デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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66話

「はぁ、生き返る!ちょうどカフェインが欲しかったんだよ」

 

椅子に座りながら、士道が買ってきたコーヒーをグビグビと中毒者のように飲み干した蓮は、元気な声でそう言った。それを聞いた士道は缶コーヒー一気飲みという荒技に引き気味に笑い返す。士道と蓮以外も、それぞれが買ってもらったペットボトルを手に持ち、ホッと一息ついている。

 

飲み物を飲んで、ある程度落ち着いた頃、蓮は真剣な表情となり口を開く。

 

「士道、司令官殿とは…〈フラクシナス〉には折紙の事は伝えたか?お前も見ただろう、あいつがどうなったのか」

 

「いや…それが、さっきから何回も連絡してるんだが、出なくて…。なあ、教えてくれ、折紙に…一体何があったんだ?」

 

士道は緊張が帯びた声で折紙と戦った五人に質問する。それに五人は難しげな顔を作った。

 

「いや、詳しい事は分からぬのだ。一度あやつを吹き飛ばしたのだが…戻ってきた時にはああなっていた」

 

「折紙からは、凄まじい力を感じ取ったな。一体、何があったのか、我には予想がつかぬ…」

 

「首肯。とてつもない威圧感でした。夕弦達が生きているのは霊力が完全だった十香と、自分の身を削って庇ってくれた蓮のおかげです」

 

「…うーん、私は見てないんですけど、もしかしたら、折紙さんも神様に出会ったんですかねー」

 

分からないと口々に言う十香、耶具矢、夕弦。しかし、何か思い当たるように顎に指を当てながら美九が言った『神様』という単語に蓮は耳を動かす。それは士道の義妹である琴里と美九を精霊に変えた〈ファントム〉と呼んでいる存在だった。人間だった折紙が、精霊となった事に、その存在が思い当たるのは当然だろう。

 

「…誰よりも精霊を恨んでいた奴を、精霊にする…。〈ファントム〉も何を考えてそんな事をしたんだか…」

 

「…ッ!もしかして、蓮は見たのか!?〈ファントム〉を!?」

 

小さく呟いたその言葉に、士道は驚きと期待が入り混じったような声を上げるが蓮は無情にも首を横に振る。

 

「期待に応えられなくて悪いが、その時、多分俺は気を失ってたと思う。次見た時は折紙は精霊になっていた」

 

「そ、そうか…」

 

その言葉を聞いて、士道は隠しきれない落胆の色を浮かべた。蓮の方も話せるものなら話してやりたいと思うのだが、残念ながらそれは叶わない。

今、折紙はどこで何をしているのか、蓮はそれが無性に気になった。全く予想できない折紙自身の行動と思考、精霊となった自分を嫌悪して、自傷行為に走ってなければ良いのだが。

 

そんな心配事を考えていたが、それは誰かが両手に触れた感覚によって中断される。顔を上げると、目の前にはいつの間にか七罪がおり、自分の膝の上にある両手を握っていた。それ以外にも士道や十香達、六人の視線が自分へと集まっている事に気付く。

 

「…?どうしたみんな、俺の顔に何かついてるか?」

 

『・・・・・・・・』

 

自分へと注目が集まっている理由が分からず、そんな言葉で場を和ませようとするが誰もそれには答えない。そんな重苦しい場で、言いづらそうに口を開いたのは目の前にいる七罪だった。

 

「蓮、誤魔化さないで答えて欲しいんだけど…精霊になった折紙と対峙してた…あの、巨大で青い奴はなんなの…?」

 

七罪が、自分たちの間で禁断となっている質問を蓮にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

精霊になった折紙と互角以上の力を見せたあの青い魔神。それを見せたのは今回で三度目だった。九月に、反転した十香に瀕死の重傷を負わされた蓮が、蘇生と同時に発現した時が最初になり、二回目は十一月に士道を〈バンダースナッチ〉から庇って負傷しその時に現れ、街に落ちてくる人工衛星を破壊した後に消えた。

 

これらの後は共通して、蓮自身は気を失い、次に目覚めたのはベッドの上となった。目覚めた後は蓮は何も変わらず、いつも通りの様子だったのだが、士道達にはあの魔神が何だったのかという疑問が胸の中に残った。

 

「私と士道、四糸乃と十香は見たのよ…。だから…正直に言って欲しいの…」

 

