デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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61話

「ふん、早退きとは軟弱よ。少し我が鍛えてやらねばなるまい」

 

「首肯。貧弱貧弱ぅです。耶具矢と夕弦で鍛える必要があると感じます」

 

「そう言わないでやってくれ。きっとシドーにも事情があるのだ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

朝とは違い、今にも雨が降りそうな曇天に空の下で耶具矢、夕弦、十香、蓮は精霊マンションへの道を歩いていた。今はすでに放課後、一日学校で過ごしても士道は折紙を探しに行ったっきり、戻ってくるどころかメール一つ寄越す事はなかった。

 

「分かっておる我が眷属よ、冗談だ。そういえば、折紙が転校したと小耳に挟んだぞ。それは誠か?」

 

「うむ…それを聞いた後、シドーはいなくなってしまった。何か関係あるのかもしれん…」

 

「とりあえず、家に帰っている可能性もあるから、そこに行ってみるつもりでついてきたんだが…」

 

心配そうにする十香の手を他の二人に見えない角度で握りながら説明する蓮。それになるほどと耶具矢と夕弦は頷く。

 

「納得。なるほど、分かりました。しかし、今日の蓮は何か変ではありませんか?何か警戒でもしてるように感じます」

 

「そ、そうか?いつも通りだと思うが…」

 

正直に言うと、夕弦の言葉は見事に当たっていた。別に決定的な理由があった訳ではない、ただ、"嫌な予感がする"そんな理由だった。しかし、それを十香達に伝えて怖がらせてはダメだ、あくまで平常心で水面下でその目を光らせようとするがそれが上手くいかない。

 

それを隠そうと適当な話で誤魔化してるうちに、目的地である精霊マンションが見えてきたのだがその隣にある士道の家の前に見覚えのある少女が立っていた。

紫紺の髪にセーラー服姿の背の高い少女、その愛らしい容姿はつまらなそうに曇っていたが、四人の姿を捕捉した瞬間さっきまでの顔はどこえやら、顔を明るくすると両手を広げてこちらに走ってくる。

 

「みなさぁあああん!!待ってましたよぉおおお!!!」

 

まるで闘牛の牛のように突っ込んでくる少女、美九を見て十香、耶具矢、夕弦は横に動いて突進を避けるが蓮だけは動かず、結果、美九に強く抱きしめられる事となった。

 

「ああぁん、みなさんひどいですよぉ。私の溢れる想いを受け止めてくれたのは蓮さんだけだなんてぇ」

 

「疑問。なぜ蓮は避けなかったのでしょうか?」

 

「フッ、簡単な答えよ。蓮は自分までもが避けてしまっては、後ろにある電柱に美九がぶつかってしまうと考えたのだろう」

 

「理解。なるほど、さすが蓮です」

 

蓮が美九に抱きつかれている光景を見て、そんなどうでもいい事を話し合う二人。ひとまずため息をして気持ちを落ち着かせた後、蓮は自分を抱きしめる美九の腕を優しく解いていた。

 

「美九、悪いが後にしてくれ。俺は家にいる士道に聞きたい事があるんだ」

 

美九が居たのは予想外だったが、それでもやる事は変わらない。しかし、それを聞いた美九は何やら思い出したかのようにあぁ!と声を出した。

 

「そうそう!そうですよぉ!学校が終わったからダーリンのお家まで来たのに誰も居なくて、暇だったんですよぉ!お隣のマンションを訪ねても誰もいないらしいですしぃ」

 

「シドーは家に帰ってない…のか?」

 

ここで美九から意外な事が告げられる。誰も居なかったと言う事は士道はもちろん、琴里も家にいないらしい。その事実に美九以外の四人は互いに顔を見合わせる。

 

「これは、なんだか陰謀の匂いがしてきおったわ」

 

「首肯。マスター折紙に関する事案であると思います」

 

「ちょっとぉ!何の話なんですかぁ!?説明して下さいよぉ!」

 

何か知ったような会話をする二人に、置き去りな状況の美九が説明を求めてくる。そんな美九に蓮は『実は…』と今日の事を話した。折紙が転校すると言う事、それを知った士道が折紙を探しに行ったきり戻ってこない事。それを知った美九は何かを感じたらしく、好奇心に満ちている様子だ。

 

「ほうほう…それは確かに怪しいですねぇ。これはダーリンに危機が迫っているのかもしれません!」

 

「ふーん、どんな危機?」

 

聞いている三人が息を飲む中で、蓮だけは大して期待もしてない様子でそう聞いた。すると、ノリノリの美九は待ってましたとばかりに語り出した。

 

「ダーリンは折紙さんを追いかけて行ったうえに、家に帰ってないどころか、連絡一つない…。それはつまり!逆に折紙さんに捕まってペロペロされている可能性があるという事です!!」

 

