デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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45話

「どこに行ったんだ、七罪は…」

 

蓮は授業中の校舎内を駆け抜けて七罪を捜索する。なぜあのような敵意を抱かれているかは不明だが、『人生を滅茶苦茶にしてやる』と言った。もしかしたら、士道の時のように自分の姿を真似られて暗躍やれたら最悪だ。

 

「もう昼時か…」

 

常時動き回ったら相手も派手な行動を起こしにくく、あわよくば七罪本人を発見出来ればと思ったが残念ながら上手くいかなかった。手元の端末の時間を見ると、あと五分も経たずに昼食時にチャイムが鳴り響く時間だった。

 

「一人にしちゃったけど、十香は大丈夫か…」

 

朝に七罪の化けた士道と共に教室を出てから、一度も教室には戻っていない。七罪の事も重要だが、十香を放置しておく事も出来ず一旦様子を見に教室に帰ってみる事にした。

 

弁当やお金を持った生徒と数回すれ違い、目的地の教室のドアの前まで来ると、中から言い争うような声が聞こえてくる。ドアを開けると、士道が亜衣麻衣美衣の三人プラス十香、折紙に言い寄られて困っている状況だった。

 

「れ、蓮!一体どうなってんだよ!?俺は今来たばっかりだってのに…」

 

訳のわからないと言った様子で、状況説明を求めてくる士道を見て、一瞬七罪の可能性を考えるがそれをすぐに捨てる。彼女が自分の撒いた問題の中に戻ってくるとは考えられないし、自分の姿を見て問う様子に"怯え"や"動揺"を感じなかったからだ。

 

「お前の言いたいことは分かっている!とりあえず一緒に来い!」

 

蓮は士道の腕を掴むと、無理矢理教室から連れ出す。それを見たクラスの女子の数名が歓声を上げていた。

 

「逃げんなゴラァあああ!!!」

 

士道が教室を出る瞬間、女の声とは思えない怒気の籠った声が背後から聞こえてきた。教室を出た後、しばらく走りある程度離れたところで腕を離す。本人は相変わらず困惑した様子だ。

 

「どうなってんだよ…。俺は今来たばっかりだってのに…」

 

「簡潔に説明すると、それはお前に化けた七「発見。士道です」

 

会話を遮って乱入してきたのは、隣クラスの耶具矢と夕弦だった。二人は何やらご立腹の様子だったのだが、それは二人が学校指定のスクール水着を着ているという前では霞んでしまいそうなものだった。

 

「ようやく見つけたぞ!早く我から奪い取ったパンツを返すがいい!」

 

「えっと…耶具矢、夕弦もだけど、何でスク水なんだ?今、十月の真ん中だぞ」

 

怒りの理由も気になるが、とりあえず一番気になる二人がスク水の理由を聞いてみる。すると、二人とも蓮が奇怪な事を言ったかのような反応で互いに目を合わせた。

 

「先ほど説明したであろう!いきなり士道に我のパンツを奪われ、夕弦は『透けブラフェチなんだ』と言われて水をかけられたのだ!」

 

「説明。その後、蓮が来て『エロっぽくて良い』と言った後に耶具矢の太腿と、夕弦の胸を中指でなぞって行きました。本音を言うと、少し嬉しかったです」

 

「何言ってんのよ夕弦!?」

 

夕弦のまさかの発言に声を上げる耶具矢だが、すぐに敵は士道だと思い出してキッと睨む。当然だが、蓮はそんな事してないし、さっきまで校舎内を駆け回っていたためそんな事する時間もなかった。

 

「無視。体育着が無くて焦りましたが、置きっ放しにしていたプールバックのおかげで命拾いしました」

 

「さあ!この恨み、今度は御主らが受ける番だ!士道!まずは貴様のパンツを脱がす!」

 

「呼応。その上、夕弦が霧吹きで全身をしっとりさせた後、蓮の全身を二人で擽ります。泣いても辞めてあげません」

 

復讐の炎を瞳に秘めて、ジリジリと迫ってくる耶具矢と夕弦。とりあえずこの場を離れようとする士道の袖を一人の女性が掴む。それはクラス担任である岡峰珠恵、通称タマちゃんで親しまれてる人物だったのだが、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「い、五河くん…あ、あんな事しておいて…もうお嫁にいけません…せ、責任とってもらいますからぁ…!」

 

「え、ええ!?」

 

数段ステップを飛ばした発言に士道は驚きの声を上げる。続いて、『ひっ』と近くの曲がり角から怯えた声が聞こえた。今度は何だと思いながら顔を向けるとそこには士道の友人の殿町が顔を出していたのだが、まるで怯える小動物のように身体を震わせていた。

