東方想拾記   作:puc119

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第49話~里帰り~

 

 

 まだ多少はその跡が残るものの、狂い咲いた花の異変も落ち着きを見せ、幻想郷の東端にある神社では宴会が開かれた。

 満開となった桜木の下、愉し気な空気が流れる。

 

「あら、今日は青も参加していたのね」

「よ、レミリア。今回は珍しく魔理沙に誘ってもらえたからな」

 

 あの時、次はちゃんと誘ってくれよ。なんて言ったからか、初めて宴会に誘われた。良い加減なように見えることもあるが、魔理沙ってそういうことはちゃんとしているんだな。これで好感度も上がってくれれば完璧なのだが……難しいものだ。

 因みに、今日はルーミアと熊畜生も参加している。これを機に畜生も知り合いを増やしてもらいたいものだが……まぁ、上手くはいかないんだろうなぁ。

 

「そうだったのね。うー、それならフランも連れてくれば良かったわ。青に会いたがっていたし」

 

 あら、それはまた随分と懐かれてしまったんだな。

 フランドールの記憶はまだ戻っていないはずだが……なるほど。こんなこともあるのか。

 

「今回の宴会は昼間なんだし、フランドールじゃ厳しいと思うが。まぁ、今度宴会がある時は、フランドールに伝えとくようにするよ」

 

 レミリアの盃へ酒を注ぎつつ、そんな言葉を落としてみた。

 フランドールだってやっと外へ出ることができるようになったんだ。練習……とはいわないが、できるだけ多くの奴らと関わってもらいたいと思う。

 

「ええ、そうしてもらえればフランも喜ぶと思うわ」

 

 そう言ったレミリアは、笑いながら注いだお酒へそっと口を付けた。

 

 うーん、レミリアも記憶は戻ってないんだよな? そうだというのに、どうして此処まで信頼してくれているのだろうか。確かに、俺は200年以上の時間を紅魔館で過ごした。けれども、レミリアにはその記憶がない。

 理屈じゃないと割り切ってしまうのは簡単だが、他人の気持ちってのはやはり分からないものだな。まぁ、決して悪いことじゃないんだ。文句は何もない。

 

 

 その後もレミリアとは暫くの間、雑談を続けた。萃香なんかもそうだが、気を遣わなくても良い存在はやはり有り難い。

 幽々子なんかとする緊張感のある会話や、魔理沙やアリスとするトゲトゲしい会話も嫌いじゃない。けれども、たまにはこう何度もないような会話をしたくなる時だってあるんだ。

 

 そのまま、レミリアと喋っていても良かったが、それだけで宴会が終わってしまいそうだっため、場所を移動。

 できれば映姫と話をしたかったけど……まぁ、流石にいないか。あの異変は落ち着いてきたものの、多くの霊を裁かなきゃいけないはず。大鎌を担いだ赤髪の少女の姿は見えた気もするが、多分気のせいだろう。気のせいであってくれ。

 何やってんだアイツは。下手したらブチ切れた閻魔が宴会へ殴り込んでくるぞ。

 

 そして、誰と話をしようか考えながら歩いていると、ひとり静かにお酒を飲んでいる人物を発見した。薄桃色で溢れた神社の中でもその緑髪はよく目立つ。

 

「先日振り、幽香」

「ええ、先日振りね、青」

 

 今までだって宴会に参加していたとは思うが、俺が宴会で幽香と会うのは初めて。

 うむ、それじゃあ次は幽香とのんびりお喋りといきましょうか。

 

「そういやさ、幽香は俺のこと覚えてるんだよな?」

 

 昨年の秋、彼岸花が咲く中出会った時は聞けなかったが、今ならのんびり話す時間はある。

 その数は決して多くはないが、俺のことを思い出してくれた人も増えてきた。なんとも嬉しいことである。

 

「ええ、私は忘れていたけれど、あの子たちが貴方のことを覚えていたのよ」

「……あの子たち?」

 

 はて、誰のことだろうか。

 幻想郷へ来る前、幽香と最後に出会ったのはもう1000年近く前のことのはず。ん~……思い当たる人物は誰もいないんだが。

 

「貴方が救ってくれたヒマワリたちよ」

 

 ああ、なるほど。そういうことだったのか。

 とはいえ、あの時の俺は何もできなかったんだがなぁ……今なら雨を止めることができるが、あの時は碌な能力もなかったし。

 

「俺は何もしてないよ。あのヒマワリたちが頑張っただけだ」

 

 幽香から注いでもらったお酒に口を付けながら、言葉を落としてみる。

 

 そっか。よくよく考えると、今の幻想郷の中だと幽香との付き合いが一番長いのか。一緒にいた時間はフランドールやルーミアの方が長いけれど、出会いだけなら幽香が一番早い。

 

「ふふ、確かにそうかもしれないわ。でも、それでもあの子たちは貴方のことを覚えていた。それだけで充分じゃない?」

 

