デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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37話

「ふたりとも…よくぞご無事で!」

 

狂三を殺したばかりとは思えないような笑顔を浮かべ、真那は喜びを露わにする。真那は六月に狂三との戦いで重傷を負ってからずっと入院していたはずだった。その真那がなぜここにいるか、今、装備している蓮も見た事のないそのCRーユニットは何なのか、疑問が山ほどあった。

 

「お前…真那なのか?怪我はもう大丈夫なのか?」

 

「妹の顔を忘れるなんてひでえですよ!怪我はすっかり完治してます。そうそう!私、DEMを辞めまして今は〈ラタトスク〉で世話になってます!」

 

士道()と再会したからだろうか、やけにテンションの高い真那に呆気にとられてしまう。しかし、今の真那は敵ではないという事は理解出来た。

 

「ラタトスクから借りてきたこの装備で、急いで駆けつけたら二人が〈ナイトメア〉に襲われていたのでいてもたっても…ん?その腕は…」

 

真那の目線が蓮の右腕に向けられる。身体の影に右腕を隠していたが今の時刻は夜中だ、その暗闇の中で光る腕は目立ってしまう。

 

「あっ、いや、違うんだ。これは…その…」

 

珍しく狼狽する蓮。知り合いで腕の事は知られたくない人物はたくさんいるが、その中でも絶対に真那にだけはバレたく無かった。この腕を知られた時、どんな顔をするか、どんな言葉を言われるか。一番長い付き合いである彼女に『気味が悪い』などと言われるのが恐ろしかった。

 

しかし真那は、そんな蓮を見て小さく笑った。

 

「大丈夫ですよ。蓮がそういう体質(・・)だってことは琴里さんからいましたから」

 

琴里はこのような事態になると予想していたらしく、あらかじめ真那に伝えていたらしい。おまけにこれは体質ということにしておく抜かりのなさだ、伊達にあの歳で〈フラクシナス〉のボスはやっていない。

 

「聞いた時はとても信じられねーと思いましたけど、この腕はどうなってんですか?」

 

真那は蓮の右腕を手の甲で叩くとコンコンと音が鳴る。普通ならいきなり触る事など出来ないはずだが、これほどの度胸と勇気は流石真那と言うべきだろう。

 

真那が〈バスター〉をジロジロ見ていると、背後の壁に影が広がり上半身だけの狂三が姿を見せると蓮の首に腕を回して抱きしめる。真那はそれに素早く反応して距離をとる。

 

「きひひ、相変わらず手荒な歓迎をしてくださいますわね」

 

「チッ、まだ生きてましたか。やっとその不愉快な笑顔を消せたと思いましたのに。…蓮から離れてもらいましょうか。大切な友人にあなたみたいな悪女が触れてるというのは我慢ならねーもので」

 

真那から見たら、今の狂三は蓮を人質にしているようにも見えたらしく離れるように言うが当然狂三はそれに従うはずもなく、逆に蓮にもっと自分の身体を近づける。

 

「きひひひひ!彼の事を何も知らないあなたが、よく彼の事をそのように言えるものですわね。相思相愛のわたくし達にあなたが入る隙間は微塵もありませんことよ?」

 

「そんな事をいう女に限って自分がそう思っているだけって事がよくあるもんです。ここまでくると哀れみも感じねーもんですね」

 

その言葉に狂三は殺意を孕んだ視線を真那に向ける。下手すればここで戦闘が起こりそうな雰囲気だ。このままではマズイと思った士道は怖すぎる会話をする二人の間に入る。

 

「お、落ち着けって…二人とも…」

 

士道の仲介で興ざめとなったのか、狂三は小さく息を吐いて肩をすくめた。

 

「まあ、わたくしもDEMに別件がありますし、ここで別行動といたしましょう。真那さんと蓮さんもいれば十分でしょうし」

 

「別件?こんな時に?」

 

「あらあら、女に秘密は付きものですわよ。ちゃんと陽動は続けますのでご安心くださいまし。それではごきげんよう、蓮さんもお気をつけて…」

 

士道のした質問も煙に巻かれ、最後に蓮の頬に口づけをした後、狂三は影の中に消えていく。用事というものがこの場を離れるだけのブラフのように聞こえなかった。

 

「ふん、あんな悪魔とは早々に手を切っちまった方がいいに決まってます。それより、私の方が何倍も信用出来ますよ」

 

自信ありげに話す真那に『悪魔は嘘は言っても契約は破らない生き物だ』と言いたかったがわざわざ水を差す必要もないだろうし、狂三が離脱しても真那が代わりに協力してくれるなら文句はない。

 

「あ、そうそう。二人にはこれを渡しておきます。回線は繋がってますので」

 

そう言って真那が取り出したのはインカムだった。それを耳につけるとしばらくして琴里の声が聞こえてきた。

 

『…二人とも、聞こえるかしら?』

 

「なんだよ司令官殿、今は忙しいんだ。罵倒したいのなら後でに…」

 

『ちょ!ちょっと待って!もう正気に戻ったから大丈夫よ!』

 

