デート・ア・ライブ  the blue fate   作:小坂井

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32話

次の日、〈フラクシナス〉に呼び出された蓮は艦橋でライブの映像を見ていた。その中央には紫紺に輝く髪、銀色の目が特徴的な少女が楽しそうに歌っており、観客は大いに盛り上がったいる。ただ、その映像は公式に売られているものほど画質はよくない。

 

「ふぁ…〈ディーヴァ〉…こいつが昨日出てきた精霊っていうのか?」

 

「ああ…間違いない。合同会議のときに誘宵 美九って名乗ってた」

 

ライブの映像を見ているのに飽きて、欠伸しながらした質問に士道は呆然とした様子で答える。精霊〈ディーヴァ〉、その存在は知っていた。確か、半年前に始めて出現して、昨日まで一度も姿を現していなかった存在だ。

資料で見た時、普通ならそれだけだと思い、忘れるはずなのだが『一度しか姿を現していない』というのが印象に残って覚えていたのだ。

 

「まさか、誘宵 美九…彼女が精霊だったなんてね」

 

「あれ?司令官殿はこいつの事知ってるの?あっ!もしかして生き別れたお姉さまだったとか」

 

「半年前にデビューしたアイドルよ。『聞く麻薬』と言われる美声と圧倒的な歌唱力で大ブレイクするも、テレビや雑誌に姿を見せないらしいわ」

 

琴里は見事に無視して手元の資料に目を通す。ツッコミをくれる事を期待したのだが、さすがにスルーは精神的に傷つく。

 

「アイドルがファンの前に姿を見せないなんて何を考えているのかしら。こんなのするのは世界中でNEROぐらいだと思ったんだけど」

 

「あぁ、そう言えば姿を現さないって有名だよな」

 

琴里の言葉に士道が思い出したようには頷く。ローマの皇帝と同じ名前を名乗るその技術者も美九と同じく姿を見せない。

 

「あれ?士道はNEROの事知ってたのか」

 

「俺だってテレビぐらい見るに決まっているだろ…」

 

顔を引きつらせながら答える士道を小さく笑いながら、琴里に向き直る。

 

「話が少し脱線したが、昨日は霊力の封印は出来なかったんだろ?その理由はなんなんだ」

 

「それは俺にも全く分からなくて…」

 

「無自覚にあの立派な胸を凝視してて、『触っていいか?』とか思わず聞いたとか?」

 

「そんなことするわけねぇだろ!!」

 

確かに美九は見事なわがままボディをしているが、そんなセクハラ百%の発言をするわけがない。当然だがそんなこと蓮にも分かっている。

 

「その事なんだけど、〈ディーヴァ〉の正体が誘宵 美九である事が分かって、ある仮説がたったの。令音お願い」

 

「…ああ、とりあえずこれを見てくれ」

 

令音がライブの映像の上に、グラフのようなものを表示させる。それは真ん中ほどで普通では考えられないほどの急降下し、底辺までいっている。だが、それはいきなり急上昇を始めた。なんとも情緒不安定なことである。

 

「…真ん中ほどがシンと話していた時で、そこから急上昇している時はASTが現れ、鳶一折紙に触れたところだ」

 

「ああ…なるほど、そういう事か…」

 

「ええっ?それってどういう…」

 

「中津川、説明してあげて」

 

名前を言われた中津川はビシッと直立する。なんだか、いつもより興奮しているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「彗星のごとく登場したアイドル、誘宵 美九たんですが、先ほど司令が申した通り全くと言っていいほど人前に姿を現さないのです。噂では美九たんは凄まじいほどの男嫌いであるとか…」

 

「最近のアイドルって、男嫌いでもなれるのか?」

 

「うぅむ…そう聞かれると返答に困りますが、美九たんはCDは定期的にリリースしていますし、この女性ファン限定のライブも開催していますので、一応大丈夫かと。しかも、女性ファンをお持ち帰りしたという噂もありますし…」

 

「男嫌い以前に、アイドルがそういうことして大丈夫なのか…」

 