 まぁ、それもそうか。あの時の俺に何ができたのかは分からないけれど、その結果、幽香が俺のことを思い出してくれたっていうのなら、それだけで充分だ。

 

「ああ、そうだな……」

 

 途切れたと思っていた縁の糸。けれども、どうやらその糸ってのは思いの外、頑丈なのかもしれない。それは俺が生きてきた証といって良いことなのだろうか。

 

 この長い人生、色々ありました。本当に色々あって……色々失くした。それはよくあることだろうし、仕方無いことだったんだろうって思っている。それでも全てを失くしてしまったわけではなかったんだろう。

 

 きっときっとそういうこと。

 

「それじゃ、キスしよっか」

「死ね」

 

 そんな俺のいつもの軽口へ幽香はクスクスと笑いながら、何処か楽しそうに言葉を落とした。

 うむ、やはり悪い気分じゃない。この距離感も嫌いじゃないのだから。それもただの言い訳なのかねぇ。

 

「君の花が欲しいんだ。だから、今度遊びに行っても良いか?」

「ダメって言ってもどうせ来るんでしょ? もう準備はできているのだから、いつでも来なさいな。お茶のひとつくらいは出してあげるわ」

 

 そりゃあ嬉しいよ。

 それじゃあ、次の夏。あのヒマワリが咲く季節にでも行くとしようかな。幽香といえば、やはりあの季節のあの花々に囲まれている姿がよく似合うのだし。

 

「仲良く話をしているところ悪いけれど、ちょっと良いかしら?」

 

 そして、そうやって幽香と談笑していると、紫が声をかけてきた。そんな紫を見て、幽香の顔は僅かに歪んだ。いきなり暴れだすのはやめてくださいね。

 しっかし、本当にお前は突然現れるな。今度は俺が風呂に入ってる時にでも現れてくれないだろうか。それダメだというのなら、紫がお風呂へ入っている時に俺を召喚してくれ。

 

「どったの?」

「ちょっと青にお願いがあるのよ」

「あい、分かった。結婚しよう」

 

 引っぱたかれた。

 ありがとうございます。

 

 

「……ねぇ、青」

 

 非常に冷めた目のまま、言葉を落とす紫さん。

 何を考えているのかは分からないが、どうにもモヤモヤする。はてさて、何をお願いされるのやら。

 

 

「外の世界に興味はないかしら?」

 

 

 そして、クスっと一度笑ってからそんな言葉。

 

 ……外の世界、ねぇ。

 

「興味が全くないわけではないよ」

 

 多分、それは俺の本音だと思う。

 とはいえ、この幻想郷を出るつもりはない。幽香との約束もあるし、妹紅やフランのことも気になるのだから。

 

「そう……じゃあつまり、行ってくれるってことね?」

「君がそうお願いしてくれるのなら」

 

 ふむ。どうやら、これは外の世界へ行くことになりそうだな。何を思い紫がそんなことを言っているのかは知らんが、きっと紫なりに色々と考えているのだろう。

 しかし、外の世界かぁ……それはつまり、俺がこの世界へ来る前の世界ってこと。そんな世界へ行っても俺に何ができるのやら。

 ああ、でもそうか。諏訪子と神奈子がいるじゃないか。あの二柱もきっと俺のことを忘れてしまっただろうけれど、1000年以上の時を越えての里帰りってのも悪くないかもしれない。

 

「ふふ、それは良かったわ」

「ただ、俺を外の世界へ行かせてどうするんだ?」

 

 ふらっとお出かけするような場所じゃないだろうに。

 

「……貴方がいることに意味があるのよ。貴方は何も考えなくて良いわ。思うがまま行動してくれればそれだけで良いはずだから」

 

 ……うん? マジで意味が分からん。紫は俺に何をさせたいんだ。

 思うがままに行動しろなんて言われてもなぁ。言っておくが、俺にそんな特別な力なんてないぞ? そりゃあ霊力を使えるし、空だって飛べるのだから外の世界じゃ珍しい人間だと思うが。

 

「ん~……よく分からんが。とりあえず外の世界へ行けってことなんだな。んで、それはいつから行けば良いんだ?」

 

 外の世界にどれだけの時間いるのか知らんが、お金だって持ってないし、それなりの準備はしたい。いくら外の世界のことを知っているとはいえ、今の状態じゃ本当に何もできない。

 

 

「それはもちろん――今からよ」

 

 

 ……は?

 

 いつもの笑を浮かべながら、ふわり――と紫が扇を振るのが見えた。

 

 瞬間。視界が暗転。

 

 

 

 

 視界が戻ると、寂れた神社が見えるばかり。

 

 

「……嘘、だろ」

 

 

 1000年以上もの時間をかけて帰ってきた世界。

 其処には幻想郷の少女たちの姿も愉し気な空気も全くない、ただただ無音で――寂し気な空気が流れていた。

 

 


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