デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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52話

七罪を救った蓮は現在、組織〈ラタトスク〉が所有する地下施設の廊下を歩いていた。カツンカツンと足音が響き、その音が止んだ時、蓮の目の前にはドアがあり、開けると白衣を着た三十代ほどの男女数人が忙しそうに動いており、その中央には酸素マスクをつけられたの少女がいた。

 

エレンの襲撃によって、重傷を負った少女…七罪は、蓮が救出した後、〈フラクシナス〉から組織の所有するこの施設に送られて治療を受けていた。蓮は移送について来ていたのだ。

 

「ちょ、ちょっと君!ここは医師以外の立ち入りは禁止されてるわよ!」

 

蓮に気づいた女性の医師が、出て行くように言うが、それを無視し部屋の中に踏み入ると全員に聞こえる声で話し出す。

 

「悪いが、この部屋にいる医師は今すぐ出て行って欲しい。彼女の治療は俺一人でする」

 

その言葉に、室内にいる皆がざわざわと騒ぎ出す。予想外過ぎる発言に呆気にとられていた医師だったが、すぐに我にかえると、蓮に突っかかってきた。

 

「あなた、何言ってるの!?一体どんな権限があってそんな事…っていうか、どう見てもあなたが医者に見えないんだけど!」

 

まあ、当然の反応だろう。医者に患者を投げ出せと言う蓮の方が異常なのだ。そのプライドを刺激されたからか、怒り心頭と言った様子で続けてくる。

 

「それに!傷は顕現装置(リアライザ)で治せるとはいえ、その後も処理する事があるの。それを一人でするなんて無理よ!」

 

「それは心配しなくて結構。顕現装置(リアライザ)は使わない、それよりもノーコストで時間のかからない治療法があるから」

 

まさかの回答に相手も顔に動揺が浮かぶ。現代で顕現装置(リアライザ)は『魔法』と呼んでも過言ではない技術だ、それを蓮は否定した、それより良いものがあると。

 

「…一応聞いておくけど、その方法ってどういうもの?詳しいやり方を教えてくれないかしら?」

 

「悪いがそれらは教えられない。言えるとしたら、俺を信じて欲しいくらいかな」

 

「…話にならないわね」

 

もはや呆れも通り越したと言った様子だ。これ以上は時間の無駄と考え、自分の仕事に戻ろうと背を向けるがその背中に向かって『ストップ』と蓮の声がかかり、足を止める。

 

「あなたは根本的な部分から勘違いしているようだから言っておくが、あんた達への退室命令は、〈ラタトスク〉上層部から下された命令でもある。これが証拠だ」

 

そう言って、蓮は一枚の書類を取り出し見せる。そこには確かに自分達の退室を命じる内容と、〈ラタトスク〉の最高意志決定機関である『円卓会議(ラウンズ)』の議長のサインが入っている。普段、自分達には来るはずのないトップからの命令に目を見開く。

 

「なんであなたが…そんなものを…」

 

「へえ、やっぱり、かなりの権限がある奴からのサインらしいな。これをとってきた司令官殿の評価を改めなくちゃな」

 

不満がないと言えば嘘になる。だが、自分も組織に属する人間、ならば私情で命令を拒否する事は出来ない。悔しそうに歯を噛みしめると、室内のスタッフ全員に告げる。

 

「みんな、聞いていたでしょ?上層部からの命令で私たちはここを退室するわ。あとは彼に任せましょ…」

 

どうやら目の前にいる女性は、この場の責任者だったらしい。すんなりと事が通って良かったと感謝しつつ、部屋を出て行く医師たちを見送る。そして、最後に責任者である彼女が残った、目を見るだけで分かる、不安と悔しさが混ざっている様子だ。

 

「気休め程度だが、一応言っておく。ちゃんとあんた達の仕事を完遂するよ、まあ、その方法は言えないが」

 

それは相手を安心させたいという本心からの言葉なのだが、彼女は、蓮を睨んだ後ドアの方へ歩いていくがその途中で口を開く。。

 

「あと、これはアドバイスなんだけど…あなた、年上に対しては敬語を使いなさい」

 

負け惜しみとも言えるような言葉を残して部屋を出て行った。一人だけとなった蓮は、大きくため息をした後額に手を当てる。なぜ自分は相手を怒らせてしまうのだろう。昔はもっと上手く話せていたような気がするのに。だが、医療チームを退室させたのにもちゃんとした理由がある、彼女達も人を救うのを使命としているなら、必要な事だったと我慢してもらうしかない。

 

部屋の中央では酸素マスクをつけた本当の姿の七罪が眠っている。そばにあるモニターには心電図が表示されており、見た限り命に関わるほどの重傷ではないようだが、それは放置する理由にはならない。

