東方想拾記   作:puc119

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第45話~そんな未来でも~

 

 

 吐き出す息が白く染まる。空からははらはらと雪が風に乗って舞っていた。どうやら今年もあの寒い季節がやってきたらしい。

 

 あの熊畜生は既に寝てしまったし、きっと紫も春になるまで起きてこないだろう。それだけで、この幻想郷は随分と寂しくなったように感じてしまう。

 とは言え、この冬の季節と言うのは俺にとってかなり重要な季節だったりする。何故かと言うと、この季節ばかりはあの畜生が寝ているおかげで、アイツとの差を縮めることができる唯一の時期なんだ。

 アイツが起きている時期は基本的に毎晩、アイツにむしゃむしゃされている。もうそれが当たり前になってしまったが、ふと気づいた。

 

 もしかして、あの畜生、まだ強くなってるんじゃね?

 

 って。

 そもそも、あの畜生があんなにも強いのは、数万回以上も俺を殺し、食べたからだ。つまり、俺がアイツを使ってどんなに練習しようが、むしゃむしゃされればされるだけ、アイツは強くなってしまう。そして、その成長速度は俺よりも絶対に早い。

 そんなことを最近になって漸く気づけたが、だからと言って解決策は何も思い浮かばなかった。だって、あの畜生、俺がどんなに嫌がろうが問答無用でむしゃむしゃするし。

 

 けれども、今はそんな畜生が寝ている。つまり、今はチャンスなんだ。俺があの畜生との差を縮めることのできる唯一のチャンス。それがこの冬の季節。

 

 そんな唯一のチャンスを逃したくはない。

 

「だからルーミア。一緒にお風呂入ろうぜ」

「死ね」

 

 そんじゃ、今日も元気にいってみよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、寒いな。おい」

 

 叩き出されてしまった。ブチ切れたルーミアにこの寒さ厳しい冬空の下、叩き出されてしまった。

 ルーミアが寒いと言っていたから、俺が温めてやろうと思っただけと言うのに……どうやら優しすぎる俺の性格が裏目に出てしまったらしい。

 

 畜生との差を縮めることのできるこの季節。バカやってないで修行でもしろって話だが、ぶっちゃけてしまうと、別に俺はあの畜生を倒したいわけじゃないから、それほど気にしていない。いや、まぁ、修行……と言うかもう習慣となってしまった能力の練習はちゃんとやるが。

 とは言え、まだ夜まで時間がある。今日は一日ルーミアと一緒に過ごそうと考えていたが、叩き出されてしまったものは仕方無い。今日はルーミアと違う未来のお嫁さんの場所へ行くとしようか。

 

 さて、そうとなれば早速行動したいところだが、誰のところへ行こうか。

 紅魔館へは行ったばかりだし、先日はアリスの家へも行ってしまった。永遠亭には俺の力だけじゃ行けないし、妹紅の家も同様に行き方が分からない。そうなると……博麗神社か白玉楼辺りだろうか?

 博麗神社と白玉楼。行きやすいのはもちろん博麗神社だ。距離的にも精神的にも。妖夢や幽々子のことは好きだし結婚したいが、俺が白玉楼へ行くと、何故か毎回、幽々子と探り合いみたいになる。嫌われているわけではないと思うが、どうにもあの雰囲気が苦手だった。

 

 よし、それじゃあ、今日は博麗神社へ行くとしよう。流石に積もるほどではないが、雪もちらついているのだ。今日は霊夢とのんびり温かいお茶でも楽しもう。

 

「おっ、青じゃん。こんなところで何やってるの?」

「よっ、萃香。これからちょっと博麗神社へ行こうと思っていたところだよ」

 

 伊吹萃香、登場。

 鬼。小さな百鬼夜行。俺のお嫁さん。そして、貴重な記憶あり組。

 

 しっかし、こんな寒い日でも萃香はいつもの格好なのか。流石は鬼。これくらいの寒さ、なんてことないのだろう。まぁ、チラリと見える腋は本当に素敵だが。どうかそのままの君でいてくれ。

 

「あら、そうだったんだ。そりゃあ止めて悪かったね」

「いや、別に俺も暇だったから霊夢の腋を見に行こうと思っていただけだし、問題ないぞ」

 

 とは言え、この寒さなのだ。いくら霊夢と言えど、腋を隠してしまっているかもしれない。もしそうだとしたら、博麗神社へ行く意味も少しばかり薄れてしまう。

 むぅ、これは悩みどころだ。

 