耶具矢と夕弦、美九の名前は出さず、あくまで今回初めてその存在を知ったように七罪は聞く。最初の時こそは士道達に恐怖を与えた存在だったが、二回目は士道達を救った。その為、ただの悪では無いというのは理解していたが、それ以上にその事を聞いて、蓮が変わったり、どこかに消えてしまう事が怖かった。

 

士道達、目撃者は蓮自身が話してくれるまでこの事は聞かないと皆で約束していたのだが、それは今までとは違う、蓮が明らかな意識がある状態で士道達に目撃された事により必要なくなった。見たため、気になって本人に聞く。それは当然の流れだろう。

 

「うーん、何なんだろうな。俺にも分からん」

 

真剣な七罪の質問に対し、蓮の回答はそんな軽く、投げやりなものだった。それには七罪は勿論、他の者まで呆気にとられた。

 

「ただ、殺されそうになった瞬間、ここで終われるかって強く思ったら出てたんだ。初めてなのに不思議とどうすれば良いか分かって戦えたけど」

 

『初めて』その言葉に皆が違和感を感じた。最初はともかく、二回目の時はここにいる全員が魔神の姿を見ていた。なのにも関わらず、それを隠そうとするには明らかな無理がある。そんな事は蓮が一番分かっているはずだ。

 

「ほ、本当に…本当に何も知らないの?本当に…?」

 

「本当だよ…けど、どうしたんだ?まるで見た事があるみたいな聞き方だけど…」

 

「えっ!?いや…知らないなら仕方ないわね…」

 

あまりに踏み込んだ聞き方に、蓮は疑問の声を上げるが、七罪が慌ててそれを誤魔化す。何も分からないと言った蓮だったが、二つの姿を持っている自分の右腕をまじまじと見つめ、嘲笑なようなものを浮かべた。

 

「まあ、色々気になるところはあるけど、あの怪物については、今まで命の危機が何回もあったにも関わらず、腰の重い相棒だなぐらいにしか思わないかな」

 

そんな軽口に、夕弦、美九などがクスリと笑う。その様子からは嘘、偽りは無いと士道は感じた。当然、それは士道から見た感じなのだが、それを信じてやるのが友人としての自分の役目だ。その時、室内にグゥ〜という可愛らしい音が響き渡る

 

音の音源の方に顔を向けると、ベッドに座る十香が恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。

 

「むぅ…お腹が減ったぞ…」

 

どうやらそれは、十香の腹の鳴った音らしい。そう言った十香は、何か期待するような目で蓮を見つめてくる。そんな目で見られて、困るのは蓮自身だ。

 

「えっと…流石に病院が厨房を貸してくれるとは思えないし…。悪い、何も出来ない」

 

言いづらそうに言ったそれに、十香は分かりやすい落胆を見せた。よく見ると、それを聞いていた他の精霊達、全員が少なからずガッカリした様子だった。どうやら、蓮は無意識に精霊達に餌付けをしてしまっていたらしい。

 

それを見た士道は、苦笑いを浮かべながら立ち上がる。

 

「…ったく、仕方ないな。けど、もう遅いしコンビニでゼリーでも買ってくるよ」

 

それを聞いた蓮以外のメンバーが嬉しそうな声を上げる。それぞれの注文を聞いた士道は今いる病室を出て行く。その瞬間、蓮は肺の中にあった空気を一気に吐き出すと、ベッドにばたりと寝転んだ。

 

「蓮、どうしたの!?やっぱり痛いところが…」

 

心配性となっている七罪が、不安の声を上げるが、蓮は手のひらを前に出し大丈夫とアピールする。実際、苦痛でベッドに倒れた訳では無いからだ。

 

「大丈夫…ただ、疲れただけさ。今日一日色々あってな…」

 

本当に今日は、肉体的にも精神的にも疲れる一日だった。いや、たくさんの事が起こりすぎたと言うべきだろう。だが、これからは今日以上に苦労する事になると確信出来る。弱音を吐く暇も無いのかもしれない。

 

それを理解し、身体を起こして立ち上がる。同時に、さっき出て言ったばかりの士道が病室に戻ってくる。つい先ほど出て言ったばかりのなのにも加え、その手には何も持っていない。コンビニに行って帰ってきたという訳では無さそうだ。

 

「早いお帰りだな。何か問題があったのか?」

 

