デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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41話

夏ももうすぐ終わるというのにそれを感じさせない暑さ、雲一つ無い青い空にはジリジリと太陽が地上を照らしている。そしてその地上には照りつける太陽に負けないほど大勢の人々が熱気を放っていた。

 

本日は天宮祭の予備日、本来なら雨などの事情により開催出来なかった場合の時の日なのだが、とある事情によって潰れてしまった二日目の開催日になるという前代未聞の日となっていた。

 

「特殊な幻覚剤が散布されたテロ事件…ねぇ…」

 

出店が並ぶ通路を一人で歩く蓮は小さくそう呟く。精霊の美九が起こした二日目の事件はそう結論出された。痛々しい中学生が考えたような事件だが、美九に操られた者は何も覚えてなかったうえに、分からないで有耶無耶にするより無茶苦茶でもそう発表するほうが良かったのだろう。

まあ、そんな事があった後でも訪れている人の人数はざっと見て、一日目と二日目以上の人数であることは一目で分かるのだが。

 

そんな神経の図太い人々の中を歩く蓮だが、さっきから誰かに見られている感覚を味わっていた。別に自意識過剰などではない。試しに顔を右に向けてみるとその先にいた数人の女子のグループが慌てて顔を逸らす。

 

注目を集めている理由は分かっている。黒目黒髪が一般的な日本では白の髪は目立ってしまう。視線を向けられるのが大の苦手というわけではないが、珍獣のように見つめられていい気分がするわけでもない。

一瞬、いっそ髪を黒に染めてみようかと考えるが、それを琴里にでも見られたら笑われる未来が想像出来た。

 

「髪の色が違うだけで、日本人はどうしてそこまで気になるんだか…」

 

せめてもの救いは珍しいからと言ってむやみやたらに話しかけられない事だろ。視線が集まっているのもあるが、今の自分が話しかけやすい雰囲気を発してるとは思えない。

視線を感じるだけなら我慢すればなんとかなる。そう考えてたこ焼きの屋台の前を通り過ぎようとした瞬間。

 

「そこの綺麗なお方。よろしければわたくしとご一緒しませんこと?エスコートしてくれる殿方が欲しいと思っていたところですの」

 

屋台と屋台の隙間の影になっているところから、聞き覚えがある女性の声が聞こえてくる。それを聞いた蓮は顔は向けずに足を止める。

 

「こんな不良みたいな髪の色をしている男を誘うなんてやめとけよ。人気のない場所まで連れて行って襲うかもしれないぞ」

 

「フフ、するつもりのない事を言って女性を怖がらせるのはあまり感心しませんわよ」

 

可笑しそうに笑ったのを感じ、顔を横に向けるとそこには左目を髪で隠した妖しい雰囲気を放つ少女…そして、自分に思いを寄せている存在である狂三がいた。服装は六月に見た来禅高校の制服を着ている。

 

「なんでこんな所にいるんだ?まさか、またここで何か良からぬ事でも起きるんじゃあ…」

 

虫の知らせのように、何かの諜報活動にでも来ているのかと思ったが、狂三は首を横に振る。

 

「いえ、わたくしの目的はあなたと共にいる事(・・・・・・・・・)デート(・・・)する事ですの」

 

このような場で恋人とデートするという行為は別に珍しくないのだが、人外の存在の狂三がそう言うと妙な違和感を感じてしまう。正直な話、ただ遊びに来ていたと言うほうが納得出来る。

 

「実はわたくし、オリジナルに命令されてここにきましたの。『もしかしたら、蓮さんは一人で寂しく歩いているかもしれませんわね。もしそうだったらご一緒してあげてくださいまし』オリジナル(わたくし)は苦笑いを浮かべながらそう言ってましたわ」

 

現状、士道と十香達とは別行動をしており、一人なのは間違っていない。しかし、そこまで読んでいたというのなら悲しいような嬉しいような複雑な気持ちになってくる。

 

「あと、伝言も預かっていますわ。『後日、これとは別にわたくしともちゃんと付き合ってもらいますわよ』」

 

「なるほど、士道に手を貸してもらった時の話か…」

 

狂三には士道に手助けしてホールまで連れてきてもらった時、礼をすると言っていたのでそれがオリジナルの狂三とのデートなのだという意味だろう。姿は全く同じ…だが、人物が違う女性と付き合うというのは浮気となるのか悩むところだ。

 

「でも、今はオリジナルのわたくし(他の女)の事なんて忘れてわたくしだけを見てくださいまし」

 