「神社をなんだと思ってるのさ……」

 

 聞こえてきた小さなため息。

 いや、俺は別に博麗神社へ行きたいわけじゃないんだ。俺はただ霊夢と会いたいだけ。神社など知らん。だいたいあの神社ってなんの神様を祀ってあるんだよ。

 

「まぁ、青らしいっちゃらしいけど」

 

 そう言って萃香は何処か嬉しそうに笑った。

 

 ……何と言うか、こんな何でもないような会話に救われる気がする。萃香と俺の仲は悪くない。てか、もう結婚していると言っても良いくらいだ。

 そんな相手とする何気ない会話。それが何処か心地良かった。

 

「んじゃあ、青は暇ってこと?」

「そうだな。なんだ? 今から式でも挙げるか?」

「よし、それじゃあ、お酒飲もうよ。お酒」

 

 俺のプロポーズは見事に無視された。

 まぁ、きっとアレだ。萃香も恥ずかしかったのだろう。そう思うことで俺の心へのダメージは軽減される。

 

 ふむ、萃香とお酒か。霊夢の腋を見ながら飲むお茶も良いが、萃香と飲む酒も悪くないかもしれんな。

 昔、萃香と一緒に暮らしていた時期は、毎日のように二人でお酒を飲んでいた。けれども、幻想郷へ来てからは一緒にお酒を飲むことも少なくなってしまった。それに、一緒に飲むことはあっても、萃香の奴だいたい姿を消しているし。

 

「そうだな。たまにはふたりきりで飲むのも悪くない」

「よし、じゃあ決まりだね。お酒は私ので良いとして……肴はどうしようか?」

 

 うーん、どうすっかね? はらはらと舞う雪を楽しみながらの雪見酒ってのも良いが……どうせなら他にも何かほしい。

 

「熊とかは? 冬眠したばかりで脂も乗ってそうだし」

「あー、熊かぁ……熊はちょっと遠慮するよ。それなら猪とかで良いんじゃないか?」

 

 別に熊でも良いんだが、そのなんだ? ほら、何と言うか……ねぇ?

 

「ふふっ、あの子に情でも湧いたのかい?」

「違う」

 

 と思う。

 確かにアイツは熊だが、だからと言ってそう言う気持ちになったりは……

 

「それじゃあ仕方無い。猪でも探そう。今ならまだ冬眠前の奴だって見つかりそうだし」

 

 む、むぅ、ホントだぞ。ホントに、アイツを気にしているわけじゃないぞ。ただちょっと今日は気分が乗らなかっただけだ。

 

「分かった分かったから、猪を捕まえに行こうよ」

「……了解」

 

 どうにも萃香にからかわれているようで、気分はモヤモヤするが、そんなこと気にしたって仕方無い。アイツと俺の関係は複雑なんだ。色々と。

 

「私から見ればすごく単純なことだと思うけど」

「はいはい、このお話は終わり! ほらさっさと行こうぜ」

 

 単純だからこそ難しいことだってある。俺とアイツの想い。足してふたつに割ったところで、割り切れるような想いじゃないんだから。

 

 そう言うことにしておいてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

「あー、これはちょっとふたりで食べるには大きいかもしれんな」

「そうだねぇ。まぁ、でも此処でこうやって焼いていれば、どうせ直ぐに萃まって来るんじゃない?」

 

 運良く冬眠前の猪も見つかり、しっかりと血抜きをして焼いて食べることに。

 とは言え、猪一頭なんてとてもじゃないけれど、私と青だけじゃ食べきることなんてできない。だから、いろんな奴らが集まって来そうな場所でお酒を飲むことにした。

 

「それともいっそ私が萃めちゃおうか?」

「いや、別に其処までやらなくても良いだろ。どうしても余るようならルーミアを連れてくれば良いし」

 

 ルーミアって言うのは確か、青と一緒に暮らしている妖怪、だったかな。あの妖怪もあの妖怪で不思議な奴だ。決して強い力なんて感じない。けれども、逆にソレがおかしい。あの妖怪は私と同じくらいか、もしくは私以上の時間を過ごしているはず。そうだと言うのに、あの妖力の低さ。

 もしかしたら私の考えすぎなのかもしれないけれど、あの子と言い、あの妖怪と言いホント青の周りにはおかしな奴らばかりが萃まるものだ。

 

「……あんたたちウチで何をやっているのよ」

 