「いや、問題っていうか…。部屋を出た直後、琴里から電話があってな。なんか〈ラタトスク〉の地下施設への迎えを出すから出発準備を整えておくようにって言われたんだ」

 

「え?は、はい。分かりました…」

 

「準備って言っても、ほとんどする事ないけど…」

 

それを聞いた七罪と四糸乃がせっせと動く。十香達も自力で動けないほどの怪我ではない為、移動で苦労する事はないだろう。そんな中、蓮は士道に手招きし、部屋の隅へと移動した。その理由は、皆の前では聞けない事を士道に聞く為だ。

 

「士道、司令官殿は、どうして〈フラクシナス〉で回収しに来ないんだ?わざわざ迎えなんかを出して」

 

その質問を聞いた士道は、さっきまでとは違う、何か言いづらそうな顔を作る。部屋の隅に移動してかつ、小さな声で聞いたのは精霊達の不安を配慮しての行動だった。蓮は、迎えを出すという指示を聞いた時、何か不吉な予感を感じたのだが、士道のその反応でそれは確信へと変わる。

 

「それが…〈フラクシナス〉は修理中らしいんだ…。琴里はDEMにやられたって言ってた。多分…」

 

「それをやったのは…あの人だろうな…。恐らく、折紙の戦いを邪魔しないようにする、露払いだったんだろ」

 

そこまで言った士道の言葉を繋げたのは蓮だ。〈フラクシナス〉を足止めするならまだしも、修理にまで追い込めるDEMの魔術師(ウィザード)は一人しか思いつかない。それが誰かは名前を言わずとも分かる、本当に面倒な事をしてくれたと舌打ちしたい気分だ。

 

「とりあえず、琴里達がいる施設になら、十香達の怪我を治せる医療用顕現装置(メディカルリアライザ)があるって言ってたし、念のため、蓮もそこで診てもらったらいいんじゃないか?」

 

「いや、さっきから異常は無いって言ってるけど…」

 

大丈夫だという事が信じて貰えず、ため息をつくと同時に、窓の外からエンジン音が聞こえ、救急車ではない車が数台病院の側に停まったのが見えた。

 

「ああ、多分、あれが琴里の言っていた迎えじゃないか」

 

車を見て、そう言う士道に対し、蓮は夜になり真っ暗となった空を見ていた。見つめる空には黄色の光を放つ満月が浮かび、吸い込まれそうな美しさを醸し出している。

 

(いつまでも病院にいるわけにもいかないし…一先ず、移動する先があるならそこでいいか…)

 

折紙の事も琴里と相談したいだ。とりあえず落ち着いて話し合える場所があるならそこに向かおう。そう考え、満月から目を離そうとした、まさにその時。

 

月に黒いヒビが入り、割れた。

 

「っ!なんだ…あれ…」

 

それは比喩でもない、言葉通り、月に一直線のヒビが入り、綺麗に両断した。

 

「どうなってんだ!月が…一体何が起きて…!」

 

すぐに士道もそれに気づき、疑問の声を上げた。それで、蓮だけが見ている幻覚という可能性は消える。

 

「いや、違う。あれは月に何かが起こったんじゃなくて…何かが月の前に出て遮ってるんだ…」

 

「遮ってるって…一体何が…」

 

士道の言葉を否定した蓮だが、そこにに何がいるかまでは答えられなかった。そんな事をしている間にも月に入った黒いヒビは広がっていき、夜空を覆い尽くしていく。まるでそれは硝子に衝撃と共に刻まれた、蜘蛛の巣を彷彿とさせるものだ。

 

そして、空に広がる闇は、生物のような蠢動をしたと同時に、黒い光線のようなものをまるで雨のように降らす。それは、精霊となった折紙の天使〈絶滅天使(メタトロン)〉の攻撃にも似たものだったが、今の蓮にはそんな事を考える余裕はなかった。

 

なぜなら、空から降り注いだ闇の奔流が、今いる病室の天井と床を突き破り、下のフロアへと向かって行ったからだ。

 

「ぐっ…!」

 

「きゃっ!!」

 

「なっ、なんですかぁ!!」

 

天井を突き破った闇の奔流に加え、病院を大きな地震が襲い、精霊達はパニック状態だ。再び窓の外を見ると、今のと同じようなものが絶え間なく降り注ぎ、町の形を変えていく。この地震はもちろん、月を両断し、夜空に広がっていく闇はどう見ても自然災害などではない。

