デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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53話

蓮のお陰で傷が完治した七罪はその後、同施設の隔離エリアに移された。隔離エリアと言っても七罪の病室も兼ねてあり、ストレスを感じさせるような部屋ではないのだが、意外にもその部屋に移される途中の七罪は不思議と大人しかった。

道中、蓮のお姫様抱っこをされながらも、天使が使えない今どんなに抵抗しても意味がないと悟ったのかも知れない。

 

そして今、六月に力を取り戻した琴里が入れられていた場所とよく似た構造となっている隔離エリアの扉が横にスライドして開いた。

 

「七罪ー、入るぞー」

 

そう言って入ってきたのは湯気の立つ皿をお盆に載せた蓮だった。だが、扉が開くと同時に眉を顰めた、なぜなら部屋の床には枕やクッション、ぬいぐるみなどが散乱しており、ベッドの上にいる七罪は『はあぁ…はあぁ…』と息を乱していた。

 

「どうしたんだ?そんなに疲れた様子で…ていうかこの部屋の惨状は…」

 

「いや…なんでもないの…。ちょっと色々あってね…」

 

ちょっとなのか色々あったのか分からないが、とにかく聞かれたくない事なのだろうと悟りこれ以上聞くのはやめておく。とりあえず部屋がこんなに散らかっているのは気に入らないため、お盆を右手で持ち、空いた左手の人差し指をまるで杖のようにクルリと振るう。

 

すると、室内に小さな竜巻が無数に発生し、床に散らばったぬいぐるみや枕などを巻き込み、元あったベッドの上に戻し、枕やクッションは七罪の腕の中に移動させる。ひとりでに戻ってきたぬいぐるみや枕に七罪は少なからず驚いている様子だ。

 

「さて、腹減ってるだろ?胃と体に優しい雑炊を作ってきたから」

 

七罪の驚きを気にもせず、手にしたお盆を彼女の目の前に置く。皿から立ち上がる湯気が七罪の鼻に当たり、同時に食欲をそそる香りを感じさせる。それに七罪はゴクリと喉を動かす。

 

「べ、別に空腹ってわけじゃあ…」

 

そう言い、顔を料理から背ける七罪だが、顔を背けつつもチラチラと雑炊の方を見ているのに蓮は気づいていた。そんな可愛らしい行動に微笑を浮かべていると、七罪のお腹から『グゥ〜』と胃袋が抗議を出した音が聞こえ、顔が真っ赤に染まる。どんなに言葉で否定しようと身体は正直なのだ。

 

そんな恥ずかしさを誤魔化すようにお盆から皿とレンゲを素早く掴むと、勢いよく口に雑炊をかき込む。だが、湯気を放つようなものを一気に口に入れるとどうなるか予想つくだろう。

 

「あっちゃあああ!!!」

 

そんな声とともに七罪は口に入れた雑炊を吹き出し、ゴボッゴボッと咳き込む。蓮はそれに驚きつつ、七罪に水の入ったコップを渡し、部屋にあるティッシュ箱から数枚のティッシュを取り出し、飛び散ったご飯粒を掃除する。

 

「誰も取らないから、そんなに焦って食べるなって…」

 

「くっ〜!こんな料理ッ…!こうしてッ…!!」

 

そんなわけの分からない事を言いつつ、七罪は雑炊と水を交互に口に入れていく。やがて、皿の中身は何も無くなり、水の入っていたコップをお盆に置く。エネルギーを補給するための食事だったはずなのに、なんだか逆にエネルギーが消費された気がするのが不思議だ。

 

「そんな風に豪快に食べられる力があるなら、すぐに良くなるな」

 

「な、何よ…。分かってるわよ、品のない食べ方だとでも言うんでしょ。でも…」

 

顔を俯け、蓮に聞こえない程度の音量でブツブツと何やら呟く。その内容は自分自身への恨みごとで満ちているのだろう。相変わらずの七罪にため息が出てくるが、ふと思いついた遊び(・・)でそんな思いは吹き飛ぶ。

 

「なあ七罪。前にお前の天使の〈贋造魔女(ハニエル)〉に吸い込まれた後、謎の場所を漂ってたんだよ」

 

独り言のように言ったその言葉。七罪はそれを聞いた瞬間、ビクッと身体を震わせ狼狽した様子で顔を上げる。その顔を文字で表すなら"驚愕"と表現するのが適切だろう。

 