狂三は蓮の右腕を甘えるように抱きしめる。他から見たら間違いなく愛し合う恋人同士にしか見えないだろう。いきなりの行動に呆気にとられたが、せっかくの好意を無下に扱うこともなくそのまま二人で歩き出すのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

狂三と一緒になった事でさっき以上に視線が集中するようになったのだが今はほとんど気にならなくなった。狂三はニコニコと嬉しそうな表情をしながら右腕を抱きしめている。

それを見て、考えるのが自分は狂三の事をどのようにおもっているのか。そして狂三は自分をどのように思っているのかだ。

 

蓮は狂三の事を自分の良き理解者だと思っている。何かを隠しながら生きていくと、少しでも自分の事が知られるのが恐ろしくなる。そして、蓮は文字通り人外の存在である狂三、十香に逃げるように愛するようになった。

 

「狂三、お前は俺のどこをそんなに気に入ったんだ?どうして…俺を愛してくれる?」

 

「あら、ご自分の好きな所をわたくしに言わせるなんて恥ずかしいですわ」

 

煙を巻いて逃げられそうな感じがしたのだが、狂三は微笑みながら蓮の顔を見つめる。どうやらこの質問から逃げるつもりはないらしい。

 

「…わたくしは他の誰でもない、あなたを見た瞬間、心を奪われましたの。そして、何もないあなたの中身をわたくしの色で染め上げたいという欲望を抱くようになった…」

 

蓮の胸元に手を這わせながら狂三は色っぽく語る。なんとも反応に困る台詞だ。狂三の言う事に共感出来る部分が皆無である。

 

「蓮さん!わたくし、あれが欲しいですわ!」

 

そう言って狂三が指さした先には模擬店の一つである射的があり、その台の上に景品の一つである猫のぬいぐるみがあった。大きさは二十センチほどでそこそこのサイズだ。

 

「狂三は猫が好きだな。オーケー、分かったよ」

 

蓮は店の前まで行き、経営している生徒に百円を渡して、コルク銃と三発の弾が渡される。

 

(たったの三発か…)

 

猫のぬいぐるみの大きさから考えると三発だけでは心許ない。百円という値段で客に何回も挑戦させるというのが狙いなのかもしれない。

それでも文句を言わずに弾をコルク銃に詰め、狙いを定めて一発目を撃つ。

弾はぬいぐるみの右耳に当たったが、ほとんど位置に変動はない。

 

「ふぅむ…」

 

そう小さく唸ると、すぐに二発目の弾を銃に詰め発射。今度は左耳に命中したが一発目と結果は変わらなかった。残りはあと一発だ。

生徒は何も獲得されないと確信して余裕の表情だ。蓮はそれを横目で見ながら三発目を銃に詰めて狙いをつける。

 

そして、それを撃つ瞬間、銃口を右に大きくズラす(・・・・・・)。そのままぬいぐるみの横を通過する弾だったが、それは店の奥にある壁を二回反射してルートを変える(・・・・・・・・・・・・・)。弾はぬいぐるみを背後から強襲して弾き飛ばす。それは蓮の手の中に収まり、最終的に狂三の腕の中へと行った。

 

「あうぇ!?」

 

あまりに現実を感じさせない出来事に、生徒の口からそんな声が飛び出す。嬉しそうな狂三を見た後、蓮はさっきまで生徒が浮かべていた余裕そうな表情を浮かべる。

 

「文句はありませんよね?ちゃんとコルク銃(これ)で手に入れたんですから」

 

『残念ながら、台の奥に落とさないと景品獲得にならない』そんな反論(?)を言う事もできず、歩いていく蓮と狂三を生徒は見ている事しか出来ないのだった。

 

 

 

「さっきのお店の方、とても驚いていましたわね」

 

「何回も挑戦するようなカッタルイ事は嫌いなんでな。何をしようがバレなきゃイカサマじゃないんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「悪い人…だけど、そういう所嫌いじゃありませんわよ」

 

現在、二人はベンチに座りながら栄部西高校のドネルケバブを片手にまったりとした時を過ぎしていた。今食べているケバブは普通の高校生が作ったというのにとても美味しい。もしかしたら金をごっそりと取っていく高級レストランよりも美味かもしれない。

 

人間が時に高い値段の料理より、このように気軽に食べられる食べ物を美味しいと感じる謎はおそらく一生解き明かせないだろう。

 

「 あら、蓮さん口元についていますわよ」

 

そんな無駄な事を考えながら食べていた所為で口元にケバブのソースが付いているらしい。そんなミスをするなんて自分らしくないと思いつつ、それを拭こうとした瞬間。

 

