――ああ、それにしてもルーミアと一緒にお風呂に入りたい。
秋深まる幻想郷の中、まるで静かに消えゆく命のようなか細さを含んだ音が聞こえた気がした。
「うん? ルーミア、今何か言ったか?」
「うん、あんたが思いっきり声に出してた。死ねばいいのに」
先ほど聞こえた音は確かに儚さすら感じる小さいな小さな音。けれどもその音には確かな力を感じた。込められたその想いが消えないよう、必死で必死で伝えようとする力が。
それは今にも消えてしまいそうな小さな声の大きな想い。
そんな想いを無視するっていうのはできやしないことだろう。
さて、とはいうもののここでこのお嫁さんに頼んだところで素直に聞いてもらえないことくらいは俺だってわかっている。これまで何度も同じようなことを頼んできたが聞いてもらえたことは一度だってない。おかしいね。
じゃあ、どうするのかって話だが……今までの俺は単刀直入に己が欲望のままに言い過ぎていたんだ。素直な言の葉を落とし続ければきっと願いは届くと思っていたが、ここは一度回り道をしてみるのも吝かでない。
それは日本人が得意とする言の葉の裏にそっと気持ちを乗せた婉曲表現。
「月が……きれいですね」
「今昼間だよ」
ダメか。伝わらないか。なかなかどうして上手くいかないものである。
ふむ……そうなってくるとやはり直接表現した方が良いのではと感じてしまう。まどろっこしいのが性に合わないってのもあるが。
ホントいつだって思うのだが、ルーミアとはもう何年も一緒に暮らしているにも関わらず、どうしてこうもルーミアとの素敵なイベントが発生しないのだろうか。例えばたまたまルーミアが着替えているところに遭遇してしまったりとか、転んだらたまたまルーミアのスカートの中に顔を突っ込んでしまったとか、寝ぼけたルーミアが間違えて俺の布団に入ってきてしまうとか。かわいい女の子と暮らしているわけなのだからそんなイベントが3日に1度くらいは起こっても良いはず。そうだというのに何十年一緒に暮らしていようが、そんなイベントは一度も起きたことがない。
そりゃあ、わざと着替えているところに突入したり、わざとスカートの中に顔を突っ込んだり、わざと布団の中に入ったりしたことはある。それはそれで悪くないものであったし、その後は必ずぶん殴られたが、それもルーミアなりの愛情表現のひとつだと思っている。
しかし、今の俺が求めているのはそういった養殖のイベントではなく、天然のイベントだ。
大事に育て上げられた養殖物も悪くはないが、やはり天然物が欲しくなる。己の欲求には忠実でいたいのだ。
ため息をつきつつ、どうにかならないものかと、ちらりルーミアの様子を確認。
「……なに?」
かわいい。
いつも通りお茶を飲んでいるだけだが、どこかむすっとして俺を疑うような表情。
「いんや、ただルーミアとエッチなイベントが起こらないかな、って思っていただけさ」
「最低だよ」
天然物がいかに貴重なものかくらいはわかっているつもりだ。だからこそ手に入れたくなるわけだが、そればかりを追い求めてしまうせいで何もつかみ取れないんじゃ意味がない。
何も行動せずにただただ何かが起こるのを待っているのが正解だなんて思わない。だから、自分から動くのが正解なんだろう。止まることはしない。動き続ければ良い。
「おおっと、しまった! たまたまつまづいてしまい、たまたまルーミアのスカートの中に顔が入「神剣『くまさんソード』」
さて、またいつものように前置きが長くなってしまったが本編を始めていこう。
「いつもありがとね」
「……ううん、これくらい大丈夫」
ルーミアと畜生が仲良くお話ししているのを横目に散らかってしまった部屋の中を掃除。いつも通りの光景。
俺だって学習する。この畜生が起きていたらどうせ邪魔されることはわかっていた。だから今回はまず寝ているであろう朝からルーミアといちゃいちゃしようと思っていたんだが……なんでコイツは起きているんだ。
「……きちょうな私の登場しーんは見逃せない」
たまったもんじゃない。
頼むからたまには普通の行動をしてほしい。ただでさえコイツだけは別次元なのだから。
はぁ、この畜生が登場するとなかなか話が進まないからできれば寝ていてもらいたかったんだがなぁ。
「ん……やっぱり眠いから寝てくる」
どうやら無理をしていたのは確からしい。よしきた、ルーミアとのイチャイチャタイムはもう目の前だ。
「おう、そのまま春まで冬眠してくれていいぞ」