「身体が動かなくて、目も開けられなかったから具体的にはどんな場所かは分からないんだが、ある時、漂ってた俺に誰かが触れてきたんだ。動けない俺をぬいぐるみみたいに弄んでな、触られた感触からして女って事は分かってるんだが、誰か記憶にない?」

 

「そんな…〈贋造魔女(ハニエル)〉の中では意識は無いはずじゃあ…」

 

そこまで言いかけて気づいた七罪は、ハッとなって慌てて口を手で塞ぐ。だが、そこまで言いかけてはもう遅い。蓮はニヤリと笑うとまるで蛇を思わせるような動きで七罪の背後に回り、ギュッと抱きしめる。

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉は七罪の天使だから一番詳しいよな?誰が俺を好き放題してたか教えてくれるか?別に怒ったりしないから」

 

耳元で囁かれた言葉が耳から入り、脳を震わせるような錯覚を感じ拒否することが出来ない。顔を赤く染めた七罪の口が、自分自身への意思とは関係なく、勝手に動き出す。

 

「あの…その…そ、れは…わた、…わたし…」

 

言ってしまったという後悔から、顔がさらに熱くなる。その自白を聞いた蓮は、『へえ…』と呟くと、右指で七罪の顎をクイっと上げ、耳元にさらに口を近づける。

 

「やっぱり犯人はお前(七罪)だったか。なら、聞かないわけにはいかないな。あれだけ危険視していた俺に何をしていたか言ってみろ」

 

「えっと…あの…肩に触ったり…顔に…ふ、触れたり…」

 

「それから?」

 

「ふ、服の中に…手を侵入…させたり…肌を…な、ななななめ…って!言えるかあああああ!!!!」

 

さっきまでの恥ずかしがっていた態度はどこへいったのか、七罪は大声とともに立ち上がると、自分の髪を乱暴に掻き乱す。その様子から限界というものを超えた先へと行きかけたのだろう。

 

(ちょっと遊びすぎたか…)

 

一応病人である七罪に悪い事をしたなと、蓮は反省し、ベッドの上で奇声を上げる七罪を落ち着かせにかかるのだった。

 

 

 

「あの二人は何をやっているのかしら…」

 

七罪の隔離部屋兼病室に設置された監視カメラで、別室から部屋の惨状を見ていた琴里はそんな声を漏らす。その隣には愛想笑いを浮かべる士道と、いつもの眠たそうな顔をする令音が立っている。気になるのは五河兄妹共々、顔に引っ掻き傷をがある事だった。

 

「…シン、七罪の命が無事だった事を喜びたい気持ちは分かるが、我々にはタイムリミットがある。あまりゆっくりしていられない」

 

「タイムリミット?なんですかそれ?」

 

「七罪の体力が完全に回復する時間。正しくを言えば、天使が使えるようになる時間かしら」

 

士道の疑問に答えたのは琴里だった。今、七罪がこの施設で大人しくしているのは、エレンに負わされた傷が原因で一時的に天使が使えなくなっているからだ。言い方を変えれば、天使が使えるようになったらこの場所を出て行ってしまうだろう。

 

「タイムリミットは長くて二日。この間に七罪のコンプレックスを解消して、打ち解けないと…。そうしなきゃ、霊力を封印出来てもすぐに逆流しちゃうわ」

 

「でも、霊力を封印するにしても、七罪は俺と話すのも嫌がってるしな…」

 

七罪と打ち解けるには、強烈なコンプレックスを解消するにはどうしたらいいか。士道と琴里は兄妹揃って、頭を悩ませる。そんな中…。

 

「…!これは…」

 

部屋に備え付けられたモニターを見た令音は、目を見開き小さく驚きの声を出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なあ、七罪。今日は少し部屋の外に出てみないか?」

 

次の日の朝。朝食を食べている七罪に、蓮はそんな事を聞いた。それを聞いた本人はパンを咀嚼しながら顔を顰めごっくんと口の中のものを飲み込む。返答を聞かずともどんな心情かがなんとなく伝わる。

 

「べ、別に出なくてもいいわよ…。部屋の中にいる方が落ち着くし…それに、私がここを出るなんて許されないでしょうし…」

 