慌てた様子の琴里の声にそれを聞いた真那と士道は苦笑いを浮かべる。当然ながら蓮もそれが分かっていたのだが、言われっぱなしというのもなんか嫌だったのでからかったのだ。

 

『その時の映像が残ってて…その…悪かったわよ。いろいろと酷い事いってたから…』

 

「まあ、まだ言い足りないなら、副司令官でも代わりに罵倒しててくれよ」

 

『おお!なんとありがたい!感謝しますぞ蓮くん!さあ司令、この神無月を好きなだけ罵ってください!もちろん踏みつけるのもかまわ…ギャフン!!』

 

神無月の嬉しそうな声が聞こえてきたが、鈍い音が聞こえたと同時に苦悶の声が響き静かになる。どうやら琴里が神無月の腹部に蹴りを入れたらしい。

 

『あなたは黙ってなさい神無月。通信設定が滅茶苦茶になってて復旧に時間がかかったけどもう大丈夫よ。それで、なんで狂三と一緒にいるのよ?』

 

琴里からの質問には答えずに蓮はインカムを外す。琴里には悪いがもう自分がすることは決めていたからだ。

 

「士道は真那と一緒にDEMの第一社屋に行け。魔術師(ウィザード)相手に真那は適任だからな」

 

「えっ?それじゃあ蓮は一緒に来ないのか?」

 

「俺は戦っている狂三たちの援護に行ってくる。魔術師(ウィザード)相手なら真那一人でお釣りがくるさ」

 

「あの女の加勢に行くなんて、変に義理堅いのは相変わらずですね。いいですよ兄様は私が守りますんで」

 

真那の了承がとれたところで再びインカムを耳につける。

 

『ちょっと、いきなりインカムを外さないでちょうだい。これからのことはなんだけど…』

 

「ああ、これから士道は真那に任せて、狂三の援護に行くつもりだから」

 

『はあ!?いきなり何言ってるの…』

 

そこまで言いかけたところでインカムを外し、強制的に会話終了となる。蓮はインカムをポケットにしまい、左手に籠手の〈ウィトリク〉を纏い、その手を伸ばすと手のひらの箇所からアンカーのようなものが飛び出しビルの屋上付近に引っかかる。

 

「それじゃあ、士道を頼むぞ。終わったら昔みたいに飯を奢るよ」

 

「お、言いましたね。そこそこの値段のところにするつもりですから、覚悟しててくださいよ」

 

真那がニヤリと笑ったのを見た後、アンカーを巻き戻し、その推進力を使用して屋上に上がる。せっかく運んでくれた狂三には悪いがどうも分身体の狂三も捨てられないと人間臭い気持ちを感じ、小さく笑いながら夜空を見上げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

狂三の分身体と〈バンダースナッチ〉、魔術師(ウィザード)のぶつかる場所はまさに戦場という表現が一番似合っていた。暗い夜空に大量に爆発の光が浮かぶ。その中に分身体の血飛沫も舞っている。こんな光景が日本にオフィス街で起きていると言っても誰も信じないだろう。

 

蓮はそんな中を〈バンダースナッチ〉を踏み台に突き進んでおり、機体から機体へとジャンプして飛び移っていた。さらに移る前には〈レッドクイーン〉を〈バンダースナッチ〉に突き刺して撃破するのも忘れない。もともとDEMに勤めていたため、〈バンダースナッチ〉のどこが弱点かはよく理解している。とにかく効率を重視して最低限の攻撃で済ませていた。

 

そのようなスタイルで撃破し、そろそろ数えるのが面倒になってきた頃、半壊状態の〈バンダースナッチ〉が狂三の足にしがみつき手を頭部に向けて伸ばしているのが見え、今乗っている〈バンダースナッチ〉に剣を突き立てたあと、空中に飛び出すと同時に自分に風を纏わせその場に急行する。

 

「汚い手で狂三に触るな。ガラクタが」

 

胴体部を切り裂いたあと、〈バンダースナッチ〉の頭部を直接掴み、狂三から無理矢理引き剥がす。そのまま捨てるように手を離し、落下していく機体は虚空に現れた氷の氷柱が大量に突き刺ささって爆発四散する。助けた狂三はお辞儀をしたあと、再び戦闘へと戻っていった。

 

(士道と真那は大丈夫か…)

 

DEMのビル内にも魔術師(ウィザード)がいるだろう。それを見越して真那に士道を任せたのだが、やはり自分も行くべきだったかと思い始めた瞬間幾つものミサイルが自分の方に向かってきた。

 

「今度はなんだよ!?」

 

苛立ち混ざりにそう叫ぶと、蓮の周りに三枚の氷の盾が出現してミサイルを全て受け止める。盾はミサイルを受け止めても傷一つつかず、その隙間から攻撃が来た方角に目を向けるとエレンと赤い〈ホワイト・リコリス〉を装備し、全身が包帯に巻かれたジェシカに追われている真那が見えた。

どうやらさっきのミサイルは蓮に向けて撃たれたものではなく、流れ弾だったらしい。

 

そんな状態の真那を確認すると浮遊する盾に指令をだし、それを受け取ると逃げる真那の元に飛んでいきミサイル等の攻撃を受け止める。突然の乱入者(?)に真那は目を丸くしていた。

