昔から自分のことがどうにも好きになれなかった。
あの月の姫が現れたことで、全てを失い、私の人生は狂い始めたんだと思う。それから人を手にかけ禁忌の薬を口につけたあの瞬間、私は人間をやめた。
黒かった髪は白へと変わり、成長は止まった。そのせいかお前は人間じゃないと何度も言われた。何度も、何度も。
私が傷つくことなど関係無しに
全部が全部アイツのせいだとは思っていない。私が悪かったってことくらい分かっている。それでも、何かのせいにしなければ、押しつぶされそうになる。どんな怪我をしようが治ってくれるが、精神的なことばかりはどうしようもない。
それもこれも、私が弱いからなのかな……
昔から、ずっと。
何時からそうなのかはわからないけれど、私の時間は止まったままだ。
そんな自分のことがどうしても好きなれなかった。
「よっ、妹紅。先日ぶりだな」
今日はアイツとの殺し合いの日。その時間まではまだ時間があり、家でボーッとしていても仕様が無いから散歩をしていると、先日ルーミアと一緒に訪れたあの青年がいた。
「ああ、久しぶり。こんな場所へ何か用事でもあったのか?」
今の季節は夏。筍が収穫できるような季節ではないと言うのに、迷いの竹林へ何の用事があるのやら。
それに、一度会ったことがあるとは言え、別にこの青年とは仲が良いわけじゃない。だから正直なところ、あまり関わりたくはないかな。
「ん~……まぁ、フラフラと散歩をしていたところかな」
迷いの竹林で散歩? ず、随分とのんきな奴だな。流石に私は慣れたけれど、普通の人間にとってこの竹林はそんなに優しい場所ではない。それくらい、コイツだってわかっていると思うんだけどなぁ。
「それで、妹紅は何をしていたんだ?」
まぁ、そりゃあ聞かれるよね。
――殺し合いが始まるまで時間があったから、暇を潰していた。
それが本当の理由。けれども、そんなことを伝えたところで、この青年だって反応に困ってしまう。私は普通じゃない存在で、コイツは普通の人間なのだから。
ああ、でも、あのルーミアと一緒に暮らしているらしいし、普通ではないのかな? まぁ、どの道、自分のことを喋ろうとは思わないけどさ。
「約束の時まで時間があったから、フラフラと散歩をしていたところだよ」
その約束ってのが、まさか殺し合いだとは思わないだろう。
私とアイツがおかしなことをやっていることくらいわかっている。それでも、長年続けているこれは私の身体に染み付いてしまった。いくら洗ったところで、落ちてくれることはないだろう。
「……そっか」
私の言葉にその青年はなんとも複雑そうな顔をした。
悲しいような、諦めているような、懐かしむような……うん? 懐かしむ?
ん~……この青年は何がしたいのだろうか。なんとも引っかることはあるけれど、私としては一人になりたいんだけどなぁ。
私の言葉に返事をした青年は一度上を見てから、一つため息のような呼吸を一つ落した。
そして――
「……輝夜との殺し合い、なんだよな。その約束って」
瞬間、カチリと私の中で何かが噛み合った。
緩んでいた身体は一気に締まり臨戦態勢へ。
どうして? 何故コイツはそのことを知っている? そもそも、あの月の住民がこの竹林に住んでいること自体知っている者は少ない。
そうだと言うのに、何故コイツはそんなことを知っているんだ。
「それが妹紅の楽しみだってんなら、俺に止めることはできないよ。でもさ、お前らみたいな少女にそう言うことはあまりして欲しくないかな」
悲しそうな顔をしながら言葉を落とす青年。
なにさ……なんだよ。お前は私のことを何も知らないだろ。それに私のことを知ってしまったら、お前だって……
熱くなり始めた心を爆発する直前でどうにか抑える。
……少し落ち着かないと。もし、私が此処で爆発してしまったら、この青年を殺してしまう。あの罪が消えるとは思えないけれど、これ以上罪を重ねたくはない。
「どうしてアイツ――輝夜のことをお前が知っている?」
「そりゃあ、知っているさ。輝夜は俺の婚約者なんだから」
真剣な私の質問にヘラヘラと笑いながら巫山戯た回答。
「……真面目に答えろ」
