「本名だよ。これは神様からもらった大切な名前なんだ」
――青さんなんて珍しい名前ですけど、それって芸名とかそういうものですか?
そんな私の質問に青さんは笑顔で答えてくれました。神様からもらった名前だって。
……神様、か。
この時代、その存在を本当に信じている方はほとんどいません。普通は神様の姿を見ることができませんし、それも時代の流れだと、諏訪子様は言っていましたが、どうにもモヤモヤしてしまいます。
だって、私にはその神様たちが見えるのだから。
姿を見ることはできるし、会話をすることもできる。身体だって触れるし、私は神様たちが生きているってことを知っている。
けれども、それは私が少し特殊だから分かっているだけ。普通の人は、神様がいるなんてことはやっぱり分からない。
「なるほど、そうでしたか。それで、青さんっていくつなのですか? 私と同い年くらいに見えますが」
「ん~……正確な年齢は分からないけど、1500歳くらいかな」
……どうやら真面目に教えてくれることはないみたいです。
神様からもらった名前。そんな言葉を聞いたときは少しだけ期待してしまいました。
――もしかしたら、この人も私と同じなんじゃないかって。
けれども、どうやらそんなことはなさそうです。まぁ、そんな都合良くいくわけがないことくらい分かっていますが。
青さんと出会ったのはこれでまだ2度目。先日は警察の方が来たところで何処かへ行ってしまいましたが、今日も先日と同じ駅前で手品を披露していました。そんな青さんを学校帰りで見かけたので、勇気を出して声をかけてみることに。普段な私なら絶対にそんなことをしないというのに、どうしてか今回はそんな気分になってしまったのです。
「えと、それじゃあ青さんっていつもこうやって手品を披露しているんですか?」
「いんや、いつもは魚や肉を売ってるけど、今はそれができないからこんなことをやっているんだ。やっぱり多少のお金は欲しかったから」
不思議な人だ。きっと私には想像もできないような人生を歩んでいるんだと思う。この体質のせいで私は普通の人とは少しだけ違う人生を歩んでいるけれど、青さんの人生はそんな私の人生よりもずっと色々なことが起きていそうです。
「そんじゃ、今日は昨日よりもお金をもらえたし警察が来る前に帰るとしようかね。最近は不審者がうろついているし、早苗も気をつけなよ?」
「あっ、はい。分かりました」
青さんの手品を見ていたせいで、今日も帰るのが遅れてしまいそうです。とはいえ、今日はこうしてお話をすることもできたのだし、満足しています。
それにしても、青さんの手品ってどんな仕掛けなんでしょうか? 聞いても教えてもらえないと思いますが、青さんのような手品はテレビでも見たことがない。何もない場所から水を創り出し、その創り出した水を一瞬で凍らせる……う~ん、どんなタネなのか気になります。
まぁ、手品のタネが分かってしまったら面白くありませんし、これはこれで良しとしましょう。
さて、諏訪子様や神奈子様が私の帰りを待っているでしょうし、これで私も帰ると……あれ? そういえば青さんに私の名前なんて教えたっけ? 私の記憶が正しければ教えていない気が。
けれども先程、青さんは確かに私の名前を……
教えてもいないのに名前を知られているなんて怖いことですが、その時は不思議な人だ。としか思いませんでした。
何というか、青さんは普通の人と雰囲気が違ったんです。それは諏訪子様や神奈子様と何処か似たような雰囲気。でも、どうしてそんなことを感じてしまうのかその時の私には分かりませんでした。
「早苗ー。今日のお昼はなにー?」
境内の掃除をしていると、諏訪子様がそんな声をかけてきました。
今日は休日ということもあり、神社へ多くの参拝客の方が訪れています。
「……えと、焼き魚にしようかなと思っています」
諏訪子様の言葉に対して小さな小さな声で返事。
それは失礼な行為であるけれど、諏訪子様の姿を、その声を此処に訪れている多くの参拝客の方々は認識することができません。そうなると私が誰もいないのに、喋っている変な人と思われてしまうだけ。
そのことで小さな頃は本当に苦労したなぁ。今はどうにか誤魔化すのが上手くなってくれましたが。
私が見えるのは神奈子様や諏訪子様だけじゃなく、他にも色々なものが見えます。普通の人には見えない色々なものが。所謂、幽霊だったり妖怪だったり、と。
でも、他の人にはそれが見えない。
今は見えることを誇らしく思えますが、小さな頃の私がそんなことを思えるはずがなく、神奈子様や諏訪子様には多くの苦労をかけてしまいました。
「焼き魚かー。うん、わかった。それじゃお掃除頑張ってね」
はい、一生懸命頑張ります!