 

「モテモテだな、真那は」

 

「こんな面子に追われてもちっとも嬉しくねーですよ」

 

そんな軽口を叩き真那と合流する。近くでジェシカを見てみるとどのような状態で〈ホワイト・リコリス〉…いや、〈スカーレット・リコリス〉を動かしているかが分かる。今すぐにでも稼働を止めなければ命に関わるだろう。

そしてもう一人、ジェシカの隣で圧倒的存在感を放つ女がいた。

 

「真那だけでなく、あなたもいるとは意外です、それは〈ベルセルク〉の真似事ですか。ここを襲撃して来たということは私やアイクを裏切るという事ですね?」

 

「…っ!」

 

大声で怒鳴られた訳でもないのに関わらず、大きな威圧を掛けられているのを感じる。それに怯み声が出せなかったのだが、エレンは沈黙は是也と受け取ったようだ。

 

「まさか、DEMの優秀な人員であるあなた達二人に揃って盾突かれる日が来るとは思ってませんでした」

 

「はっ、よく言いますよ。人の身体を勝手に弄っといて」

 

「なるほど、そこまで知ってしまいましたか。ですが、それを向けるのはこの場で私だけだと思ってますか(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

そう言ってエレンの視線は蓮に向けられる。真那もそれにつられて蓮を見る。だが、当の本人は何の話をしているかが全く見えなかった。ただ、自分は真那に疑われている(・・・・・・)。なんとなくそう感じた。

 

「あなたはその可能性は考えなかったのですか?自分の装備に関わっていた者も怪しいと…」

 

「いや、それはありえねーですね」

 

エレンの言葉を遮る形で真那は答える。蓮と真那は昔の記憶がない者同士初対面でもすぐに打ち解ける事が出来た。別に恋人という関係では無かったが、装備の無茶な要望にも完璧に応じてくれたし、プライベートではたまには食事を奢ってくれたりと深い付き合いだった。

 

潔白という証拠がある訳ではない。それでも蓮は信用できると信じる事が真那には出来た。

 

「それより、敵であるあんたの言葉の方が何千倍も信用できねーですよ。よく考えたら分かることですが」

 

「…そうですか、期待してたわけではありませんがそう言い切られてしまってはこれ以上何を言っても無駄ですね」

 

「えーと、話が見えないんだが、真那に信用されたってことでいいのか?」

 

置いてけぼり状態の蓮の質問に真那は言葉を発さず笑顔で答えた。その後、すぐに真剣な表情に戻り、エレン達を睨む。

 

「真那、あの二人のどっちを相手にする。俺はやっぱり、真那はジェシカの相手をしたほうが…」

 

「いえ、二人は私が引き受けます。蓮は第一社屋にいる兄様の助けに行ってください」

 

「…分かった。真那、死ぬなよ」

 

あの二人相手でも心配ないと割り切り、この場を離れる。その直前に浮遊していた氷の盾の防衛対象を真那に切り替える。

 

「マァァァァァナァァァ!逃がさないわヨォォォ!!」

 

蓮が離脱したのを見て、真那も逃げると思ったのかジェシカが一斉にミサイルを発射する。それを見た直後、真那は蓮が向かった方角とは逆の方向へスラスターを駆動させる。

しつこく追尾してくるミサイルを随意領域(テリトリー)を使って防ごうとした瞬間、三枚の盾が自らミサイルにぶつかり防ぐ。

 

「気が利くフォロー、ナイスですよ蓮!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

蓮が風を纏いながら進み、第一社屋まであと少しというところで二つの影が蓮の前に立ち塞がった。

 

「待つがよい。これから先は通さぬぞ」

 

「制止。待ってください。これ以上は進ませません」

 

そう言って前に出てきたのは耶具矢と夕弦だった。相変わらず二人は美九に操られた状態らしく、これだけ続くとため息が出てくる。

 

「我らは姉上様はここに誰も近づけるなという命を承った!今すぐここから去るがよい」

 

「首肯。お姉さまからの命令は絶対です。誰も通しません」

 

態度も相変わらずだ。こんなところでグダグダと討論するつもりなどない、蓮は真剣と睨みを混ぜたような顔で二人の顔を見る。

 

「今の俺にはお前達の身を案じて戦うような時間的余裕も精神的余裕もないんだ。邪魔をするなら手足の二三本を折ることにも今は躊躇いはない。それが嫌ならそこを退け」

 

それが脅しなどではないと二人は一瞬で理解出来た。もし、これを聞かなかったら今述べた内容の行動を実行するだろう。精霊だろうと人間だろうと『恐怖』という感情は平等に感じるのだ。

 

「し、質問。あなたはお姉さまに危害を加えるつもりですか?ならば、見過ごすことは出来ません」

 

「俺の目的は士道の救援だ。それを信じるかはお前達の自由だがな」

 

そうとだけ言うと、蓮は二人の隣を通り過ぎて第一社屋へと向かう。すれ違うとき、耶具矢達は背筋に氷を当てられたような感覚を感じた。結局、耶具矢と夕弦は美九の命令を守れず、蓮を見過ごす形となった。

 

 


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