デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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56話

住宅街に建っているとある家、そのリビングに異常な空気が張り詰めていた。それは家の住人である士道の友人である蓮と、その母、エレンの間に流れる殺意だった。だが、蓮が恨みのこもった視線を向けても、エレンは気にする様子はない。

 

(距離は二メートル、〈レッドクイーン〉で一振りすれば十分に届く…だが…)

 

それは出来ないと否定する。なぜなら、この部屋…いや、この家全てがエレンの随意領域(テリトリー)の範囲だと理解しているからだ。どう考えても、剣を出して斬りかかるよりも、エレンが考え蓮の動きを止める方が速いだろう。

 

「それで…何で俺を呼び出したんです?断れないように士道を人質にとってまで」

 

「あなたに〈ウィッチ〉の居場所を教えて頂きたい。その対価に、〈プリンセス〉〈イフリート〉〈ハーミット〉〈ベルセルク〉〈ディーヴァ〉の安全を保証します」

 

「俺にその条件を言うって事は士道が言わなかったのでしょう?じゃあ、俺が言う訳にはいきませんね」

 

まさに想像してた通りの言葉に、士道はこんな状況だというのに安堵の笑みを浮かべる。だが、エレンはそんな返事は予想してたとばかりに言葉を続ける。

 

「それに加え、特別な条件をつけます。我々の望む〈ウィッチ〉の居場所を言ったのなら、あなたがDEMに帰還する事を認めましょう。無論、私に牙を向けた事も不問とします」

 

それを聞いて、士道は顔を強張らせると同時に、さっきエレンが言っていた言葉の意味が理解出来た。『DEMのジェイク』とはそういう意味だったのだ。しかし、蓮はその条件を鼻で笑い、一蹴する。

 

「そんな事を言いに俺を呼び出したんですか。甘く見られたもんですね」

 

エレンの間合いの中にいるというのに不敵な笑みを浮かべる。その行動はまさに蓮らしいものだった。いつだって自分たちを驚かせ、誰も考えないような事をする。だが、エレンはそれすらも分かってたというような顔をし、ソファから立ち上がると蓮の前まで歩いていく。

 

「私も流石に、DEM内であなたを冷遇し過ぎたと反省したのです。あなたのいた地位に必ずあるべきものを我々は用意しなかった。今、戻って来るなら、あなたが望んでいた秘書官を用意します。もちろん、我々が十分に信用出来る(・・・・・・・・)と判断した人物を。…あなたはどのような娘が好みですか?」

 

まるで言えば用意出来るとと言わんばかりの言葉だ。この人は変わらない…いや、変わったのは自分なんだ(・・・・・)と理解した。昔の自分だったら、ラッキーだと思って頷いていたかも知れない。しかし、今は違う、そんなもので自分の心は動かない。

 

一方士道は、疑問を感じていた。蓮は、自分は会社内では一般社員だったと言っていた。。DEMは、一般社員にも秘書をつけるような企業ではないということは高校生である自分でも分かる。

 

「待てよ…!蓮は自分は一般社員だったって言っていた。エレン、お前はどうして蓮にこだわるんだ?」

 

エレンは自分の身内だからと言って、優遇するような人間だとは思えない。それゆえ生まれた疑問だった。それを聞いたエレンは、顔を士道には向けず、蓮を見たまま言う。

 

「…どうやら五河 士道はあなたの本当の姿を知りたがっている様子ですね。これを機に私が真実を伝えてましょうか?」

 

その時、エレンは悪魔の笑みを浮かべていた。蓮はそんなエレンを睨みつける、その目は語っていた『やめろ』と。それを理解しながらもエレンは口を開き真実を口にした。

 

「私はあなたに、再びDEMで活躍して欲しいのです。世界から憎まれ、疎まれている暴君、皇帝NEROとして」

 

蓮が言うなと願った真実。エレンはそれを容易く口にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

士道はNEROという人物の名前を何回も耳にした事がある。古代ローマの皇帝と同じ名前のその人物の事はテレビを見れば知る事が出来るが、良い情報を聞くのはとても稀だった。良い事などほとんど報道されず、NEROのせいで相場が崩れただの、顔を見せない所為で信頼がないだのマイナスな事ばかりだ。

 

そんな訳で、士道も良い印象を抱いていたわけではない。だが、嫌っていたわけでもない。テレビを見ても全ての人間が主観的な意見を抱くわけでもないだろう。所詮は別の世界の人間、士道はそう思っていた。だが…

 

「それ…本当なのか…?」

 

目の前にいる友人は、今までそう思っていた人間だったのだ。士道の質問に気まずそうに顔を逸らす、それが何よりも分かりやすい答えであった。

 

