デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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34話

「うっ…うう…」

 

そんな声を漏らしながら蓮は気だるそうに目を開ける。そこは天宮祭が行われたステージで、今、自分はそこの椅子に座っている。

ボンヤリとする意識の中でエレンと戦って気を失ったのを思い出す。とりあえず頭を手で押さえて意識をハッキリさせようとするが、不思議なことに腕が全く動かない

 

「あなた、こんな状況で呑気に気を失ってられるなんて、頭の中が空っぽなんですかぁ?」

 

正面のステージから特徴的な声が聞こえて顔を上げると、そこの中央に八舞姉妹と四糸乃を左右に立たせた美九がおり、その顔は鬼の首をとったかのような表情で蓮を見下している。

 

美九はそれを始めに耳を塞ぎたくなるような言葉を飛ばしてくるが、それを気にすることなく自分の状況の把握に意識を向ける。

 

(両手を後ろに回して拘束…手首には手錠がかけてあるな。その上身体にはロープを巻かれている…ご丁寧なことで…)

 

そんな皮肉を内心思いながら、ホール内にある時計を見る。時間は最後に見た時から一時間以上経過していた。思っていたより長く気を失っていたようだ。

 

「ちょっと!聞いてるんですか!?」

 

勝手に自分から言い出したくせにそれを聞いてないと不満らしい美九は、周りを見渡していた蓮に声を上げる。いろいろな意味で面倒くさい状況だ。ため息をつくとそんな美九に顔を向ける。

 

「お前、黙ってる方が美人だな」

 

その一言で場の空気が一瞬で凍る。美九はその言葉を聞いて、顔を真っ赤にし、プルプルと拳を震わせる。そんな美九を見て、八舞姉妹と四糸乃は息を詰まらせた。

 

「今…なんて言いましたか…?」

 

声音は大爆発寸前という事を物語っている。それ以上は放置するのはマズイと判断して耶具矢と夕弦が動いた。

 

「姉上様!お、落ち着くのだ!」

 

「叱咤。今の言葉、お姉様に失礼過ぎます」

 

耶具矢は美九に語りかけ、夕弦は蓮を怒るというコンビネーションで落ち着かせる。四糸乃はそんな怒りに震える美九を見て怯えてしまっている。

 

「そ、そうだ!これは罠なのだ!あやつは姉上様を挑発して何か企んでいるに違いないぞ!」

 

「わ、罠…そ、そうですね。その可能性がありましたぁ…」

 

少し前に絶体絶命のところまで追い詰められていたのが脳裏に刻み込まれているのか、耶具矢の言葉を聞いた美九は落ち着きを取り戻す。それを見て内心舌打ちをする。乗ってきたら面白かったものを。

 

「ふう…少し休んできますぅ。あの男から目を離さないでくださぁい」

 

美九は三人にそう言うと舞台の袖に戻っていく。蓮の居場所はステージから一目で分かる目立つ場所だが、そもそも自分で手綱を握れないものを自分の陣地の中に置いている時点でどうかと思ってしまう。

もしかしたら美九は、自分を含めた精霊四人で正面から戦えば勝てると思っているのかもしれない。

 

(こっちも少し休むか…。少なくともあっち側から手を出してくる事はなさそうだ)

 

藪をつついて蛇を出す事をするつもりは無いらしい。そう判断した蓮は目を閉じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ホール内に大きな音が響きわたる。ステージでは美九が自身の天使である〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の曲を演奏しており、それに観客(全員女子)は感激している。そんな中、一人だけそれらと違う反応をしている人間がいた。

 

(暇だ…。何か面白い事はないかねぇ)

 

美九のステージを正面から観れる席に座っているというのに、退屈そうに欠伸をしている蓮に対して、他の観客は殺気を込めていると言ってもいい目で睨みつける。

そんな中、美九の演奏は終わり、大きな歓声で包まれる中、美九は観客に笑顔で手を振った後、蓮をキツく睨みつけて舞台の袖に戻っていく。

 

美九にとって蓮はこの楽園にあるたった一つの異物なのだ。不思議な事に真っ白なシーツにわずかな汚れがあると、人間はその汚ればかりを気にする。九十九%の純白があるのにも関わらずだ。当然、本人も自分は邪魔者だと理解している。

 

「ミルクを触りたいな。あいつを撫でてたらこんな状況でも少しは楽しめると思うのに…」

 

普段はしない無いものねだりをしていると、四糸乃、耶具矢、夕弦がこちらに歩いてくるのが見えた。てっきり、美九の相手をしているのかと思っていたが違うらしい。しかし、三人の表情を見ると楽しいお喋りをしに来た訳では無いようだ。