 

いっそのこと、怠惰で愚かな人間に神が天罰を下したと説明された方が納得できる状況だ。だが、生憎、蓮は神など信じてないし、本当にいたとしたら、その顔に唾を吐きつけてやりたい気持ちでいるのは仕方のない事だろう。

 

「うわわ!蓮!どうすれば…」

 

「とりあえずここは危険だ!みんな!!ここを出るぞ!!」

 

こんな状況でも全員の耳に入るような大声でそう叫ぶと、右手を〈バスター〉へと変身させ、さっき月を見ていた窓である最寄りの壁を思いっきり殴りつける。すると、まるで爆弾でも爆発したかのような音と共に壁は吹き飛び、人が通るには十分の穴が空いた。

 

同時に両手に、飛翔する二つの剣、〈エカトル〉を出現させると、それを力無く放る。それは耶具矢と夕弦の周囲をクルクルと回る。

 

「わっ!?って、何よこれ!?」

 

「疑問。これは一体…」

 

「それはパラシュート代わりだ。その状態で飛び降りれば落下スピードを減らして安全に着地出来る。十香は士道を連れて飛べ!七罪は四糸乃と一緒に。美九は俺が連れていく!七罪、出来るか!?」

 

「え?う、うん。それくらいなら…」

 

蓮は素早く指示し、それに問題がないか確認する。それを聞いた精霊達はこんな状況だというのにパニック状態を脱し、落ち着きを取り戻していた。

 

「よし!シドー行くぞ!!」

 

「え?と、十香!?う、うわああああ!!」

 

最初に飛び出して行ったのは十香だ。完全の形を保った霊装を纏うと、穴の前にいた士道を掴み飛び降りる。落ちる途中に士道の絶叫が聞こえてきたのは無かった事にしてやる。次に飛び出したのは耶具矢と夕弦の八舞姉妹だった。

 

「催促。耶具矢、早くしてください。後ろがつっかえてます」

 

「わ、分かってるしっ!ああ、もう!何がどうなってんのよ…」

 

二人は怪我に響かない程度の速さで走ると、全くの躊躇いを見せず、同時に飛び降りた。さすが風の精霊、高いところは慣れているらしい。次は七罪と四糸乃ペアなのだが…。

 

「だ、大丈夫!?怖くない!?怖いんなら私の手をしっかり握ってて良いのよ!?」

 

「私…平気です。七罪と…い、一緒ですから…」

 

四糸乃のその言葉に、七罪は顔を赤くすると、二人は手を繋ぎ小走りで走り出す。その先が脱出のための飛び降り場所でなければ、とても微笑ましい光景なのだが、とても残念だ。四糸乃と七罪が飛び降りたのを確認すると、残った蓮は怪我人の美九をお姫様抱っこする。

 

「さて、俺たちも出るぞ。しっかり掴まってろよ」

 

「はーい。なんだかドキドキしますぅ」

 

笑顔でそんな事を言う美九に苦笑いを浮かべると、勢いよく走り出し、真っ暗な外に飛び出す。それと同時に、背後で何かが崩れるような大きな音が聞こえる。二人は重力に従って地面に落ちて行くが、その直前、虚空に現れた巨大な青い手が地面を殴り、スピードを殺した。

 

無事地面に着地し、美九を立たせた後、後ろを振り向くとそこには予想通り瓦礫の山へと変貌した病院があった。

 

「ふふ、まるで映画のワンシーンみたいでしたねー」

 

マイペースな美九に対し、気が気ではないのは士道だった。崩れた病院に大急ぎで寄ると、両手で山積みとなっている瓦礫を掴み退ける。

 

「く…みんな、手を貸してくれ!これをどけ…うわっ!」

 

だが、その言葉は蓮が士道を突き飛ばし、中断させた事によって止まる。地面に倒れた士道は、作業を中断させた事に対する非難の目を向けるが、ついさっきまで自分がいた場所に病院を破壊したものと同じ、闇の光線が着弾したのを見て変わる。

 

「こんな状況で救助活動は無理だ。それぐらい分かるだろ!」

 

「で、でも…瓦礫の下敷きになってる人が…」

 

「俺たちがするべき事は!救助じゃなくてあの元凶を何とかする事だろ!!」

 