蓮は歩みを進め、七罪が寝ているベッドの脇まで来るが、治療する前に部屋をぐるっと見渡す。その理由は部屋に設置されているであろうあるもの(・・・・)を探しているからだ。その予想は的中し、部屋の天井端で視界が止まる。

 

そこには赤いランプが光っている監視カメラがあった。やはりこれほどの組織だったら顕現装置(リアライザ)のある部屋にカメラを設置していると考えていた。

 

(これからする事は、〈ラタトスク(あんたら)〉に見られると都合が悪いんだ。そのカメラ、潰させてもらう)

 

そう心の中で呟くと、蓮は青い瞳でカメラをジッと見つめる。すると、カメラ本体に冷気を放つ霜が張りついていく、霜の侵食はどんどん広がっていきレンズを完全に覆い尽くし赤いランプが点滅し、やがて消える。

 

「そのカメラの修理費は、七罪の治療でチャラってことで。精霊を救う事が目的の〈ラタトスク〉にとっては願ってもない事だろ」

 

カメラが完全に止まったのを確認すると、蓮は右手を〈バスター〉へと変貌させ、酸素マスクを外した後、その指先を七罪の傷口に触れて意識を集中する。すると、〈バスター〉の光が糸のような形を作り、傷口に吸い込まれていく。それはまるで傷口を縫うかのように動き、光が止まった時には傷はまるで最初から無かったかのように消えていた。

 

七罪の傷の治癒と同時に、蓮の身体に立っていられないほどの脱力感が襲い床に膝をつく。それに舌打ちしながら、近くにあったイスにしがみつきぎこちない動きで腰掛ける。

 

「はあ…この身体は一体なんなんだ…」

 

ずっと気になっていた疑問、それを言い、左手で服越しに背中に触れる。自分の正体を知る、それは蓮が生きる上での目標のようなものだった。その一環で〈ラタトスク〉に入ったはずが随分と遠い回り道をしているものだ。

 

「本当に俺は一体何だろうな、本当に…」

 

人間が死ぬのは宇宙が決めたから、そう考える蓮は人間が生まれるのにも理由があると考えている。もしその通りなら自分が生きているのにも意味があるという事となる。だが誰の腹から生まれたかも知らず、お世辞にも普通とは言えない身体の自分にその説は通用するだろうか。

 

そこまで考え、蓮はハッとなって誤魔化すように勢いよく首を振る。

 

(何を言ってるんだか…それじゃあ十香達や目の前にいる七罪に生きる資格が無いって言ってるようなもんだろ…)

 

普通では無い存在への疑問は、自分だけでなく十香達精霊への疑問にもなってしまう。それでは〈ラタトスク〉にいる資格など無いと考える。

 

(まあ、何にせよ自分が出来るのは十香達精霊の為、剣を振る事ぐらいだ)

 

人を理解出来ないなら、十香達を守る為戦う事しか思いつかない。他者を救う為に剣を持つ、自分を納得させる言い訳にしては悪く無い内容だ。身体に力が戻り始めた頃、目の前で寝ている七罪から声が漏れる。

 

「ゔぅん…あぁあ…」

 

そんな苦しそうな声と共にゆっくりと目を開ける。目覚めて数秒、ぼんやりと宙を見ていたが急に目を見開き覚醒すると素早く身体を起き上がらせ蓮を見た。その顔は動揺している。

 

「随分と落ち着かない目覚めだな。もう少しゆっくりしても良いと思うが…」

 

「あ、あんた…!なに…わたし…なんで…どうなって!」

 

混乱で七罪の口からは支離滅裂な言葉しか出てこない。そして、今の自分の姿がモデル体型のお姉さん姿では無いと気付いた時、その動揺は頂点となった。

 

「ッ!!ハッ!〈贋造魔女(ハニエル)〉!!」

 

反射的とも言っていい動きで手を宙に掲げ、天使の名前を叫ぶ。おそらく天使の力でこの状況を切り抜けようと考えたのだろう、しかし、七罪のその考えを否定するように〈贋造魔女(ハニエル)〉はその手に現れなかった。

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉!そんな…どうして…」

 

「たぶん、傷が治ったばかりで天使を使えるほどの体力が身体に無いんだよ」

 

七罪の疑問に答えたのは蓮だった。七罪を治療する時、命を第一に考えていたので傷は治っても失われた体力の回復にまで手が回らなかった。つまり、傷は無くなっても七罪の身体はエレンに傷を負わされた時から回復していないのだ。

 

そう説明すると、七罪は歯を噛み締め近くに掛けてあった毛布をひったくるように掴むと、部屋の角へ走り出し、手にした毛布で自分の姿を隠してしまう。別に礼を言って欲しくて助けたわけでは無いのだが、この反応は流石に傷つく。

