……寒い。
例年なら季節はとっくに春だと言うのに、未だ雪が降り続けている。そんなんだから春の代名詞でもある桜だって咲いてはくれない。冬が、終わらない。
流石にこれは異変……だと思う。
けれども、誰が何のためにこんなことをしているのかがわからなかった。
毎日のように雪が降るせいで、毎日のように雪掻きをしなければいけない。すごく面倒臭い。誰がやったのかはわからないけれど、非常に迷惑だ。
「いや~雪、全然止まないな」
いつもの縁側へ腰掛け、ずずりとお茶を啜り、上を見ながらアイツが呟いた。
……なんでコイツがいるんだろ。
「なぁ、霊夢。流石にこれって異変なんじゃないか?」
もう何回聞いたのかもわからないセリフをアイツが行った。此処のところ、毎日のように家へ訪ねてきてはこのセリフを言う。
「はぁ……わかっているわよ」
この異常な季節に触発されたのか、最近は妖精たちだって落ち着きがない。それにこうも冬が続いていれば人里だって迷惑しているだろう。
だから私が――博麗の巫女である私が動かなければいけない。そんなことはわかっている。けれども、どうにもコイツに誘導されているようで気に食わない。
前回の異変もそうだった。コイツはまるで最初から異変が起こることを知っていたみたいだ。
「おっ、じゃあ漸く動くのか?」
「ええ、そうね。これ以上放って置くわけにもいかないもの」
ホントにコイツって何者なのかしら? 馬鹿で変態で何を考えているのかわからない奴だってことはわかる。でもそれ以上のことがわからない。
「その異変解決にさ。俺もついて行っても良い?」
えーっ、あんたが一緒に来るの? すごく嫌なんだけど。
「そ、そんなに嫌そうな顔しなくても……。流石に傷付くぞ」
仕様が無いでしょうが。自分へくらい正直に生きていきたいのだから。あんたと一緒にいると碌なことにならなそうなんだもん。
それに私についてきたところで何も面白いことはないと思う。むしろ危ない。いくらごっこ遊びと行っても、当たり所が悪ければ怪我はするし、空中から叩き落とされれば人間は死ぬ。まぁ、コイツは殺しても死ななそうではあるけれど。
「大丈夫だよ。邪魔はしないから」
そんな言葉信じられるわけがない。
けれども、どうせ私の言葉なんて聞かないんだろうなぁ……
はぁ、もう勝手にしてちょうだい。せめて肉壁くらいにはなってくれるだろう。
「おう、もしもの時は守ってやるから安心してくれ」
それは助かるわ。でも私はあんたを守らないわよ。
襲いかかって来る妖精たちを蹴散らしながら、風花の舞う真っ白な世界を進んでいく。顔に当たる雪は冷たく、体温はどんどん持っていかれる。もっと動けば多少は暖かくなるかしら?
「それで、霊夢は何処へ行けば良いのかとかわかるのか?」
「わかんない。でもなんとなく飛んでいれば多分着くわよ」
いつだってそうだった。これからだってそうやっていく。
私がそう応えると、アイツはクスクスと笑った。む、何がおかしいのよ。笑われるようなことを言った覚えはない。
「そう言えばどうしてあんたは私の所へ来たのよ? どうせ魔理沙だって動くのだし、私のところじゃなくても良かったんじゃない?」
「あ~、魔理沙の所へも行ったんだけどさ。その……どうも嫌われてしまったらしくて、家に上がらせてくれないんだ。咲夜でも良かったけどアイツ、俺がちょっと巫山戯ると直ぐナイフで刺してくるし……。だから霊夢の所へ来たんだよ」
あんた何をしたのよ……
咲夜ってのは確かあの紅魔館のメイドのことよね。あのメイドとも知り合いだったんだ。まぁ、どうでも良いことだけど。
「魔理沙には何をしたの?」
「魔理沙って茸集めてるだろ? それで珍しい茸を見つけたから魔理沙の所へ持って行ったんだよ」
あら? てっきりいきなり抱きついたとか、下着を盗んだとかだと思ったけれど、違ったのね。でも、それだけで魔理沙が怒るとは思えない。
「んで、その茸を股間につけて『さぁ、俺の茸を食べてくれ』って言ったらマスパが飛んできて、それから口を聞いてくれない。あっ、股間に付けたと言っても服の上からだぞ」
「死ね」
最低だ。トラウマになってもおかしくない。
異変を解決する前に殺らなければいけないことができた。幻想郷のためなら私はコイツを殺れる。
そして懐から針と御札を取り出し、あの変態へ放とうとした時だった。やたらと元気な声が届いた。
「あっ、青といつかの巫女! なにやってんの?」
その声の主はあの霧の湖で見た氷精だった。名前はチルノだったかしら?
そして、どうやらこの変態って“青”って名前だったのね。初めて知った。でも多分すぐに忘れる。
青、ねぇ……何処かで聞いた気がするけど、何処だったかしら?