「人の秘密を勝手に暴露してのお願い…ですか。昔に言いましたよね?それはあくまで自分の活動資金の入手と、会社への恩返しが目的だって。もうその目的は達成してると感じてます、これ以上皇帝になる理由はありませんね」

 

「では、あなたはこれから戦士として生きていくつもりだとでも?」

 

エレンは蓮の拒絶に食らいつく。人の考えや決意の中にズガズガと踏み込んでくることに不快感を感じながらも、エレンの言うことに間違いがないと思ってしまうのが悔しい。

 

「戦士として生きる…それも悪くはないでしょう。この私が認めます、あなたは私が知る中で間違いなく最高の戦士です。その戦闘センスは私すら越えるかもしれない。ですが、それゆえあなたは戦いから離れる事は出来ない、戦う事でしか自分を表現する事が出来ないからです」

 

蓮はその言葉に僅かな嬉しさを感じた。今までエレンは自分の事を酷評しても、賞賛する事は一度も無かったからだ。

 

「その力は、我々の元では役立てる事が出来ると約束します。アイクや私なら、存分に力を振るえる環境を作り出せる。強敵との戦闘を望むのなら、その力で精霊の首の一つでも取ってきても構いませんよ?」

 

「ッ!それはウェストコットやあんたの都合だろうが!!」

 

声を上げ、立ち上がったのは士道だった。その顔は怒りに染まり、エレンを睨みつける。それを聞いたエレンは士道の方に顔を向けるがその目はとても冷たかった。

 

「あなたは黙っていてください。これは私たち二人の問題で、他人であるあなたが口を挟むような事ではありません」

 

「蓮はそんな人間じゃない!お前は普段、蓮が十香達とどんな風に触れ合っているか知ってるか!?精霊である事なんか気にもしてない様子で!まるで本当の家族のように微笑んでる。それを想像することもなく、勝手な暴論を押し付けるんじゃねえよ!」

 

感情的になる士道とは反対に、エレンは冷静な顔を崩さない。それが士道をさらに苛つかせる。息を乱すほどの大声で叫んでも、結局、エレンの表情は変わる事は無かった。ぜえぜえと乱れた呼吸をする士道をエレンは冷めた瞳で見る。

 

「それは、人間に心を開けないこの子の唯一の愛情だったからです。人間を信じられなくても、精霊という別の生命体になら怯えず、接する事が出来る。夜刀神 十香も、所詮その対象の一つにしか過ぎません」

 

「何を…!」

 

蓮だけでなく、十香までも道具のように言うエレンの言葉を聞いて強く拳を握る。これ以上聞いてるとエレンに殴りかかってしまいそうな様子だ。そんな士道を冷静にしたのは、皮肉にもエレンだった。

 

「五河 士道、あなたには理解出来ないでしょう。人間を信じられず、自分もまた人間ではない。そんな者の苦悩が。そして、唯一心を許せる人物と出会った時、縋ってしまうその気持ちが」

 

鋭い瞳から言われたその言葉に、士道は何も言えなかった。自分より、蓮を理解しているエレンが言ったのもあるが、『人の悩みを知った気でいるな』彼女の目がそう語っていた気がしたのだ。

 

「ジェイク、あなたは仏教の世界観で、一番美しいものは何か知っていますか?」

 

「…あいにく、その辺りの分野は学び損ねてましてね」

 

「それは(はす)の花らしいです。つまり、あなたのことです"蓮"、あなたの魂は美しい」

 

そんな事を言うと、蓮の目の前に右手を差し出してくる。まるで握手でも求めるように。エレンの顏を見ると、優しい微笑みを浮かべていた。

 

「あなたにはもう一度、我々の元では美しく咲いてほしい。どうか、お願い出来ますか?」

 

言葉が上手いな。そう思いながら、エレンの差し出す右手に自分の右手を伸ばした。エレンの後ろでは士道が不安そうな顔でこちらを見ていた。それを知りながらも、手を伸ばす。そして…

 

パァン!!

 

リビングに乾いた音が響き渡る。その音の正体は、蓮がエレンの手を払いのけたものだ。美しく咲き誇る(はす)の花は持たない筈の棘で、触れようとしたものの指を刺した。その事実を認識し、エレンは微笑んだ顔から変わり、冷たいものへとなる。

 

「…理解出来ませんね、いつか後悔しますよ。待遇を良くするのに加え、〈ウィッチ〉の場所を言わなかったことを。一を犠牲に九を救える。それほどの好条件の取引を蹴り飛ばした事を」

 

「一を守れずに九は救えない!そんな事、子供でも分かる!それに後悔なんて無い!あるとすれば、もっと早くこうしていれば良かったという思いだけだ!!」

 

いつもの丁寧な話し方もせず、怒鳴るような勢いで蓮は話す。エレンはそれに『そうですか』と無感情に答える。

 