 

「別に取って食おうってわけでも無いだろうに…」

 

七罪の治療の時とは別の疲れが出てくるのを感じながら、部屋の隅っこで小さくなる七罪に近づく。すると、七罪は毛布から目だけを出し、隠れ潜む兵士のような格好で蓮を見る。

 

「なっ何よ!この不細工な顔をもっと近くで見たいと思ったの!?私だって好きでこんな顔している訳じゃ無いんだから!」

 

こちらは何も言ってないのにも関わらず、そんなマイナス発言をして蓮を睨みつける七罪。改めて見てみると、不健康そうな生白い肌と小さい身長、手入れの行き届いていないヘアースタイル。確かに、今の七罪は魅力的とは言えないが、髪は切り揃えて整えれば良くなるし肌もメイクで綺麗なように見せる事も出来る。

 

完璧な女性などそうそう居ない。美しい白鳥が水面下で必死にバタ足しているように、この世の女性は陰で綺麗になろうと努力しているものだ。

 

「はあ…とりあえず、まだ安静しておかなきゃならない状態だから暴れるのはやめておけ。あとその姿でも魅力はあると思うぞ」

 

主に副艦長殿の好みにストライクだよな…。それを口に出さず、ベッドに戻そうと右手を伸ばす。だが、それは七罪の右手によって弾かれた。

 

「ふんっ!お世辞なんて言わなくてもいいわよ!素直に言ったらどう?見るに堪えない顔だって!あんたみたいな整っている顔の奴から見たら、私なんてそんなもんでしょうよ!」

 

蓮の言葉を聞き入れず、ひたすら拒絶の二文字だ。そんな七罪の態度にため息を一つした後、ブンブンと動き回る七罪の手首を右手で掴む。その行動に七罪は続けていた言葉を止め、『ひッ!』と声を出した後に蓮を怯えた様子で見る。

 

「日本には『となりの芝生は青い』という言葉がある。自分より、他人の方が良く見えるという意味だ。だが、七罪、お前は違う(・・・・・)。いい加減に他人の見たいところだけを見るのはやめろ。こっちが不愉快になる」

 

声を荒立てること無く、鋭い瞳で七罪を睨みつける、その目に七罪は動けなくなった。七罪は顔や声、仕草、性格など外側だけを見ていたらしいが、それだけでその人物を理解したつもりになっているとしたらそれは大間違いだ。

 

七罪とのゲームの時、七罪は『蓮の姿でこちらを楽しむ』と言っていた。しかし、蓮には因縁の相手としてエレンがいる。彼女と蓮の姿となっている七罪が対面したらどうなっていただろう、恐らく本人ではないとバレたら問答無用で首を切り落とされて終わっていた。もっともこの事は七罪をさらに怯えさせる事となる為、言わないでおく。

 

「分かってると思うが、お前は危機一髪のところを士道たちに救われたんだ。自分自身をもっと大切にしてくれよ」

 

「ぜ、善処するわ…」

 

NOとは言わせない雰囲気に七罪はそう答えるしかない、その答えを聞いた蓮は七罪をお姫様抱っこして抱えると、ついさっきまで眠っていたベッドにまで連れて行く。後は琴里たちに七罪の目が覚めたという事を伝えればいい。

 

部屋にある電話でそれを伝えようと歩き出すが、その背中に七罪の声がかかる。

 

「ねえ…なんで私を助けたの?」

 

その言葉を聞いて蓮は振り返るが、七罪は蓮の方を向いておらず俯きながら、膝にかかった毛布を握りしめている。

 

「まさか、助けてくれない方が良かった…なんて言い出すんじゃないだろうな」

 

「ち、ちがうわよ…。ただ…なんであんな危険な目にあってでも私を助けてくれたのかなって…」

 

小さな声で控えめな言い方で七罪はそう聞いてくる。なんとも返答に困る質問だが、無視するとこなくさっきまで座っていた椅子に戻る。

 

「私、色々と酷い事したじゃない…。あんたに至っては〈贋造魔女(ハニエル)〉の中に閉じ込めるまでしたのになんで…」

 

改めて聞かされると確かになんで助けたのか疑問になる。精霊を助ける事を目的とした組織〈ラタトスク〉に所属しているからと考えられるし、ただ状況に流されただけとも言える。しかし、助けた時の自分の気持ちを思い出してこう答えた。

 

「まあ、別に深い理由なんてない。強いて言うなら"何も死ぬ必要はない"そう思ったからかな」

 

そうとだけ言って言うと、蓮は立ち上がり部屋にある電話まで歩き、どこかにかけ始める。七罪は、そんな蓮の姿をジッと見つめていた。

 

 


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