東方想拾記   作:puc119

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第29話~知らないなんて~

 

 

 夏の日差しは鬱陶しく、少し身体を動かすだけでも汗は吹き出してきた。

 天気は相変わらずの晴れ。山の中を歩いているため、多少は日光を遮ってはくれるものの、それでも木々の隙間から光は差し込んでいた。いや、ホントあっついなおい。

 

 垂れてきた汗を袖で拭いながら、ふと隣を見てみる。其処には何が楽しいのか知らんが、随分と機嫌の良さそうな畜生が一匹。鼻唄なんかを歌いながら、途中で拾った経60糎ほどの白樺をずりずりと引きずっている様子。何やってんだコイツは。せめて木の枝とかにしろよ。

 

「青って、よくこの山に来るの?」

「うん? いや。そんなに来ないぞ。来たのは……ああ、そっか。お前を殺した時以来だな」

 

 本当は文とか椛と会っておきたかったが、他の天狗と会う可能性の方が高い。そして、もし遭遇してしまえば何かしらの問題が起きる。それが面倒臭かった。

 

「お前はどうなの?」

「……私も行かない。来る意味ないから」

 

 まぁ、それもそうか。

 ルーミアなんかとはよくお散歩へ出かけるそうだけど、妖怪の山まで行くのは少々遠い。行ったとしても博麗神社くらいまでなんだろうな。

 それにこんな奴がホイホイ色々な場所に現れたら、幻想郷だってたまったものじゃないだろう。現状、コイツが暴れ始めたら止められる奴は誰もいない。お願いだからこれからも大人しくしていてもらいたいものだ。

 

 そんなような雑談をしながらぽてぽてと山の中を歩くこと一時間弱。漸く見覚えのある場所へたどり着いた。

 紫からはおかしなことが起きている。としか聞いていない。つまり詳しいことは何も知らなかったわけだが……

 

 

「えと…‥なんだ、これ?」

「……私がいたときと違う」

 

 おかしなこと、と言えばおかしなことだけど……何と言うか、コメントし難い状況。

 

 此処は畜生がずっといたあの場所。それは間違っていないはず。多くの木々が生い茂る山の中だと言うのに、相変わらずこの場所だけは開けていた。畜生が出していたドス黒い妖気のようなものは消え、代わりに太陽の日差しが差し込んでいるせいで、随分と明るい。アレだけおどろおどろしかった場所が、今じゃ随分神秘的な場所となってしまっていた。

 

 そして、畜生が寝ていた場所には石が積み上げられ、まるで祠のようだ。自然にできたと言うのには無理があるけれど、人間や妖怪が作ったにしてはあまりに幼稚過ぎる。それでも、その祠のようなモノからは強い想いが感じられた。

 そんな祠のようなモノの前には、木の実や魚などが適当に置かれている。まるで神への供え物のように。

 

 ま、まぁ、それは良いんだ。それはまだなんとなく理解することができるから。

 そんなことよりも目を引かれるのが……

 

「これ、お前が集めたの?」

「……私じゃない」

 

 熊、狸、狐、猫、猪、鹿、栗鼠などなど。どうしてなのかはわからないが、多すぎる数の動物がこの場所にいた。あの祠のようなモノを中心として。

 

 ……ふむ。まだわからないが、紫はこのことを言っていたのだろうか。確かにおかしなこととなってはいる。なってはいるけれど……いや、これ、どうすりゃ良いんだ?

 俺たちが訪れた瞬間、動物たちは一斉に此方へ顔を向けた。その視線の先は間違いなく。俺の隣にいるこの畜生だろう。

 

 ……待っていたってことだよな。この畜生が此処へ帰ってくるのを。

 何かを信仰したこともないし、真剣に神へ祈りを捧げたことのない俺だけど、そのことを理解することはできた。

 

「お前が此処にいた時もこんな感じだったの?」

「ううん。ここまで集まってはなかった。たまに動物が来たくらい」

 

 それでも訪れてはいたんだな。

 ただの動物から大妖怪となり、更には山神とまでなったこの畜生。その存在は動物たちにとって畏怖の対象であると同時に、信仰の対象だったのだろう。

 

 はてさて、どうしたものか。集まっているこの動物たちのことを考えると、この畜生がまた此処へ戻るのが一番なんだろうが、それをこの畜生がどう思っているのか……

 何を想い、この動物たちが集まってきのかはわからない。自分たちを守ってくれと願ったのか、この畜生のような強さを求めたのか。きっと様々な想いを抱きながら祈ったのだろう。この場所にもう一度畜生の加護が訪れることを。

 

 そんな崇高な想いが集まっているからこそ、この場所はより神々しく見えた。妖怪や人間とは違う動物と言う、より単純で……純粋な奴らの想いが集まっているからこそ。

 

 そんなこの状況をコイツは――

 

 

「やた。鹿捕まえた。晩飯収穫。これでるーみあも喜ぶ」

 

 

 ……おい。

 

 

 おいおいおいおい。

 

 

「ちょっと待てって。ホントに待て」

「……? どうしたの?」

 

 いやいや。どうしたの? じゃないでしょうが。

 

「えっ? なに? なにやってくれちゃってんの? バカ? バカなの? いや、お前がバカだってことは知ってたよ。お前はバカで本当に空気を読まない奴だってことは知ってたけど、今はダメだろ」

