夏が過ぎ、秋になりました。
青々としていた葉々はその色を変え、世界へまた一つ違う色を加えた。朝夕はめっきりと涼しくなり、茹だるようなあの夏の暑さなど今は微塵も感じることはなくなった。
そんな過ごしやすい季節となりました。
「秋と言えばなんだと思う?」
「食欲」
「……食欲」
せっかく季節が変わったことがわかるようになったのだ。どうせなら秋らしいことをしたい。そして、そんな俺の質問に二人は同じ言葉を返してきた。
てか、なんで畜生は起きている。まだ昼間なんだけど。
「……仲間はずれはいけない」
さいですか。
昨晩だってアレだけ激しかったというのに、元気だね君。俺はもう疲れたよ。
「何かやるの?」
ずずりとお茶を飲みながら、そんな言葉を落としたのは俺のお嫁さんだった。ちょっと食い意地が張っているところはあるけれど、うん、今日も可愛いよ。
実り、食欲、紅葉、読書、行楽などなどまるで見境のない秋。とてもじゃないが、たった一つの季節だけではやり切れない。それにアイツらはせっかちだしな。直ぐに何処かへ行ってしまう。
「何か秋っぽいことをしようと思ったんだけどさ。何かやりたいことある?」
「ん~……私は特にない」
「……青と遊びたい」
そっか。まぁ、そんないきなり何かやりたいことあるか? なんて聞かれても何も思い浮かばないわな。
秋……秋か。ルーミアや畜生のことを考えると、やっぱり何か食べる系のイベントの方が良いのかねぇ。例えば焼き芋とか。畜生が食べるのか知らんが。普通の食材を食べているところ見たことないし。これを良い機会に、俺を食べるのをやめてもらえないだろうか。
まぁ、無理だろうな。
ふむ、何か食べるものか。
「ああ、そう言えば」
「なに?」
人里で氷やら魚を売っていた時、聞いた。
「収穫祭、行くか」
実りの秋。
精々楽しませてもらうとしよう。
――――――――
収穫祭の起源なんてものは知らないが、きっと大昔から行われている行事なのだろう。人間が狩猟生活から栽培を行うようになり随分と長い時間が経った。それなら、収穫祭だって昔から行われていてもおかしくはない。
「人里へ来たのは良いけど、お金ってあるの?」
「ああ、お金なら大丈夫。ちゃんと貯めていたから」
まぁ、貯めていたと言うより、使わなかっただけと言った方が正しい。ほとんど自給自足の生活。そんな生活だから、お金を使うことなどほとんどなかった。
だから今日はパーっとやってしまっても構わない。人里の経済に貢献してあげようじゃないか。
「ほいよ。とりあえず適当に渡しとくわ。買いたいものあったら好きに使ってくれ」
ルーミアと畜生に布の袋に入ったお金を渡しておく。
俺はゆっくりお酒でも飲んでいるとしよう。
「……ねぇ、青」
「うん? どしたの?」
俺の服をクイっと引っ張り畜生が聞いてきた。
お金が少ないと言うことはないと思うが。
「……私、お金よくわかんない」
……ああ、なるほど。そう言うことか。
お前、人里へ行ったことなかったもんな。そりゃあお金なんてわからないか。
「だからこれは返す。青が買って」
正直に言うと面倒臭い。かと言って、此処でコイツの機嫌を損ねさせると殺される。立場、弱いんです。
可愛い女の子にナンパしようと思っていたが、少々やり辛くなった。
これが畜生じゃなくルーミアが相手だったら俺だって嬉しかったが、ルーミアは既に人ゴミの中。ま、仕様が無いか。
コイツの面倒はちゃんと見てやると決めたんだ。今更、それをやめようとも思いはしないさ。
「わかったわかった。そんじゃ一緒に行くか」
「……うん、ありがとう」
良いよ、気にすんな。
その後は、畜生と二人で騒がしい人里の中をぽてぽてと歩き回った。
何処も彼処も人だらけ。人間じゃない奴らもちらほらと見かけはしたが、幻想郷ってこんなに人がいたんだな。
「そう言やお前って何か食べたりするのか?」
この畜生が何を食べるのかわからなかったから、俺がそう尋ねると畜生は俺を指差した。
違う、俺が聞きたいのはそう言うことじゃない。
「いや、だから俺じゃなくてだよ。ほら、肉とか魚とかお酒とか」
「……たぶん、食べる」
ああ、別に食べられないってわけじゃないのか。普段からそうしてもらえると助かるんだがなぁ。俺の命の値段はそれほど安くはない。
畜生の言葉を聞いてから、適当に焼き魚を二つ買い、一つを渡した。
「ほい、とりあえず食ってみろよ」
そう言ってから俺も魚へかぶりついた。
適当にかけたのか、塩味が少し濃い。それでも魚が染み出した脂と合わさりなんとも美味しい。うむ、やはり祭りの日に食べる焼き魚は美味しい。
畜生の方を見ると、骨などまるで気にせず頭からボリボリと齧りついていた。流石は熊畜生だ。なかなか豪快に食べるじゃないか。
……俺もこうやって食べられてるのかね?
「美味しい?」
「……おいしい」
そう言って畜生は笑った。それはまさに美少女の笑顔。誰か写真でも撮ってくれないだろうか?