『許されない』と言ったあたり、キチンと自分の境遇を理解しているようだ。だが、蓮は優しく微笑むと首を横に振った。

 

「いや、七罪が部屋を出る事はちゃんと許可が出てる。それに、部屋の外に出るって言っても外の空気を吸いに行く訳じゃない。あくまでこの施設を歩かないかってことだ」

 

外を歩いてまたエレンなどの襲撃されてはたまらない。そうならない為、〈ラタトスク〉が所有するこの施設内を少し歩こうという訳だ。

 

「まあ、本音を言うと七罪に来て欲しい場所があるんだ。そこに運動も兼ねて一緒に行こうって意味」

 

「どこに連れて行くの…?まさか…私を鍋にでも放り込んで食べるつもりじゃあ…」

 

怯えた様子でそんな事を口走る七罪を見て、蓮は思わず笑ってしまう。それを見た七罪は、蓮はそんなつもりで自分を誘っているのではないのを理解すると同時に、自分が勝手に一人相撲をしていたと認識し、顔を赤くする。

 

「違う違う。何かは行ってみたらのお楽しみだ、だけど絶対に損するようなものじゃないっていうのは保証するよ」

 

それをいう蓮の様子からは嘘は感じられない。そう思い、七罪は渋い顔をしながらもコクリと頷いた。

 

 

 

綺麗に清掃され、天井の電灯を反射する廊下を蓮と七罪は歩く。今歩いている廊下は一般人から見てもなんの変哲も無い場所であるのだが、堂々と歩いている蓮と比べ、七罪はまるで地雷が埋まっている場所を歩いているのかと思うほど周囲を警戒し、ビクビクと怯えていた。

 

そして施設の廊下を歩いているのだから、当然この場所に勤めている人間とすれ違う。その度、七罪は慌てて蓮の後ろに回り自分の姿を隠していた。まあ、それが逆に見られる理由となっていたのだが。

 

「もっと堂々としてればいいだろ。大人の時の姿のあの余裕はどこに行ったんだよ」

 

「いや…あれは精神的な余裕からああなるっていうか…本来、私…注目されるの苦手だし…」

 

大人の時の様子を言われると弱いのが七罪だ。言い訳っぽく本来の自分を説明している途中で、蓮は七罪の頭を優しく撫でる。

 

「七罪、この世界には自分の事を見て欲しくても誰も見てくれない、見られる機会も与えられない奴もいるんだ。それと比べたら七罪の悩みは贅沢なもんさ」

 

蓮が自分を叱っているというわりにはどこか儚げな雰囲気を感じさせる言葉だった。その真意を理解出来なかった七罪は首を傾げたが、やがてもしかしたらという様子で口を動かした。

 

「ねえ…蓮、あんた、もしかしたら…」

 

それが言い終わる前に、蓮の足が止まり、それにつられて七罪も歩みを止める。そこには大きなドアがあり、どうやらここが蓮の言っていた自分を連れて行きたい場所だったと察する。どうやらそれは当たるらしく、蓮はドアに手を掛けた後七罪を見る。

 

「この部屋には七罪の自分自身の見方を大きく変える出来事がある。だから…逃げないでチャレンジしてほしいんだ」

 

「私の見方を変えるって…一体何が…」

 

「まあ、それは自分の目で確かめてくれ」

 

そう言ってドアを開ける。一体何があるのかと不安八割の心で部屋の中を見ると、室内は暖色系の明かりで照らされ、花のような良い香りが辺りに充満していて、中央には人一人が横になれそうなベッドが設置してある。そのベッドの傍らには看護師のような格好をした見知った少女が立っている。

 

「はぁーい、一日限定サロン、『サロン・ド・ミク』へようこそー!」

 

ベッドの傍らに立ち、笑顔でそう言った美九を中心に、室内には士道、十香、琴里、四糸乃がいる。どういう状況なのか理解出来ない七罪だが、五人から注目されている現状に耐えられず、素早く蓮の後ろに隠れる。

 

「な、なによ…何なのよこれ…!」

 

「何って、さっき美九が言っただろ、エステサロン。肌を綺麗にするんだよ」

 

そう答えたのは、前に出てきた士道だった。蓮の背後から顔を出し、士道を睨みつけていた七罪だが、急に自傷気味に笑いながら唇を動かす。その言葉の内容は大方予想出来た。

 