 

「いい加減しろ!姉上様に不敬であろうぞ!」

 

こちらに来て最初の台詞がそれだった。予想を裏切らない展開に小さく笑ってしまう。だが、三人はそれに気付かず次々の叱咤の言葉を飛ばす。

 

「首肯。お姉様の歌声をあんなに近くで聞けるというのに、今のあなたの態度は万死に値します」

 

「お姉様の歌を…ちゃんと聞いてください…!」

 

『君さー、ちょっと不真面目だよー?』

 

どいつもこいつも口を開けばお姉様お姉様と、ここまで来ると苛立ちを通り越して呆れてくる。

 

「世界一美しく、素晴らしい姉上様の姿と歌を近くで見るなど、お主が何を捧げようと叶わぬ事なのだぞ!」

 

「…あいつのどこが素晴らしいんだよ」

 

小さく愚痴ってしまうのも仕方が無い。男嫌いで士道を捕まえる為に他人の事を考えないでこんな大暴動を起こす人物が素晴らしいなど、辞書で『素晴らしい』の意味を調べてこいと言いたくなる。

 

「縄と手錠で拘束させられて、無理矢理見させられてるのを楽しめる訳ないだろ。それでも楽しめると思うなら、あいつの感覚がズレているとしか言いようがないな」

 

「ぐぐ…それ以上姉上様を侮辱するものなら…!」

 

怒りに拳を震わせる耶具矢。他の二人も怒りの目で蓮を見ている。このままだと感情のままにパンチが飛んでくる可能性がある。そこで持っていた手札の一つを使うことにした。

 

「殴りたければ殴れ。だが、もしそうしたら次のテストの対策に手伝ってやらないぞ」

 

「えっ!?ちょっ!それはズルいわよ!」

 

急にいつもの耶具矢に戻り、泣きそうな目で見つめてくる。勉強が苦手な耶具矢は蓮に手伝いを求めていたのだが、それを断られるのはバンジージャンプで命綱を切られるのと同等なほどピンチなのだ。

 

「次の数学の範囲は証明だったっけ?あれは難しいぞ。一人でやるのはだいぶ厳しいだろうな」

 

まるでカエルを絞め殺す蛇のような言い方に、さっきとは別の意味で耶具矢は震える。それを見かね、夕弦が乱入してきた。

 

「説得。落ち着いてください耶具矢。八舞たるものそんなので狼狽えては…」

 

「そうだな…夕弦と四糸乃には家で作るスイーツの喪失ルートなんてのもあるぞ?」

 

「衝撃。それはとても困ります」

 

「もうケーキが食べられなくなるのは…嫌です…!」

 

この士道達六人は時々蓮の家に来るのだが、その度に蓮が作ったスイーツと紅茶、コーヒーを幸せそうに食べている。それらがいわゆる絶品というやつで見たことがないような見た目のケーキでも一口食べるといつもその甘さと美味しさの虜となってしまう。

 

「次はハロッズのホワイトダージリンとリンゴとレーズンのディープパイを用意してたんだが、どうする?」

 

その問いに三人の喉がゴクリと動く。蓮も出会って一日に満たない相手に対する忠誠心と我が身の可愛さ、どちらが上なのか興味がある。

 

「ぐぬぬ…よかろう。今の発言は我の寛大な器により無かったことにしてくれようぞ…」

 

かなり悩んでいた耶具矢だったが、結局我が身の可愛さの方が勝ったらしく、二人もそれに頷く。それでも来る場合は連帯責任にしようかとも考えていたが必要無かったらしい。

 

美九は自分の天使の力を過信しているようだが、所詮こんなものだ(・・・・・・・・)。力で他人をねじ伏せる事は出来る。だが、そいつに忠誠を誓わせるとなると途端に難易度は跳ね上がる。人を操るというのも簡単ではないのだ。

 

それを知らない美九に憐れみを感じながら目を閉じる。実に充実した暇つぶしとなったのがとても喜ばしく思うのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(退屈だ…今日はよくその言葉が出てくるな…)

 

それから数時間後、時間を見る限り外は夕日が沈み月が姿を現わしているだろう。そんな時間になっても相変わらず状況に変化はなく、欠伸をする。だが、その時は急に終わりを告げる。

 

どこからか黒い影がホール内に侵食してくると、観客達が次々に倒れていく。しかし、倒れた者は苦しそうに呻いているのを見ると死んではいないらしい。

 

(やっと来たか…士道!)