色々と突っ込みたい事があったが、これで士道が美九になぜ嫌われたかが判明した。つまり、この美九にどのようにして付け入るかが重要だ。

 

「今回の対応策はもう考えついているわ。要するに士道が男だからダメなのよ。…神無月!」

 

名を呼ぶと、なぜかずぶ濡れの神無月が来禅高校の女子の制服を持って現れる。士道はこれの意図が分からなくて困惑した様子だが蓮はすぐに理解して小さく鼻で笑う。

 

「頑張れ士道。お前なら性別を超えた向こう側に行ける」

 

「行ったらダメだろぉぉ!!」

 

そのまま、クルーにどこかに連れて行かれた。これでこの場には蓮、琴里、中津川しかいない。その中津川が美九のコンサートに夢中になっているのを確認した蓮は琴里にしか聞こえない程度の音量で話す。

 

「今回の精霊攻略…なんだか嫌な予感がするな」

 

「あら、今までいい予感がした時なんてあったかしら?」

 

「…たぶん、今後ASTには行かなくなると思う。その分、〈ラタトスク(こっち)〉で仕事させてもらうよ」

 

その言葉に琴里は少し驚いた顔で蓮を見つめる。今までASTをやめて〈ラタトスク〉の活動に集中してほしいと頼んだ事が数回あったのだが、その全てを断ってきた。それを受け入れたという事はそれほどの理由があるのだ。

 

「DEMがASTに圧力を入れて、独立の部隊を入れてきた。その部隊は士道を狙ってたらしい」

 

「士道を!?一体なんで?」

 

「修学旅行の時、DEMに十香の正体と士道が精霊の天使を使った所を見られてる。理由はそれじゃないかな」

 

ジッと考える、どうすればいいのか。本来なら士道と行動を共にするのが一番なのだが、男嫌いの美九を相手にそれは得策ではない。かといって離れた場所で待っているのも即時に対応出来ない。

 

「今、自分がどうにかしなきゃって思ってるでしょ?」

 

琴里は呆れたような様子でそう言うと蓮の頭を軽く叩く。

 

「そういうのは私たちが考えることよ。あんたは私たちが出した命令を信じてそれを実行すればいいの。そうしなきゃこの〈フラクシナス〉は必要なくなっちゃうじゃない」

 

具体的な解決案を出されたわけでもない。しかし、それは蓮の心に安心をもたらした。琴里の言う通り、なんでも自分一人で抱え込み過ぎていたのかもしれない。自分にはこんな頼りになる司令官がいるのだ。

 

「それに、もうすぐ人生初の学園祭があるでしょ。今回は士道は私たちだけでなんとかしてみせるから蓮はそれを楽しめばいいのよ」

 

なんとも頼もしいことを言ってくれる琴里(中学生)に蓮(高校生)は笑みを浮かべる。

 

数時間後、似合いすぎる女装して出てきた士道を見て、蓮は床を転がるほど大爆笑したのは当然の結果だろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふーむ、これがここでこのパーツがここと…」

 

家具は最低限のものしかなく、窓のカーテンが掛けられて薄暗い印象を受けるとある一室、そこは蓮の自宅に複数ある空き部屋の一つだった。家の主はそんな部屋の中央でなにやら説明書のようなものを読んで頷いていた。

 

「日本のホビーやゲームなどは性能が高いな。これを一般的な値段で売っているのがすごい」

 

そう感心する蓮の足元には百は超えるであろう小さなプラスチックのパーツが散らばっていて、部屋の隅にはカッコいいロボットが印刷された箱が置いてある。そう、これは床に散らばっているこれはプラモデルのパーツなのだ。

 

ただ、普通プラモデルではパーツはゲートと言われるものに固定してあり、説明書をみて、必要なものを切り取るのが手順だ。そうしなければどれがどのパーツか分からなくてなってしまう。つまり、現在の状態で完成させるのはほぼ不可能と言ってもいい。

 