「見てわからんのか? デートだよ」
ぶん殴っておいた。
もうお前帰れよ。
「……でえと? な、なんだか良くわかんないけど、とりあえず此処は通さないよ! 冬はあたいの季節だもん」
……すごく面倒臭い。
「あー、霊夢は先に行ってて良いよ。コイツは俺がやっておくから。どうせこの先にも似たような奴がいるだろうし」
それならお言葉に甘えて先に進むけど、似たような奴ってのはどう言うことかしら?
また妖精がいるってこと?
「じゃあ、任せるわ。ああ、無理して追いかけてこなくても良いわよ。むしろそのまま帰れ」
私がそう言うと、アイツは苦笑いのような顔をした。
その顔は少しばかり大人びて見えた。
氷精をアイツに任せて冬の山の中を進む。止まない雪。一面の銀世界。きっと地面に積もった雪は腰上ほどまであるだろう。
真っ白に染まった世界は、自分が何処に居るのかわからなくなる。遭難でもしたら大変だ。
「今寝たらきっとぐっすり寝られるんでしょうね」
「春眠暁を覚えず、って奴かい?」
そんな自虐じみたことを考えていた時、声をかけられた。アレは雪女かしら?
多分、アイツが言っていた似たような奴ってのはコイツのことなんだろう。なんでそんなことまで知っていたのやら。
「この異変を起こしたのはあんた?」
「違うわよ。私はただ今の季節を満喫していただけ」
まぁ、そうよね。
コイツに此処まで大きな異変を起こせるとも思えないし。それでもこの異変の時に会ってしまったのだ。はい、さようならと言うわけにもいかない。
「……最近の人間は乱暴で困るわ」
「あんたたちがおとなしくしていないからでしょ?」
――寒符「リンガリングコールド」。
そんな声が聞こえ、此方へ飛んでくる氷弾。密度はそれほどない。
それが本気なのかわからないけれど、これならボム消費無しでもいけそうだ。
氷弾を躱しながら、霊弾を放つ。この真っ白な世界の中だと、どうにも氷弾が見え難い。けれども負ける気はしなかった。
「んもうっ、少しは当たりなさいよ!」
無茶なことを言う。
――白符「アンデュレイションレイ」。
二枚目。さっさと終わらせよう。こんなところで止まっているわけにいかないのだから。
そして、また霊弾を放とうとした時、アレだけ降り積もっていた雪がいきなり水へと変わった。
「「えっ?」」
あの妖怪と声が重なった。
なにコレ? 何が起きているの?
水へと変わった雪はまるで意思でも持っているかのように、動き出した。
「これ何かわかる?」
妖怪に聞く。
「いえ、何が何だか……」
奇遇ね、私もよ。
動き出した水を暫く眺めていると、いきなり天まで届くんじゃないかって言うくらいの水柱が現れた。その水柱の現れた場所はアイツと氷精が残っていた場所の近くだった。
――――――――
「なぁ、チルノ。また遊んでやるから今日は見逃してくれないか?」
「ダメ! 青ってばこの前もそう言って逃げたじゃない! 今日は逃がさないよ」
だってお前と遊ぶの疲れるんだもん。
それに早く行かないと霊夢に置いていかれてしまう。霊夢さん絶対俺のこと待っていてくれないし。
さて、どうしたものか。
ふむ……
「なぁ、チルノ」
「なに?」
いくら相手がチルノとは言え、俺じゃ可愛い女の子に手を出すことはできない。できるだけ相手を傷つけぬよう、此処は穏便にいかせてもらおう。
「空、飛んで見ないか?」
「空なら今も飛んでるよ?」
もっともっと高い場所だよ。
雪に手を当てる。
確かに冬はお前らの季節だ。けれども今ばかりは俺の季節でもある。
能力を使用。そして腰上まで積もっていた雪を透明なソレへと変えた。
「え゛っ……雪が……なにコレ」
そんじゃ、お空の旅へ行ってらっしゃい。
悪いなチルノ。今はちょっと忙しいからまた今度な。
「あっ、ちょっ、ちょっとタイム! ず、ずるいぞ!!」
頑張れ最強。強く生きるんだ。
大丈夫、お前ならきっとやれるさ。
チルノに軽く手を振ってから大量にできた水を全て使い、ぶっとい水柱を作り、そのままチルノを上へ吹き飛ばした。
天高く登っていったチルノを見送ってから、できた水柱を再び雪へと戻す。随分と大きな雪山となってしまったが、まぁ問題はないだろう……多分。
よしゃ、それじゃ霊夢の所へ行きますか。
漸く春雪異変がスタートです
と、言うことで第18話でした
多分この話が主人公最後の活躍です
次からはボケ役に徹してもらいましょう
次話はこの続きっぽいです
では、次話お会いしましょう