デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

48 / 85
48話

「四糸乃、山吹…」

 

四糸乃が七罪だと指定したその夜、亜衣と四糸乃が〈贋造天使(ハニエル)〉によって消された。これは、士道の回答が不正解だったと捉えるべきだろう。ソファに座った士道は、二人の消失に対する苦しみの表情を浮かべるが、隣に座る蓮はそれを気にした様子も無く、士道に話しかけた。

 

「二人の事は仕方がない。それより、次に怪しいと思った奴の…」

 

「…ッ!なんでそんな風に受け流せるんだよ!!」

 

五河家のリビングに士道の怒声が響き渡る。その怒りの矛先である蓮は眉ひとつ動かす事なく、怒りに震える士道を見ていた。疲れや責任感の所為か今にも殴りかからんとした様子だ。そんな士道の胸元に、ペットボトルの飲料水を押し付ける。

 

「まずはお前が落ち着け」

 

その一言に我に返った士道は、ペットボトルを受け取り、『悪い…』と謝罪した後にペットボトルを呷った。蓮は怒鳴られた事に関しては気にしてない、毎日の調査で疲労などでイライラが募っているのだろう。むしろ、怒鳴られてそのイラつきが無くなるなら安いものだ。

 

「消えた三人に関しては気の毒だが、その事に囚われていると…この勝負、負けるぞ。そうなると、どうなるかは分かるな?」

 

大声を出していないというのに、有無を言わせない迫力を感じる。その前には士道の怒りは冷水をかけられたように鎮火し、緊張や恐怖で喉をごくりと動かす。そして、自分はこの勝負のたった一夜に囚われているのに対し、目の前にいる蓮は勝負全体…勝ち負けまで見据えていると理解出来た。

 

「どうやら、この勝負に引き分け(ドロー)は無いらしい。そうなると、全てを奪われて敗北するか、全てを取り戻して勝利するかだ。分かりやすいと思わないか?」

 

「本当に…なんでそんな余裕でいられるんだか…」

 

ここまで来ると、怒りすら湧いてこない。目の前にいる友人が、いろいろな意味でまともでは無いと理解していたが、もはや狂気のレベルだ。

 

「七罪が誰かは俺にも分からない。だが、気になる点が二つほどある」

 

見せびらかすように、自分の二本の指を士道に向ける。その内の一本を折り、話し始めた。

 

「まずは一つ目。これは大した事じゃ無いんだが、お前が指定した四糸乃がその日に消されたのは偶然か。という話だ」

 

その事を口にされると、消えた四糸乃に対して申し訳ない気持ちが湧いてくる。しかし、まだ不明な事が多いこの勝負で、それを認識して置かなければならないのも事実だ。そして、続いて二本目の指を折って話を続けた。

 

「そして、これが一番気になっているんだが…、なぜ夕弦、四糸乃、山吹 亜衣は消された(・・・・)かだ」

 

「なんでって…そりゃあ…」

 

理由は分からないが、自分達は七罪に恨まれている。自分が指定した四糸乃が消えたのも含めて、こちら側を精神的に追い詰めるためではないかと士道は言おうとした。実際、精神的苦痛を受けているのは本当の事なのだから。

 

「確かに、俺たちを心理的に追い詰めるためというのもあり得るだろう。だが、本当にそれだけが目的でしているか…、そこが重要だ」

 

士道は、イマイチ蓮の言っている事が分からなかった。そんな士道を見て、ため息をしつつも仕方なしと言った様子で解説してくれた。

 

「写真にいる十二名…いや、誰かに化けている七罪を除外して十一名か。この十一人は七罪を隠す"囮"だ。その囮を自ら消していくのは 自分の首を絞めているとしか言いようがない。さっき言った一つ目の事がその通りだとしても、夕弦と山吹 亜衣の二名を消す理由が分からないんだ」

 

つまり、士道が四糸乃を指名し、それが七罪で無かったにしても、亜衣まで消す理由が分からない。それに加え、初日には夕弦も消えている。夕弦と亜衣、この二人が指定されれば、二夜を凌げるというのに。

 

「じゃあ…七罪が他の理由でそうしたって事か?一体どうして…」

 

「それが分からないから悩んでるんだ。とりあえず、これからは容疑者の言動だけでなく、七罪自身の動きにも注目した方が良さそうだ」

 

士道と違い、体力を消費していない蓮には、そこまで考えつくほどの余裕があった。とはいえ、肝心な事はまだ分からず、誰が七罪かも分からない。だが、あまり時間が残されていない事だけはなんとなく感じていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一人だけの部屋となった八舞姉妹の部屋の次に、誰もいない四糸乃のいた部屋の前を通る。こうしてみると、七罪の影響が出てきていると嫌々ながらも実感してしまう。ここまで来ると、もう精霊達に七罪の事を黙っているのは限界かもしれない。

それでも、蓮はやれるところまではやってみるつもりだ。たとえ、それが現実から目を背けていると笑われようとも。

 