あれを放っておいてはこれからも被害が増え続けるだろう、なら、それを止める必要がある。今、自分たちにしか出来ない事を叫んだ蓮は、破壊を振りまく闇のいる空を指差す。士道は蓮が指差す空を悔しそうに見るが、その顔はある一瞬を境に、呆然とした表情へと変わった。

 

「折、紙…」

 

「何だって!?」

 

士道が呟いた少女の名。それを聞いた瞬間、蓮も驚愕の顔へと変わり、空を見る。その視線の先には膝を抱え、顔を隠すように蹲った少女が漂っていた。闇を具現化したような霊装を身に包み、地上とは隔絶されたような場所にいるその少女の顔は見えないが、それは間違いなく鳶一 折紙だった。

 

「な…、あれが鳶一 折紙…なのか?」

 

「戦慄。マスター折紙と、同一人物とは思えません…」

 

皆一同に空を見上げ、言葉を失っている。そんな中で最初に行動したのは蓮だった。周囲に黒い光線が降り注ぐ中を堂々と歩くと、士道の腕を強く掴んだ。その痛みに士道は現実に意識が戻される。

 

「行くぞ士道。こんなところでボーッとしてる余裕はないからな」

 

「行くって…どこに?」

 

「どこにって、決まってるだろ。折紙(あいつ)に会いに行くんだ。一緒に来い、お前が必要だ」

 

その言葉は士道に向かって言った言葉なのだが、それを聞いた十香達までもが士道をジッと見つめる。

 

「鳶一 折紙に何があったのかは分からん。だが、あやつを正気に戻せるのはシドーだけだろう…」

 

「…ああ、そうだな」

 

士道の返事を聞いた精霊達は、限定霊装を顕現し、身に纏う。そんな中、蓮は耶具矢、夕弦、美九に不安の視線を向ける。まだ怪我も完治してない状態で無理をさせていいのか心配なのだ。そんな蓮の気持ちを感じた三人は、そんな不安を吹き飛ばすように笑った。

 

「ふっ、心配には及ばぬぞ。こんな怪我で音を上げるほど、我らは軟弱ではない」

 

「首肯。むしろ、今の八舞は完璧では故に、完璧以上なのです」

 

「大丈夫ですよー。無理はしませんって」

 

「そうか…ならいいんだ」

 

心配の目を向けたものの、今の状況では三人の助けも必要となってくるだろう。そんな矛盾に悩みながら、蓮は小さく笑うと、地面に浮遊していた〈エカトル〉を手元に回収し、自分の周囲に纏わせる。これによって八舞姉妹と同じように空を飛べるようになった。

 

「ち、地上は…私たちに任せてください…。〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の結界で、少しは防げると思います…」

 

「わ、私は役に立てないと思うから、四糸乃と一緒に地上で手伝いをしてるわ…。だからその、気をつけて…」

 

四糸乃も七罪も、心配でたまらないと言った様子だ。そんな二人の頭を撫でた後、蓮は風に包まれ空に浮かぶ。その隣には完全に力を取り戻している十香が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を手に並んでいる。

 

「よし、夕弦、士道。我らも行くとするか」

 

「呼応。耶具矢、夕弦の流れと合わせてください」

 

士道の両脇に立った耶具矢と夕弦が、手をかざすと辺りに風が渦巻き、士道の身体を浮かび上がらせた。

 

「俺と十香が前に出る。耶具矢と夕弦はその後ろで士道を守ってくれ」

 

この場でのキーマンである士道を第一にと言った後、蓮と十香は空に向かって飛んでいく。その後ろを耶具矢、夕弦、士道は前の二人を追い越さない程度のスピードでついて行く。士道は空を飛ぶという慣れない感覚に四苦八苦してたが、何とかついて来ていた。

 

だが、そんな士道を見れていたのはここまでだった。その理由は空を飛ぶ五人に、大量の光線が向かって来たからだ。量からして、偶然流れてきたものではなく、明らかに狙ってきての攻撃だった。

 

「やっぱり、このまんますんなりとは行かせてくれないか!」

 

蓮は自分の左手を横に大きく振る。その腕には水と氷を操る籠手、〈ウィトリク〉が装備してあり、その瞬間、前方に氷の壁が出現し、光線を防いだ。だが、蓮の顔は苦悶の表情だ。

 

「く…一撃が重すぎる…」

 