美九の推測にな、なんだってー!!という空気が流れるが、蓮だけはそれに納得出来ずにいた。学校は折紙にとって士道と同じ場にいられる数少ない場所だ。それを餌にしてまで士道を呼び出すのはどうかと思う。しかし、相手はあの変態女である折紙なのだ。決してあり得ないと言えないのが悲しい。

 

「こうしてはいられません!早速ダーリンを探しに行きましょう!」

 

美九がそう言って拳を振り上げると、他の三人も『おー!』と右手を掲げる。まあ、美九の予測が正解であろうとなかろうと、ここには士道はいない、ならば探しにいくのがベストだろう。そう思ったその時。

 

辺りにけたたましいサイレンの音が鳴り響く。そのサイレンが何かは、聞いた瞬間理解できた。

 

「む、これは…」

 

「空間震警報だな、なんてタイミングの悪い」

 

士道を探しに行こうとした矢先の空間震警報に、一同は顔を顰める。だが、八舞姉妹の二人は興味ありげに顎を撫でていた。

 

「ふむ…新しい精霊が現れるというのか」

 

「興味。どのような精霊か気になります」

 

放っておいたらシェルターに避難せず、現れた精霊を見に行ってしまいそうな様子だ。そんな二人に美九はブンブンと首を横に振る。

 

「駄目ですよー。空間震警報が鳴ったらちゃんとシェルターに避難しないと」

 

美九の年上らしい一言に二人は渋々頷く。そんな美九の行動に感動しつつ、蓮は居場所の分からない士道について考えていた。あのお人好しの事だ、空間震警報が鳴っていようと折紙を探し続けるだろうし、折紙に監禁されていたとしても、折紙が士道を解放し二人仲良くシェルターへ、なんて展開も考えにくい。

 

(やっぱり、探した方が良いかも知れないな…)

 

当然、四人をシェルターまで送った後の話になる。蓮は別に士道の貞操が折紙に破られようと興味は無いが、折紙には転校の真意も聞きたいところだ。と、その時。

 

「その必要はない」

 

五人の背後から静かな聞き覚えのある声がかけられる。振り向くとそこには今朝転校を知らされた折紙が立っていた。

 

「鳶一 折紙…?貴様、なぜこんなところに?」

 

「あー、折紙さーん。ダーリンは一緒じゃないんですかぁ?」

 

十香や美九はもちろん、耶具矢と夕弦も口々に質問の言葉を向けるが、折紙は何も答えずただ、凍るような冷たい視線で睨みつける。そんな折紙を見た蓮は目を細める。

 

「避難が必要ないっていうのはどういう事だ?空間震が起こるから警報が鳴ってるんだろ?」

 

この付近では警報を聞いた住民が家から飛び出し、最寄りのシェルターに避難していく。それらが居なくなるまで暫し待つと、口を開いた。

 

「この警報は私が要請して鳴らしたもの。実際には精霊もASTも現われない。…神代 蓮、私はあなたをも巻き込むつもりは無い。今すぐにここを離れて、事が終わるのを待っていてほしい」

 

「悪戯にしては度が過ぎてるな。こんな事をして何が目的だ?お前を追いかけて行った士道はどこにいる?」

 

「今から十秒間だけ待つ。この間に出来るだけ遠くに行ってほしい」

 

「こっちの質問に答えろ!鳶一 折紙!!」

 

自分の質問に答えず、淡々と要求を告げる折紙に蓮は怒気の篭った声を出す。それを聞いた折紙は十香達に向けていた冷たい視線を蓮にも向けてくる。それにはとにかく蓮を言う通りにさせたいという意図が感じられるが、そうされると尚更離れる気は失せる。

 

「質問。この警報はマスター折紙が鳴らしたと言いました。なぜそんな事を?」

 

二人の間に流れる険悪な雰囲気を感じ取ってか、夕弦が折紙にそんな質問をする。すると、折紙はポケットからドッグタグのようなものを取り出す。それを見た瞬間、蓮は目を見開いた。

 

「それはーーあなたたちをこの場で…倒すため」

 

折紙が手にしたドッグタグを額に当てたのと、蓮の右手に三つの刃を持った剣〈エカトル〉が握られたのは同時だった。瞬間、折紙の身体が発光し、その身にCRーユニットが装着される。鈍色の輝きを放つ先鋭的なフォルム、X字に展開されたスラスターと腰元にある巨大な兵装が特徴的だった。それは折紙の右手を前方にかざす動きに合わせて変形し、その手に握られる。

 

その間に蓮は手に持つ〈エカトル〉を地面に叩きつけるように投げる。〈エカトル〉は地面に当たらずその直前で止まり、目に見えぬスピードで回転を始める。蓮はそばにいた十香と美九の腰に手を回し二人が離れないように掴む。

 

折紙の右手に装着された巨大な魔力砲、彼女が引き金を引くのと〈エカトル〉が風を巻き起こし、五人を空中に吹き飛ばすのはほぼ同時だった。

 

「ぬわっ!」

 

「きゃっ!」

 