「……再臨『くまさんソード』」
ホント話……進まないんだよなぁ。
せっかくキレイになってきた部屋が再び荒れてしまったため掃除を再開。
ちなみにあの畜生は素直に寝てくれた。荒らすだけ荒らしてアイツが掃除を手伝ってくれたことはない。まぁ、アイツに丁寧な掃除ができるとも思っていないが。
「そういえば、紅魔館からお誘いが来ていたけど、あんたは行かなくていいの?」
いつものポジション。いつもの調子でルーミアが質問をしてきた。
「ああ、約束の日はもう少しだけ先だからな」
なんかもう2年くらい経ってしまっている気もするが、まだ月が満ちる晩にはなっていない。お誘いが来てから、もう24回くらいは月が満ちる晩になっている気がしないでもないがまだ大丈夫なんだ。大丈夫、ちゃんとお誘いのことは覚えているから安心してほしい。
「ルーミアも一緒に紅魔館行く?」
「え……あれってあんただけに来たお誘いじゃないの?」
んー……どうなんだろうか。同じような招待状が霊夢や魔理沙なんかにも届いている気がするし、別に俺ひとりだけが招待されているってわけではないと思う。それにどうせなら多い人数で楽しんだ方が賑やかで良いんじゃないだろうか。もちろん、あの畜生は別としてだが。
「はぁ、鈍感というかなんというか……」
何故かため息をつかれた。
「とりあえず、アレにはあんたひとりで行ってきなよ。呼んだ側もそのつもりだと思う」
そうなのか? 騒がしく派手なことが好きなあの紅魔組がそんな風に思っているとも思えんが……まぁ、あの妹さんだけはちょいと別なんだけどさ。
さて、断られたんじゃ仕方ないのだし、紅魔館へは俺ひとりで行ってくるとしますかね。
「記憶……まだ戻ってない奴もいるんだっけ」
「戻ってくれた人もいるよ」
「そっか」
全員の記憶が戻ってくれていないのは心の底から残念に思う。けれども、繋がりは消えていないのだしそれだけ充分なんじゃないのかって思うようになってきた。
あの吸血鬼姉妹の記憶は相変わらず戻らない。そんな状況でも俺のことを大切にしてくれているのはよくわかっている。
それが何よりも嬉しいんだ。
例え記憶が消えようとも、心とか魂とかそんな曖昧なもののどこかでまだ繋がっているんじゃないのかって思えるから。
さってと、なんだか湿っぽい雰囲気になり始めていることだし、そろそろ動き出すとしましょうかね。
「どこか行くの?」
「せっかく御呼ばれしたんだ。御洒落のひとつでもしようと思ってさ」
今日は珍しくルーミアが良く喋ってくれていることだし、もう少しお喋りを楽しみたいところではあるが、そろそろ動き出さなければいけない時間なんだろう。名残惜しさは感じるけれども、かわいい女の子がたくさんの幻想郷。いろいろなキャラと関わっていきたいって思うんだ。
「ああそうだ。なぁ、ルーミア」
「なに?」
「愛してるよ」
「……私はそうでもないかな」
ふふ、そっか。
ぱっと見はいつも通りのやりとり。けれども、そんなやり取りの中でルーミアなりの優しさを感じた気がした。
ま、それもどうせ、ただの勘違いなんだろうけどさ。
そんじゃ、動き出すとしましょうかね。
眼前に広がるのは毒々しいまでの赤だった。
葉を出すことはなく、ただただその暴力的なまでの赤色が地面を埋め尽くしている。畏怖の念すら覚えるその景色の中、自然とため息がこぼれた。
魔法の森を抜け、無縁塚へと続く道の途中にある再思の道。悲しくなるほどに美しいその景色は何処までも幻想的だ。
葉のある時に花はなく、花のある時に葉はない。だから葉見ず花見ず。それが彼岸花という植物。
「待ち人は私で良かったかしら?」
わずかに風が流れる。
揺れる赤とともに届いた言葉。
「もちろん。君のことを待っていたよ」
本当はあの向日葵たちが咲く季節に会いに行く予定だったんだけどさ。紫の思いつきだか何だかわからないが、花々が狂い咲いたあの異変から先日まで外の世界へ飛ばされていたせいでそれも叶わぬものとなってしまっていた。
ま、そのおかげで守矢神社の面々と合流できたのだし、文句は何もない。
「久しぶり幽香。此処にいれば君と会えるって思っていた」
「ええ、久しぶり青。此処にはたまたま訪れただけなんだけどね」
ふふ、そりゃあ運が良かったよ。
この風見幽香と会うのなら、花々が咲き誇る景色の中で会っておきたかっただけなのだが、どうやら今回はそれが正解だったらしい。