折紙からの攻撃は、昼間の時と比べ明らかに威力は上がっていた。その証拠に今張ったばかりの壁には早くもヒビが入り、崩れる直前だ。付近に大きな川か、海でもあればもう少し強固な盾をつくれたのだが、環境に発揮出来る力が左右されるのがこの籠手の弱点だった。

 

作ったばかりの氷の壁は、十秒も経たない内に砕け散り、殺意を持った闇の突破を許した。それは真っ直ぐ蓮に向かうのだが、その前に十香が立ち塞がる。

 

「はああぁぁぁ!!」

 

蓮を庇うように前に出た十香は、手に持った剣を一閃する。その太刀筋をなぞるように斬撃が飛び、砲撃を相殺させた。

 

「レン!今のうちだ!さっきの奴を頼む!」

 

「と、十香、悪い!」

 

十香に礼を言った後、意識を集中させ、先ほど壊された壁と同じようなものを前方に出現させ攻撃を防ぐ。だが、攻撃は壁を容赦無く抉り、削っていった。

 

(本当に…これで折紙の近くまで行けるのか…?)

 

蓮はそう思わずにいられなかった。ここから進んでいけば当然、攻撃はもっと激しくなっていくだろう。その場でこの盾はどれだけ持ち堪えるだろうか、恐らく五秒も持つまい。

 

そんな不安が頭に浮かぶが、状況はさらに最悪の道を辿る事となる。前を見つめる視界の端で、見覚えのある光が迸った。それを視認したと同時に蓮の身体は動く。

 

「三人とも!そこを離れろ!!」

 

身体の向きを変え、後ろにいる士道達の元へ向かっていく。その途中、空いた右腕に〈レッドクイーン〉を出現させ、夕弦のすぐ横に剣を突き出す。同時に〈レッドクイーン〉に何かが当たり、その軌道を変える。それは魔術師(ウィザード)が使うレイザーブレイドだった。

 

「…良いところを邪魔してくれましたね。やはり、あなたは敵にいると厄介です」

 

「最強だったら、不意打ちじゃなくて、堂々と来たらどうですかっ!!」

 

蓮がブレイドを抑えている間に、三人は距離を取り、その位置から夕弦の命を狙った相手を見る。だが、士道は相手が誰か見ずとも理解していた。レイザーブレイドと声に加え、蓮がそんな話し方で会話する相手は限られている。

 

「エレン…メイザース…!」

 

急に現れ、蓮と剣をぶつけ合っているのは、白金のCRーユニットを纏ったDEMの魔術師(ウィザード)、エレン・メイザースだった。こんな状況で奇襲してくるエレンに、士道が何か言おうとするが、それより早く、蓮が口を開く。

 

「士道!この人は俺が引き受ける!お前は早く折紙の場所に行け!」

 

十香にはもちろん、士道を守っている耶具矢、夕弦にエレンは危険すぎると判断しての言葉だった。それを聞いた十香、耶具矢、夕弦は互いにコクリと頷くと、折紙に向かっていく。士道もやりきれないような表情をするが、顔を折紙に向ける。

 

「良いのですか?全員で向かって来なくて。そうすれば私に一矢報いる事が出来るかもしれませんよ」

 

「…あなたを倒す事は目的じゃない、そこに向かうための障害に過ぎませんからね。余計な人員を割く訳にはいかないでしょう!」

 

夕弦を助けた時のように再びレイザーブレイドを強く弾くと、後ろに後退し、エレンとの間合いを作る。そして、仕切り直しとばかりに右手に持つ〈レッドクイーン〉の剣先をエレンに向けた。だが、エレンは構えをとる事もせず、蓮をジッと見ている。

 

「…理解に苦しみます。あなたが私に勝てない事など、誰よりも一番あなた自身が分かっている筈です。なのに何故向かってくるのですか」

 

そんな事を聞くエレンの言い方は、小馬鹿にするわけでもなく、純粋な疑問を思っての言葉だった。自滅とも言える戦いに何故挑むのか、エレンにはそれが理解出来ない。それに対する蓮の答えはシンプルなものだった。

 

「だからって、あいつらを見殺しにする訳にはいかないでしょう。十香達の笑顔の為だったら、あなたも社長さんも…"死"すらも怖くない。そう言えます」

 