次の行くべき場所は、あの腹ペコモンスターがいる部屋だった。

 

 

「十香、出来たぞ。今日は中華料理だ」

 

「おお!美味そうだな!」

 

机に並べられたラーメン、チャーハン、麻婆豆腐など輝いた目で見る十香。結構重いラインナップだが、よく食べる十香には丁度いいメニューだろう。早速、座った十香は『いただきます』と高らかに言った後、麺を啜り、レンゲで米を口に運んでいく。

 

「どうだ、美味しいか?」

 

「うむ!レンが作る料理はなんでも美味しいぞ!」

 

予想していた返答とは、少し違うものが返ってきたが、幸せそうに食べる十香を見て『まあ、いいか』と思う。ある程度食事が進んだところで質問タイムの開始だ。

 

「そういえば、俺と十香が初めて会った時も結構フレンドリーだったよな」

 

「む?そうか、確か、初めて会った時、レンに顔を殴られたような気がするが…」

 

頬をさすりながら、不満げに言う十香。真実と合っている事を確認すると同時に、嫌な事を思い出させてしまったと申し訳なく思う。

 

「そうだっけ?あの時は悪かったな、お詫びに杏仁豆腐をデザートに作ったから」

 

「なぬ!?それはさいきょーの組み合わせではないか!」

 

相変わらず、食事に対する反応や言動もいつもの十香と同じだ。次にする質問の内容を考えながら、机に杏仁豆腐を置いた。

 

 

食後の休みの時間、次にする事がない蓮は、部屋にあるソファに座っていた。その左隣には十香が並び、蓮に身体を預けて座っている。テレビをつける事もなく、室内は沈黙が支配していた。

 

「…最近、士道はどうしたのだ?レンも、学校を休んでばかりではないか…」

 

その小さく、弱々しい言い方に、思わず十香の顔を見る。その顔には、さっきまでの元気がなく、寂しさやわずかな恐怖が浮かんでいた。

 

「もしや…私は二人に嫌われてしまったのか…?もし、何かしたというのならちゃんと謝るぞ…」

 

「そんなわけないだろ。最近、俺も士道も忙しくて学校に行けないんだ。あと数日だけの辛抱さ」

 

嫌われてないと言われた十香は、安心したような表情をし、蓮の腕を抱きしめる。パジャマ越しに十香の体温と、柔らかな膨らみを感じる。今の蓮には、それがとても心地良かった。

 

「レンに触れていると…とても安心する…何かに…包まれ…て…いるよ…うに…」

 

言葉が途切れ途切れになっているのに気付き、十香を見てみると、寝息を立てて眠っていた。満腹になった事と、この静寂が原因だろう。眠っている十香の頬を優しく撫でた後、お姫様抱っこをし、ベッドまで運ぶ。

 

ベッドに寝かし、風邪をひかぬようにしっかりと布団をかけてやる。そうした後、蓮はすぐには退室せず、無邪気な十香の寝顔を眺める。

 

「あと数日だけさ。その後は全て元通りだ…全て…」

 

そして、十香の額にキスをし、部屋を出て行く。あと数時間で事の元凶との勝負があるからだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日の予定が終わり、家に帰った士道を出迎えたのは待ち構えていたように仁王立ちしていた琴里と、眠気覚ましのためか、コーヒーを飲んでいる蓮だった。

 

「遅い、何してたの?」

 

「お疲れさん、今日も頑張ったねぇ」

 

琴里の厳しい一言と、蓮の労いの一言に士道の心はブレイク寸前だ。とはいえ、琴里も士道の苦労を理解しているらしく、それ以上は何も言わないでくれた。

 

「しかし、そろそろ時間だったからな。ギリギリ間に合ってよかった」

 

「間に合うって、何に…」

 

そう言い終わる前に部屋の空間が歪み、そこから箒型の天使が姿を現わす。

 

「〈贋造魔女(ハニエル)〉…!もう時間なのか!?」

 

出現した〈贋造魔女(ハニエル)〉はその場で停止し、先端部にある鏡のような内面を晒す。そこには昨日と同じ、七罪の姿が映し出される。

 

『この楽しいゲームも、三日目が終わったわ。ふふっ、どう?楽しんでもらってるかしら?』

 

「今の士道を見て、そう思うんならそうかもしれないな」

 

鏡の向こうから微笑みながら言う七罪に、蓮は、苛立ち混じりに吐き捨てる。そんな蓮を見ていて楽しいのか、七罪はさらに笑みを深くする。

 

『せっかく考えたゲームなのに、楽しんでもらえてないだなんて、お姉さん、悲しくて泣いちゃいそうだわ』

 

目元に指を当てて、『えーん』とわざとらしいウソ泣きの演技をする。それを見た士道は怒りで震えながら手から血が出んばかりに握りしめる、後ろにいて顔は見えないが、琴里も同じような心境だろう。だが、二人とも、拳を出すことなく耐える。