「は…ははっ…!なるほど、よく分かったわ!私の醜い姿を明るい場所でじっくり見て、笑いたいってわけね…。あんたもなかなか捻くれてるじゃない…」

 

「またそんなマイナスな事を…。士道はお前に対して話してるんだから、ちゃんと姿を見せろ」

 

そう言って、蓮は七罪の前から退いて部屋の壁まで歩いて行ってしまう。自分の姿を隠す盾が消えて狼狽える七罪だったが、開き直ったように再び士道をキツく睨みつける。

 

「ああ、もうっ!いいから早く横になりなさい。この後の予定も詰まってるんだから」

 

「嫌よ…なんで笑われると分かっててそんな事しなきゃ…」

 

いつまでも動こうとしない七罪に、琴里がベッドに横になるように言うがテコでも動かんと言った様子だ。そんな七罪を見ていた士道が口を開いた。

 

「じゃあ七罪、こう言うのはどうだ?俺たちは今日、考えつく限りの方法でお前を『変身』させる。それが成功したなら、俺たちの話を面と向かって聞いてほしい。でも、何一つ変わってないと思ったらもう自由に、好きにして構わない」

 

「…好きにってどういうことよ?」

 

「そうだな…外に出してほしいとか、できる限りの望みを叶えるっていうのはどうだ?」

 

思いついた様子で言っている士道だが、できる限りという条件は、簡単に口にできるのに対し具体性のないかなり危険な言葉だ。特に『できる限り』などを好意的ではない精霊に言うのは危ないだろう。

 

だが、もう言ってしまった以上は撤回する事は出来ない。目を細め、俯きながら顎に手を当てて思考している様子の七罪を見ながら、せめて無茶振りのない内容であるようにと願う。やがて、何を言うのか決めたのか、顔を上げる。

 

「あんたの言った事…本当?だったら…」

 

そう言いながら、七罪は腕を動かしある方向を指差した。偶然かその指し示す先には蓮が立っている(・・・・・・・)

 

「あれを…、蓮を頂戴…」

 

『………ええええええええぇ!!!!?』

 

小さく呟いた言葉だが、この場にいる全員の耳に届いていた。そして、数秒の沈黙後、驚きの声が室内に響き渡る。美九は目を輝かせ、十香と四糸乃、士道と琴里は互いに顔を見合わせ、蓮も目を見開き、少なからず驚いていた。

 

「蓮が欲しいって…七罪、あんたもしかして…」

 

「べ、別に大きな意味は無いわよ!!ただ、この場で一番力があるのはどう見たって蓮じゃない!そいつを手に入れればこんなところすぐに逃げ出せると思っただけだから!!」

 

顔を赤くしてそう叫ぶ七罪。だが、今一番困っているのは、そんな内容を了承して良いのか分からない士道だ。首を縦に振るべきか横に振るべきか悩んでいると、壁側にいた蓮が動き、七罪の前までやってくる。蓮は七罪の前でしゃがみ、彼女を見上げるような状況にした後に口を開いた。

 

「ああ、分かった。もし、ダメだったらその時、俺はお前(七罪)のものだ。どんな命令でも従うよ」

 

嘘があるとは感じさせない、優しい言い方だった。それを聞いた七罪は、顔をさらに赤くして、美九が近くに立つベッドに歩いていく。七罪が蓮からある程度離れたタイミングで士道は当人()に近づく。

 

「お、おい。できる限りって言った俺が言うのもなんだけど、本当にそんな条件を受け入れていいのか?そりゃあ、七罪を綺麗にチェンジさせる案はあるけど、絶対成功するってわけじゃあ…」

 

「あそこはああ言わなきゃ本人はOKしてくれなかっただろ。それに…」

 

蓮はベッドに歩いていく七罪の後ろを見て、小さく微笑む。士道には、この微笑みの意味が分からず顔を顰める。

 

「それに、どんな複雑な境遇な奴でも変われるっていうのをこの目で見たかったんだ。初めは自分を否定しても、そこからゆっくり前に進んでいけるっていうのを…」

 

そうだけ言うと、蓮は部屋の出口に向かって歩いて言ってしまう。士道にはその言葉の意味は分からなかったが、蓮は自分達をを信じて身を賭けてくれているのだ。失敗は出来ないと考え、喉をゴクリと動かした。

 

 


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