二分ほどかけて説明書の内容を読み切り、それを閉じてそこら辺に放る。そして、その手に光の粒子が集まり、手裏剣のような形をした武器、〈エカトル〉が作り出される。

それは手の上でコマのように高速で回転して、風を生み出していき部屋の中が台風のように吹き荒れた。そんな中、風で吹き飛ばされたパーツは空中でカチャカチャとひとりでに組み上がっていく。

 

「そのパーツをこれと組み合わせて…それはこれを組み込んだ後で…」

 

まるでオーケストラの指揮者のように指を振り、コントロールして組み上げていく。数分後、風がピタリと止み、前に出した蓮の手に完成したプラモデルが落ちてくる。それは部屋の隅に置いてある箱の表面に印刷されていたものと同じものだった。

 

それがしっかりと出来上がっているのを確認した後、ふいに時計を見てみる。今頃は〈ディーヴァ〉である誘宵 美九と女装した士道が接触しているだろう。そう思うと不安だと考えてしまうが琴里に言われた事を思い出し、自分を落ち着かせるように深呼吸した瞬間。

 

ピシッ…

 

室内の数少ない調度品である鏡にいきなりヒビが入る。割れて複数になった面には歪んだ蓮の顔が映し出された。

 

「…不吉だな。割れた鏡っていうのは」

 

そうとだけ言い、手に持ったプラモデルを宙に放り出して部屋を出て行く。投げ捨てられたそれは空中で一瞬で破裂するかのように分解し、元の百あまりのパーツへ戻った後、風に乗せられてテーブルの上に積み重なった。

 

 

 

 

〈フラクシナス〉のブリーフィングルーム。そこには女の子モードの士道が蓮と琴里を始めとしたメンバーの前で申し訳なさそうに正座していた。

 

「ずいぶんと無謀な勝負を受けたなぁ…士織ちゃん…」

 

「…面目ございません」

 

女装した士道が美九と接触して二日目。正体を知らない美九に気に入られた士道は自宅へと招かれ、二人きりで対話をした。しかし、話していくうちに美九の本性が露となり、人を人とも思わない言いように士道は激怒した。

 

それを見た美九は勝負をしてもし勝ったら、自分の霊力を封印させていいと言いだした。まあ、長々と話し合うよりはスカッと終われるので個人的には好みなやり方なのだが、その勝負が『天央祭の一日目で最優秀賞を取ること。音楽のステージで美九に勝つ』だったのだ。

 

「現役のアイドルに音楽で勝負するなんて、人間がイルカと泳ぎで勝負するようなものだぞ」

 

「あっ、いや…その…蓮がいるから大丈夫かなと…」

 

「なんでもかんでも蓮に頼るんじゃないわよ。それに、今回は今までみたいに蓮が直接手助けしてあげるのは無理だからね」

 

喧嘩を売ったくせに本人が他人任せの発言をすることに情けなさを感じる。

意外にも蓮はインドア派だ、特にDEMにいた頃は必要最低限しか外に出ることはなく、室内では少しでも興味の持った事に満足するまで興じていた。その中に音楽関連のこともあったので知識は少しある。

 

「男嫌いとなるとお前と一緒にいるわけにはいかないし、残念ながら、ステージの時間にはクラスの模擬店を手伝う予定があるから無理だ」

 

「はあっ!?マジかよ…」

 

頼みの綱だった蓮がなくなり、絶望の表情を浮かべる士道。一時の感情で動いてはならないと脳裏に刻み込まれる想いだ。しかし、琴里は冷静な顔だ。

 

「こうなった以上は仕方ないわ。士道は明日、ステージに出れるように手配しときなさい。準備は私たちがするから」

 

「あれ?司令官殿は結構やる気だな」

 

「かなり不利な勝負だけど、こうなったからには勝ちに行くわよ。それが〈フラクシナス〉の役目だし。確か士道たちの学校はバンドをやるんでしたっけ?良かったじゃない、これなら士道の得意分野よ」

 

士道がバンドが出来るとは聞いたことがない。それを疑問の思っていると、部屋にある巨大スクリーンに映像が映し出される。そこには中学生ぐらいの士道が一人、部屋の中でギターを弾いている。それだけならまだしもノリノリの様子で自作のメロディと歌詞を口ずさみ始める。