「これをもって、交渉は決裂しました。後は何をするか…あなたには分かりますね?」

 

ネズミを嬲る猫のような笑みを浮かべたエレンが取り出したのはナイフの柄のようなものだ。それが何なのか蓮は理解していた。その予想を裏切る事なく、柄からは淡く輝く光の刃が出現する。

 

「蓮!逃げろ!」

 

そんな叫び声と共に士道は立ち上がり、エレンに突っ込んでくる。背後からタックルをかまして逃げる隙を作ろうとしたのだろう。だが、その動きは途中でピタリと停止し、士道の口から『ぐっ…!』と苦悶の声が漏れる。

 

人体の構造からはあまりにも不自然な急停止。エレンの随意領域(テリトリー)に動きを止められたのだと理解出来た。

 

「さて…私との訓練で多少の痛みには慣れているあなたには、どうするのが効果的ですか?」

 

「痛みには慣れても、そういう趣味はしてないのでお気にせず」

 

「減らず口を…。まあ、まずは前菜(オートブル)からといきましょう」

 

嘲るような声で言う蓮に苛立ちながらも、その頬にレイザーエッジを添える。エレンが少し押し込めば白い皮膚に赤い血が流れるだろう。

 

「これが最終通告です。〈ウィッチ〉の居場所を…」

 

「さっさとやったらどうです?同じ事を何度も言われるのは嫌いなんで」

 

こんな状況だと言うのに、あろうことかエレンを挑発した。この場で少しでも自分を挑発するのが、せめてもの抵抗なのだと考えての行動なのだろう。

 

「…分かりました。ではそうさせて頂きます」

 

最後の脅しにも屈する事なかった。血を流さずにいれらたのはここまでだ、こうなるとあとは拷問で聞き出すしかないだろう。エレンはそう判断し、レイザーエッジを頬に押し付けるようとしたその瞬間。

 

テーブルに置かれた士道の携帯電話が軽快な着信音を鳴らせ、この空気を破った。それによって、エレンの意識が僅かにそちらに向いたのを察した蓮は、身を屈め、エレンの膝部…丁度関節部に足払いをかけるような蹴りを当てる。

 

「ぐっ!」

 

完全に不意をついたその蹴りをエレンは避ける事が出来ず、バランスを崩し床に仰向けに倒れこむ。そのエレンの上に覆いかぶさると、蓮は左手でエレンの身体を掴み、固定する。そして右腕に籠手〈ウィトリク〉を装備、それと同時に手首部から隠しブレードを出してエレンの頭部に向かわせる。

 

しかし、それは剣先があと一センチというところで止まる。蓮が止めたのではない、エレンが随意領域(テリトリー)を操作して止めたのだ。

 

「ちいっ!相変わらずの集中力ですね…」

 

「私に泥をつけるとは、高くつきますよ。あと、あなたはどこを触っているのか分かっているんですか?」

 

エレンの目線は蓮の左手に注がれている。それにつられてみると、自分の左手はエレンの右乳房を鷲掴みしていた。エレンに動かれないように掴んだ場所が偶然にもここだと、今気づいた。

 

「結構硬いんですね。俺のいたAST部隊の整備士の友人は、もっと大きくて、柔らかかったんですが」

 

「…あなたには、女性と目上の人間に対しての話し方を教えた方が良いですね」

 

額に青筋を立て、底冷えするような声でエレンは言う。エレンは敵で、同情するような相手ではないと考えている士道も、これは流石に蓮の方に非があると思ってしまった。

 

(こりゃあ、ナイフで刺されるぐらいじゃ済まないかな)

 

蓮がそう思った時、今度はエレンの携帯電話が低い振動を鳴らし始めた。エレンは今の体勢のまま平然と電話に出た。

 

「はい、私です。どうかしましたか……なんですって!?それは本当ですか?」

 

電話に出たエレンの顔が急に険しくなった。数年間共にいた蓮が見た事もないような表情だ。

 

「…ええ、分かりました。こちらで対応します」

 

そう言って電話を切ると、蓮の下から抜け出し、横を通ってリビングの出口まで歩いていく。

 

「運がいいですね」

 

エレンのその言葉と共に随意領域(テリトリー)が解除され、急に支えを失った士道は、床に倒れるが蓮は踏み止まる。なぜ解放したのか、それを聞こうとして顔を向けるがそこにエレンの姿はない。家を出て行ったと考えるべきだろう。

 

一体電話で何を言われたのか気になるところだ。だが…

 

「本当…なのか?エレンが言ってた事…」

 

そう聞いてくる士道を見て今はこっちが先だと判断する。説明する手間を考えため息を一つした後、蓮はソファに腰を下ろした。

 


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