ホント、見た目だけなら抜群に可愛いんだがなぁ。
その後は猪肉や兎肉なんかも食わせてみたが、全て美味しいと言って残さず食べた。
これじゃあ、まるで餌付けだな。まぁ、コイツは畜生なのだし同じようなものか。
「あら、あんたも来ていたのね。……んで、そっちのは?」
そんな声が聞こえ、其方を向くと霊夢だった。
その片手には一升瓶。いや、流石に女の子としてその姿はどうなんだ? まぁ、そんな君でも俺は心から愛してあげることはできるが。
「俺のお嫁さんと一緒に来たんだよ」
まぁ、今はちょっと別行動をしているけどさ。ルーミアもちゃんと楽しめているだろうか?
「……お嫁さん。私?」
「んなわけあるか。ルーミアに決まっているでしょうが。お前はただの居候だ」
どう考えたらお前のような畜生が嫁なんだ。
「良くわからないけど、問題だけは起こさないでよ?」
ジト目の霊夢。そして一升瓶を傾けてからお酒を飲みながら去っていった。
霊夢は何をしに来たのだろうか。そして俺が言うのもアレだが、それで良いのか博麗の巫女……
霊夢と別れた後も、知り合いと会う度に畜生と俺の関係を聞かれた。
『終に嫁さんを見つけたか。おめでとう』
とか
『なんだよ。随分と可愛い嫁さんじゃねーか。羨ましいなこの野郎』
とか
一々説明するのは面倒臭かった。それにそんなに羨ましいのならこの畜生、あげようか? いや、冗談だけどさ。犠牲者を増やすわけにはいかないし。
そりゃあ確かにこの畜生とは色々あった。けれどもそう言う関係ではないんだがなぁ……
「よし、流石のお前でも買い方はわかっただろ? お金渡すから何か買って来い」
「……うん、がんばる」
座って先程買った日本酒に口を付けながら、畜生に命令。流石に買い物くらいは覚えておいた方が良いだろうし、良い機会だ。
そんな命令を受けた畜生の顔は、不安そうに見えなくもなかった。頑張って来い。
トテトテと走っていく畜生。そんな姿を眺めながら酒を飲んだ。
「やっぱり人間のお酒は薄く感じるよなぁ」
「じゃあ、こっちのお酒はどうだい?」
俺が独り言を溢した時だった。
声が聞こえた。
懐かしい声だった。
けれども、その声を出した奴の姿は見えない。
「ああ、有り難くいただくよ」
人間の作ったお酒が入っていた器を、誰もいない自分の横へ差し出す。
すると――器が僅かに重くなった。
懐かしい香りがした。
「ありがとう」
見ることもできない奴へそんな声をかけてから、目を閉じ、何かが入った器を一気に傾けた。
口の中へ先程の酒よりも何倍も強いアルコールの香りが広がった。それを空気と合わせ、舌で転がす。鼻を抜ける吟醸香。僅かな甘味。
そんな味や香りを楽しんでから、ゆっくりと飲み込んでいく。やはり喉はアルコールで焼かれチクチクとした痛みが広がった。けれども、あの香りもさら広がっていく。
何年振りだろうか? 相変わらず姿は見えない。けれどもこの味だけはしっかりと覚えている。
「……なんだよぉ。少しは驚いてくれても良いんじゃないかい」
不満そうな声。
悪いね。驚くよりもまず嬉しさが来ちゃってさ。
どうせ君も俺を覚えてはいないのだろう。お前と別れてから随分と時間が経ったもんな。忘れてしまうのも仕方無い。
「やっぱりこのお酒は美味しいな」
「そりゃあ私のお酒だからね。それに私は人間の作ったお酒も嫌いじゃない」
「お前はお酒ならなんでも良いんだろう?」
「いんや、嫌いなお酒だってあるよ」
「ああ、あのお酒は俺も好きではないな。如何せん味が悪い。ただ便利なんだよなぁ」
「私たちにとっては憎たらしいだけだよ」
「そりゃあそうだろう」
そう言って俺が静かに笑うと――
「変な奴」
だなんて声が聞こえた。
ああ、良く言われるよ。言われすぎて飽きたくらいだ。
目を開ける。声を出し俺にお酒をくれた奴はやはり見えない。
代わりに此方へ向かって歩いてくる二人組が見えた。その両手には多くの食料。どうやらちゃんと買えることができたらしい。
立ち上がり、服に付いた土を叩いて落とす。
「行くのかい?」
「ああ、そうだね。お酒ありがとう。また一緒に飲もうぜ」
「ふふっ、楽しみにしているよ」
それだけ聞ければ満足。それじゃ、またいつか。
ゆっくりでも良い。俺は俺のペースで進ませてもらおう。
そんな言い訳をしながら、ルーミアと畜生の元へ歩き出した。
先日、岐阜へ行ったとき居酒屋で鮎の塩焼きをいただきましたが、とても美味しかったです
またいつか食べたいものです
と、言うことで第16話でした
季節を飛ばして冬にしようかな
とも考えましたが、それじゃあ寂しいので少し書いてみました
霊夢さんは登場させなくても良かったかもしれませんね
次話は冬のお話でしょうか?
では、次話でお会いしましょう