 

話を聞かずとも面倒くさい香りがプンプンする。

 

「まったく、人の姿でやりたい放題だな…」

 

「お、おい!あれ!」

 

小さく愚痴を吐き捨てた途端、士道が廊下のある方向を指差す。何だと思い、視線を向けると、そこには士道(・・)が立っていた。普通の人間なら混乱する状況だが、蓮にとっては蛇の尻尾を掴んだ気分だ。

偽士道は二人を挑発するようにニッと笑うと廊下を歩いていく。

 

「ま、待て!何なんだお前は…」

 

それを見た士道は、耶具矢と夕弦を振り切って偽士道の後を追って走り出す。しかし、そんな事情を知らない八舞姉妹は大人しく逃してはくれず、逃げる士道を追って走り出す。

 

「逃がさぬぞ士道!自分自身の愚行を悔いるがいい!」

 

「追跡。人は自分の罪から逃げられません」

 

全速力で走る士道だったが、相手は風の精霊だ、その差はぐんぐん縮まる。このまま捕まって振り出しに戻るのは面倒だと判断した蓮は、二人が踏むであろう廊下の床のポイントに、氷の膜を張らせた。二人はそれを見事に踏む。

 

「ぬわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

漫画の効果音で表現するなら『ツルッ』というのがピッタリな見事な転び方をした二人は、姉妹仲良く床に倒れる。その二人に内心謝りつつ、蓮も士道を追っていく。

 

スタートダッシュが遅れてしまったため、逃げた偽士道は捕捉出来ないが、追いかける士道を追いかけて追跡した。まるで二人を弄ぶかのように校舎内を逃げた後、最終的に逃げ込んだのは逃げ道のない屋上だった。

 

「何がどうなってんだが…」

 

屋上に通じる扉の前で苛立った様子で言う蓮。話が見えないのは自分も士道も変わらない。そんな状態でマラソンをさせられたのだから愚痴りたくもなる。だが、それはこの扉を開ければ分かる事だ。

 

イライラをぶつけるように勢いよく扉を開ける。広がる青空の下、目の前には目の前には士道が立っている。ただ、問題点を上げるとしたら彼が二人並んでいた(・・・・・・・)ことだろう。

 

(どっちが偽物だ…?)

 

偽物を追ってきたので、どっちかが本物だというのは分かっているが、こう並ばれると違いがまったく分からない。まるで鏡から抜け出してきたような姿に迷ってしまう。

 

「蓮…!聞いてくれ!偽物はこいつで…」

 

「違う!本物は俺だ!俺達が今まで追って来たのはこいつだ!」

 

士道が言う台詞をもう片方が被せて相手が偽物だと主張する。二人とも姿だけでなく、仕草、声までも士道だった。両方とも自分の事を本物だと言い張る。

 

「こいつの言う事は信じちゃダメだ!本物の五河士道は俺だ!」

 

「何言ってやがる!本物は俺だ!」

 

七罪がボロが出る事なく、平行線を辿るこの状況。そんな時、蓮が腕を組んで何か悩むような声を出した後、二人の士道を中心に円を描くように周りを歩き始めた。

これには本物も偽物も頭上に?を浮かべる。そして、二周ほど二人の周囲を回った後、蓮は口を開いた。

 

「この世界は腐っている。俺がそう気づいたのはいつだっただろう…いや、俺はその世界に生まれ落ちる運命を選んだ時、すでに理解していたのだ…。我が手中に眠る…」

 

訳の分からない事を言う蓮を見て、片方の士道が驚いたような表情をしていたが、隣にいたもう一人の士道がその台詞をかき消すような大声をあげ、それを聞いて身体をビクリと震わせる。声を出した士道は頭を押さえて慌てた様子だ。

 

「何でお前がそれを知ってるんだよ!?処分したはずなのに!!」

 

士道のその反応を見て、蓮は小悪魔のような笑みを浮かべるとその手に青色のナイフを出現させ投擲する。それは、声を上げた士道とは違う、もう一人の士道の足元に突き刺さる。その士道は驚いて数歩後ずさった。

 

「お前が七罪だな。ようやく見つけたぞ」

 

「な、何言ってんだよ…。俺は本物の…」

 

そこまで言いかけたところで、蓮は指をパチリと鳴らした。その瞬間、音響手榴弾に匹敵する音が屋上に響き渡り、その士道を黙らせた。二人の士道が、耳を塞ぐほどの音だったのだが、蓮本人は苦にも感じてない様子だ。

 