 

「えっ!?えぇ!?ちょっ!なんでこれが!?」

 

まさかの黒歴史を公開されたしは驚きと羞恥が混濁したような反応をする。琴里はもちろんよく見ると他のクルーも身体を震えさせながら必死に笑いだすのを堪えている。そんな中…

 

「ぎゃははははははは!!!!」

 

隠す気すらない蓮が腹を抱えて床を転げ回る。琴里達のクスクス笑いに加え、蓮の大爆笑のダブル攻撃で士道の心はブレイク寸前だった。

さらに映像では、なにやらインタビューを受けたような気になって、一人で話し始める。

 

「もうやめてぇぇ!恥ずかしくて死んじゃう!死んじゃうからぁぁ!!」

 

涙目でそう訴えるとようやく映像が止まり、公開処刑が終わる。

 

「まあ、未経験よりはマシよ。当日までに最高の機材等を揃えるから。この勝負なんとしても勝つわよ!」

 

琴里の言葉に呼応するようにクルーから『了解』と声が出る。ちなみに蓮はまだ笑いながら床を転げ回っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午前二時、良い子も悪い子も夢の世界へ旅立っている時間だ。蓮も例外でなく、自宅の寝室のベッドで寝息を立てており、その枕元には飼い猫のミルクが丸くなって眠っている。

別に珍しくもない光景だが、この日はいつもとは違う出来事が起きた。

 

寝室の隅に暗闇とは違う真っ黒な影のようなものが発生し、どんどん広がっていく。ある程度広がるとそこから一人の少女が姿を現わす。

しかし、その左目には時計盤が浮かんで時を刻んでおり、服装も黒と赤色のドレスのようなものとなると普通の人間ではないと理解出来る。

 

丸まっていたミルクは耳をピクリと動かし、少女の存在に気がつくとベットを飛び降り『ニャー』と鳴きながら少女の足元に向かう。

 

「静かにしなくてはダメですわよ。蓮さんは眠っているのですから」

 

ミルクの頭を撫でながらそう言う少女…狂三はそのまま歩いて行き、蓮が眠っているベットに腰掛け、その寝顔をじっくりと見つめる。

 

「…あなたにはまだ力がありますわ(・・・・・・・・・)。いい加減待つのにも飽きてきたことですし、わたくし、そろそろ頬を膨らませてしまうかも知れませんわよ?」

 

寝ている蓮にそう問いかける狂三。だが、次の瞬間、寝ていた蓮が急に苦しそうに呻き始めた。まるで悪夢にうなされているような様子だ。

 

「うっ…ううぅ…ぐっ…」

 

「…大丈夫ですわ、あなたが苦しむ必要は何もありませんわ…」

 

寝ているベットに上がり、膝の上に頭を乗せる…いわゆる膝枕をした後、言い聞かせるようにそう呟く。そこで狂三はある事に気がついた。

自分の周りに青い粒子のようなもの(・・・・・・・・・・)が漂っているのだ。

 

「あら?」

 

それを疑問に思い、指先を触れさせてみるとピリッとした感覚が走る。その元を辿って狂三は分かった。これは寝ている蓮の身体から発生している(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだと。

 

それを理解した瞬間、寝ていた蓮が突如目を開いて目覚める。それと同時に狂三はベッドと接する壁に叩きつけられた。

 

「あがっ!くっ!〈刻々帝(ザフキエル)〉…」

 

突然の出来事に影から〈刻々帝(ザフキエル)〉の短銃を出して応戦できるようにするが、凄まじい力が両腕にかかり、壁に押し付けられたその衝撃で短銃を床に落としてしまう。見てみると、両腕を壁に固定しているのは青い巨大な二本の手(・・・・・・・・・)だった。

 

右手に赤と青色の手である〈バスター〉で狂三を拘束したであろう蓮はベッドの上でフラフラと身体を揺らしながら立ち上がる。狂三には直感的に理解出来た。今の状態は普段と比べて普通ではないと(・・・・・・・)