あまりに青臭い言葉。それを聞いたエレンは、気に入らないとばかりに目を細める。予想はしていたが、やはり共感出来る回答ではなかったらしい。

 

「…堕ちたものですね。全てを合理的に考え効率的に行動していた機械(マシーン)のような昔のあなたを、私はとても気に入っていたのですが、今は見る影もありません」

 

「どうぞ、好きなように思うがいいですよ。もしかしたら、この気持ちが"愛"や"恋"って奴なのかもしれませんね。まあ、あなたには一生理解出来ない感情かもしれませんが」

 

ようやく芽生えて来た人間らしい感情を否定したエレンに、嫌味を込めてそう言ってやる。これに怒ったエレンが向かってくるかと思ったが、意外にもその場から動くどころか、未だ剣すら構えない。ただ、その顔は目を見開き、耐え難い怒りを溜め込んでいる雰囲気を放っている。

 

「愛、ですか、忌々しいものです。昔にそのような事をぬかし、我々の誓いに背を向けた裏切り者がいましたね」

 

「裏切り者?…誰ですか、それ?」

 

ただならぬ様子のエレンの様子が気になり、そう質問する。だが、エレンはそれに答える事なく、目の前から姿を消していた(・・・・・・・・・・・・)

 

「それは、あなたが知る必要のない事です」

 

背後から聞こえたエレンの声。瞬間、右手に持った〈レッドクイーン〉を背中に背負うように背後に回す、すると、剣から何か重い感覚が伝わってきた。恐らくエレンのブレイドを受け止めたものだろう。

 

(不味い…後ろを突かれた!)

 

背後に回られては勝負にならない、剣で受け止めたブレイドを振り払うとその隙にエレンのいる背後に振り向く。だが、同時に素早い剣筋が飛んで来て、右手に持った〈レッドクイーン〉を弾き飛ばす。剣は、瓦礫だらけの地上に落ちていく。

 

剣が消えたのを確認したエレンは、籠手を装備した蓮の腕をなぞるようにして、ブレイドを首筋に向かわせた。今、蓮の右手には何も握られてなく、防御出来るであろう左腕のすぐ上を這うようにすれば防げないと考えたのだ。

 

しかし、その考えは、籠手の装備された腕から垂直になるように飛び出して来た、二枚の鉤爪にブレイドが止められる事により否定された。思わぬものの登場に警戒したエレンは、スラスターを吹かし、後ろに退く。

 

「まだ、そんなものを隠し持っていたのですか。往生際が悪いですね」

 

「はあ…はあ…。まだ終われない…」

 

籠手から飛び出した鉤爪は、カチッという音と共に手の方に倒れ、手首部から飛び出すようにスライドした。何とか危機を脱する事に成功したが、それはこの場しのぎにしかならない。ここでの対決は蓮が不利な環境だからだ。

 

エレンは熟練された随意領域(テリトリー)操作で、装備のスラスターを思考と同時に動かす事ができるのに対し、蓮は自分の周囲にいる〈エカトル〉に自分の移動を命令し、実行させるのにどうしてもラグがある。たった数秒の時間差なのだが、エレンとの戦いにおいて、それは致命的な一瞬になりかねない。

 

「さあ、どうしました?このまま嬲られ続けるつもりですか」

 

「チッ…そんな趣味ありませんよ!」

 

そうは言っても、多方向から素早い斬撃を仕掛けてくるエレンに、蓮は守りに徹することしか出来ない。やはりこのままでは不味い、一旦距離を…、そう考えて、〈エカトル〉の操作に思考を割いたその時。

 

蓮のすぐ上にエレンが現れ、頭部に向けて随意領域(テリトリー)で強化したであろう蹴りを放つ。直撃すれば気を失いかねない危険な一撃だ、だが、この場を動けず避ける余裕もない蓮は、左腕を腕に出して防御した。

 

「ぐうぁあ!!」

 

腕で蹴りを防いだ瞬間、籠手はバラバラに砕け散り、蓮は地上に叩き落とされた。蹴りの威力自体は何とかなったがその勢いは殺せなく、それに吹き飛ばされた蓮は、建物の倒壊後であろう瓦礫に突っ込み、砂埃の中に姿を消した。

 

蓮を隠していた砂埃は、数十秒後に消えたが、その後の景色を見てエレンは眉を顰める。何故なら、叩き落とした筈の蓮の姿がどこにも見当たらなかったからだ。

 

 


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