「……まずかった?」

 

 こてりと首を傾げる畜生。

 その手には、既に息絶えたと思われる鹿。

 

「いやいや、だってコイツらはお前を求めて集まってきたんだぜ?」

 

 神経図太いとか言うレベルじゃない。罪悪感はないのだろうか。どうして全く関係のない俺がこんな気持ちにならなければいけないのだ。

 

 

「……そんなの知らない」

 

 

 瞬間――畜生から妖気と神力が一気に溢れ出した。

 

 ビリビリと震える空気。近くにいた動物たちは逃げることもできず、その場へ倒れ込んでいった。

 

「そんなことどうでもいい。青とるーみあ以外がどうなろうと、私は知らない。信仰するなら信仰すればいい。でも、私は求められても応えない」

 

 コイツがルーミアのことも大切に思っていたことには驚いた。どうやら力だけじゃなく、心だって成長していたらしい。

 

 さてさて、そんなことは良いのだ。今は目の前の畜生をどうにかしないと。

 鹿を捕まえたのは流石にどうかと思ったが、畜生の言っていること自体は別に間違っていない。勝手に祈られ、勝手に神なんかへされたこの畜生。そこに自分の意思なんてほとんどなかっただろう。

 そう考えると、畜生がこの動物たちを殺そうがどうしようが、問題はない。勝手に集まって来たこの動物たちがいけないだけだ。

 

 けれども、それで終わらせてはマズイ。それで終わらせてしまっては、この畜生が何も成長しない。

 俺とルーミア以外がどうなろうと知らない。とコイツは言った。そんな純粋で真っ直ぐ過ぎる考えは危なすぎる。

 もし俺とルーミアが消え、この畜生だけが残ったとき、コイツは世界を壊すだろう。その可能性は高く、それだけの力をコイツは持っている。けれども、そんなこと絶対にコイツのためにはならないし、何より俺の大切な幻想郷の少女たちが危ない。

 

 だから、そんな悲しすぎる未来だけは避けたいんだ。

 

 この畜生の世話をすると俺は決めた。それなら、ちゃんと面倒を見るのが義務ってもの。

 

「まぁ、聞けって」

「……むぅ」

 

 だからこれは良い機会なんだと思う。

 この畜生が成長できるだけの貴重な機会。それを利用しない手はない。

 

「常に他人のことを思って生きろとは言わない。でもな、少しだけでも良いから、俺やルーミア以外の奴らのことも考えてやってくれ」

 

 そうやって生きていれば、この先また俺が消えてしまったとしても、お前は一人ぼっちにならないはずだから。

 

「……よく、わかんない」

「今はそれで良い。まだ理解する必要なんてない。ただ、他の奴らのことなんて知らないって生きるんじゃなく、少しだけでも気にかけてやってくれ」

 

 それで失敗することなんていくらでもあるだろう。それでも、得られるものは今よりもずっと多いはず。

 

 俺が生きている間なら、例えお前がどんな存在になろうと助けてやることはできる。けれども、もし俺が消えてしまったら、どう足掻こうがお前を助けてあげることはできない。そんなとき、お前を助けてやれる奴が……味方になってくれる奴が一人でもいるように生きてくれ。

 

「……じゃあ、私はどうすればいいの?」

「ん~……そうだな。とりあえず、たまにでも良いから此処へ来てやれば良いんじゃないか?」

 

 それだけでも、コイツを信仰している奴らへ何かしらの恩恵があるはず。居るのと居ないのでは全然違うのだし。

 

「この鹿は?」

「殺してしまったものは仕様が無いし、有り難くいただこう。お前もちゃんと食べるんだぞ」

 

 その鹿を殺してしまったことに対して、後悔してくれ。なんて偉そうなことは言えない。俺だって何が正解で、何が間違っているのなんてわからないから。

 ただ、自分の行いについて少しでも考えてくれれば良いと思う。成長するってのはそう言うことだと思うんだ。

 

「青がそう言うなら……うん。わかった。ちゃんと食べる」

 

 ああ、そうしてあげてくれ。それでその鹿の御霊が救われるとは思わないが、何もしないよりはずっと良いはず。それが例え、形や外面だけのものだとしても。

 

 はぁ……それにしても紫の奴は何を思って俺に、この山の話をしたのかね? もし、今の俺の行為が紫の計算通りだとしたら、大したものだ。それとも俺が単純すぎるのだろうか。

 

「さて……様子を見ることもできたし、帰るか」

「うん。今日は楽しかった」

 

 そりゃあ、良かったよ。

 

 とりあえず大きな問題が起こっているわけではないっぽいし、一安心と言ったところ。

 家へ着く頃にはルーミアだってきっとお腹を空かしていることだろう。今回は手土産もあるし、この畜生に何かを考えさせることもできた。

 夏の日差しは暑いし、流れる汗は鬱陶しい。それでも、割と良い日だったのかなって思う。

 

 






文さんや椛さんに登場してもらいたかったですが、文字数が増えちゃったので、やめておきました

と、言うことで第29話でした
何が正しくて、何が悪いのか人に教えるのは難しいものです
その基準はきっと人それぞれでしょうから
ただ、自分の行為が良いことなのか、悪いことなのか判断すらせずにやってしまうのは違うんだろうなぁと私は思います

次話は、東方のキャラに登場してもらいたいところですね
では、次話でお会いしましょう

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