると同時に、蓮の意志とは関係なく、勝手に〈バスター〉が右手に顕現すると、青い輝きを放ち闇の空間を照らす。

 

それはまるで、狂三へと送られる力の鼓動のようだった。

 

「はぁあ…」

 

「ぷはあ…」

 

数十秒の長いキスを終え、口を離した瞬間、二人は色っぽい息を吐き出す。瞬間、狂三の右腕に蓮とは違う赤と黒の光を発する〈バスター〉が現れ、力が無事に渡った事を伝える。

 

「はあぁぁ…このまま感じる暖かさに心と身体を沈めたいですわぁ…。やはり、このまま二人で…」

 

「狂三!いいから早く俺を過去に飛ばしてくれ!!」

 

また話が脱線する予感がし、夢心地の狂三の目を覚ますように名前を叫ぶ。すると、ビクッと身体を震わせ我に返った狂三は、気恥ずかしそうにゴホンと咳払いをした。

 

「で、では、始めますわよ。〈刻々帝(ザフキエル)〉ーー【一二の弾(ユッド・ペート)】」

 

狂三が変貌した右手で銃を掲げると、〈刻々帝(ザフキエル)〉の文字盤にあるXIIから濃密な影が飛び出し、銃口に収まる。それと同じタイミングで狂三の〈バスター〉も一層強い輝きを放ち、エネルギーを消費しているのを見せていた。

 

「まず、あちら側に着いたら士道さんと合流してくださいまし。その後の指示は追って伝えますわ」

 

「追って伝えるって、どうやってだよ」

 

「まあ、それはすぐに分かりますわ。行ってのお楽しみと思ってくださいまし」

 

可愛らしくウインクすると、狂三は右手に持った短銃の引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は真っ直ぐ蓮の胸に向かっていき、当たった瞬間、弾丸の回転に巻き込むように身体を歪ませる。そして、その歪みは蓮の身体全体に広がり、空間から消し去った。

 

「ふう…この力もだいぶ身体に馴染んできましたわね…」

 

〈バスター〉となった自分の右腕を撫でてのその言葉は、狂三だけの空間となった影の中に響き渡ったが、それは他の人間の耳に入る事なく闇に飲み込まれて消えた。

 


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