魔力の奔流は五人のいた地面をえぐりその衝撃に十香と美九は悲鳴を出す。結果、折紙から真っ直ぐの線を刻み、その範囲にあったものは全て吹き飛ばされた。こちらが無防備だったとはいえやってくれる。そう思いながら、蓮は地面に降りた後、掴んだ二人を離し、左手に〈レッドクイーン〉を握り剣先を折紙に向ける。

 

「その装備、〈メドラウト〉だな。それをどうやって手に入れたか俺は心当たりがある。…お前、魂を売ったな」

 

「私は夜刀神 十香たちを…精霊を倒す。そのためにここにいる」

 

銃口を向け、迷いなく語る折紙。それを聞いた十香と美九は息を飲み、どうすれば良いか縋るように蓮を見る。その視線を感じつつ、蓮は無感情に折紙を見る。

 

「私の目的は精霊であり、その中にあなたはいない。今、ここから離れると言うのなら手出しはしないと約束する」

 

「俺だけ仲間外れかよ。大人になった今じゃ、そういうのは笑えないと思うぞ」

 

この場に似合わないおちゃらけた言い方だが、自分は動かないという意思を折紙は感じた。自分の今まで生きてきた理由に関わるこの場で、その発言は折紙の神経に触れる言い方だ。

 

「私の両親は、精霊に殺されその仇を求めて私は今まで生きてきた。そのためにASTに入り、それに全てをかけてきた」

 

「ああ、前に聞いたな。それがどうした」

 

「私には精霊が殺す理由がある。そのために今までの自分に戻る理由も…」

 

いつもの折紙らしくない、饒舌な喋り方だった。無口という印象があった折紙がこんな風に自分の事を語るのは初めて見たかもしれない。それを聞きながら蓮は理解する。折紙も顔はいつも通りの無表情でも平常心でこのような事をしているのではない、少なからず"動揺"しているのだと。

 

「あなたが私を止めるため前に立つつもりなら、あなたにその資格はない」

 

「へえ、その理由は?」

 

「私の復讐心は自分で生み出したものに対し、あなたの夜刀神十香達を守ろうとするその心は自分で生み出したものではない。世界を殺す存在である彼女達を救った士道(・・)を見て、自分も誰かを救い、救われたいと思ったに過ぎない」

 

折紙は蓮が十香達を守ろうとする心を士道が十香達を救ったのを見た"憧れ"だと言う。だが、あの折紙にしては悪くない内容だと蓮は思う。これらの事を言い終わっても、折紙の口は閉じず話し続ける。

 

「私のしようとしている事は間違っていない。空間震の原因である精霊を殺し、世界を平和にして二度と私のような人間が出ないようにする。それを邪魔するなら、あなたは悪となる」

 

自分の復讐が世界を平和にする。そう語る折紙の姿は実に滑稽だった。蓮から言わせてもらうと表現するより、迷っている自分自身に語るような意思が伝わってくる。それを聞き終えた蓮は〈レッドクイーン〉を目の前の地面に突き刺す。

 

「自分の両親の仇をとって世界の平和を守るか…。お前がこんな事した理由とそれを邪魔する俺が目障りだというのは分かった。そんなお前に聞くよ、十香達が殺すっていう世界はどんな顔してるんだ(・・・・・・・・・・)?」

 

その質問に折紙は目を見開き、十香と美九も互いに目を合わせる。

 

「お前が守ろうとしている平和とやらもだ。男か?女か?良いやつなのか?ムカつくやつなのか?俺は見た事ないからな、教えてくれよ」

 

「・・・・・・・・・・」

 

蓮の質問にさっきまでとは打って変わり折紙は沈黙する。その反応を見て、予想通りとばかりにため息をした。

 

「お前は死んだ両親と、仇の精霊とやらのため今日まで生きてきたんだろ?それと同じように目に見えないし、触れることの出来ないようなもののために、俺は頑張れないな」

 

それを隣で聞いている十香は、自分の右手が握りしめられる感触がして目を向ける。すると、自分の右手が蓮の左手に握りしめられていた、その力はとても強く、二度と離さないと言わんばかりだった。

 

「ちゃんと見れて、触れることの出来るから頑張れるんだ。それこそ、命を賭けてもな」

 

「そう…なら、あなたは私の、いや、世界の敵となる」

 

折紙は十香達に向けていた銃口を蓮へと向ける。たとえ複数の精霊を相手にしても、この場で一番警戒しなければならない人物は誰かを理解しているらしい。蓮は目の前に刺さっている〈レッドクイーン〉を蹴り、空中に弾き飛ばすと落ちてくる剣を掴み、グリップ部…柄を捻る。

 

すると、エンジン音のようなけたたましい音と同時に刀身から炎が噴き出す。それはまるで獣の威嚇する声にも聞こえた。

 

「この戦いすらも世界の掌の上の出来事。そん考えるとムカつかないか?」

 

世界を守るためと言った少女に、蓮はそんな質問をニヤリと笑いながらした。

 

 


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