 眉間にはシワを寄せ、どう見ても不機嫌と言った様子でため息とともに博麗の巫女――博麗霊夢はそんな言葉を落とした。

 

「霊夢はお酒、いらないのか?」

「いる! でも、そう言うことじゃない! 何処に境内の真ん中で猪を焼くバカがいるのよ」

 

 だって此処の神社は色々な奴らが勝手に萃まるからねぇ。私は別に青とふたりきりで飲んでも良かったのだけど、猪を捕まえた後、青が博麗神社へ行こうと提案してきた。どうやらちょっと私がいじり過ぎたらしい。

 

 私は青とあの子の詳しい関係をよく知らない。どうしたらあんな化物みたいな妖怪が生まれ、どうして青があんな化物と一緒に生活しているのか、とかそう言うことを私は知らない。

 でも私から見れば、青とあの子の関係はそんな複雑なものには見えない。そうだと言うのに、こうも拗れてしまっているのはきっと青の性格が原因。他人のことを言えたものじゃないけど素直じゃないもんね、あんた。

 

「まぁまぁ、そんな怒るなって、こんな時は騒いだもの勝ちなんだなんだから」

「その騒ぐ場所が悪いって言ってるのよ」

 

 私は青を嫌っていない。むしろ、好きなくらいだ。そうじゃなきゃ百年も一緒に生活なんてしない。青と会話をするのは楽しいし、今日だって一緒にお酒を飲んでくれると言ってくれたのは嬉しかった。

 それは、青が私の命を救ってくれたってのももちろんあるけれど、それ以上にあの性格を気に入ってしまっているんだろう。臆病で、不器用で、それでも必死になって足掻こうとするあの性格が。

 

 ただ、もしそのことを私が口にしてしまったら、青は絶対に私と距離を置いてしまう。自分から距離を詰めておいて、相手が近づいて来ると逃げる。青はそう言う性格だ。

 だから、私はそのことを口にしない。青と距離を置かれるのは嫌だし、やっぱりそんなことを言うのは……ほら、恥ずかしいから。

 

「はぁ、もういいわ。どうせ言っても聞かないし。ただ、せめてやる前、私に一言くらい言いなさいよ」

「結婚しよう」

「そう言うことじゃねーよ」

 

 ホント、厄介な奴を気に入ってしまったものだ。そして、青のことを気に入ってしまっているのはきっと私だけじゃない。

 今はまだ大丈夫。けれども、決して遠くない未来でその瞬間が訪れる。青が逃げ切れなくなる瞬間が。

 

 その時、青はどうするんだろうね?

 そして何より、私は――

 

「おーい、萃香。良い感じに焼けたっぽいから乾杯しようぜ、乾杯」

「えっ、あ、うん。そうだね。ん~……何に乾杯する?」

 

 危ない危ない。ついついもの思いに耽てしまった。以外と聡いところがある青の前で、それはよろしくない。裏方に徹する……つもりまではないけれど、流石に私まで深く関わってしまったらどうなるか分かったものじゃない。それこそ、青が幻想郷から逃げ出す可能性だってあるだろう。

 それは嫌だ。

 

「博麗神社のお賽銭を願ってとか」

「……それでも良いけど、霊夢お前、そんなこと言ってて悲しくならないか?」

 

 それにしても、青はなんて危ない道を歩いているのやら。

 少しでも道を踏み外せばそれで終わり。幻想郷全部を巻き込んだ大惨事が起きたっておかしくない。それでいて、本人はボロボロ。這う這うの体で傷つきながらも物語を進めている。

 

「それじゃ――私たちの素敵な未来に。とかで良いんじゃないかい?」

「……そうね、そうしましょうか」

「それくらいが無難だな」

 

 まぁ、そんな奴だからこそ――私は青のことを好きになってしまったんだと思う。

 

「んじゃ、きっと訪れるであろう素敵な未来に――」

 

 ふふっ、そんな未来が訪れると良いんだけどねぇ。

 そして、そんな未来でもこうして一緒に笑いながらお酒を飲めることだけを私は願っているよ。

 

 はらはらと雪の舞う季節。

 幻想郷の東の端にある神社で、三人の愉しげな声が響いた。

 

 

 






萃香さんの主人公に対する好感度が高くて私は心配です

と、言うことで第45話でした
いつか、各キャラの主人公に対する好感度一覧表とか作ってみたいものです
暫くはこんな感じでのんびりとしたお話が続きそうですね

では、次話でお会いしましょう

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