東方想拾記   作:puc119

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第57話~始めよう~

 

 

 1500年ぶりに諏訪での生活を始めてもう6ヶ月。桜の花はとっくに散ってしまい、茹る夏の暑さを越え、今では涼しげな風を感じるばかり。春に薄桃色の花弁を広げていた桜も、今ではその葉に色をつけている。

 

 その間、俺が何をやっていたのかだが……まぁ、随分とのんびりとした生活を送らせてもらっている。昼間は神奈子や諏訪子と一緒に過ごし、たまに早苗と一緒に買い物。それで、夜はふた柱と宴会。そんな日常。

 まだたったの6ヶ月ではあるものの、此処まで平和な日常を過ごすのは本当に久しぶりだ。幻想郷にいればこんな生活はできないだろう。主にあの熊畜生のせいで。

 

 んで、幻想郷への引っ越しの話だが……恐ろしいくらいの勢いで進んでいる。神奈子のやる気が本当にすごい。ただ、自分の存在がかかっているんだ。そりゃあ必死にもなるだろう。それに諏訪子もなんだかんだ幻想郷へ行くことは賛成らしい。そこに色々と思うところはあるだろうが。この調子なら、この秋には引っ越すことになりそうだ。

 少しばかりのんびりしすぎたが、これで物語を進めることができるってこと。

 正直なところ、この今の生活がずっと続けば良いと思っている自分もいる。神奈子と諏訪子、そして早苗と一緒に過ごすこの生活が。けれども、それをいつまでも続けられないことは分かっているし、何よりあの幻想郷には俺の帰りを待ってくれている奴らがいる。

 ……いや、まぁ、待ってはくれていないかもしれないが、俺が会いたいんだ。今の俺にはルーミア成分が枯渇しているのだから。

 

「青ー。これから足湯に行こうと思うけど、青も行くー?」

 

 母屋の縁側へ腰掛け、創造した水を凍らせて遊んでいると、そんな諏訪子の声が聞こえた。

 

 俺としては諏訪子と一緒に温泉にでも入りたいのだが、その願いが叶ったことはない。毎日のように神社にお参りしているんだがなぁ。そんな俺の願いは神様まで届いていないのだろうか。ただ、直接神様に願うとぶん殴られる。

 

 さて、今日は諏訪子とお出かけする日になりそうだ。まぁ、昨日はほぼほぼ神奈子と一緒に過ごしていたし、今日は諏訪子の番ってことで。いやぁ、モテる男は大変だ。

 なんてことを思わないでもないが実のところ、諏訪子たちは俺と……というか、早苗以外の人間と話ができるってことがかなり嬉しいらしい。諏訪子たちの言葉が人間に届かなくなり、どのくらいの時が経ったのかは分からない。けれども、自分の姿や声が相手に認識されないってのは良い気分じゃないだろう。俺なんて、ただ忘れられてしまったってだけで辛かったんだ。

 だからこそ、神奈子と諏訪子の助けになりたいって思う。

 

「ああ、行くよ」

 

 この外の世界に来てからはそんな生活を続けている。

 本当にのんびりとした生活で、それはどこまでも心地良く……こんな生活がずっと続けば良いって思ってしまうほど。

 

 けれども、そろそろ動かなきゃいけない時期なんだろう。

 

 神奈子たちが幻想郷へ行けば、異変は起こる。今まではできる限り無干渉の立場であろうとしていたが、今回ばかりはそうもいかない。神奈子たちを幻想郷へ招くのは他の誰でもない俺なのだから。

 言い訳はしない。あの博麗の巫女や普通の魔法使いを俺なんかが止められるとも思っていない。それでも、俺は足掻かなければいけない場面。俺にできることは少ないが……まぁ、今回の異変くらいはやるだけやってみるとしようか。例え俺なんかでも足止めくらいにはなるだろうから。

 

 あの物語の始まりであったこの地から、止まっていた物語をもう一度書き進めてみるとしよう。

 

 さて、始めましょうか。俺の戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 霊夢から相談を受けた。悩みなんて何もなさそうなあの霊夢から、だ。

 最初は何事かと思い、少々身構えてしまったけれど、その内容を聞いてみると……よく分からんかった。

 

 相談。なんて言ってしまったが、ようはただの愚痴みたいなもんだ。なんだかよく分からんが、見たことない人間が霊夢の神社へ訪れ、信仰を渡せだとかなんとか一方的に言ってきたらしい。その人間もあの霊夢によくそんなことを言えたものだと思う。本当に。

 まぁ、どうせソイツは霊夢のことを知らなかったってオチなんだろうが。とはいえ、霊夢の神社に信仰なんてほとんどないと思うんだけどなぁ。ないものを奪うのは難しい。

 

 んで、それに怒った霊夢は私にそのことを伝えてから直ぐに行ってしまった。

 つまりそれは、楽しさ感じる異変の香り。

 

 そうだというのなら私だって動くべきだろう。霊夢の向かった方向にあるのは妖怪の山。この異変の舞台はそこってこと。

 