「それで? どんな用事なの?」
手に持った薄紫色の花を開かせ、真っ赤に染まる地面の上。彼女にしては珍しく柔らかな表情のまま言の葉を落としてくれた。
彼岸花に囲まれた彼女はどこまでも美しく思える。幽香にはあの向日葵たちが似合うけれど、なかなかどうして彼岸花も悪くない。
そんな彼女に会いたかった用事。それはこちらから頼んでおきながら、ずっともらいに行けなかったもの。昔はずっと持ち続けていた相棒のようなもの。そんなものをようやっと受け取りに来た。
その相棒はフランドールに渡してしまい、諏訪の神様からもらえた代わりとなる物もあの畜生に奪われた。
それが俺に似合うとも思っていない。望むばかりでわがままな人間だと思っている。それでも欲しいって思ってしまうんだ。今度こそはきっと大切に扱えるだろうから。
そんな想いを乗せてしっかりと自分の気持ちを言葉にして落としてみよう。
「君のさ、パンツが欲しいんだ」
ぶん殴られた。
「……帰る」
「ああ、待って。違う、違うんだ。そりゃあ幽香のパンツは欲しいけれど、そうじゃなくて……いや、パンツでもいいな」
「帰る」
「嘘! 嘘です! パンツは我慢しますっ!」
先ほどまでは幽香にしては珍しく柔らかな表情をしていたというのに、いつものあの不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
なんとなく良い雰囲気だったのが一気に壊れた。どうしてこうなった。まぁ、ちょっと拗ねているようにも見える幽香は可愛らしいが。
「……これが欲しかったのでしょ?」
かわらず不機嫌そうな表情のまま、手に持っていた日傘を閉じ、それをこちらへ向けながら幽香が言葉を落とした。
「うん、そうだよ」
「はぁ……ホントどうして貴方はそう素直になれないの。この花は貴方へ贈る予定だったのだし、素直に言葉としてくれれば普通に渡すわよ」
それはまた難しいことで。ひねくれ、ねじ曲がり続けた俺にそんなものは。
そっか。素直な言葉……か。
「好きだ、結婚しよう」
またぶん殴られた。
手が出るのが早すぎる。予想していたんじゃないかってくらいだった。
全く……素直な言葉を落としたらこれだよ。もうどうしろと。
「そういうことじゃない」
そういうことじゃないらしい。素直になるってのはやはり難しいものだ。
だって、ほら……なんというか恥ずかしいんだ。
バカ言ってぶん殴られて、軽蔑されて……それがもう当たり前になってしまった自分には。
それでも、たまには少しばかりの恥ずかしさを覚えてみるのも悪くはないのかもしれない。
「もう少し早く来るつもりだった。遅くなってしまったけれど……また君の花をもらえないか? 今度こそは自分の手で大切に咲かせ続けようと思うから」
顔が熱くなっているのがわかる。
好きだとか、愛しているだとか、結婚しようとか……そんな言葉を落とすよりもこんな簡単な言葉が俺にとっては恥ずかしいものだった。
「ひねくれ者」
「そういう性格なもので」
不機嫌そうにしていた幽香はひとつため息をついてから、呆れたように笑いやはり優し気な表情で言葉を落とした。
「はぁ……最初からそう言いなさい。わかっているとは思うけれど、枯らしたりしたら絶対に許さないわよ?」
そんな言葉を落とした幽香はその手に持っていた1本の花を渡してくれた。
「わかっているさ。大切な人からの贈り物なんだ、きっと咲かせ続けてみせるよ」
受け取った花をクルリと1回転させてから秋空へ向かって開いて見せた。彼岸花で埋め尽くされた真っ赤な地面に薄紫色の花がひとつ。
ただ女性用のデザインだし、日傘だし、どう見たって俺には似合わんよなぁ……
「ふふ、似合っているわよ」
「……そりゃあ、どうも」
なんだかんだで幽香とは長い付き合いとなる。とは言え、ルーミアや妹紅に萃香、フランドールと比べたら一緒に過ごした時間はそれほど長くはない。
「さってと、せっかく会えたんだ。デートでもどうですか?」
けれども、それなりに仲は良いのかもしれない。
なんてことを思ってみたり。
いつも通りの軽口で言葉を落としてから、幽香に向けて差し出した手。
ため息を落としつつ、やはり呆れたように笑いつつ……それでも彼女はその手をそっと握ってくれた。
お洒落もできたみたいですし次回はようやっと紅魔館へ行ってくれそうですね
随分とのんびりのんびりしていますが、更新はしていく予定です
それでは次話でお会いしましょう