狂三は自分の顔を寄せてそれを舐めとった(・・・・・)。どんな時も冷静の蓮でも、不意にされたその行動をそのまま受け流すことは出来なかった。

 

「く、狂三、家ならまだしもこんな所でそれは…」

 

「ふふ、こんなところ、オリジナル(本物)のわたくしに見られたら殺されてしまいますわね」

 

クスリと笑いながらも何気に恐ろしい行動をする狂三。もしかしたら目の前にいる狂三はそういう(・・・・)狂三なのかもしれない。

恥ずかしさを誤魔化すように急いでケバブを食べきる蓮。なんだか今日は狂三のペースに乗せられっぱなしのような気がする。

 

「さて、次はどこに行きたい?」

 

狂三が食べ終わったのをみて、次に行く目的地の提案を聞く。その直後制服のポケットに入っていた携帯電話が震える。一体何かと思い、画面を見ると『解析官殿』と映っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…来たか。いきなり呼び出してすまないね」

 

令音からのメールにはセントラルホールの関係者入り口に来て欲しいとあり、そこに行ってみるとメールの差出人であり、眠そうな顔をした令音が立っていた。

 

「経験上ではいきなり呼ばれる時はロクでもない事しか起きないんだが、何の用なんだ?」

 

気怠そうに聞く蓮だったが、そのロクでもない予感というのが見事に的中する事となった。

 

「…今、ステージでミスコンを決める大会を開催していてね」

 

「そういえばそんな事を放送で言ってたな。それで?」

 

「…その大会に十香、耶具矢、夕弦が出たいといいだしてね」

 

「ふーん、それは大変な事になったな」

 

十香達がミスコンに出る事自体に何か思う事は無かった。例え三人の誰かが優勝しようとそれ以外の参加者が一位になろうと、十香達はそれを結果として受け止められると信じているからだ。

 

しかし、そのような他人事でいられたのはこの時までだった。

 

「…三人の内誰かが優勝すると、他の二人の感情が乱れて霊力が逆流してしまう可能性がある。だから、君が出て優勝してもらいたい(・・・・・・・・・・・・・)。」

 

「ふぁっ!?」

 

令音の驚きの一言にそんな声が漏れる。とはいえ、それも無理がない事だろう。だが、当人は表情を変えずにそのまま話し続ける。

 

「…シンが審査員として出て、点数をコントロールしようとしているが上手くいかなくてね。そこで〈フラクシナス〉のコンピューターに相談したところ、君を変装させて優勝させるのがベストだと出たんだ」

 

「なんで俺が女の姿をしなきゃならないんだ!第一、十香達もミスコンで勝てなかったからって感情が不安定になるほど子供じゃないだろ」

 

「…君の言う事も分かるが、もし本当に被害が出た時も君は同じ事を言えるのかい?」

 

なんとも痛いところを突いてくる。令音の言う通り、蓮がそう信じているだけであり確証はどこにもない。それでもすんなりと受ける事は出来なかった。蓮にもプライドというものがある。

 

「だ、だったら、解析官殿がきわどい水着でも着て出ればいいじゃん。スタイルが良いんだから…」

 

「…出場出来るのは生徒だけで、教員の私は無理なんだよ」

 

せめてもの抵抗とばかりに言うが、冷静に返されてしまった。急いで次の手を考えるが状況が状況なだけに、有効な手が何も浮かばない。

 

「…もう良いかい?時間に余裕があるというわけではないんだが…」

 

「あーもう!分かったよ!出て優勝すればいいんだろ!」

 

「…君のそういうところ。私は結構好みだよ」

 

嬉しくもない告白を受け、蓮は大きくため息をするのだった。

 

 

「…ここが控え室だ。大会はもう始まっている、素早く準備をしてほしい」

 

令音に連れられて来た場所は、ステージ裏手の控え室だ。蓮はついさっきまでここで女子達が着替えていたという事を思い浮かべて興奮する事なく(・・・)、室内を見渡す。とりあえず鏡などはあるので準備に不自由することはなさそうだ。

 

「…これがステージの衣装だ。三人に勝つためにはどうしてもこのようなものになってしまうのだが、我慢してほしい」

 

「まさか…これってドレスか?」

 

令音が見せたのは生地が白色と派手なドレスで、所々に銀色の装飾がある。何とも派手な服装だが、十香達三人に勝って優勝となるとインパクトが重要となることは分かっていた。

 