 いつもの帽子を被り、八卦炉を確認して箒を手に持てば準備は完了。これでいつでも暴れることができる。

 どんな奴がこの異変を起こそうとしているのか知らんが、向こうが好き勝手暴れているというのなら、私もそうさせてもらおう。

 

 

 

 

 

「……さて、何処へ向かって進めば良いのやら」

 

 異変の空気に当てられた妖精なんかを蹴散らし、なんだかよく分からん八百万の神も倒したが……何処へ行けば良いんだろうな? 妖怪の山へ来たは良いけれど、そこからどうすれば良いのかが分からん。幻想郷で山と言えば妖怪の山だが、この狭い幻想郷でこの山は広すぎる。

 残念ながら私はあの巫女ほどの勘は持ち合わせていないんだ。誰かがド派手な弾幕でも出してくれれば目印にもなるが、それは私の役目。

 こんなことになるのなら、こっそり霊夢のあとをつけていけば良かったかもしれない。ただ、それじゃあ面白くないからなぁ。

 

「産婦みやしろに虫さんざん……あー、この続きはなんだったかな」

 

 せっかくの語呂合わせも、それを覚えていないんじゃ意味がない。

 

 

「闇に鳴く後礼には早よ行くな……俺はそう覚えたかな」

 

 

 最近はとんと聞いていなかった声が私に届いた。

 

「……そりゃあどうも。んで、お前はこんな場所で何をやっているんだ?」

 

 目の前には閉じた唐傘を片手に黒色の外套を羽織った奴がひとり。正直、今は会いたくなかったな。いや、まぁ、コイツと会いたいと思うことなんてほとんどないが。コイツがいるとろくな目に遭わない。

 ここのところはずっとコイツと会うこともなく、平和な日常だったんだけどなぁ。

 

「別に何かをしていたわけじゃないさ。そして、おめでとう魔理沙。ここはボーナスステージだ」

「はいはい、めでたい、めでたい。それじゃあ、私は先に進ませてもらうぜ」

 

 いや、じゃあなんで此処にいるんだよ。なんて思ったが、コイツと関わるのはできるだけ避けたい。あまりのんびりしていると霊夢に先を越されちまうしな。

 

 だから、この変態を無視して先へ進もうとした時だった。

 

 バン――と傘の開く音が聞こえ、馬鹿げているほどの霊力がアイツから溢れた。そして、私とアイツを囲むようにできた氷の壁。

 先へ進むための道を塞がれた。

 

「……ボーナスステージじゃ、なかったのか?」

「安心してくれ、ボーナスステージさ。俺みたいな野郎に君たちが華麗に繰り広げる弾幕ごっこは似合わない。だから、俺から君に攻撃することは一切ない。つまり、被弾することなくポイントを稼ぐことのできる素敵なステージ。ただ――このステージを抜けるには少しばかりの時間がかかるかもしれんな」

 

 無意識のうちに出る舌打ち。そいつぁ、素敵滅法なステージなことで。

 

 コイツの実力は知らない。いつも馬鹿やって誰かにぶん殴られている印象しかない。けれども、この分厚い氷壁とコイツから溢れ出る霊力を見る限り、簡単にはいかないだろう。

 つまり、どうやら私はハズレを引いてしまったってことらしい。

 

 さらに、アイツを中心にして白濁した水の球体がふよふよと浮かび始めた。それらからなんとも嫌な匂いが広がる。

 

「その球はなんなんだ?」

 

 氷壁でこの周辺の気温が下がって影響か、言葉と共に吐き出された私の息が白く染まった。

 

「片栗の粉に少しの松脂。それと栗の花を混ぜ人肌程度に温められた水さ」

「……それで?」

「これが当たると、粘性を帯びた白濁色の液体が魔理沙にぶっかかって俺が興奮する」

 

 最低だった。

 

 ……だからコイツと関わるのは嫌だったんだ。

 

 異変のおかげで上がっていた気分も急激に冷めてきている。全部が全部コイツのせいで。

 

「ただ、さっきも言ったように俺からは一切攻撃をしない。俺がするのは君の足止めだけだ」

 

 異変中にコイツと出会うことは何度もあった。邪魔もしてこなければ、手助けもしない。そんな状態だった。けれども、今回ばかりは違うらしい。どうやらこの異変にはコイツも関わっているってことだろう。

 本当に面倒なことで。

 

「さてさて、弾幕ごっこ前の会話はこれくらいで良いだろうさ。それじゃ始めようぜ?」

「……ぶっ飛ばしたら知ってることを全部教えてもらうからな」

 

 帽子の中から取り出した八卦炉へ魔力を込める。

 手なんて絶対に抜かない。全力でこの変態をぶっ飛ばす。それだけ。

 

「かかってきなよ、普通の魔法使いさん」

「言われなくとも!」

 

 この幻想郷で何が起きているのかは分からない。

 ただ、今回の異変はちょいとばかり面倒なことになりそうだ。

 

 

 


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