東方想拾記   作:puc119

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第2話~想起~

 

 

 霧の湖が凍りついてしまった。

 夏だと言うのに、吐き出す息は全て全てが白へと変わる。随分と寒い世界へ変わったものだよ。まぁ、俺が言えたことじゃないが。

 ついつい調子に乗り過ぎてしまうこの性格。どうにも治ってくれないものだ。

 

「あ、あたいってやっぱり最強だ」

 

 いやいや、これはお前がやったわけじゃないぞ。

 そりゃあお前だって多少は凍らせることはできるだろうけど、此処まではできないでしょうが。

 

「えと、それで俺は行っても良いのか?」

「うん、別に良いよ」

 

 良いのかよ。

 じゃあ何故止めた。相変わらず何を考えているのかわからん奴だな、お前は。

 

「ああ、そうだ。なぁチルノ。俺のこと覚えてる?」

「ううん、あたいは知らないよ」

 

 むぅ、妖精ならもしかしてと思ったが……まぁ、そんなに上手くはいかないか。人生なんてそんなもんだ。

 昔、アレだけ一緒に遊んであげたんだけどなぁ。

 

 ま、仕方無い。霊夢たちだってそろそろ来るだろうし、さっさと次へ進むとしよう。

 湖の氷は……まぁ、良いか。凍っていた方がチルノも喜びそうだし。それに、たまには冷たい夏だってあっても良いかもしれないしさ。

 

 異変の解決は主人公たちに任せるとして、モブキャラはモブキャラの仕事をさせてもらうとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 いきなりだった。どうしてそんなことが起きたのかはわからないけれど、紅魔館の前にある湖が一瞬で凍りついた。

 今の季節が冬ならわかる。けれども今は夏。そうだと言うのにどうして? あの湖には元気な氷精が住んでいるけれど、あの子に此処までの力はなかったはず。せっかくお嬢様が赤い霧を出していると言うのに、これじゃあそのインパクトが薄くなってしまう。それほどに驚いた。

 いったい誰がこんなことを……

 

 そして、目の前にいるこの人間は誰でしょうか?

 

「今晩は。月が綺麗ですね」

 

 その人間がかけてきたのはそんな言葉だった。

 

「……何の用ですか? 申し訳ありませんが、今は紅魔館の中へ入れるわけにはいきません」

 

 それにただの人間が今の紅魔館の中へなど入ってしまえば、無事ではないだろう。妖精メイドたちだって、異変の空気に当てられていると咲夜さんも愚痴を溢していた。

 

「あ~、まぁそうだよなぁ。ちょっと昔に渡した物をさ、返してもらえることはできないかなぁって思って来たんだけど、入るのはやっぱりマズい?」

 

 少々困ったような顔をしながらその人間は言った。

 う~ん、渡した物? 私はこの紅魔館が此処、幻想郷へ来る前から門番をやっているけれど、この人間は見たことがない。それほど頭は良い方ではないけれど、それは確かだと思う。それに、幻想郷へ来てからお客さんなんて訪れていない。

 

 じゃあ、この人間は何のことを言っているのでしょうか?

 

「それは誰に渡した物ですか?」

 

 一番可能性があるのは咲夜さんだ。他の方々は紅魔館から出ることはほとんどないけれど、咲夜さんだけは違う。

 人里へ行ったとき、何かがあったのかもしれない。それならちゃんとしたお客さんなのだし、失礼なことはできない。

 

 

「フランドールに、だよ」

 

 

 警戒レベルを最大に。

 

 そして妖力を込めた蹴りを、全力でその人間へ叩き込んだ。

 

「おわっ! ちょっ、ちょっと流石にそれは死ぬって。そ、そりゃあ美鈴みたいな可愛い女の子に蹴られることは嬉しいけれど――」

 

 くそっ、避けられた。

 どうやらただの人間ではないようですね。そもそも妹様のことを知っていた時点で、ただの人間のはずがないけれど。

 

「何故妹様のことを知っている!」

「ああ、そっか。そうだよな……忘れちゃったんだもんな」

 

 私の質問に、その人間は笑いながらそんな言葉を落とした。

 ただその笑顔はやたらと悲しそうに見えた。

 

 そんな顔を見て、どうしてか心がジクリと痛んだ。

 

 忘れちゃった? それは私がと言うことなの? で、でも私は本当にこの人は見たことが……

 それにどの道、妹様のことを知っている奴を通すことはできない。

 

「質問に答えてください」

「皆がさ忘れちゃったらしいんだ。俺は覚えているんだけどさ。食事をする度に口の周りを汚してしまうお姉様も、マイペースで毒舌なメイドさんも、ジメジメとした図書館に住む魔女さんも、いつも優しい言葉をかけてくれた居眠りの多い門番さんも、そして――500年近くもかかって漸く外へ出ることのできたフランドールのこともさ俺はちゃんと覚えているのに、皆は俺のことを覚えていない」

 

 そう言って目の前の人間は言葉を落とし続けた。私たちしか知らないはずのことを。

 けれどもその笑顔はやはり悲しそうに見えた。

 

「貴方は……誰なのですか?」

「ん~もう玩具ではないだろうし……俺は俺かな」

 

 ズキズキと頭が痛む。

 ――知っている。私はこの人のことを知っているはず。けれども、どうしてか思い出すことができない。

 

「なぁ、美鈴」

「……なんでしょうか?」

 

 もうこの人を追い返す気は起きない。

 でも、それで良い気がする。

 

 

「中へ入らせてはもらえないかな? 約束したんだ。きっとまた帰ってくるって」

 

 

 またその人は笑った。

 瞬間。記憶の波が頭の中へ広がった。

 

「あっ……」

「うん?」

 

 思い出した。

 

 どうして、何故私は忘れていたんだ? 確かにこの人と話をしたことは少ない。けれども、ずっとずっとこの人のことは知っていた。だってこの人と妹様のいた地下室へ食事を運んでいたのは、他の誰でもない――私なのだから。

 

「え、えと……入っても良いのかな? それともやっぱり厳しい?」

「……いえ、どうぞお入りください」

「おおー、そりゃ嬉しいよ。ありがとう美鈴」

 

 ふふっ、むしろこの人を中へ入れなかったら私が怒られてしまう。

 この人に何があったのかわからない。どうして記憶から消え、私たちから離れてしまったのか、それがわからなかった。

 それでもこの人は今、こうやって目の前にいるのだ。それなら、かけなければいけないことがある。

 

「おかえりなさい。ですね」

 

 私の横を通り、門を潜ったところで声をかけた。

 私のそんな言葉にその人は慌てたように此方を振り返った。

 

 そしてまた笑った。

 

「うん、ただいま。美鈴」

 

 今度の笑顔は悲しそうには見えなかった。

 

 


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