 

『あぁ…いい目。私だけを見ているその青い目を、私だけのものにしたいわ…』

 

七罪は、怒りに震える士道や琴里を無視し、感情を丸出しにする事なく、冷静な蓮だけを見ていた。そんなねっとりとした視線を感じながら、どうして自分に近づいてくる女は、狂三や七罪といい危険な奴が多いのか考えたくなる。

 

『容疑者の調査は終わった?さあ、答えてちょうだい。私はだあれ?』

 

そして、今日も回答の時間がやってくる。だが、士道はすぐに答える事は出来なかった。一応、今日で全ての容疑者と会話はしたが、七罪という証拠を掴めてなく、考えれば考えるほど、『もしかしたら…』というループにハマっていく。一方、七罪は、楽しげに微笑む余裕の表情だ。

 

数秒経過しても、士道は答える事なく、苦渋な表情だけが広がっていく。

 

「士道、お前が七罪だと思った奴を言えばいい。深く考えようとするな」

 

「でも…もし七罪じゃなかったら…」

 

「失敗した時の事を想像して何になる!!そんな考えに甘えるな!!」

 

それは、蓮から初めての叱咤だった。蓮もこんな極限な状況で、かなりの無茶振りを言っていると自覚している。それでも、制限時間がある以上、今は迷っている時間すら無いのだ。

 

「っ!七罪は…」

 

その叱咤に動かされ、七罪と思わしき人物の名を言おうとした瞬間、消えた四糸乃の顔が士道の脳裏にフラッシュバックした。もし、外れてた時の責任の重さと恐怖が蘇り、言葉を止めてしまう。

 

「ーー士道!」

 

『ブー!時間切れよ。残念でした』

 

琴里のその声と七罪が両手で大きなバツを作り、時間切れを告げるのは同時だった。その声で我に返った士道に残ったのは、とてつもないほど大きな後悔と、忠告をもらったというのに、それを学べなかった自己嫌悪の気持ちだけ。

 

「悪い…本当にすまない…俺は…」

 

士道は顔を下に向け、蓮に対しての謝罪を繰り返している。失敗の原因は全て自分だ、自分を信じきる事が出来ず、後悔したくないという甘えた心が言葉を止めた。

しかし、そんな士道を励ますように頭を乱暴に撫でられ、髪を乱される。顔を上げると、『仕方がない』といった表情に小さな笑みを浮かべた蓮がいた。

 

蓮は〈贋造魔女(ハニエル)〉に向き直り、七罪に鋭い目線を向ける。

 

「それで、今日は誰を消すつもりだ(・・・・・・・・・・・)?」

 

無回答は許さないと言わんばかりに強い言い方で問う。七罪はその質問に口元に手を当て、悩むような仕草をする。だが、手によって隠れている口には笑み(・・)が浮かんでいた。

 

『そうね、そろそろ、メインディッシュをいただこうか・し・ら』

 

色っぽく舌舐めずりをした七罪は、そう答えると、自分の映る鏡の部分を発光させる。すると、立っている蓮の身体が光に包まれ、〈贋造魔女(ハニエル)〉に吸い込まれ始める。

 

それを見た琴里と士道は驚愕の表情を浮かべた。

 

「なっ!?どうして蓮が!?」

 

「蓮は容疑者のうちに入って無いぞ!」

 

『何でって、時間(・・)はあげたじゃない』

 

意義があるとばかりに声を上げる二人だったが、それに答える七罪の声が玄関に響きわたる。当人であるはずの蓮は、暴れる事なく静かにそれを聞く。

 

『正直に答えると、彼は私を見つけてしまう危険があったの。だから、今ここで処理しようと思うのよ。時間は十分にあったはずよね?だったら、それを生かしきれなかった士道くん達の責任じゃない』

 

悔しい事にそれは正論だった。今日を含めて三日ほどの時間はあったのに加え、毎日容疑者が消えていくとルールに示されていたわけでは無い。そうなると、七罪がここで蓮を消すのも自由となる。士道が七罪が誰か答えられなかったのは真実なのだから。

 

「…悔しいが、ここは七罪の言う通りだ。大人しくそれを受け入れるよ」

 

慌てる士道達と違い、静かな蓮は両手を上げ、自分の敗北をあっさりと受け入れた。自分はただ、屈服したのだ。このゲームの、七罪という名のルール()に。こうなった以上、何をしても変わらない。

 

「士道、七罪は絶対に見つからないという自信があるらしい。その理由を探せ、もしそれが見つかれば十二人の中から一人を当てるよりも確実になるはずだ。…頼むぞ、俺の命、お前に預ける」

 

その言葉を最後に、蓮は鏡に光となって吸い込まれる。蓮を吸い込んだ〈贋造魔女(ハニエル)〉は、虚空に溶けるように消える。三人いたはずの玄関には、二人が残され、消えた一人の痕跡は、温くなったコーヒーだけとなった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。