 

一日千秋の思いで待ち続けた成果がようやく出た。そう考えると小さな笑みがこぼれる。この非常事態は美九達にも伝わっているはずだ。彼女達がどのような対応をするか楽しみでほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「ここだ…開けるぞ」

 

精霊である狂三の力を借りてセントラルステージの扉の前まで来た士道はその扉を一気に押し開ける。観客席にいる少女達はその場に蹲っているが、最奥のステージには天使〈破軍歌姫(ガブリエル)〉と霊装を身に纏った美九がおり、脇にはメイド服を来た耶具矢、夕弦、四糸乃がいる。

 

そして、その一番右には人質のつもりだろうか、両手を後ろに回され、ロープで巻かれている蓮が立っている。しかし、当の本人は緊張した様子はなく、呑気に欠伸をしていた。

 

「私の前に姿を現わすとは…随分と甘く見られたものですねぇ…五河 士道!」

 

「美九、頼む!そいつを離してやってくれ!俺はそいつと一緒に十香を…あの時さらわれた女の子を助けなきゃならないんだ!だから…」

 

「うるさい!うるさいですぅ!黙ってください!さもなくばこの男が…」

 

そう言って蓮に視線を向けるが、その瞬間、美九は目を見開いて驚愕した。

 

「あの男は…あの男はどこにいったんですか!?」

 

さっきまでいたはずの蓮の姿がまるで幻のように消え去っていたのだ。美九と一緒にいた三人も気づかなかったようで周りをキョロキョロと見渡している。

 

「あ、あやつはどこに行ったのだ!?」

 

「狼狽。さっきまでここにいたのですが…」

 

これには美九達だけでなく、士道も驚いた。ステージ上に立っていた蓮を見てから今に至るまで十秒あったか無かったかの時間だ。そんな僅かな間に姿を消したのだ。

 

「一体どうなってんだ…?蓮はどこに…」

 

「おい、誰をさがしてるんだ?」

 

「誰って、そんなの姿を消した蓮に決まって…」

 

そこまで言いかけて士道は言葉を止めた。今、自分は誰と話した?近くに狂三はいるが、喋り方といい声といい明らかに違う。むしろ男っぽい声だった。

ゆっくりと首を動かして声が聞こえた方に顔を向ける。自分の右隣…そこにはステージにいたはずの蓮が立っていた(・・・・・・・)

 

「ぎゃああああ!!!」

 

それを見た途端、士道はそんな声を出して驚愕した。その声を聞いて美九達も視線を向けて驚愕している。

 

「そんな幽霊でも見たような反応をするなよ。さすがに傷つくぞ」

 

「い、いつの間に…ここまで来たんだよ…」

 

「お前が俺を開放してくれって言った直後に行動を開始した。視線がお前に集中してたから動きやすかったよ」

 

そう解説し終えると驚く士道を無視して、狂三は蓮の前まで歩いてくると、霊装のスカートを摘み、上品にお辞儀をする。それはまるで王に頭をたれる家臣のような光景だ。

 

「蓮さん、お迎えに参りましたわ」

 

「やっぱり、お前が士道を連れて来てくれると思ったよ。この礼は後日たっぷりさせてもらうぞ」

 

「ふふ…そのお言葉、確かにお聞きしましたわよ」

 

嬉しそうな様子でそう言う狂三。とりあえず落ち着きを取り戻した士道は蓮のロープ等を外そうかと考える。だが、突如、蓮の目の前に青色のナイフのような刃物が出現すると、それはひとりでに動き、身体に巻かれているロープを切断する。

 

「よし、次は手錠か…」

 

そう呟くと、右手首にある手錠をギュッと握る。すると、その部分が火に炙られたかのように赤くなり、まるでチョコレートが溶けるかのように崩れ落ち、手錠の役目を果たさなくなる。

 

「ふう…両手が自由っていいもんだな」

 

そのまま左手首にも同じ事を繰り返して両手首が完全に自由になる。脱出トリックでこれが出来たらとても楽になる手順だ。これに士道は唖然とするしかない。

 

「一人で解けるのなら、なんでわざと捕まっているような事を…」

 

「そりゃあ、勝手に出て行ったら今みたいに合流出来ないだろ。ここに来るのは予想出来たから、待ってるだけで楽だしな」

 

手首や首を回しながらその理由を士道に解説する。ある程度身体をほぐしたら美九達に身体を向ける。ずっと座りっぱなしでエネルギーは有り余っている。それを今からたっぷり消費するつもりだ。

 

 


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