「大真面目さ。1000年前に約束したんだよ。ま、どうせ輝夜は覚えていないんだろうけどさ」
それは諦めているかのような笑だった。
そんなアイツの顔を見て、私の中の何かがチクリと痛んだ。
コイツの言っていることが本当だとは思えない。こんな普通の人間にしか見えない奴が1000年も前から生きていただなんて。
それに、もしそうだとしたら私のことも……いや、それは――
「知っていたよ。妹紅のことも」
そんなコイツの言葉を聞いて、私の中でトクリと何かが跳ねた。
アイツの顔を見ると、やはり悲しそうな顔で……それでも笑っていた。
私のことを知っていた……? で、でも、私は知らない。この人のことを私は本当に知らないんだ。
私の知り合いなんてあの月の住民達に慧音に、そしてルーミアくらい。コイツのことを私は知らない。
それなのになんだよ……なんなんだよコイツ……
「……お前が私の何を知っているんだ」
私がそう尋ねると、ソイツはまた一つため息を落した。
「そうだなぁ……山で倒れている人間を助けようとする優しい娘だってこと。不老不死を良いことに、何も食べずにいて、それでも焼き魚を渡せば美味しそうに齧り付くこと。人見知りなこと。自分の話はしたがらないこと。その白色の綺麗な髪を褒められると嬉しそうな顔をすること。恥ずかしがり屋で寂しがり屋で、卑屈なところもあるけれど本当は素直な良い娘なこと。それくらいのことなら知っているよ」
……まるで本当に私のことを見てきたかのように、スラスラと落ちていく言葉。
その一言一言が私の中の何かを酷く傷つける。モヤモヤとした嫌な感情が止まらない。これじゃあ、あの時のようだ。ルーミアと初めて会ったあの時。あの時だって、私の中の何かが酷く痛んで、黒い……感情が……あ、れ? どうして私はあの時、そんに心が痛かったんだ? だって、あの時はただルーミアと私が出会っただけで、他には何も……
それなのに――なぜ?
「誰さ……貴方は誰なのさ?」
震える私の声。
おかしい……今日の私は何かがおかしい。さっきから、黒くてドロドロしている嫌な感情が止まらない。
「…………」
私の質問に何も答えないアイツ。
静かに笑って、やはりまた何かを諦めたかのような表情。どうしてそんな顔をするの? 貴方は何を考えているの?
この人は……私にとってどんな存在なのだろうか。そんなことばかりが気になってしまう。
せっかく落ち着いて生活できるようになった。そうだと言うのに、どうして私のことを掻き回すのだろうか。辛かった思い出を忘れようとは思わないけれど、こんな無理矢理思い出させるようなことはやめてほしい。
あんな一人ぽっちの辛いだけの記憶を思い出させるなんて……
「なぁ、妹紅」
「ああ、もう! なにさ!」
ズキズキと私の中の何かが痛み、チリチリと頭の奥が燃えているような感覚。
何かがおかしい。コイツと会って、言葉を交わす度に私の中で何かが暴れる。でも、どうして暴れているのかがわからない。何に対して暴れているのかがわからない。
貴方はそんな私の何を知っているの?
「やっぱり昔のこと、覚えていないんだよな……」
そんな言葉を聞き、プツリと何かが切れ――爆ぜた。
「覚えているに決まっているだろ! アイツが来て狂い始めたこと。私が人を手にかけたこと。蓬莱の薬を飲んだこと。人間をやめたこと。嫌われたこと。辛かったこと。全部! 皆! 私は覚えている!」
ああ、これはもうダメだ。
マズイってことはわかっている。けれども、流石にこれは止められそうにない。
何故かボヤけていた視界。乱暴に目を袖で拭い、視界を晴らす。
そして、全身から炎を噴き出させた。
「お前なんて私は知らない! 知らないんだ!」
何も言わず静かに笑うアイツ。その顔は今にも泣きそうに見えた。そんな顔も直ぐに視界がボヤけてしまうせいで上手く見えない。
丈夫になったはず身体。この身体はどんな怪我でも治るはず。
けれども、心の傷ばかりは癒えてくれやしない。
そして、私は痛んだ心を抑えつつ、アイツへ向かって全力で炎をぶつけた。
一気に全部書こうとしましたが心が折れました
次話はほのぼのな感じに戻ってくれることをひたすらに願っています
では、次話でお会いしましょう