「言い訳なら後で聞いてやる。お前が偽物だと思った理由は俺が最初にここに来た時の反応だった。その時の第一声から、お前が偽物じゃないかと思ったんだ」

 

それを聞いて、七罪は最初の行動を思い返す。あの時、仕草も声も完全に本物を真似ていた。そんな自分にミスなどある筈がなかった。

 

「あの時、お前は士道の台詞に被せるように(・・・・・・)本物だと主張した。それが不自然だったんだよ」

 

そう言われ、士道はその時を思い出す。あの時は、自分の声で本物だと言ったのだからとても驚いたものだ。だが、それ自体に特別おかしなところはなかった。その疑問の答えるように蓮は続ける。

 

「姿だけでなく、声までも同じだった士道はさぞかし驚いただろう。そんな士道が、相手の言葉に被せて自分が本物だと(・・・・・・・・・・・・・・・・)言えるはずが無いと思ったんだよ」

 

それを聞いた七罪は何も言い返せず、士道は『あっ!』と納得したような声を出す。あの時の士道には姿が同じという状況で少なからず動揺しており、声までも一緒という驚きを超えて何かを言えるような精神的余裕は無かった。

 

それだけでも十分すごいと思った士道だが、蓮はまだあると言わんばかりに人差し指を立てた。

 

「ただ、それだけじゃイマイチ確証が無かったから、もう一つ"検査"をしてみた」

 

「ああっ!そうだ、お前、あれをどうして知ってるんだよ!高校に入る時に捨てたのに!」

 

七罪に自分の声を出された時以上に動揺する士道を見て、プッと笑ってしまう。あの時話した文章は、思春期をこじらせた士道が勢いのまま書いた内容の一節だったのだ。前に琴里にコッソリ教えてもらい、それを覚えていた。

 

「七罪、お前はこの文の事を知っていたか?もし、知っていたとしても、さっきの士道のように叫びたくなるタイミング(・・・・・・・・・・・)を理解していたかな?」

 

図星とばかりに七罪は息を詰まらせる。士道はこれ以上言って欲しくないところで声を上げた。だが、自分はそれが分からず、ただ驚いた顔をするしか無かった。まあ、蓮から見たら、いつ叫んでもおかしくないような内容なのだが。

 

言い換えると、蓮は七罪の『他人完璧に真似る』という自身の能力のプライドの高さ(・・・・・・・・・・・・・)を利用したのだ。

 

「まさかと思うが…蓮、他に知ってたりとかしないよな」

 

「…さあ、どうだろうな」

 

それを聞いた瞬間、士道は絶対に蓮を敵に回してはいけないと本能的に理解した。蓮は身体をクルリと回して、七罪の化ける士道に身体を向ける。

 

「まあ、言いたいことはこんなもんだ。他人を真似るのは一流でも、役者としては二流だったな。…さて、反論を聞こうか"七罪"」

 

そう問う蓮の雰囲気は、カエルを絞め殺す蛇の雰囲気に似ていた。七罪は拳を握り、歯を噛み締めて言い返せない悔しさを味わっていた。しかし、そんな七罪の内心の最も多くを占めていたのは憎しみではなく、『すごすぎる』という感想だった。

 

「あり得ないわ…。私の完璧な変身をそんな風に見破るなんて…!」

 

手で顔を覆い、女性の声でそう言い空を仰ぐ士道。指の隙間から壊れたような笑みが見え、その言葉には怒気が感じられる。それでも、姿ではなく、言葉で本物を見極めた蓮を評価している様子だった。

 

「七罪…!どうして俺たちに変身してこんな事を…」

 

士道がそう聞いても、まるで聞こえてないかのように無視をする。七罪は顔を前に向けると、蓮の事をジッと見つめる。士道の姿で見られている事と、瞳孔が開き、狂ったような瞳に少なからず恐怖する。

 

「私の秘密を知った者を、放っておくわけにはいかないわ…。でも…あなたを私の物にして(・・・・・・)あなたの姿で街を歩いたら(・・・・・・・・・・・・)…さぞかし気分が良いと思うわ…」

 

「何を言って…?」

 

七罪は右手を掲げると、虚空から箒型の天使が現れて手に握られる。握られると同時に箒の先端が放射状に開き、輝きを放つ。すると、七罪が士道の姿から、朝見た見事な美女に変貌した。

 

「このまま終わると思わないで…!絶対にあなた達に一泡吹かせてやるわ!」

 

睨みながらそう言うと、箒の先端から再び光が発せられ、それに二人は目を瞑る。次に目を開けた時、七罪の姿は当然のように無かった。士道と蓮は互いに目を合わせ、これから来る嵐を予感した。

 


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