「…ドレスの着付けと、女性らしく見せる化粧などやる事が沢山ある。まずは…」

 

「あーもう、とりあえず解析官殿は部屋を出て行ってくれ。そうしなきゃ着替えられないだろ」

 

「…一人だといろいろキツイとおもうのだが…」

 

ドレスを着るのもそうだが、化粧をするのに蓮一人だけというのは難しいと思って手伝おうとしたが、それを拒否される。

 

「もし、何かあったら呼ぶから早く出て行ってくれって」

 

背中を押されて、令音は強引に部屋を出される。それに疑問を感じるが、男がドレスを着る瞬間を他の誰かに見られたくないという心理も理解できる。そうだろうと結論づけた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…狂三、もう出てきていいぞ」

 

蓮は自分以外誰もいない控え室でそう小さく呟くと、足元の影が広がっていき、そこから狂三が出てくる。狂三も、蓮と令音の会話をこっそり聞いていたのだ。

 

「大変な事になりましたわねぇ。十香さん達のためにドレスを着るなんて…」

 

面白がっているのがよく分かる口調だ。それを咎める気はない、自分も士道が女になった時は笑った故にその気持ちはよく分かる。だが、文句を言うのはここまでだ。何事もやるからには勝つ。それが座右の銘だ。

 

「ふぅ…よし、準備を始めるか。手伝ってくれるな?狂三」

 

「わたくしを…手伝わせますの?」

 

「この事を口外するとは考えられないしな。ドレスの着付けと化粧は出来るか?」

 

助けを請われた事に軽く驚いた様子の狂三だったが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「ええ、もちろんですわ。衣装の着付けはお任せ下さいまし。蓮さんは素がよろしいので、お化粧は薄めがいいですわね」

 

ノリノリの様子でプランを考える狂三に、多少の不安を感じつつ制服のブレザーを脱ぎ、ネクタイを外すのだった。

 

 

『ー以上で全候補者の審査が終了しました!結果、八舞 耶具矢さん、八舞 夕弦さん、夜刀神 十香さんが二十五点を獲得し、同点一位となりました!』

 

司会者の宣言に会場が大きく盛り上がる。そんな会場とは逆に、審査員の士道の気持ちは大きく沈んでいた。三人が同じ点数で一位という士道が最も恐れていた事態になり、後は決戦投票となる。審査員が一人一人候補者の名前を挙げるという方式のため、どうしても士道が選ばない二人が出てしまうのだ。

 

『では、三人に登場していただきま…えっ!?何?どうしたの?』

 

司会者が三人の登場を宣言する直前、おそらくスタッフであろう女子生徒が司会者に耳打ちで何かを伝える。それを聞いた司会者は何やら驚いたような表情を浮かべる。

 

『えっと…すみません。ついさっきエントリーしてきた生徒が一人いまして…決戦投票の前にその方のパフォーマンスを見たいと思います!』

 

会場に動揺が広がるが、士道にとっては救いの言葉だった。それは細い蜘蛛の糸かも知れないがまだチャンスは残されていた。もはや祈ると言っても良い気持ちでその生徒を待つ。

 

『それでは登場してもらいましょう!エントリーナンバー二十五番!エリスさんです!』

 

突然の乱入者に会場の期待が高まる。その期待の中に現れたのは『白』だった。

肩に届くほどの長さの白い髪、白い肌、そして白いドレスに身を包んだ中性的な顔の少女は、視線が集まるステージの中央に恐れる事なく歩いてくる。

 

ドレスの上半身の部分には白と合うような薄い銀色に包まれており、首にはチョーカー。動きやすさを考えてか下のスカート部は右足だけが見えるように縦に深く裂けている。女性らしいふくよかな胸元と、右足の太腿の中程まで見えるのが眩しい。

右手には自分の身の丈以上の長さの槍を持っている。先端部には矢じりが付いて、その下には布のようなものが巻かれ太さが違う。

 

ステージ中央まで堂々と歩いてくると、観客に向けてお辞儀をしてパフォーマンスを開始する。まずは右手に持った槍を慣れた手つきでクルクルと回し始める。そのままダンスでもするようにステップを踏みながら華麗に舞う。

 

手元を全く見ず、身体の一部分のように操るそのテクニックに会場が呑み込まれる。エリスは優しい笑みを浮かべ、パフォーマンスを続ける。そしてフィニッシュに両手を大きく広げ、槍を大きく掲げると、先端部の布が解けてまるで旗のようになる。それと同時に会場のボルテージがMAXとなる。

 