……諏訪子様と神奈子様の声は私にしか届かない。どれだけ民草のことを想ったとしても、そのことが伝わることはない。
それは、どれだけ辛いものなのだろうか。
昔は……それこそ1000年以上も昔は違ったって聞いています。今よりも人間と神様の距離はずっとずっと遠くて――ずっとずっと身近だったと。今よりも神様たちの力は強く、人間もその神様たちの力を知っていた。
けれども、いつの間にか神々の存在が人間から離れて行ってしまった。極々自然に。時代の流れのままに。
神様は人間を救ってくれる存在。
じゃあ、その神様を救ってあげられるのは誰だというのでしょうか……私たち人間はその存在にすら気づけないというのに、誰があの神様たちを救ってあげられるのでしょうか。
誰にも気づかれることなく、静かに消えていくしかない。それは諏訪子様たちが一番よく分かっているはず。
私はそんな諏訪子様たちの力になりたい。力にはなりたいけれど、私に何ができると……
最近は、そんなことばかりを考えてしまいます。
――――――――
今日の収穫は約5000円。昨日の分と合わせれば、これで美味しいものでも食べに行くことができそうだ。できればお酒をいただきたいところではあるけれど……まぁ、無理だよなぁ。長い時を生きてはいるが俺なんて未成年にしか見えないし、絶対に酒なんて売ってくれない。
そうなると、こんなにお金はいらなかったかもしれない。まぁ、もらえるものは有り難くいただくが。水を創って凍らせるだけでこれだけのお金をもらえたんだ。そこに文句はない。
それに今日、話しかけてきてくれた少女って東風谷早苗だよなぁ。
まさかこんな場所で会えるとは思っていなかったし、向こうから声をかけてくるとも思っていなかった。最初に出会うのは神奈子と諏訪子だろうって思っていたんだ。
ただ、神社へ行ってはみたものの神奈子と諏訪子を見つけることはできなかった。あの二柱はどこにいるのやら。上社じゃなくて下社にいるんかねぇ。
諏訪子と神奈子の神力を感じることができれば、その居場所だって分かるんだが、生憎、俺にそんな能力はない。妖力や霊力を感じられる、ルーミアやあの熊畜生がちょっと特殊なんだ。
まぁ、時間はあるんだ。色々な場所へ行ってみれば良いだろう。
紫が何を思って外の世界へ俺を送ったのかはやはり分からない。俺がいることに意味があると言っていたが……いや、どういう意味だよ。
思うがままに行動していれば良いとも言われたものの、そんなことしたら捕まる。警察に。幻想郷と違って外の世界は厳しいのだ。
流石に慣れてきたが、幻想郷と比べやはり外の世界の空気は重い。それは人類が発展した証でもあるだろうけれど、そんな人類が発展した世界で神様たちはどう思っているんかねぇ。
きっと、神様なんてあやふやな存在を信じている人間はいないだろうし、きっとその姿を見ることだってできないだろう。この時代の人間は、目に見えないものを、良くわからないものを恐れ、排除しようとするのだから。
そうなると、この外の世界の神々はただただ消えていくしかない。此処はそんな世界だ。
そのことは神奈子や諏訪子だってよく分かっているはずで、きっと怯えている。だから、俺がいって抱きしめてあげないといけないんだ。あの二柱をそっと抱きしめ、優しい言葉を落とし安心させる義務が俺にはある。
そうすれば、諏訪子が昔みたいに『……一緒にお風呂入ろ』とか言ってくれるかもしれない。その時、ちょっと恥ずかしそうにしながら上目遣いをしてくれたらグッド。そうなったらもう俺の御柱がエクスパンテッドなわけで……ああ、うん。完璧だ。夢が広がる。
そんなこと一度も言われたことはない気もするが、夢は常に持ち続けるべきなんだ。
「……うん? ちょっと、そこの君。もう23時にもなるのだが、そんな場所で何をやっているんだい?」
これから訪れる予定の未来を想像しているとそんな声。
その声の方を見ると、帽子を被った青色の服装の男性がひとり。どう見ても警察です。本当にありがとうございました。こんな夜遅くまで見回りお疲れ様です。
さて、こうなると、やることは決まっている。変態は美少女と国家権力には弱いのだ。
「あっ、おい、こら! 待ちなさい!」
はぁ……生き難い世の中ですよ。
……ホント、早く諏訪子や神奈子と会わないとだな。