歩けるようになったばかりの小さな子供のように落ち着かない足取りで狂三の前まで来ると、右手を彼女の太腿(ふともも)に這わせ、ゆっくりと顔へ近づけていく。

 

太腿から腰、腰から腹を通り胸の間を抜けて手が顔に添えられる。蓮は手の終着点である顔を青い瞳でじっと見つめた後、狂三の首を絞める。

 

「お前は…俺の敵か(・・・・)僕の味方か(・・・・・)私の(・・)なんだ(・・・)?」

 

問答されているのだと理解できた。ここで自分が害のない存在だと示さなければと分かり、狂三はぎこちなく微笑み、精霊にとって最強の鎧であるドレスの霊装を解除する。残ったのは魅惑的な黒い下着とこれまた黒いストッキング、そして腰部に付けられたガーターベルトだけで上には何もない。

 

「わたくしは…あなたの味方ですわ。その証明に…この身を委ねます…」

 

そう言って、狂三は目を閉じて身体を預ける。ここで抵抗すれば間違いなく自分は殺される、それに霊装など関係ない。ならば、敵ではない意志を伝えるしかない。

 

その行動は蓮も予想外だったらしく、目を細めた後、まるで動物が得体の知れないものを調べるように自分の顔を狂三の顔に触れさせる。感覚を確かめながらじっと見つめて観察する。

 

「・・・・・・・・・」

 

十数秒かけてじっくり見ると、顔を一旦顔を離す。それからまたじっくり見つめた後、いきなり狂三の唇に自分の口を合わせる…キスをした。

 

「ーっ!っ!ーーっ!!」

 

狂三は目を見開いて言葉にならない悲鳴をあげる。それは驚きなどが原因ではなくキスした瞬間、身体に駆け巡った快楽(・・)が理由だった。

快楽は口から喉を通り、身体中に広がっていく。それに伴い、狂三は身体が痙攣するように震わせる。それは自分以外の誰かに身体を支配される感覚なのかも知れない。

 

いつの間にか両腕は自由に解放されて、ベッドに押し倒されるような姿勢になっていた。狂三がどんなに身体を動かそうとも口は絶対に離されることはない。

すると、狂三の脳裏にあるイメージが浮かんでくる。それは宝石のようなものの周囲に数本の細い糸が浮かんでいるものだ。

 

それらの先端が宝石に触れるたびに狂三の身体に大きな快感が走る。そして、糸が一斉に宝石に絡まった瞬間、一番大きな快感を感じ、大きく目を見開いて身体をベッドから浮かせる。

 

力尽きるようにベッドに着地すると蓮も口を離す。その時、蓮の舌から唾液が溢れるが、狂三がそれに舌を伸ばして受け止める。それは男の心臓の鼓動を大きくする光景だった。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉…時間を操る天使…この感覚どこかで…」

 

そこまで言って、蓮は気を失った。それはまるで身体が眠っていたことを思い出したように急にだ。狂三は息を落ち着かせる、今身体中は汗だくだ。それでも、狂三の顔には狂気の笑みが浮かんでいた。

 

「このわたくしを純粋な力だけでねじ伏せた…素晴らしい…素晴らしいですわ。この力が完全に目覚めればわたくしの願望は確実に成就されますわ…!」

 

その確信を得て小さく笑う。すると、部屋の隅に怯えた様子のミルクが目に入る。この突然の自体に驚いて避難したらしい。

 

「もう大丈夫ですわ。こちらに来ても構いませんことよ」

 

狂三の言葉を聞いてミルクはゆっくりと近づくとベッドに乗り、様子を見るように蓮の顔を覗き込む。すると寝相だろうか、蓮がミルクを抱き枕のように引き寄せ、腕の中に収まる。

 

それを微笑ましく見た狂三は、蓮に布団をかぶせて場を整えた後、霊装を纏って影の中に消えていった。そう遠くないうちに来るであろう"目覚めの時"を期待しながら…。

 

 


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