『素晴らしい演技でした!では、審査員の皆さん!点数をどうぞ!』

 

士道は迷わず十点札を掲げる。十香達の事を考えて高い点数をあげたいという気持ちもあったが、あの演技にこの点数分の価値はあったと感じる。そして士道以外の審査員である美九はというと…。

 

「はぁ…はぁ…イイデスワー…眩しいほどの白い肌…チラリと見える綺麗な太腿…触ってみたいですわぁ…」

 

口から涎を垂らし、瞳孔を限界まで開き、まるで狼が獲物を狙うような血走った目でエリスを見つめており、掲げた点数札には十の0の部分を塗り潰して代わりに一と書いた『十一点札』となっていた。

 

『出ました!七点!一点!十点!じゅ、十一点!合計二十九点!エリスさんの優勝です!!』

 

司会者の宣言に会場に大きく歓声が響きわたる。士道も一先ず最悪の事態だけは回避できたと胸を撫で下ろした。司会者はトレーを持ちながらエリスに近づく。その上には二枚の紙切れが乗っていた。

 

『エリスさんには高級温泉旅館一泊二日宿泊ペアチケットが贈呈されます。ちなみにエリスさんは誰かと行く予定は…』

 

司会者の質問の途中にも関わらず、エリスは二枚のチケットを手に持つとそれを観客席の方に放る。読めない動きで空中を漂うそれを求めて、会場は一瞬にして無法地帯と化す。

 

『ちょ、ちょっと!何やってるんですか!?皆さん!落ち着いて下さい!!』

 

司会者が必死に宥めるも当然ながら焼き石に水だ。パニックとなる会場を無視して、エリスはステージ裏手へ戻っていくのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

大パニックとなった会場を去り、エリスは控え室へと戻ってきた。騒動のせいか室内に他の選手は見られない。その代わりに笑顔の狂三が出迎える。

 

「宣言通りの優勝でしたわね。とてもお綺麗で美しかったですわ」

 

「こんな事…二度とやらないからな…」

 

エリスは壁に頭を当てて大きくため息をする。その声は女性だったが、話し方は男のものだった。首には巻かれたチョーカーを外すとそこには絆創膏(・・・)が貼られている。

 

「はあ…早く着替えて忘れるか…」

 

優勝した以上、もうこんな姿でいる理由はない。さっさと着替えようと後ろを向いた瞬間、凄い力で壁に押し付けられる。いきなりの出来事に何が起きたのか一瞬理解が遅れたほどだ。そして、目の前には狂三の顔がアップで映っている。その目には"欲望"が揺らめいていた。

 

「綺麗ですわよ…蓮さん…。すぐに着替えてしまうだなんて勿体無いこと、しないでくださいまし…」

 

狂三は自分の膝を蓮の足の間に入れ、左右の手で蓮の手首を掴んで壁に押し付ける。動けないように完全に拘束すると、蓮の首筋の白い肌に舌を這わせ始めた。

 

「く、狂三!?何を…ひっ…!」

 

その行動に思わず情けない声を上げてしまう。そんな事を気にする事なく恍惚とした顔で狂三は自分の証をつけるかのように白い肌を汚していく。その後、控え室に百合の花が咲き乱れた。

 

 

「おお!レンではないか!今までどこにいたのだ!?」

 

会場が落ち着き、夕陽が街を照らす時間に蓮は士道達と合流した。元気な様子で迎える十香とは反対に蓮は何やら様子がおかしい。

 

「よお…ミスコンに出たんだって?美を競い合うだなんて、女は大変なんだな、士道」

 

「いや、なんで俺に話しを振るんだよ」

 

急に話を振られた士道が思わずそう言い返す。士道の気のせいか蓮がとても疲れているように感じる。精霊とぶつかってもケロッとしているというのに珍しい。

 

「そうだ!その『みすこん』でえりすとかいう奴が一位だった私たちから優勝を奪っていったのだ!」

 

「エリスとかいう女…凄まじいオーラを放っていた。あれでは士道や凡人が魅了されるのも無理はない」

 

「称賛。パフォーマンスも素晴らしかったです。良いものが見れました」

 

優勝を逃したというのに十香達には悔しさは感じられない。それほどに姿やパフォーマンスに夢中になっていたのだろうか。

 

「もう一回あやつの姿が見たいと思っているのだ!レンは見てないか?白い姿をしているのだが…」

 

「いいや、見てないな。きっと縁があったらまた会えるだろ。それまで待てって」

 

何も知らない十香に、小さく笑いながら蓮はそう言うのだった。

 


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